72 / 436
第一章 アーウェン幼少期
少年は領地に旅立つ ②
しおりを挟む
ふかふかの座面に座り、ゆらゆら揺れるのは不思議な気分だった。
そしてデレデレと溶けそうな顔をしたラウドは、今まで先を越されていたすべてを取り返すかのように、アーウェンに美味しいお菓子やら冷たい果実水を与え、時々自分の膝の上に乗せて窓の外を見せ、寒くはないか暑くはないかと世話を焼いてくれる。
これは──まさか、夢?
サウラス男爵家に産まれてからの数年間、自分の歳も知らず、ひとつ上の兄に命じられてそれをこなしても褒められなかったのにただただ敬愛していた。
ほとんど会ったことのない次兄という人と、自分で服を着替えれるようになるまでは怒鳴りつけながらも着せてくれていた三番目の兄だという人は、笑ってくれたことはないけどとにかく黒っぽく薄いパンのような物を投げてくれた。
同じ季節になると違う家に行って、朝が七回来る間だけ一緒に朝ご飯を食べた長兄という人は触ることを嫌がっていたが、その人の奥様は悲しそうな顔をして二回飴をくれた。
その家の周りは緑だらけで、男爵家とは違って外に出てもよかったのが嬉しかった。
大人たちがいっぱいいて、投げ飛ばされたり蹴飛ばされたりしたけど、父もそうしていたから、自分はそうされるものだと思っていた。
父と違って、大人たちは笑った。嗤った。
嗤いながら、木の棒で殴った。蹴った。投げた。
母は寝ている時だけ頭を撫でてくれる時はあったけど、起きている時は笑わなかった。
通ってくるおばさんがなぜか苦しそうな顔をして『かみさま』という知らない人の名前を呼んで、熱で震える手を握ってくれた。
「あいされないなんて、かわいそう」
あいって、なに?
かわいそうって、なに?
いつもと違う服を着て、立派な家に行った。
「ご主人様には逆らわず、自分が底辺だということを忘れず、憐れまれ、気に入られて、お前は家に金を持って来い。お前がもらう給金は全部、父である私の物だからな!フン……『養子』だと?奴隷を買い入れるには志がご立派過ぎるってか!何がターランドだ……魔力も持たないサウラス男爵家の中でも恥晒しを寄こせなどと……おかげで妻を説得するにも時間がかかってしまった……ああ、うちの奴隷を寄こせなど……まあ、その辺の高級奴隷を買うよりも高い金をくれたからいいが……どうせ嬲り尽くすだけだろう……こんなやつ……」
父がブツブツと呟く言葉の半分も聞き取れず、そしてほとんど理解もできないまま、見たこともない生まれて初めての馬車は人がたくさんいて、父は小さなアーウェンの身体が潰れても構わないというように壁際に押しつけ、自分はその上に寄りかかった。
いつものように薄い重湯だけだったから吐かずに済んだが、揺れはひどくてアーウェンはグラグラするまま馬車から引きずり降ろされ、生まれて初めて見る外の景色を楽しむこともできずに立派な人たちがいる広い家の玄関に入った。
「こんにちは。おにいしゃま。えれのあでしゅ。三歳でしゅ」
そうして、初めて『義妹』に出会ったのだ。
そしてデレデレと溶けそうな顔をしたラウドは、今まで先を越されていたすべてを取り返すかのように、アーウェンに美味しいお菓子やら冷たい果実水を与え、時々自分の膝の上に乗せて窓の外を見せ、寒くはないか暑くはないかと世話を焼いてくれる。
これは──まさか、夢?
サウラス男爵家に産まれてからの数年間、自分の歳も知らず、ひとつ上の兄に命じられてそれをこなしても褒められなかったのにただただ敬愛していた。
ほとんど会ったことのない次兄という人と、自分で服を着替えれるようになるまでは怒鳴りつけながらも着せてくれていた三番目の兄だという人は、笑ってくれたことはないけどとにかく黒っぽく薄いパンのような物を投げてくれた。
同じ季節になると違う家に行って、朝が七回来る間だけ一緒に朝ご飯を食べた長兄という人は触ることを嫌がっていたが、その人の奥様は悲しそうな顔をして二回飴をくれた。
その家の周りは緑だらけで、男爵家とは違って外に出てもよかったのが嬉しかった。
大人たちがいっぱいいて、投げ飛ばされたり蹴飛ばされたりしたけど、父もそうしていたから、自分はそうされるものだと思っていた。
父と違って、大人たちは笑った。嗤った。
嗤いながら、木の棒で殴った。蹴った。投げた。
母は寝ている時だけ頭を撫でてくれる時はあったけど、起きている時は笑わなかった。
通ってくるおばさんがなぜか苦しそうな顔をして『かみさま』という知らない人の名前を呼んで、熱で震える手を握ってくれた。
「あいされないなんて、かわいそう」
あいって、なに?
かわいそうって、なに?
いつもと違う服を着て、立派な家に行った。
「ご主人様には逆らわず、自分が底辺だということを忘れず、憐れまれ、気に入られて、お前は家に金を持って来い。お前がもらう給金は全部、父である私の物だからな!フン……『養子』だと?奴隷を買い入れるには志がご立派過ぎるってか!何がターランドだ……魔力も持たないサウラス男爵家の中でも恥晒しを寄こせなどと……おかげで妻を説得するにも時間がかかってしまった……ああ、うちの奴隷を寄こせなど……まあ、その辺の高級奴隷を買うよりも高い金をくれたからいいが……どうせ嬲り尽くすだけだろう……こんなやつ……」
父がブツブツと呟く言葉の半分も聞き取れず、そしてほとんど理解もできないまま、見たこともない生まれて初めての馬車は人がたくさんいて、父は小さなアーウェンの身体が潰れても構わないというように壁際に押しつけ、自分はその上に寄りかかった。
いつものように薄い重湯だけだったから吐かずに済んだが、揺れはひどくてアーウェンはグラグラするまま馬車から引きずり降ろされ、生まれて初めて見る外の景色を楽しむこともできずに立派な人たちがいる広い家の玄関に入った。
「こんにちは。おにいしゃま。えれのあでしゅ。三歳でしゅ」
そうして、初めて『義妹』に出会ったのだ。
19
あなたにおすすめの小説
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
逆行転生って胎児から!?
章槻雅希
ファンタジー
冤罪によって処刑されたログス公爵令嬢シャンセ。母の命と引き換えに生まれた彼女は冷遇され、その膨大な魔力を国のために有効に利用する目的で王太子の婚約者として王家に縛られていた。家族に冷遇され王家に酷使された彼女は言われるままに動くマリオネットと化していた。
そんな彼女を疎んだ王太子による冤罪で彼女は処刑されたのだが、気づけば時を遡っていた。
そう、胎児にまで。
別の連載ものを書いてる最中にふと思いついて書いた1時間クオリティ。
長編予定にしていたけど、プロローグ的な部分を書いているつもりで、これだけでも短編として成り立つかなと、一先ずショートショートで投稿。長編化するなら、後半の国王・王妃とのあれこれは無くなる予定。
薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話のパート2、ここに開幕!
【ご注意】
・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。
なるべく読みやすいようには致しますが。
・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。
勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。
・所々挿し絵画像が入ります。
大丈夫でしたらそのままお進みください。
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる