その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は義妹に餌付けされる

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ようやくアーウェンは以前のように家の中を掃除したり、義両親や義妹のために何かしら用事をこなす必要はないということを理解しつつある。
代わりに小さいエレノアが乳母ナーニーのラリティスや食堂担当のメイドに手助けしてもらいながら、ティーセットやお菓子を用意し、アーウェンのために可愛らしいお茶会を開いてくれるのだ。
「おにいしゃま、ノアがつくったの、おいちい?」
「ええ……え、っと…う、うん!おいしい、よ」
アーウェンはつい「ええ、おいしいですよ」と敬語を使いそうになるのを言い直し、にっこり笑って不格好なサンドイッチをパクリと食べる。
味に間違いがないのは厨房の料理人たちが用意したものを順番通りに挟んだためだろうが、あまりにも気合が入りすぎるのか時折りバターの塗り方が分厚くて、その濃厚な味にアーウェンはうっとりした。
エレノアの好みは甘い味らしく、渡してくれるはいつもミルクも砂糖もたっぷりと入った少し薄めの紅茶であるが、塩味の利いたサンドイッチがちょうどいい。
嬉しそうに笑う小さいエレノアの髪をなでると、絹糸のように柔らかでなめらかなその手触りにもうっとりしてしまう。
貧しく、そして男ばかりの男爵家には『可愛いらしい物』が一切なく、アーウェンに与えられた服も寝具もボロに近くて、とても手触りがいいとは言えなかった。
ふ…と寂しげに笑ってしまうのは、まるで人形のように可愛らしいこの義妹を、アーウェンの本当の母に抱かせてあげられないからかもしれない。

空腹で眠れなくとも寝床に入っていないと母が心配すると知っていたので、アーウェンは意識を失うまで目を瞑って狸寝入りをすることがあったが、それを知らない母がアーウェンの寝顔ねがおを覗き込みながら溜め息をついたことがあった。
「……せめてこの子が女の子なら。そうすれば……旦那様も、もう少しお前を可愛がって…くれたのかしら……」
幼いながらも、アーウェンは自分が望まれていなかったことを、母が本当は女の子を望んでいたことを理解した。してしまった。
だから父母に『いらない子』と捨てられないようにと、それまで以上に『お手伝い』を頑張るようになったのだが、実は母がアーウェンの頭を撫でながら呟いたその日が、自分の三歳の誕生日だったとはいまだに知らない。


アーウェンが伯爵家に引き取られた日からちょうど四ヶ月後、その日は早朝から浮ついた感じだった。
いや、その前日から家中の物がそわそわしている感じではあった。
使われていてもいなくても館のすべての部屋は掃除されるのだが、それが特に念入りに行われ、商人が呼ばれて新鮮な野菜や肉、果物がいつも以上に届けられ、洗濯場では洗濯婦だけでなく警護兵たちまでもが大量の洗い物をし、訓練場いっぱいに洗濯紐が張られて綺麗になった衣服や寝具が風にはためいている。
使用人みんながそうやって家の中や外を走り回っているのを、四阿のそばの芝生の上で見て、アーウェンも何かしなくてはいけない気がしてきた。
「……ラリー?どうしてみんな今日は忙しそうなの?」
「うふふ。アーウェン様、明日はお義兄様がお戻りになられるんですよ」
「おにいしゃま!」
乳母のラリティスが笑うと、アーウェンはキョトンとしたが、エレノアはそれが誰のことを差しているのかすぐわかったらしく、両手をパッと上にあげて飛び跳ねだした。
「おにい……?俺の他に、兄様たちもこの家の養子?になったの?」
アーウェンにとって『あに』という存在は男爵家の四人の兄であり、まだ会っていない伯爵家の嫡男という発想はない。
「いいえ。アーウェン様の元のご家族・・・・・は、こちらにはいらっしゃっておりません。戻られるのは、リグレ様……アーウェン様の二つ上で、ターランド伯爵家の嫡子様でございますよ」
「ふたつ……」
いち、に、さん…と声に出して八本の指を折り、さらに二本の指を折って拳を作る。
「じゅっさい……」
「はい、よくできました!そうです。アーウェン様はこのお屋敷にいらっしゃった翌日が、男爵家でお生まれになった誕生日でしたから、今は八歳。そしてふたつ足して、十。十歳の兄上様がお帰りになられるのです」
「おにいしゃま!おにいしゃま!おにいしゃまがおかえりになるの!おにいしゃま、うれしい?」
エレノアが興奮気味に叫びながらアーウェンに尋ねるが、何ともややこしい。
「え…えと……うん……うれ、しい…?たぶん……?」
名前を時々聞いても、直接会ったことのない義兄が帰ってくることを嬉しいと思うか──アーウェンはどちらかというと嫌われたり蔑まされたりするのではないかと逆に不安に思っていることを、嬉しさではち切れそうなエレノアに素直には言えなかった。
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