その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は初めてのおねだりをする ③

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「アーウェン……よくお聞き」
「………」
「お前はジェニグス・ターラ・サウラス男爵家で産まれ、八歳の誕生日前日までサウラス男爵夫妻の息子であったことは事実だ。それは変えられない。お前にとってはあの家での育てられ方、扱われ方が世界のすべてだったろう。だが、八歳の誕生日を迎え、ターランド伯爵家の名の下に新たに洗礼名を与えられたアーウェン…お前はもう私たちの息子なんだ。私たちの育て方でお前を慈しみ愛する。それは際限なく己の身不相応に振る舞ってよいということではない……だがね」
ラウドは自分の肩に縋りついて固くなるアーウェンを優しく剥がし、お互いの顔がよく見えるように抱え直した。
「私は『今のお前』をとても甘やかしたい気持ちなんだ。だからお前が『どうしてもこれを持って帰りたい』と思った物をお前に選んでほしいと思っている。むろんそれが本当にお前のためになる物かどうか、その判断はお前の新しい母とこの父がするが、きっとお前はこの店にある物全てが欲しいなどという愚かな選択はしないと、父は信じている……わかるかね?」
きっとアーウェンは混乱し、今言われていることをしっかりと理解し消化するのに時間はかかるだろう──そもそも『好きな物を与えてもらう』ということも、『複数ある物の中から好きに選ぶ』ということも教えられていないのだから。
実際ターランド伯爵邸でもアーウェンがエレノアと遊ぶ時はエレノアが手に取り渡される物を受け取り、ロフェナが「何をして遊ぶか」と聞いても意味がわからずに連れられるに任せてきた。
すぐには無理だろう。

でも『選択した』という経験をしてほしかった。

性急すぎるかもしれないが、ひとつでも多く今まで何とか生き延びてきた『八年』という年月に、本来子供が経験するはずだった幸せな時間や受け取るはずだったものを受け取らせたい。
だから──
「もう一度聞くよ?……アーウェンは、どれが欲しいのかな?」
「…………これ……」
真っ赤になって俯きながら、聞き取れないぐらい小さな声でアーウェンは微妙な位置に向かって指を差す。
それはアーウェンが本当に欲しいと思っているらしい積み木のやや右側を差していたが、そこで意地悪く問い詰めることはせず、ラウドは正解の物を手に取り、改めてアーウェンに尋ねた。
「これでいいんだね?」
「……う……ふぇっ……えぇ~~~……」
アーウェンは義父が手に持つ積み木と見つめる瞳とを何度も視線を往復させ、感極まった顔で何度も頷いて小さく泣き出した。
まだ肉が十分についたとは言えない指で積み木たちに触れた後にまたしがみついて、しゃくりあげながらアーウェンはか細い悲鳴のような泣き声を上げ続けるのをあやしながら、ラウドは商品を執事のひとりに渡す。
「……何なんだい、ありゃぁ……」
怪訝そうに店主が代金を払おうとする執事に小声で話しかけてくると、特に嫌そうな顔もせずに答えてやった。
「少々ご不憫なお育ちの方であられるのだ。今までのことを忘れ、幸せにお育ちになってほしいというのが、我々の総意なのだよ」
「ふぅ~ん……お貴族様ってのはずいぶんと酔狂だ。お気楽でいいねぇ~。親無し子を引き取るなんてさ」
「……アーウェン様はターランド伯爵家の遠縁ではあるが、ご出身はれっきとした男爵家のご子息。めったなことは言わぬほうがよろしいと思いますよ?我が主はこちらの領主であられるキンフェニー公爵閣下ともご懇意とか……」
「ウゲッ……き、聞かなかったことにしておくれ……」
「ええ、大丈夫ですよ。こちらには旅の途中で立ち寄ったまで。あまりお口が軽くない方がご商売もよろしいでしょう」
そう言いながら積み木の代金にわずかに上乗せして支払うと、余計な分が戻される。
「ふんっ……言われなくても、うちは真っ当な商売してるんだ。なんだ……その……あの坊主……坊ちゃんは、あんまりおもちゃを持ってないのかい?」
「ええ。あまり欲を持たれないお子様で」
「あっちの寝てるのは、妹さんかい?」
「ええ……それが?」
「ふんっ」
店主は何も言わず、六色のクレパスひと箱と何枚かの塗り絵を積み木の横に置いた。
「……旅ならまだ馬車とか乗るんだろう?どっち行くのか知らんが……子供にゃ暇だよ。持ってけ」
「いえ、これは……」
「小さい子供皆にやってるんだ。ひと組しかやれねぇが、仲良く分けて使わせなよ」
そう言うと店主はシッシッと追い払うように手を振った。
実際夜道はだいぶ暗くなり、閉店の時間を過ぎてしまっていたようである。
「毎度ぉ」
飾り門扉を閉める店主に追い出されたラウドは何も言わなかったが、丁寧に包まれた積み木を見て柔らかく微笑んだ。

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