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第一章 アーウェン幼少期
少女は義兄を悪夢から救う ③
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午後の陽も傾いた頃、ターランド伯爵一家はルアン伯爵邸となっている町長の館を辞した。
宿泊している宿屋はターランド伯爵一行で貸し切りになっており、食堂部分はともかく、上階すべてに不審人物は入れないようになっている。
アーウェンが寝かせられている部屋にあがるにはその食堂を通るしかなく、馬を納屋に入れに行ったラウドたちより先に戻ろうとして入ってきたヴィーシャムやエレノアを見て、男たちは口を歪めた。
何を考えているのかは一目瞭然で、なるべく下卑たその視線を目に入れないようにとヴィーシャムが幼い娘に気を使っていると、その細い手首を掴んだ者がいた。
「よぉ!奥様。旦那はお留守かい?お戻りになるまで、俺らが相手してやるよ!」
それは宿屋の主人が酒を取ってこようと厨房に引っ込んでしまったため、護衛をつけずに入ってきたと思って手を出したようである。
どんな町でもそうだが、この町にも娼館や女性が酌をするような安い酒場はある。
嘆かわしいことだが、路地裏にひっそりと立って男たちに身を任せざるを得ない女たちもいる。
そんな女たちと屋外で過ごすのは手軽ではあるが、恋人のようにこの宿屋の食堂で待ち合わせをして上の部屋へしけこむ──そんな背徳の愉しみを味わう場所と時間を奪われたと、ある意味逆恨み的な感情を持って、ヴィーシャムたちに絡んできたのだ。
貴族であろうとただの女──数さえいれば、甚振り犯すのに問題はないと思っている。
娘らしき幼女を人質に取れば対して抵抗もせず、そして上に引っ込んでいるお貴族様一行も主人格の女を盾にすれば、手出しはできないと勝手に思い込んでいた。
「……手をお放しなさい」
ひんやりと冷たい腕は単に体温が低いだけだと思い、ヴィーシャムの忠告を無視し、男たちはゆっくりとふたりを囲む輪を作り始めた。
「へっへっ……この町の女は安いのしかいないんだよなぁ……お貴族様なんて、どんな極上の味がすんだろうなぁ」
「知ってるか?貴族ってのは結婚するまで処女だから、男はひとりっきゃ知らねえらしいぞ?俺らがいろんなオトコを教えてやらねぇとな!」
「ギャハハハハッ!マジかっ?!そりゃ、ほぼ処女と変わらねぇだろう?他の男と姦通したなんて知られたら、リコン案件だろうな~…今からちゃぁんと娼婦のオシゴト仕込んでやるよ!」
「……それはどうも」
口々に勝手なことを言いながら距離を詰めてくる男たちに怯むことなく、ヴィーシャムはそっとエレノアを自分のスカートの陰に寄せる。
そして──
宿屋の主人は、両手に持った酒瓶を落した。
床に当たって砕けるはずのその瓶はサクリと柔らかい音を立てて、季節外れの、そして場所を考えない雪の中に埋もれる。
ガタガタと震えるのは、恐ろしいほどの寒さだけではない何か。
「……あ……あ……あ……」
ラウドが護衛たちを引き連れて宿の出入り口ともいえる食堂部分に入ると、常連たちは皆蹲り、ヴィーシャムの手首を握ったままの男以外、自分の身体を護るように抱えて細かく震えている。
「……何かあったのかね?」
「あら。ええ。どうも私と遊びたかったらしいので、遊んで差し上げましたの」
「らしいね。霜焼けも辞さないほど雪遊びが好きとは……この辺りは冬でも雪が降らないしねぇ。ルアンに言って、ぜひ北の山岳地帯にある豪雪僻村から護衛なしで雪運びをする仕事でも斡旋してあげようか?」
「そうね。明日こちらにいらっしゃるから、それまでここにいていただきましょう?」
にっこりとヴィーシャムが微笑みかけると、真っ青な唇に体温を失くした白い顔を上げて左右に振る男たち。
しかしその手は相も変わらずしっかりと掴んだままである。
「おやおや……いつまでも妻の腕を掴んでいるとはね。そんなに恋慕されては、いくら寛容な私でも嫉妬に狂ってしまうかもしれないなぁ……その不埒な腕の一本ぐらいは失っても惜しくはないよね?そんなに私の妻が好きならば」
「ち…ちが………」
ガチガチと歯を鳴らしながら頭を横に振る男の腕に手を触れたラウドがさらに冷気を送り込むと、ぐるりと白目を剥いて不埒者は気絶した。
ゴトリと音を立てて腕が外れると、ヴィーシャムはパッと手を払う。
「ああ、スッキリしました。助かりましたわ、あなた」
「たしゅかりましたわ、おとうしゃま」
エレノアもひょこりとヴィーシャムのスカートから顔を出して感謝の言葉を投げかけると、ラウドの顔が崩れた。
「ふふふ……綺麗な奥様と、可愛らしいお嬢様のお役に立てて何より。後始末をしてから上に行くから、ノアはお母様と一緒にお義兄様が起きたか、カラに聞いてきておくれ?」
