その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は義父の凄さを少しだけ知る ④

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少し寂しそうな顔で溜め息をつくと、ラウドは腕の中の子供を起こさないようにと軽く抱きかかえ直した。
だが、その衝動にもアーウェンは目を覚ますことなく、暖かく包まれるその確かさに微かに口元が緩む。
「ああ、別にお前の考えが悪いというわけではない。それは統治者としてこの地に最善と思える手段で治めているということだ。そして……私にはまた違った方法をれるだけの財力があって、それを行っているというだけだ。私が鼻を明かしたいのは、私と同じことができるくせにやらない奴らが主だな」
「……それでも、やはり自分を恥じます。『役に立たない』かもしれない。だが、それでも子を持つ親にとってははらわたを抉られるような思いをさせるのは、私たち貴族です。私たちの間にだってそんな子が産まれることがあるし、男親なら何の感慨もなく切り捨ててしまうその裏では、母となった妻がいる……『仕方がない』というのは、誰のための言葉なのか……」
「それを少しでも考えてくれればいいさ。私の声や考えが皆に賛同されるとは思わない。むしろ『国益を害する』と言われるだろうな。それでも……この子は排除されていいとは思えなかったし、何となくだが……ターランド伯爵家に縁のある気がするんだ」
「ハハ……閣下のその『気のせい』で模擬戦も隣国との紛争も、我が隊はほぼ無傷でした。少し私自身がぬるま湯に浸かりすぎていたみたいです」
ログラスはそう言うと、何か思いついたかのように黙り込んだ。
ラウドも敢えて邪魔はせず、今夜の宿まで護衛を引き連れて歩き続ける。
「では、明日はぜひとも我が館へおいで下さい。久方ぶりに奥方様にも、お嬢様にもお会いしたい」
「ああ、伺わせていただこう。きっと今頃はお冠だろうがな……」
「稀代の魔術後方支援部隊の大隊長と言えど、愛娘には敵いませんか!」
「そういうことだ。何せ、奥方が後見だからな。我ら宮仕えは、その足元に侍るしかないのさ」
軽くウィンクをすると、ラウドはかつて同じチームにいた旧友と別れの挨拶を交わし、宿に入った。


いつの間に寝入ったのか──アーウェンはいつもと違うベッドで、エレノアと仲良く並んで眠っていたのに気がついた。
その小さな手は軽く握られ、手首には見たことのない模様編みのバンドが結ばれている。
始めはよくわからなかったが、模様の形からそれが花と葉っぱであることに気づき、思わず微笑んだ。
ゆっくりと身体を起こすと、まるでアーウェンが逃げてしまうというかのように、エレノアは手さぐりで服の裾を探して軽く握ってくる。
「……いるよ。僕は、いるよ」
とても優しい気持ちになる。
王都のターランド伯爵邸や、この町に来るまでの馬車の中で何度も悪夢を見た。
サウラス男爵家にいる間も寝ている時は苦しかったし、覚えてはいないが誰かに押さえつけられているような夢を見た気がするが、あの頃は苦しさを薄い板にされたようにアーウェンの心の中に積み重なっていたのに対して、今は逆にそれらがひとつずつ取り除かれている。
そのためか、アーウェンは自分以外の『人』についてよく考えるようになった。

伯爵家に来るまでは自分が一番下にいて、それが当たり前だった。
伯爵に連れてこられた時も、自分が一番下で、使用人たちに殴られたり蹴られたりして、いつかは追い出されなければならない・・・・・・・・・・・・・と思っていた。
そして──それから──死んで──死ねなかったらに戻って──兄様のお世話をして──兄様が伯爵家に行って──本当の息子になって──僕は──オレは──生きていちゃ、いけない───

ゲボォッ!
前触れもなくアーウェンは掛布団の上に嘔吐した。
幸いにもエレノアにはかからなかったが、えた匂いが部屋中に満ちても、アーウェンは動くことができない。
「……アーウェン様っ!」
その声はカラではなく、家令の代わりに今回の帰郷に同行しているロフェナである。
エレノアを驚かせるほどの大声ではないが、慌てて口から噴き出した嘔吐物を受け止めてしまって両手を汚したまま動けないアーウェンの様子を一瞥すると、微かに頷いてすぐに動いてくれた。
カラが使っていた部屋の扉すぐに備えてある予備ベッドの上の掛布団を、今まで使っていた物と取り替え、汚れた手を手拭いで包んで手首をまとめて縛ると動かないようにと囁き、すぐさま窓を開け放つ。
朝靄あさもやが朝の匂いと共にふわりと流れ込み、部屋の空気がすべて入れ替わるようにと隣接する小部屋と繋がった扉も窓も開け、小さな令嬢がまだ眠っているのを確認してから、まだ固まったままのアーウェンをサッと抱きかかえて持ち上げた。
「……大丈夫です、アーウェン様。もうお湯の用意ができてますから、すぐに綺麗にいたしましょう。驚きましたね……きっと初めての旅で、お身体がビックリされたのでしょう。魔術師様に診ていただけますから、安心なさってくださいね?」
アーウェンの口や髪の毛、そして覆ってはいるが両手についた汚物を厭うことなく、ロフェナはカタカタと細かく震えるその身体をしっかりと抱き締めて歩く。
空いている浴室のひとつにはお湯が張られた浴槽があり、あっという間に裸にされたアーウェンは焦点が定まらないまま湯に入れられた。
湯の中に嘔吐した物が浮かぶのをやや厳しい目で見ながら、ロフェナはとりあえず汚れを拭う。
そのまままた抱き上げ、濡れた身体の水滴ごと大きなタオルにアーウェンを包むと、隣の浴室に向かった。
そこにはさっきとは違い泡立った湯が張られた浴槽があったが、ぬるま湯を満たしたコップが洗面台に用意され、ロフェナはそれをアーウェンの口元に差し出す。
「さぁ……お口の中も気持ち悪いでしょう?少し含んで……べッと吐き出してくださいね?そうそう……はい、もういっかい……もういっかい……どうですか?お話しできますか」
「………あ……」
「もう一回ゆすぎましょう。くちゅくちゅと。はい、またベッと……よくできました。今度はちゃんと身体を洗いましょう。さあ、今度は身体も綺麗にしますからね……」
濡れた身体が浴槽にそっと沈められると、その細かい震えに湯が揺れた。
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