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魔術師同士の戦い②
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大通りから微かに聞こえてくる雑踏とは裏腹に、路地はシンと静まり返る。
すると、男の手の形が、鋭く変形していく。
いや、手が変形して行っている訳ではない。表面に発生させた紫の液体がその形を変えているのだ。
「俺の“毒の王”は暗殺向きさ」
「毒程度で大層な名前だ」
「こういうのは気分なんだよ。バカスカ火力の高い魔術を使うなんてのは、魔力の無駄使い……。バカのやることさ」
確かに理にはかなっている。
この規模の魔術ならまず魔力切れは起こさないだろうし、こういった市街地での戦闘が始まっても、周りを気にせず戦えるし長期戦にも対応できる。
暗殺者ならではの特異魔術か。
毒ということは、一触即発の魔術。
距離をとって遠距離からちまちまと攻撃するのが正攻法だろうが……。
「時間がない。さっさと終わらせてもらう」
「言うねえ。自身満々ってか。その自信がお前を殺すぜ」
男は俺を指差す。
「まずはお前、リーゼリア・アーヴィンはその次だ。魔眼を回収するために、俺特性の毒で苦しみながら死んでもらうぜ」
こいつ……。
「お前は絶対にリーゼには近づかせない」
「やってみな!」
――瞬間、男の姿が視界から一瞬消える。
「!」
速い。スピードはネロさんクラスか。
この加速は肉体強化……赤魔術も操るか、なかなか器用だな。
だが、この程度のスピードならすぐ目で追える。
男は一瞬にして横に飛び、そして壁を駆け俺に飛び掛かる。
「ラァッ!」
男は右手を思いきり横に振りぬく。俺はそれを上体を逸らして躱す。だが、それに追撃するように、左手での攻撃を繰り出してくる。両手での毒の刃での連撃だ。
しかも、その長さは伸縮自在で、時折槍の突きのように攻撃の間合いを変えてくる。
「どうしたどうした! 躱しているだけかぁ!?」
「…………」
俺は男の攻撃を完全に目で追い、冷静に最小限の動きで避けていく。
触れたら一発アウトの毒の刃が、顔スレスレを通過していく。
「ギアを……上げるぜ……!! 見えねえだろ、魔術師じゃあなあ!」
瞬間的な魔力の放出、そしてまた男の姿が消える。
今度は更に速い。
次の瞬間、男は俺の背後を取り、俺の首目掛けてその毒の刃を振り下ろす。
「――もらった!!」
男はそう確信を込めて叫ぶ。俺が全て視えていることも知らずに。
俺はその男の死角からの攻撃を、手首を捕まえて受け止める。
「!?」
「視えてるんだよね、俺には」
「馬鹿な――」
僅かな隙も与えない。
俺は男をそのままふわっと宙に持ち上げると、鳩尾に二連撃の掌底をお見舞いする。
「ぐはッッ!!」
男は白目をむき、悶絶し地面に倒れこむ。
「て……めえ……!」
だが、ここで終わらせない。
一息で片付ける。
俺は練成していた魔力を一気に瞬間的に放出する。
瞬間、ぶわっと男の全身の毛が逆立つのが分かる。
男の額には汗がにじみ、目は見開かれている。
「て……めえ……何だその魔力……! まさか、魔力を隠して――……」
俺の手に黒い球体が現れる。吸い込まれてしまうかのような深い闇。
その球体は、剣のように変形する。さながら、黒剣だ。
「ま、待て……! もう、俺は……降りた、この仕事は止めだ! だから……」
男の毒の王が解除され、もはや戦闘の意思はない。
だが――こいつは一度リーゼに対して殺意を向けた。保証はない。俺は護衛だ、リーゼを狙う芽を摘む必要がある。
「さよならだ」
「や、やめ――」
男の断末魔の叫びは聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
「おそーい! 何やってたの!」
リーゼはぷんぷんと頬を膨らませ、両手をブンブンと振りながら怒る。
