機械の神と救世主

ローランシア

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第一章 異世界と救世主

010 レティシアと救世主

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 マキナ。手を出さないで、そこで見ていてくれるか?
≪えっ!?マ、マスター!?≫
 これは、俺が、俺自身が「救世主」として決着をつけなきゃいけない事だ
≪でも……。相手も神器つかってるんですしっ……≫
 ……そこでお前が「マスター」って呼ぶ男が、「救世主」って呼ばれてもおかしくないって所、見ててくれるか?
≪……はいっ。マスター!ご武運をっ≫

 ニッとつい口元が緩む

 ありがとう、マキナ

 俺は短剣を構えレティシアと向かい合う

「ふぅ……、わかってもらえないってやっぱり辛いわ……」

 言いながらレティシアが魔法でレイピアを出現させる


「うふふ。この武器は特にお気に入りでぇ……、
 対象者の血液を吸い取って使用者の魔法力に変える事が出来るのっ!」

 言いながら突きを放ってくる
 チッっと、太ももをかすり血が流れる
≪マスターっ!?≫

「うふふ……。これで私の勝ちね……?」
「……この程度の傷つけただけでもう勝ちを宣言か?」
「あら?忘れたの?私の神器の能力は治癒魔法……。だから、いくらでも自分を回復できるのよ……」

 殺さずに、レティシアを気絶させないといけない

 ヘタに攻撃したらレティシアが死んじまう!

「ほらほらほらほらぁ!?どうしたの!?お手本を見せてくれるんでしょう!?」

 いいながらレイピアの連撃を放ってくる

 キンッキンッキンッキンッ!

 レティシアの攻撃を避け、短剣で受け、受け流しやり過ごす

「ほらっ!防戦一方じゃない!?救世主様ぁ!?攻撃はっ!?攻撃はしてこないの!?」

 連撃を放ち終わった直後、胸倉を掴み壁に叩きつけられ床に落とされる

「っ……!?」

 ダンッ……
 ドサッ

「がっ……!?」

 叩きつけられ、体中が痛み出す
≪マスターっ!?≫

「はぁっ……はぁっ……!」

 結構なダメージをもらってしまった

 おいおい、レティシア……?
 もっとおしとやかにしないと嫁の貰い手がないぞ……?
 女の子が男の胸倉掴んで壁に叩きつけちゃダメだろ……

「救世主なんてみんないなくなればいい!」

 倒れている俺の腹に蹴りを加えるレティシア

 ガッ……ガッ……!ガッ……!

「ぐっ……!?がぁっ……」

「はぁっ……はぁっ…………はぁっ……」
 口の中が切れ苦い血の味が口の中に広がる

 レティシアに蹴られ、体中に痣が浮かんでくる

 ひとしきり蹴り疲れレティシアが肩で息をし始める

「はぁっ……!?はぁっ…………!」

 ……俺は平凡な学生だったんだ
 ガキの頃を除けばまともに喧嘩なんてした事ない「普通の奴」だ
 だから、修行の時はこれ以上にボコボコにされてんだ
 さんざん無様に転げまわって、血まみれになってんだ……!これくらいどうって事ねえぞ……!

 俺は壁に手をつきながら立ち上がり、構えなおす

 ……ほら?慣れない事して疲れただろ?レティシア……
 そろそろ休め……?

 レティシアが疲れ切ったのかフラフラと体を揺らしていた

 よし、今だ!

