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第一章 アーウェン幼少期

少女は義兄を悪夢から救う ④

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チラチラと父や護衛たちを気にするエレノアを促し、ヴィーシャムはアーウェンが眠っているという部屋まで階を上がった。
二階にはかなりの人数が一部屋ずつ与えられるほどの部屋があり、警護兵でも護衛当番の者たちと御者担当の宿泊部屋にあたえている。
その上がターランド伯爵家の者とカラ、ロフェナ、ヴィーシャムの侍女、エレノアの乳母と客人扱いの魔術師長、それから共有で使う浴室が何部屋かある。
さらにその上が非番に当たる者が休むというぐあいになっており、おそらく町の中でも高級宿のひとつだから、階を上がれば下から聞こえる男のものとは思えないか細い悲鳴と懇願の声は聞こえなくなるだろう。
精神的にも教育的にもエレノアに聞かせたくはないが、抱き上げて背中越しにヴィーシャムが作り出した以上の極寒地獄を見せるわけにも行かないため、娘の早さで階段を上がるしかない。
「……まったく。貴族がほとんどいないというのは、庶民にとっては過ごしやすいものでしょうけど、礼儀がなっていないのは問題ね」
「アーウェン様に合わせてゆっくり参りましたから、到着は夕方になってしまいましたが、この町はあまりにも王都に近いですから。別荘や別宅を構えるというにも中途半端でございますし……」
「そうねぇ……ジェナリー様の薬草園や植物園などが学術的な面から見て、これからの学びや働く場になりそうではあるのだけれど……旦那様はあまり薬学に重きを置いていらっしゃらないから、援助をお願いするのは難しいかしら?」
次の階に上がって廊下を進みながら、少し後ろを歩く侍女頭に話しかける。
エレノアはよくわからないながらも先ほどの光景より、よほど面白そうだと思ったのかキラキラとした目で母を見上げて一緒に頷いた。
「ふふっ…エレノアに『癒しの力と薬学を合わせて、お父様に『良い物』を作れる場所を造って』とお願いしてもらおうかしら?」
「あいっ!」
「いけません、奥様。それは越権行為や、他領干渉にあたります。エレノア様も気軽にお返事なさってはいけません」
「もう……わかっていますわ、はい」
「あいぃ……」
侍女頭はヴィーシャムがターランド家に嫁いできた時からのお目付け役兼教育係でもあったため、雇用人の中でも最古参であり、今でも頭が上がらない。
シュンとしてヴィーシャムが大人しく返事をすると、エレノアも同じように反省の色を見せる。
なんだかんだ言っても今でもターランド伯爵家の女性専任教育係は優しく、ふたりの後ろから歩きながら、その皺の刻まれた顔に微笑みを浮かべていた。


アーウェンは相変わらず眠っている。
時折り苦しそうに呻いてはいるが、吐き戻したり泣きながら目を覚ますことはないという報告を聞き、ヴィーシャムは安堵と不安げな表情を浮かべてしまった。
「……体力はどうです?」
「そちらは以前より落ちにくいといいますか、『悪夢にうなされているけれど、起きるほどではない』と脳が判断し、身体は普通に睡眠をとっている状態ですね。危機的状況に陥ることは、まずないでしょう。王都にいた頃と同じ状態になってしまったら、二日三日どころか、また数ヶ月は動けない状態になってしまいますが、ええ、目を覚ましてもちゃんと起き上がれる状態です」
「そうですか……」
魔術師長がそう請け負うと、ほっと息を吐く。
「では、日が昇ればちゃんと目を覚ましますのね?」
「ええ。ただ消耗状態を考えれば、夢も見ずにぐっすり眠る方法を見つけ、しっかり食事を摂ってから次の町に向かわれた方がいいと思いますが……」
「ああ!それなら大丈夫ですわ!」
パッとヴィーシャムの顔が明るくなったのは、先ほどのお茶会で話したことを思い出したためである。
「この町の町長夫人であるルアン伯爵夫人より、安眠効果のある薬草をお持ちいただけるとお約束いただいて、明日届けてくださると」
「薬草……ですか?」
「ええ。魔術研究所ではあまり薬学を推奨されていないことは存じておりますけれども、彼女の学術的興味はとても素晴らしいものでしてよ?できれば魔術師長と高等部時代に学んだ魔術授業の内容と、薬学についてお話されたいと希望されていましたの」
「ほう………」
薬学云々についてはあまり興味をそそられなかったようであるが、女性ながら魔術の授業を履修したという部分に惹かれたらしい魔術師長は、明日の訪問に立ち会うことを了承した。

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