「あーごめんごめん……。ちょっとゴミ掃除を」
「えぇ、屋敷だけじゃなくて道のゴミも掃除してたの!? もう、綺麗好き過ぎるでしょ」
リーゼは呆れて深くため息をつく。
「まあ、良いけどさ。適当に朝ご飯頼んじゃったけど大丈夫?」
「うん、ありがとう。食べようか」
食いしん坊のリーゼだったが、どうやら俺が帰ってくるまで食べるのを我慢してくれていたらしい。可愛いところもあるな、やっぱり。
そうして俺たちは朝食を済ませると、いよいよ今日の目的であるラドラス魔術学院へと向かった。
◇ ◇ ◇
その敷地は実に広大だった。
遠くから見たときは、中央に聳える時計塔がずっと見えていたが、近づいてみるとその時計塔の周りには様々な建物が広がっていた。
正門の前には既に大量の人が押しかけており、周囲の空気は緊張感に包まれている。
「これ皆受験生だよね?」
「だな。凄い数だ」
さすがのリーゼも、この数のライバルに緊張している――かと思いきや、顔をちらっと見てみると全くそんな様子はなかった。
むしろ、早くこの敷地内歩き回ってみたい! という好奇心がその目の輝きに現われていた。
無意識に、尻尾をブンブンんと振って目を輝かせ、はあはあと舌をだしているリーゼの姿が想像できてしまった。
「……犬」
「え、なんて?」
「いや、なんでも」
そんなこんなで、俺達は正門から入り、案内に従って試験会場へと進んでいく。
噴水の置かれた中央広場を抜け、時計塔の横にある大きな建物へと誘導される。
「おい、あれ……」
「リーゼリア・アーヴィン……!」
「さすがに来るよね……二十年に一人の天才……!」
そんな声が、俺の耳まで貫通してくる。
注目されているだけあって、やっぱりこの中でも別格だな。
すると、一人の男が俺達の前に立ちはだかる。
男にしては少し長め茶髪をした、所謂イケメンの男だ。
「? 誰だ?」
「リーゼリア・アーヴィンさん、ごきげんよう」
「えっと……ごきげんよう……?」
リーゼは訳も分からず、とりあえず返事を返す。
男はニコリと笑みを浮かべる。
「私はヴィクティム・ハーベロイ。同じ伯爵家の者だ。以後お見知りおきを」
「えーっと、そうなんだ、よろしくね」
いまいち目的の分からない挨拶だ。
これも、能力のある魔術師を早めに味方につけるという政治的な行為なのだろうか。
「お噂はかねがね。ですが、魔術の才能あふれるあなたが、まさかここまでお美しいとは」
「えへへ、そうかな?」
「ええ、もちろん。私はその辺の凡庸な人種とは違い、魔術の才を父上から授かった身。きっとあなたと分かり合えると思いますよ」
「んん……どうかな? その言いようとは分かり合えなそうだけど……」
リーゼは首をかしげ、完全に困惑している。
あのお転婆のリーゼをここまで困惑させるとは……ヴィクティム、恐るべき男だ。
周囲の受験生たちも、何事かと徐々に集まってくる。
「天才故の苦悩、お察しします。きっとあなたは満たされない生活を続けてきたのでしょう」
「いや、凄い満たされてるけど……」
「なんて健気な……。私の前では本音で語ってくれていいのですよ」
「本音なんだけどなあ」
リーゼはポリポリと頬を掻く。
「私は必ず受かります。その際は是非、仲よくして頂ければ。良き友として、そして良きライバルとして、共に手を取り合っていきましょう」
そういって、ヴィクティムはリーゼに歩み寄る。
まあ、ちょっと言い回しは気になるが、天才ゆえの苦悩……そこを理解してくれる友達が出来るのはいいことではあるか。リーゼには全く響いていないようだが。
「まあ、よくわからないけどよろしくね。お互い受かるといいね!」
「ええ。――それで、そちらの方はどなたでしょうか?」
ヴィクティムは俺の方を見る。
「あぁ、この人はレクス、私の護衛だよ!」
瞬間、ヴィクティムの顔が険しい表情を見せる。
「彼が……?」
ヴィクティムは眉間に皺をよせ、じろじろと俺の事を見る。
「……噂の……まさか本当に連れてくるとは」
