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第一章 アーウェン幼少期
少年は義妹に守られる ②
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エレノアが添える手のひらを包んでカップを傾けると、蜂蜜の香りが強くなった気がした。
「……お、お嬢様……」
「これは……顕現……」
薔薇の花びらがよく見えるようにとミルクを入れない紅茶の紅い煌めきが強くなり、思わずアーウェンは目を瞑った。
きっと、この光は部屋の灯りを反射しているだけだろう。
「おにいしゃま……もう、いちゃくない?」
「うん……いたくないよ……エレノア、ありがとう……」
花だ。
大輪の。
透き通る花びらが蜂蜜の香りを纏い、アーウェンの産まれた時に植えつけられていた、黒い種のような物が体の奥でチリチリと黴て崩れていく──そんな気がする。
「ありがとう……」
「おにいしゃま。のあは、おにいしゃまのみかたよ?」
急に大人びた台詞に、思わずクスリと笑いが漏れた。
「うん……ぼくも、このアーウェン・ウュルム・デュ・ターランドも、君のえいえんの味方だよ」
ゆっくりと光も香りも収まり、ロフェナやカラ、部屋に控える侍女たちが呆然とする中、エレノアを見るアーウェンはもう震えもせず、キラキラと光る瞳は今までにない力強さを持っていた。
バラットに連れられて義父と実父の待つという応接室へ、アーウェンとカラは手を繋いで歩いていく。
『おにいしゃまに。おまもり』
ニコッと笑いながら、エレノアはアーウェンの髪に、一輪のマーガレットを挿してくれた。
普通に育って同じ年頃の子供と混じっていれば、貴族の子息としてそのような装いをすることに恥じらいを覚えたかもしれないが、アーウェンにそのような感情はまったくない。
むしろ見えない鎧に包まれたかのように心は落ち着き、足取りにも迷いはなかった。
(……先ほど、お嬢様に『守護の顕現』があったというが……惜しい。ぜひ私も見たかったが……また旦那様が悔しがりそうではあるが)
先導するバラットは思わず口元を緩めたが、まずはアーウェンを無事に実父から守らなくてはと気を引き締め、この館では三つ目の──つまり、あまり重要ではないお客を迎えるための応接室の扉の前で足を止めた。
「アーウェン様。こちらで旦那様と……サウレス卿がいらっしゃいます」
「うん……わかった、と言えばいいの?どういうのが正しいの?」
「それは……また後ほどお勉強いたしましょう。どちらにしろ、『お客様』をお待たせするのはよろしくございません。アーウェン様」
「はい?」
「……お気を、確かに」
ぎこちなくはあったが今まで使っていた敬語ではないアーウェンの口調に、バラットは改めてその小さな背丈に合わせて膝をつくと、表情の変わった少年と目を合わせた。
執事の言葉に頷く少年の瞳からは今までのおどおどした色がなくなり、ぐんと色彩が豊かになったように感じて、抑えようとしていた笑みが深くなる。
「旦那様がとてもお喜びになるでしょう。いえ、きっと奥様も……今夜はアーウェン様のお好きな物が晩餐に出ますよ、きっと」
「うん。たくさん食べるよ!」
たぶん思っているよりも食べれはしないだろうが、それでもアーウェンがそう笑うのが、とても嬉しい。
「……お、お嬢様……」
「これは……顕現……」
薔薇の花びらがよく見えるようにとミルクを入れない紅茶の紅い煌めきが強くなり、思わずアーウェンは目を瞑った。
きっと、この光は部屋の灯りを反射しているだけだろう。
「おにいしゃま……もう、いちゃくない?」
「うん……いたくないよ……エレノア、ありがとう……」
花だ。
大輪の。
透き通る花びらが蜂蜜の香りを纏い、アーウェンの産まれた時に植えつけられていた、黒い種のような物が体の奥でチリチリと黴て崩れていく──そんな気がする。
「ありがとう……」
「おにいしゃま。のあは、おにいしゃまのみかたよ?」
急に大人びた台詞に、思わずクスリと笑いが漏れた。
「うん……ぼくも、このアーウェン・ウュルム・デュ・ターランドも、君のえいえんの味方だよ」
ゆっくりと光も香りも収まり、ロフェナやカラ、部屋に控える侍女たちが呆然とする中、エレノアを見るアーウェンはもう震えもせず、キラキラと光る瞳は今までにない力強さを持っていた。
バラットに連れられて義父と実父の待つという応接室へ、アーウェンとカラは手を繋いで歩いていく。
『おにいしゃまに。おまもり』
ニコッと笑いながら、エレノアはアーウェンの髪に、一輪のマーガレットを挿してくれた。
普通に育って同じ年頃の子供と混じっていれば、貴族の子息としてそのような装いをすることに恥じらいを覚えたかもしれないが、アーウェンにそのような感情はまったくない。
むしろ見えない鎧に包まれたかのように心は落ち着き、足取りにも迷いはなかった。
(……先ほど、お嬢様に『守護の顕現』があったというが……惜しい。ぜひ私も見たかったが……また旦那様が悔しがりそうではあるが)
先導するバラットは思わず口元を緩めたが、まずはアーウェンを無事に実父から守らなくてはと気を引き締め、この館では三つ目の──つまり、あまり重要ではないお客を迎えるための応接室の扉の前で足を止めた。
「アーウェン様。こちらで旦那様と……サウレス卿がいらっしゃいます」
「うん……わかった、と言えばいいの?どういうのが正しいの?」
「それは……また後ほどお勉強いたしましょう。どちらにしろ、『お客様』をお待たせするのはよろしくございません。アーウェン様」
「はい?」
「……お気を、確かに」
ぎこちなくはあったが今まで使っていた敬語ではないアーウェンの口調に、バラットは改めてその小さな背丈に合わせて膝をつくと、表情の変わった少年と目を合わせた。
執事の言葉に頷く少年の瞳からは今までのおどおどした色がなくなり、ぐんと色彩が豊かになったように感じて、抑えようとしていた笑みが深くなる。
「旦那様がとてもお喜びになるでしょう。いえ、きっと奥様も……今夜はアーウェン様のお好きな物が晩餐に出ますよ、きっと」
「うん。たくさん食べるよ!」
たぶん思っているよりも食べれはしないだろうが、それでもアーウェンがそう笑うのが、とても嬉しい。
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