 瞬時にレティシアの手のレイピアをはじき飛ばし、後ろに回りレティシアの顔にタオルを押し付ける
「離せっ……はぁっ……離……せっ……!?くっ……」

 羽交い絞めにされタオルの催眠効果が効いたのかレティシアがガクッと力を抜きもたれかかってくる
 眠らせる事が出来たようだ

 マキナ!
≪はいっ≫
 マキナの掌から青い光がレティシアに向けられる

 スゥ……とレティシアの表情が穏やかなものになる

≪これで洗脳は解けたはずです……。ですが……今までの事の記憶は消せないので……その……≫
 ……むしろ消えてもらっちゃ困るさ。洗脳されていたとは言え、レティシアのしてきたことは許される事じゃない
 罰を受けて、罪を償ってもらうさ
≪マスター……この件の真相を王国に報告すると……、レティシアさんは……≫
 言いながらマキナが緑の光を当て傷を治してくれる
 まず、間違いなく処刑されるだろうな。ギロチンとかで……
≪はい……まず間違いないかと。絶対処刑するはずです≫
 ……マキナ?さっき保護した人達の情報探れるか
≪はい。保護した人達は先ほど保護した時に情報を取得済みなので可能です。何を調べるんですか≫
 レティシアの姿を見た人がいるかどうかだ
≪少しお待ちを……。
 ……レティシアさんの姿を見ている人はいませんね。おそらく魔物が別で攫ってきたんでしょう≫
 そうか。じゃあ、次は攫われたシスター達が殺された時の状況って今わかるか?
≪はい。救出したときにデータは取ってきてますので。モニターで確認されますか≫
 ああ、頼む

 ────

 普通に、山菜狩りに出かけて……山菜を取っている時に魔物が出て来て攫われた感じか!
 よし、これならいける!

≪あの、マスター?もしかして……≫
 うん、そうだよ?レティシアが救世主や一般人を殺してたって事自体を隠蔽するつもりだよ?
≪……ふふっ!マスターが悪い顔になってるー≫
 そもそも俺この国に衣食住の世話にはなってるけど、この国に仕えてるわけじゃねーし。全てを報告する義務はないからな
≪ふふふふっ!やっぱりマスターはマスターですねっ!≫
 我ながら悪い救世主だと思うぜ?
≪私はマスターのそのノリ好きですよ?≫
 俺の事がわかってきたねーマキナちゃん
≪ふふっ、私はマスターの半身ですから。……あくまで、助けるおつもりなんでしょう?≫
 ああ。もちろん
≪でも、なぜそこまでレティシアさんをかばうんです……?≫

 ……俺が召喚されて、神器持ってるのか見せろって言われた時さ。
 レティシアは神器の出し方をちゃんと教えてくれたんだ。
 嘘の出し方を教えて、神器出すのを失敗させて騙して殺すって事もできたのに、だ……。
 レティシアがちゃんと教えてくれたから、俺はマキナと出会えた
 マキナと出会えてなかったら、俺は今ごろ死んでると思う。
 それこそリリアさんみたいに暴漢に襲われて殺されてるか、あるいはレティシアの用意した宿でレティシアに殺されてるか、どっちかだ
 なら、これは借りだ。大きな借りだ。借りは返さなきゃな

 あの時のレティシアの優しさは演技じゃなくて本当だと思うんだ

 傷の手当ありがとう、マキナ


 レティシアがいた周辺を見てハッとする
 ……見覚えのあるシスター服を着た遺体が目に入りハッとする

 ……っ!

「っ!クソッ
 ダンッダンッダンッ……!

 思わず壁を殴りつける

 クソックソックソッ……クソォ……

 馬鹿か俺はッ……!
「捕まってる」なんて言葉に安心してた……
 襲撃の日にまだ捕まってる人がいるって聞いて俺は知っていたはずだ……。
 街にシスターを送り届けた時点で救出に向かえば救えたかもしれない……!
 殺されずに済んだかもしれない人たちの命をむざむざ……!
 俺のせいだ……!
 俺がもっと一歩踏み込んで考えていれば、「もしも」を想定して行動できていたらこのシスターたちは死なずに済んだかもしれない……
 なんで、俺はいつもあと一歩足りない……!?

 あのツンデレシスターの言う通りだ!肝心な時に役立たずじゃねえか……!

 出てくるのは「たら、れば」ばかりじゃねえか!

 何が「救世主」だ……!

 ダンッ!

 クソ……クソォッ……!

 自分の不甲斐なさと思慮の足りなさに苛立ち、再び壁を殴りつける

 タッ……タタッ……!

 叩きつけた腕から血が流れ落ち床に落ちる

≪っ!?マスター……!怪我をっ……!≫

 ……クソッ……!