その視線には、憎悪と軽蔑の色が込められていた。
すると、男の手の形が、鋭く変形していく。
いや、手が変形して行っている訳ではない。表面に発生させた紫の液体がその形を変えているのだ。
「俺の“毒の王”は暗殺向きさ」
「毒程度で大層な名前だ」
「こういうのは気分なんだよ。バカスカ火力の高い魔術を使うなんてのは、魔力の無駄使い……。バカのやることさ」
確かに理にはかなっている。
この規模の魔術ならまず魔力切れは起こさないだろうし、こういった市街地での戦闘が始まっても、周りを気にせず戦えるし長期戦にも対応できる。
暗殺者ならではの特異魔術か。
毒ということは、一触即発の魔術。
距離をとって遠距離からちまちまと攻撃するのが正攻法だろうが……。
「時間がない。さっさと終わらせてもらう」
「言うねえ。自身満々ってか。その自信がお前を殺すぜ」
男は俺を指差す。
「まずはお前、リーゼリア・アーヴィンはその次だ。魔眼を回収するために、俺特性の毒で苦しみながら死んでもらうぜ」
こいつ……。
「お前は絶対にリーゼには近づかせない」
「やってみな!」
――瞬間、男の姿が視界から一瞬消える。
「!」
速い。スピードはネロさんクラスか。
この加速は肉体強化……赤魔術も操るか、なかなか器用だな。
だが、この程度のスピードならすぐ目で追える。
男は一瞬にして横に飛び、そして壁を駆け俺に飛び掛かる。
「ラァッ!」
男は右手を思いきり横に振りぬく。俺はそれを上体を逸らして躱す。だが、それに追撃するように、左手での攻撃を繰り出してくる。両手での毒の刃での連撃だ。
しかも、その長さは伸縮自在で、時折槍の突きのように攻撃の間合いを変えてくる。
「どうしたどうした! 躱しているだけかぁ!?」
「…………」
俺は男の攻撃を完全に目で追い、冷静に最小限の動きで避けていく。
触れたら一発アウトの毒の刃が、顔スレスレを通過していく。
「ギアを……上げるぜ……!! 見えねえだろ、魔術師じゃあなあ!」
瞬間的な魔力の放出、そしてまた男の姿が消える。
今度は更に速い。
次の瞬間、男は俺の背後を取り、俺の首目掛けてその毒の刃を振り下ろす。
「――もらった!!」
男はそう確信を込めて叫ぶ。俺が全て視えていることも知らずに。
俺はその男の死角からの攻撃を、手首を捕まえて受け止める。
「!?」
「視えてるんだよね、俺には」
「馬鹿な――」
僅かな隙も与えない。
俺は男をそのままふわっと宙に持ち上げると、鳩尾に二連撃の掌底をお見舞いする。
「ぐはッッ!!」
男は白目をむき、悶絶し地面に倒れこむ。
「て……めえ……!」
だが、ここで終わらせない。
一息で片付ける。
俺は練成していた魔力を一気に瞬間的に放出する。
瞬間、ぶわっと男の全身の毛が逆立つのが分かる。
男の額には汗がにじみ、目は見開かれている。
「て……めえ……何だその魔力……! まさか、魔力を隠して――……」
俺の手に黒い球体が現れる。吸い込まれてしまうかのような深い闇。
その球体は、剣のように変形する。さながら、黒剣だ。
「ま、待て……! もう、俺は……降りた、この仕事は止めだ! だから……」
男の毒の王が解除され、もはや戦闘の意思はない。
だが――こいつは一度リーゼに対して殺意を向けた。保証はない。俺は護衛だ、リーゼを狙う芽を摘む必要がある。
「さよならだ」
「や、やめ――」
男の断末魔の叫びは聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
「おそーい! 何やってたの!」
リーゼはぷんぷんと頬を膨らませ、両手をブンブンと振りながら怒る。
「あーごめんごめん……。ちょっとゴミ掃除を」
「えぇ、屋敷だけじゃなくて道のゴミも掃除してたの!? もう、綺麗好き過ぎるでしょ」
リーゼは呆れて深くため息をつく。
「まあ、良いけどさ。適当に朝ご飯頼んじゃったけど大丈夫?」
「うん、ありがとう。食べようか」