「あい!」
娘に向かってにこやかにそう話す『お貴族様』が振り返って見下ろすその目を見て、蹲る男たちはこの先に待ち受けるものに恐怖し、寒さだけに寄らずさらに身体を震わせた。
宿泊している宿屋はターランド伯爵一行で貸し切りになっており、食堂部分はともかく、上階すべてに不審人物は入れないようになっている。
アーウェンが寝かせられている部屋にあがるにはその食堂を通るしかなく、馬を納屋に入れに行ったラウドたちより先に戻ろうとして入ってきたヴィーシャムやエレノアを見て、男たちは口を歪めた。
何を考えているのかは一目瞭然で、なるべく下卑たその視線を目に入れないようにとヴィーシャムが幼い娘に気を使っていると、その細い手首を掴んだ者がいた。
「よぉ!奥様。旦那はお留守かい?お戻りになるまで、俺らが相手してやるよ!」
それは宿屋の主人が酒を取ってこようと厨房に引っ込んでしまったため、護衛をつけずに入ってきたと思って手を出したようである。
どんな町でもそうだが、この町にも娼館や女性が酌をするような安い酒場はある。
嘆かわしいことだが、路地裏にひっそりと立って男たちに身を任せざるを得ない女たちもいる。
そんな女たちと屋外で過ごすのは手軽ではあるが、恋人のようにこの宿屋の食堂で待ち合わせをして上の部屋へしけこむ──そんな背徳の愉しみを味わう場所と時間を奪われたと、ある意味逆恨み的な感情を持って、ヴィーシャムたちに絡んできたのだ。
貴族であろうとただの女──数さえいれば、甚振り犯すのに問題はないと思っている。
娘らしき幼女を人質に取れば対して抵抗もせず、そして上に引っ込んでいるお貴族様一行も主人格の女を盾にすれば、手出しはできないと勝手に思い込んでいた。
「……手をお放しなさい」
ひんやりと冷たい腕は単に体温が低いだけだと思い、ヴィーシャムの忠告を無視し、男たちはゆっくりとふたりを囲む輪を作り始めた。
「へっへっ……この町の女は安いのしかいないんだよなぁ……お貴族様なんて、どんな極上の味がすんだろうなぁ」
「知ってるか?貴族ってのは結婚するまで処女だから、男はひとりっきゃ知らねえらしいぞ?俺らがいろんなオトコを教えてやらねぇとな!」
「ギャハハハハッ!マジかっ?!そりゃ、ほぼ処女と変わらねぇだろう?他の男と姦通したなんて知られたら、リコン案件だろうな~…今からちゃぁんと娼婦のオシゴト仕込んでやるよ!」
「……それはどうも」
口々に勝手なことを言いながら距離を詰めてくる男たちに怯むことなく、ヴィーシャムはそっとエレノアを自分のスカートの陰に寄せる。
そして──
宿屋の主人は、両手に持った酒瓶を落した。
床に当たって砕けるはずのその瓶はサクリと柔らかい音を立てて、季節外れの、そして場所を考えない雪の中に埋もれる。
ガタガタと震えるのは、恐ろしいほどの寒さだけではない何か。
「……あ……あ……あ……」
ラウドが護衛たちを引き連れて宿の出入り口ともいえる食堂部分に入ると、常連たちは皆蹲り、ヴィーシャムの手首を握ったままの男以外、自分の身体を護るように抱えて細かく震えている。
「……何かあったのかね?」
「あら。ええ。どうも私と遊びたかったらしいので、遊んで差し上げましたの」
「らしいね。霜焼けも辞さないほど雪遊びが好きとは……この辺りは冬でも雪が降らないしねぇ。ルアンに言って、ぜひ北の山岳地帯にある豪雪僻村から護衛なしで雪運びをする仕事でも斡旋してあげようか?」
「そうね。明日こちらにいらっしゃるから、それまでここにいていただきましょう?」
にっこりとヴィーシャムが微笑みかけると、真っ青な唇に体温を失くした白い顔を上げて左右に振る男たち。
しかしその手は相も変わらずしっかりと掴んだままである。
「おやおや……いつまでも妻の腕を掴んでいるとはね。そんなに恋慕されては、いくら寛容な私でも嫉妬に狂ってしまうかもしれないなぁ……その不埒な腕の一本ぐらいは失っても惜しくはないよね?そんなに私の妻が好きならば」
「ち…ちが………」
ガチガチと歯を鳴らしながら頭を横に振る男の腕に手を触れたラウドがさらに冷気を送り込むと、ぐるりと白目を剥いて不埒者は気絶した。
ゴトリと音を立てて腕が外れると、ヴィーシャムはパッと手を払う。
「ああ、スッキリしました。助かりましたわ、あなた」
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「ふふふ……綺麗な奥様と、可愛らしいお嬢様のお役に立てて何より。後始末をしてから上に行くから、ノアはお母様と一緒にお義兄様が起きたか、カラに聞いてきておくれ?」
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