その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は馬車の中でも学ぶことを知る ②

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まだ緊張が暴挙の域に達していないのが救いか、単に気を引くためなのか──『逃げる人』の心理として『異端を嫌うから』という理由しか突き付けられてこなかったクレファーとしては、どういうつもりでも妹が玉砕確実の恋心が綺麗に終わることしか考えられない。
そして今はそれすらも捨て置き、今後の教育計画を相談せねばならなかった。
基本的にはラウドに告げたものでいいだろうが、馬車酔いなどがあれば変更したり延期しなければならない。
それとも領地に着いた後から始める学習を到着点とし、逆算して準備を進めるべきか──だんだんとクレファーは自分の天職かもしれない『教師』という仕事に意識を向ける。
それは苦ではなく、むしろ楽しく、心無い言葉をかけられたり、言いがかりとしか思えない『純粋なウェルエスト人ではないから』という理由で解雇されたり、授業料を払ってもらえなかったことすら、今ここにいる道に繋がっていたと思えば昇華される気がした。
「今日は馬車の中でクレファー先生と一緒ですよと、アーウェン様に伝えました」
「そう……ですか?」
ニコニコとしているロフェナの顔に何かまだ言いたそうな雰囲気を感じ、クレファーは何だろうと首を傾げる。
「ええ。それはそれは楽しみにしておられるようで、昨日字を教えてもらったカードと、ノートやペンを馬車に持ち込んでもいいのだろうかと両手で抱え込んで、カラが落とさないかとハラハラしているのを見ましたよ」
クックッと忍び笑いを浮かべるロフェナにつられるように、クレファーも唇の端を上げたが、想像してみるとなかなかに可笑しい。
年齢的にはともかく、精神的に三歳児とあまり変わらない痩せぎすの男の子が、両手いっぱいの宝物のように学習道具を持ってフラフラし、それを心配そうに手を出そうかどうしようかと迷う少年──
クレファーが同じ馬車に乗り込む頃にはもうすでに座席に収まっているだろうが、できればそんな姿を見てみたい気もする。


クレファーがロフェナに案内されて主人用の馬車に近付くと、そこにはまだ馬車には乗っておらず、そばの地面に屈みこんで何か枝を動かしているアーウェンと、それを見ながら何か手振りをしているカラがいた。
「おはようございます、アーウェン様」
「あっ!おはようございます!」
こちらから声を掛けると、パッと顔を上げて昨日よりも警戒心がなくなったらしい笑顔のアーウェンが挨拶を返してくれた。
警戒心がなくなったどころか──まるで心を余すところなく傾けてくれているように感じるのは、クレファーの希望的観測のせいだろうか。
「ああ、素晴らしいですね!昨日の復習ですね?」
「はい!カラが、紙ではなくて、こうやって地面に木の枝で書けば、何度でも書けるって教えてくれました!」
気のせいではなく、アーウェンは確実にクレファーに対して全幅の信頼を置いている──それはもう、危険なほど無防備な姿だ。
そうしてカラに促されてアーウェンは使っていた棒を持ったまま馬車に乗り込み、クレファーは地面に残された昨日よりしっかりとした文字になった線を見つめる。
「不思議でしょう?あの方が生まれてから今まで受けてきた仕打ちを考えれば、大人どころか、自分より年上の者であればすべてを恨んだり怯えたりしてもおかしくない。それなのに、アーウェン様は何故かまっすぐで、信じられないほど純真で、黒い感情など一切見られないのです」
「それは……それなりに、あの子を癒すものがあったとか……」
「二歳か三歳の頃に、目の前で小動物を惨殺されたのを見ても?『遊び』と称して下僕どころか奴隷のように振る舞うようにと教え込まれて殴られたり蹴られたりするのが当たり前だったとしても?お腹が空いても下着が濡れても替えてもらえずに放置されて育ったとしても?そんな彼の目の前ですぐ上の兄だけが慈しまれて、与えられ、いない者のように扱われても?」
「八歳の……少年、が……」
「ええ。産まれた、その瞬間と言ってもいい時から、慰めなど与えられずに」
ロフェナの怒りのこもった言葉がアーウェンの育ってきた環境をほとんど知らないクレファーにまで感染して、悲しみと熱い憤りが湧いてくる。
「たったひとり……アーウェン様のことを気にかけて下さった方がいたそうです。数回しかお会いしたことのない、実の兄の妻、ティーニア様という女性だけが……癒しの力を持って、動けなくなるほど痛めつけられ骨折していたアーウェン様を救ったことがあるいうことまでは、調べがついているのですが……」
「いるのですが……?」
「王都には一切出てこず、領地にいるのだけれど、ほとんど館にはいないとか……」
いずれは単身で訪れようと思っていることは告げずに、アーウェンについての情報の一部だけを開示しただけで、ロフェナは家庭教師となった男に、主人の馬車への同乗を勧めた。


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