食いしん坊のリーゼだったが、どうやら俺が帰ってくるまで食べるのを我慢してくれていたらしい。可愛いところもあるな、やっぱり。
そうして俺たちは朝食を済ませると、いよいよ今日の目的であるラドラス魔術学院へと向かった。
◇ ◇ ◇
その敷地は実に広大だった。
遠くから見たときは、中央に聳える時計塔がずっと見えていたが、近づいてみるとその時計塔の周りには様々な建物が広がっていた。
正門の前には既に大量の人が押しかけており、周囲の空気は緊張感に包まれている。
「これ皆受験生だよね?」
「だな。凄い数だ」
さすがのリーゼも、この数のライバルに緊張している――かと思いきや、顔をちらっと見てみると全くそんな様子はなかった。
むしろ、早くこの敷地内歩き回ってみたい! という好奇心がその目の輝きに現われていた。
無意識に、尻尾をブンブンんと振って目を輝かせ、はあはあと舌をだしているリーゼの姿が想像できてしまった。
「……犬」
「え、なんて?」
「いや、なんでも」
そんなこんなで、俺達は正門から入り、案内に従って試験会場へと進んでいく。
噴水の置かれた中央広場を抜け、時計塔の横にある大きな建物へと誘導される。
「おい、あれ……」
「リーゼリア・アーヴィン……!」
「さすがに来るよね……二十年に一人の天才……!」
そんな声が、俺の耳まで貫通してくる。
注目されているだけあって、やっぱりこの中でも別格だな。
すると、一人の男が俺達の前に立ちはだかる。
男にしては少し長め茶髪をした、所謂イケメンの男だ。
「? 誰だ?」
「リーゼリア・アーヴィンさん、ごきげんよう」
「えっと……ごきげんよう……?」
リーゼは訳も分からず、とりあえず返事を返す。
男はニコリと笑みを浮かべる。
「私はヴィクティム・ハーベロイ。同じ伯爵家の者だ。以後お見知りおきを」
「えーっと、そうなんだ、よろしくね」
いまいち目的の分からない挨拶だ。
これも、能力のある魔術師を早めに味方につけるという政治的な行為なのだろうか。
「お噂はかねがね。ですが、魔術の才能あふれるあなたが、まさかここまでお美しいとは」
「えへへ、そうかな?」
「ええ、もちろん。私はその辺の凡庸な人種とは違い、魔術の才を父上から授かった身。きっとあなたと分かり合えると思いますよ」
「んん……どうかな? その言いようとは分かり合えなそうだけど……」
リーゼは首をかしげ、完全に困惑している。
あのお転婆のリーゼをここまで困惑させるとは……ヴィクティム、恐るべき男だ。
周囲の受験生たちも、何事かと徐々に集まってくる。
「天才故の苦悩、お察しします。きっとあなたは満たされない生活を続けてきたのでしょう」
「いや、凄い満たされてるけど……」
「なんて健気な……。私の前では本音で語ってくれていいのですよ」
「本音なんだけどなあ」
リーゼはポリポリと頬を掻く。
「私は必ず受かります。その際は是非、仲よくして頂ければ。良き友として、そして良きライバルとして、共に手を取り合っていきましょう」
そういって、ヴィクティムはリーゼに歩み寄る。
まあ、ちょっと言い回しは気になるが、天才ゆえの苦悩……そこを理解してくれる友達が出来るのはいいことではあるか。リーゼには全く響いていないようだが。
「まあ、よくわからないけどよろしくね。お互い受かるといいね!」
「ええ。――それで、そちらの方はどなたでしょうか?」
ヴィクティムは俺の方を見る。
「あぁ、この人はレクス、私の護衛だよ!」
瞬間、ヴィクティムの顔が険しい表情を見せる。
「彼が……?」
ヴィクティムは眉間に皺をよせ、じろじろと俺の事を見る。
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その視線には、憎悪と軽蔑の色が込められていた。
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