 ……レティシアを唆した「あの方」って野郎……!絶対見つけ出してこの始末つけさせてやるからな……!?

 ギリッ……!

 歯を食いしばり、悔しさを噛み締める

≪マッ、マスター……!?」

 ……ああ、ごめん。せっかく治してくれたのに……

 いい。ありがとうマキナ……

≪マスター……≫

 ぎゅっと拳を握り、自分の中に渦巻く感情を押し込め俺は口を開く

 マキナ……シスターたちの亡骸……次元の狭間に回収するの手伝ってくれるか
≪……はいっ≫

 シスター達の遺体と大広間のバラバラにされていた人たちの遺体も次元の狭間に回収する

 ……街に、帰ろうか……?マキナ……
≪はいっ≫

 俺たちは洞窟から出て街へ帰ると、街の門のところで人質たちを乗せた気球が到着する
 気球から降ろし捕まっていた人達を開放した

 男も女も泣きながら自分の家に走りだし、自分の帰るべき場所に帰っていった

 大聖堂の部屋のベッドにレティシアを寝かせると、シスターたちにレティシアがみんなを騙して攫った事を伏せ、
 レティシアも魔物に攫われて別の所で酷い目にあっていたという事にして説明する。
 シスター達とレティシアとの関わりが今後悪化する事を押さえるため最大限の配慮をしたつもりだ

 レティシアを追い詰めたのはシスター達と、この街の人たちだ

「……君達が、レティシアをいじめてたって……聞いた……」
「っ!?そっ、それはッ……」
「ちっ!違うの!?」

 違わないだろ?イジメていたんだろう?

「ごめんなさい……」

 シスターたちの一人が……謝ってくる

「俺に謝ってどうするんだよ。違うだろ?君達はレティシアに謝らなきゃいけないんじゃないか?」
「ごめんなさいっ……!レティシア……うっ……うぅぅぅ……」

 そのシスターが泣き崩れ、床に膝をつき、ベッドのレティシアに向かって謝る

 その様を見て他のシスターたちも堰を切ったように泣き出し……レティシアに謝罪の言葉を述べていた

「二度とこんな事しないでほしい。他の誰に対しても、だ」
「はい……」
「でなきゃ、俺は本当に君達を見捨てる。約束してくれ」
「はい……。約束します……」」」」
「本当だな……?約束だぜ」
「はいっ……!」
「……?司……様?」
「……目が覚めたか、レティシア。……悪い、みんな外に出ててくれるか?レティシアと話がしたい」
「は、はい……」

 居心地悪そうにシスター達が出ていくのを見送りレティシアに視線を戻す

 マキナ?
≪はい。マスター≫
 この部屋の音を外に漏れないように遮断できるか
≪はい。……完了しました≫
 ありがとう、マキナ。
 ……やっぱりレティシアの記憶って探れないか?「あの方」って奴の姿とか知ってると思うんだが
≪無理ですね。やはり妨害の効果がレティシアさんにかけられてます。
 恐らく洗脳する時に仕掛けたんでしょう。無理にこじ開けると精神崩壊の恐れもありますし……≫
 ……それは、俺が強くなって、マキナの力を引き出すことができれば見る事は可能か?
≪はい。かかっているロック以上の鍵を使えれば可能です≫
 わかった、ありがとう
≪はい≫

「レティシア……」
「あ……、あの、私……は……。っ!?……あ……あああああっ……!?わっ!私……、私、は……なんて事を……」

 レティシアが今までしてきたことを思い出したのか頭を押さえ苦悶の表情になる

「……思い出したか。自分がしてきた事……」
「うっ……。ううっ……わ……わた……し……」

 レティシア、君はこれから罰を受けなければいけない。
 君が今まで殺したシスター達や救世主、街の人たちに償わなくてはいけない……

「レティシア、君は治癒の力を持っていて……戦う力がないからイジメられていたと俺に言ったな?」
「っ……!はい……。私は、治癒の力しかない‥‥…役立たずです……」
「戦場においては誰もが怪我をするし、いつ死ぬかもわからない状況だ。その状況を支えられるのは治癒の能力を持った人だけだ」
「……で、でも……みんなが……救世主なのに戦う力がないって……役立たずだって……」
「後衛のバックアップがあってこそ前線の兵士は戦えるんだ」
「バックアップ……」

