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第一章 アーウェン幼少期
少年は領地へ旅立つ ③
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「………んぅ……?」
「今日の宿泊地はまだ先だ。着いたら起こしてあげよう。今はちょうど豊作祈願の祭りをどこでもやっているはずだから、屋台巡りをしような。ああ、花火があればいいなぁ」
「はな……びぃ……?」
「ハハ……うん、いいんだ……アーウェンはこれからたくさん良い物を見なさい」
あ……い………
初めて口にした『ケーキ』という甘い物。
初めて飲んだ『ミルクティー』という甘い飲み物。
初めて食べた『サンドイッチ』という料理に使われていた『白いパン』と『魚』という味わったことのないしょっぱい物。
初めて舐めた『バター』というこってりとした物。
初めて着た上質なシャツ。
初めて寝たふかふかの布団。
なのに、なぜかアーウェンはそこにいてはいけなかった。
「お前は帰らなければならない」
「お前は恵まれた場所にいてはいけない」
「お前は可愛がられてはいけない」
「お前は家の使用人の中でも一番ボロを着なければならない」
「お前は靴を履いてはならない」
「お前は家の外に出てはならない」
「お前は虐げられなければならない」
「お前は尽くして殴られて蹴られなければならない」
「お前は罰を受けなくてはならない」
「お前は偉くなってはいけない」
「お前は死ななくてはならない」
「お前は入れ替わらなくてはならない」
「お前はそこにいてはならない」
「お前は死ななくてはならない」
「お前は入れ替わらなくてはならない」
「お前はそこにいてはならない」
「お前は死ななくてはならない」
「お前は入れ替わらなくてはならない」
「お前はそこにいてはならない」
お前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前は…………
入れ……誰……?
いつの間に泣かなくなったのだろう。
泣いても誰も来なかった。
いや、たぶん赤ん坊の時は乱暴ではあっても、泣けば濡れたあて布は乾いた物に取り替えられ、水で薄められたミルクが入った哺乳瓶を渡してもらえた。
時々変な味がしたはずだが、未熟な舌でそれがあまり安全な物ではないと本能で理解しても、空腹過ぎて手放すことはできなかった。
笑うことはなかった。
笑っても誰も笑い返してくれなかったから。
でも領地にいた大人たちには「笑え」と言われた。
笑わないとぶっ壊すぞ。
そう言われて、怖くて泣いたら頬が腫れるほど殴られた。
『奥さん』という人がそれを見て、頬に手を当ててくれたら腫れがなくなった。
だから腹を殴られた。
そこも手を当ててくれた。
そうしてもうらうと、奥さんが辛そうだった。
だから何も考えずに笑った。
叩かれて笑った。
蹴られて笑った。
地面に座って両手をついて頭を同じように地面につけるという『礼儀』を教わって、大人たちが笑う声を聞いて笑った。
「教えてもらったら、こうするんでしょう?」
だから教えてもらった『礼儀』を教えてもらった通りにへらっとした笑顔を浮かべて、朝の鍛錬を終えた後にルベラと警護兵のみんなの前で見せたら、褒められると思った。
「いけません!」
「え?」
「坊ちゃんがそんなことしちゃ、いけません!坊ちゃんは何も悪いことをしていないのに、それは『謝る』という姿勢です。遠い遠い国では、同じ姿勢で『ありがとう』を示すこともあるそうですが、この国ではそうじゃありません!それをするのは、『自分がとても悪いことをしました。ごめんなさい』と言う意味です!坊ちゃんは何か悪いことを、今しましたか?」
「え……?う……うぅん……?」
「でしょう?坊ちゃんは、逆に私たちの訓練についてきたんですよ!『できたよ!』って胸張ってください!こう!!」
ルベラがフンッ!と胸を張り、腰に手を当ててふんぞり返ってみせる。
アーウェンがキョトンと見上げると、ルベラだけでなく、周りにいたみんなが同じ格好をしてみせた。
「ふ…ふん?」
「もっと力強く!」
「ふ…ふん!」
「もっとぉ!!」
「ふっ…ふんっ!………んあぁぁ~~~っ?!」
もっと、もっとと煽られ、アーウェンはとうとうひっくり返った。
呆然と空を見上げる。
雲がいくつか浮かんでいるが、眩しいくらいに青い空。
それから──
「……ブッ」
「ブアーッハッハッハッハッハッ!!」
「アハハハハハッ!ぼ、坊ちゃん……そ、そんな勢い余って……アーハハハハハハッ!!」
それは投げ飛ばされて土や草まみれになった幼いアーウェンを見下ろしながらニヤニヤ嗤う嫌な顔つきではなく、突き抜けるような明るい笑い声で、アーウェンはルベラの大きな手でまた抱き上げられた。
「いやぁ。可愛いなぁ…リグレ坊ちゃんが小さい時に、いっちょ前に模擬剣を振られた時のことを思い出す」
「リグレ…さま……?」
「はい!アーウェン様の義理のお兄様にあたる坊ちゃんです。今は王都貴族学院の少年部にいらっしゃいますがね。ありゃぁ……確か四歳ぐらい?お祭りで観られたという『剣の舞』を真似られて……みんなで拍手喝采したら、今のアーウェン様のように胸を張られ過ぎてコテン…と」
「そうそう!」
「ああ、リグレ坊ちゃんも同じように『アレッ?』って顔をされてなぁ!」
ルベラと同年齢ぐらいの兵士達がワッハッハッと賑やかに思い出し笑いをしたが、やっぱりその顔は、アーウェンが知っている『大人』の笑い方とは全然違って、とても明るくて気持ちのいい笑顔だった。
「今日の宿泊地はまだ先だ。着いたら起こしてあげよう。今はちょうど豊作祈願の祭りをどこでもやっているはずだから、屋台巡りをしような。ああ、花火があればいいなぁ」
「はな……びぃ……?」
「ハハ……うん、いいんだ……アーウェンはこれからたくさん良い物を見なさい」
あ……い………
初めて口にした『ケーキ』という甘い物。
初めて飲んだ『ミルクティー』という甘い飲み物。
初めて食べた『サンドイッチ』という料理に使われていた『白いパン』と『魚』という味わったことのないしょっぱい物。
初めて舐めた『バター』というこってりとした物。
初めて着た上質なシャツ。
初めて寝たふかふかの布団。
なのに、なぜかアーウェンはそこにいてはいけなかった。
「お前は帰らなければならない」
「お前は恵まれた場所にいてはいけない」
「お前は可愛がられてはいけない」
「お前は家の使用人の中でも一番ボロを着なければならない」
「お前は靴を履いてはならない」
「お前は家の外に出てはならない」
「お前は虐げられなければならない」
「お前は尽くして殴られて蹴られなければならない」
「お前は罰を受けなくてはならない」
「お前は偉くなってはいけない」
「お前は死ななくてはならない」
「お前は入れ替わらなくてはならない」
「お前はそこにいてはならない」
「お前は死ななくてはならない」
「お前は入れ替わらなくてはならない」
「お前はそこにいてはならない」
「お前は死ななくてはならない」
「お前は入れ替わらなくてはならない」
「お前はそこにいてはならない」
お前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前は…………
入れ……誰……?
