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第一章 アーウェン幼少期
少年は文字と言葉を結ぶ ①
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「アー」
「あー」
「エー」
「えー」
「オー」
「おー」
先ほどから発音と文字を関連付ける練習が行われている。
カードでは単語がすでに書いてあるので、クレファーは手書きで一文字ずつ書いた紙の束を持ち込んでいた。
アーウェンが覚えなければならないのは、基本の音と文字の形、今覚えているのは『小文字』いう形で、同じ発音をする『大文字』と合わせて二種類があること。
少しでも関連づけて先に進めようとするとアーウェンが混乱することがわかったので、とにかく発音することを先にしたが、それは舗装されていない普通の道では轍ができたり、体重の重い動物や魔獣が自由に道を使うためにあちこちへこんだり、石などがゴロゴロあって馬車がけっこう揺れるためだ。
そしてクレファーとカラはほとんど長距離の馬車に乗ったことがないため、車内でひと文字だけとしても下を向いて本やカードなどを見続けると酔ってしまうということが判明したためでもある。
「……そうだったな。一応ロフェナも馬上で書類を確認できるようになるまで、ずいぶん落馬もしたな」
「お恥ずかしいです。今でも体調が悪いと、このように楽な移動でも酔うことがありますので……後ほど、休憩の時に厨房から何か酔い止めとなる物を持ってこさせましょう」
「あ、ありがとうございます」
「…も、申し訳…ありま……」
アーウェンの学習具合を記録しようと下を向いて書き留めていたカラはすっかり元気が無くなってしまい、ラウドが命じてやっと座席に横たわって休んでいる。
普通に座っているよりも横になっている方がいいのか、時折うつらうつらとしているのは従者としては失格かもしれないが、意外にも平気そうなアーウェンがカラの頭の方に座り、時折汗ばんだ頭を心配そうに撫でているのを見るのは悪いものではないとラウドは思った。
「アーウェンは大丈夫か?」
「はい!大丈夫です!」
ここ数日の馬車生活にすっかり慣れたらしいアーウェンは、まったく体調を崩した様子はない。
おそらく本人は覚えていないだろうが、三歳になるまでは年に一度、まるで荷物のように王都からあまり離れていない男爵領村に運ばれたから、それに比べればずいぶん楽なのだろう。
「……では、今まで覚えた文字を組み合わせてできる言葉があるので、覚えていきましょう」
僅かに顔色を悪くしつつ、クレファーがアーウェンに次のステップに進むことを宣言する。
とはいえ、今覚えたのは十文字ぐらいなのに、どうやって『言葉』ができるのかとアーウェンは首を傾げる。
「まずこの字と、この字、そして…」
三枚の紙でできたのは『いぬ』という言葉だが、アーウェンにはいったい何を現わしているのかさっぱりわからない。
「これは一文字ずつだと意味がありませんが、組み合わせて『い』『ぬ』……わかりますか?」
「い…ぬ……いぬ?あの、動物の、犬?」
「そうです、犬、です」
「犬!」
「ええ、昨日アーウェン様が選ばれた絵本にもありました。『犬のランティスと猫のトラン』の『犬』とはこう書きます」
「いぬ……」
ようやく腑に落ちたのか、アーウェンが目をキラキラと輝かせた。
「これをちがうじゅんばんにかえたら、また『言葉』ができますか?」
「こ、これ…は、残念ながら違う言葉にはできませんが、確かにアーウェン様が言うように、順番を変えて別の言葉になる文字の並びもあります……確かに、賢い」
思っていない方角からの、文字を習ったばかりとは思えない子供の発言にやはり知性を認め、クレファーが小さく呟くと、ラウドは満足げに微かに頷いた。
「あー」
「エー」
「えー」
「オー」
「おー」
先ほどから発音と文字を関連付ける練習が行われている。
カードでは単語がすでに書いてあるので、クレファーは手書きで一文字ずつ書いた紙の束を持ち込んでいた。
アーウェンが覚えなければならないのは、基本の音と文字の形、今覚えているのは『小文字』いう形で、同じ発音をする『大文字』と合わせて二種類があること。
少しでも関連づけて先に進めようとするとアーウェンが混乱することがわかったので、とにかく発音することを先にしたが、それは舗装されていない普通の道では轍ができたり、体重の重い動物や魔獣が自由に道を使うためにあちこちへこんだり、石などがゴロゴロあって馬車がけっこう揺れるためだ。
そしてクレファーとカラはほとんど長距離の馬車に乗ったことがないため、車内でひと文字だけとしても下を向いて本やカードなどを見続けると酔ってしまうということが判明したためでもある。
「……そうだったな。一応ロフェナも馬上で書類を確認できるようになるまで、ずいぶん落馬もしたな」
「お恥ずかしいです。今でも体調が悪いと、このように楽な移動でも酔うことがありますので……後ほど、休憩の時に厨房から何か酔い止めとなる物を持ってこさせましょう」
「あ、ありがとうございます」
「…も、申し訳…ありま……」
アーウェンの学習具合を記録しようと下を向いて書き留めていたカラはすっかり元気が無くなってしまい、ラウドが命じてやっと座席に横たわって休んでいる。
普通に座っているよりも横になっている方がいいのか、時折うつらうつらとしているのは従者としては失格かもしれないが、意外にも平気そうなアーウェンがカラの頭の方に座り、時折汗ばんだ頭を心配そうに撫でているのを見るのは悪いものではないとラウドは思った。
「アーウェンは大丈夫か?」
「はい!大丈夫です!」
ここ数日の馬車生活にすっかり慣れたらしいアーウェンは、まったく体調を崩した様子はない。
おそらく本人は覚えていないだろうが、三歳になるまでは年に一度、まるで荷物のように王都からあまり離れていない男爵領村に運ばれたから、それに比べればずいぶん楽なのだろう。
「……では、今まで覚えた文字を組み合わせてできる言葉があるので、覚えていきましょう」
僅かに顔色を悪くしつつ、クレファーがアーウェンに次のステップに進むことを宣言する。
とはいえ、今覚えたのは十文字ぐらいなのに、どうやって『言葉』ができるのかとアーウェンは首を傾げる。
「まずこの字と、この字、そして…」
三枚の紙でできたのは『いぬ』という言葉だが、アーウェンにはいったい何を現わしているのかさっぱりわからない。
「これは一文字ずつだと意味がありませんが、組み合わせて『い』『ぬ』……わかりますか?」
「い…ぬ……いぬ?あの、動物の、犬?」
「そうです、犬、です」
「犬!」
「ええ、昨日アーウェン様が選ばれた絵本にもありました。『犬のランティスと猫のトラン』の『犬』とはこう書きます」
「いぬ……」
ようやく腑に落ちたのか、アーウェンが目をキラキラと輝かせた。
「これをちがうじゅんばんにかえたら、また『言葉』ができますか?」
「こ、これ…は、残念ながら違う言葉にはできませんが、確かにアーウェン様が言うように、順番を変えて別の言葉になる文字の並びもあります……確かに、賢い」
思っていない方角からの、文字を習ったばかりとは思えない子供の発言にやはり知性を認め、クレファーが小さく呟くと、ラウドは満足げに微かに頷いた。
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