 もし、回復の力をマキナが持っていなければ、俺はとっくに死んでいる
 戦いの場において治癒の力をもっている人がいるという事は大きな支えになるはずだ

「そうさ、君は治癒の能力しかないって、役に立たないって言うけれど、その力は貴重な戦力だ」
「……戦力……」
 レティシアが俯き下を向いてしまう

「……レティシア?俺さ、ここに戻ってくる前に怪我したんだ。治してくれるか?」

 壁に叩きつけた時の痣をレティシアに見せる

「っ!は、はい!すぐにっ……!」

 レティシアが神器を出現させ緑の光を腕に当て治してくれる

「治りました……。どうですか?司様」
「おおー。痛みも痣も綺麗になくなった」
「よかった……」
「……な?レティシアがいてよかったじゃん?」
「うっ……うぇぇぇっ……」
 レティシアが泣き崩れ、俺の胸に抱きついてくる

 レティシアの頭を撫でながら口を開く

「……辛かったな、よく一人で我慢したと思う……」
 レティシアがぐずりながら俺の胸に顔を押し当てぐりぐり甘える

 洗脳されていたとは言え罪は消えない、罪は罰を受けて贖わなくてはいけない

「なぁ、レティシア……」
「はい……」
「君に殺された人たちの遺族や友人は君を赦せないと思うんだ。
 もちろん、君自身も自分を赦せないと思う。それだけ君のしたことは重い……」
「……っ!はい」
「だから、君は罪を償わないといけない……」
「……」

 レティシアの顔が真っ青になり震えだす
 絞首刑か斬首刑……なんらかの処刑方法をイメージしているのだろうか

「君にはその治癒の力で一人でも多く命を救って欲しいんだ」
「私が……?」
「そうさ、君の力で怪我や病気で苦しんでいる人を助けてやって欲しい」

「レティシア。君が死んだとしても殺された救世主達や人は生き返らない。
 だけど、君が生きている事で変えられる事がある。
 君が生きて傷ついた人を治してあげれば、
 理不尽な暴力に傷つけられた人の命が助かるかもしれないんだ」

 人の意見と言うのは人の考え方、立場によって違うものだ
 俺は他人事だからこんな事が言えるんだと思う
 結局の所、どこまで行ってもその人達の苦しみや悲しみはその人達のものであって、俺のものじゃない
 きっと同じ目に遭った人にしか本当の意味で、被害者の立場になって考える事はできないと思う。
 あの時レティシアを俺が殺していても、殺さなくても
 レティシアがこれから処刑されても、されなくても
 どれを選ぼうが恐らく人は俺とレティシアに批難を浴びせるだろう

 だから、俺は俺の思う「救世主」って奴をやろうと思う

 この世界は物騒だ。魔物だけじゃなく、人間たちだって平気な顔をして人を殺す
 リリアのように暴行をして、あるいはレティシアのように強姦した後に……そんな理不尽が蔓延してる世界だ
 今、この瞬間もどこかで誰かが傷つけられてるかもしれないんだ……

「……レティシアがこれから理不尽に傷つけられた人達を救っていってさ。
 その先で、それでも人が、世界がレティシアを赦さなくて、レティシア自身も自分を赦せなくても……、俺は君を赦すよ」

 その言葉でぎゅっとレティシアが俺を抱きしめる力が強まる

「……っ……つか、さ……さまぁ……ぐすっ……うっ……!」

「君が俺との約束を守るなら、君を傷つける奴から俺が守ってやる。だから、頑張れレティシア……」
「はいっ……!私っ……頑張って生きて……、沢山っ……沢山怪我した人治しますっ……!うっ……うあああああああああっ」
「ああ、頑張れ、レティシア。君ならできる……!」


 レティシア?
 これから俺が救世主って奴をやってるのを見てろよ──────────


 ──────────機械の神と救世主 第一章 完
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