いつの間に泣かなくなったのだろう。
泣いても誰も来なかった。
いや、たぶん赤ん坊の時は乱暴ではあっても、泣けば濡れたあて布は乾いた物に取り替えられ、水で薄められたミルクが入った哺乳瓶を渡してもらえた。
時々変な味がしたはずだが、未熟な舌でそれがあまり安全な物ではないと本能で理解しても、空腹過ぎて手放すことはできなかった。
笑うことはなかった。
笑っても誰も笑い返してくれなかったから。
でも領地にいた大人たちには「笑え」と言われた。
笑わないとぶっ壊すぞ。
そう言われて、怖くて泣いたら頬が腫れるほど殴られた。
『奥さん』という人がそれを見て、頬に手を当ててくれたら腫れがなくなった。
だから腹を殴られた。
そこも手を当ててくれた。
そうしてもうらうと、奥さんが辛そうだった。
だから何も考えずに笑った。
叩かれて笑った。
蹴られて笑った。
地面に座って両手をついて頭を同じように地面につけるという『礼儀』を教わって、大人たちが笑う声を聞いて笑った。
「教えてもらったら、こうするんでしょう?」
だから教えてもらった『礼儀』を教えてもらった通りにへらっとした笑顔を浮かべて、朝の鍛錬を終えた後にルベラと警護兵のみんなの前で見せたら、褒められると思った。
「いけません!」
「え?」
「坊ちゃんがそんなことしちゃ、いけません!坊ちゃんは何も悪いことをしていないのに、それは『謝る』という姿勢です。遠い遠い国では、同じ姿勢で『ありがとう』を示すこともあるそうですが、この国ではそうじゃありません!それをするのは、『自分がとても悪いことをしました。ごめんなさい』と言う意味です!坊ちゃんは何か悪いことを、今しましたか?」
「え……?う……うぅん……?」
「でしょう?坊ちゃんは、逆に私たちの訓練についてきたんですよ!『できたよ!』って胸張ってください!こう!!」
ルベラがフンッ!と胸を張り、腰に手を当ててふんぞり返ってみせる。
アーウェンがキョトンと見上げると、ルベラだけでなく、周りにいたみんなが同じ格好をしてみせた。
「ふ…ふん?」
「もっと力強く!」
「ふ…ふん!」
「もっとぉ!!」
「ふっ…ふんっ!………んあぁぁ~~~っ?!」
もっと、もっとと煽られ、アーウェンはとうとうひっくり返った。
呆然と空を見上げる。
雲がいくつか浮かんでいるが、眩しいくらいに青い空。
それから──
「……ブッ」
「ブアーッハッハッハッハッハッ!!」
「アハハハハハッ!ぼ、坊ちゃん……そ、そんな勢い余って……アーハハハハハハッ!!」
それは投げ飛ばされて土や草まみれになった幼いアーウェンを見下ろしながらニヤニヤ嗤う嫌な顔つきではなく、突き抜けるような明るい笑い声で、アーウェンはルベラの大きな手でまた抱き上げられた。
「いやぁ。可愛いなぁ…リグレ坊ちゃんが小さい時に、いっちょ前に模擬剣を振られた時のことを思い出す」
「リグレ…さま……?」
「はい!アーウェン様の義理のお兄様にあたる坊ちゃんです。今は王都貴族学院の少年部にいらっしゃいますがね。ありゃぁ……確か四歳ぐらい?お祭りで観られたという『剣の舞』を真似られて……みんなで拍手喝采したら、今のアーウェン様のように胸を張られ過ぎてコテン…と」
「そうそう!」
「ああ、リグレ坊ちゃんも同じように『アレッ?』って顔をされてなぁ!」
ルベラと同年齢ぐらいの兵士達がワッハッハッと賑やかに思い出し笑いをしたが、やっぱりその顔は、アーウェンが知っている『大人』の笑い方とは全然違って、とても明るくて気持ちのいい笑顔だった。
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