その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か？

第一章 アーウェン幼少期

少年従者は憂いを失くす ③

「あんたもだよ！どうせ何か知らないけど便利な魔法で、あのトリガラみたいな『坊ちゃん』とやらに取り入ってんだろうさ！っていうか、何だいあの子？野良犬が拾ってきた棒っ切れだってもっとシャンとしてるさ！どうせ妾の子だろうに、そんなの押しつけられる奥様が可哀想さね！」
そう言いながら女の顔は馬鹿にしきって、醜く嗤っている。
「ハハハッ！な～にが貴族様だ！どうせ都じゃ不義の子を育てらんないからって逃げてきたんだろう？それをうちの旦那様に嘘ばっか並べてさ！ああ……ひょっとして、お前さんもあのお偉い伯爵様の隠し子……っ」
怒鳴り返そうと身構えたカラが叫ぶ前に、無礼な女の顔面はガッシリと大きな手のひらに捕まれていた。
ミシッ、ミシッ…と嫌な音がして、指の隙間から見える目がだんだんと血走っていく。
「……今までの暴言もどうかと思いますが、アーウェン様だけでなく、カラさんのことまで侮辱なさるとは、ずいぶんとご自分の雇用状態を悪化させたいようですね？」
「ヒッ…ハッ……」
ミシッ。
「このままあなたの言ったことをグリアース伯爵閣下にご報告して、即刻解雇していただいてもいいのですが……少し私の腹の虫が収まりません。代わりに私が徹底的に仕込みなおしますから、向こう二年はご自分の家に帰れないものと覚悟なさいね？」
「ハッ…ヒッ…に、を……？」
「ふふ……私の能力は火を熾したり風を操るものではありませんが、優れた記憶力とこの怪力です。少しずつ頭蓋にひびを入れて差し上げましょうか？あなた如きの指をへし折ることも簡単。四肢すべてを使えないようにして、それこそ野良犬の前に放り出して差し上げましょうか？」
「ヒ…ィ……」
「でもそんなことをしても、『使えない者が使えなくなった』だけで、グリアース伯爵閣下のお役には立ちませんものね。ですから、あなたがまずその減らず口を慎み深くさせるために、喉を潰しておきましょう。そうすれば今後は嫌なさえずりを聞くことも無くなりますから」
「ヒィ…ック……ゥ……」
抵抗していた手足が伸び、ビクビクと痙攣しながら女が失禁して気絶したのを確認してから、女中はカラたちに笑顔を向けた。
「では今見たことを奥様にご報告するように。可能であれば宿の方で待機しているジェンガーもこちらの守り番として残留させていただきます、と」
「畏まりました」
「は……はひぃ……」
毒気を抜かれるどころか、腰まで抜かしそうになりながらカラは頷いた。
ずっと待機していたお茶の盆を持った女中に促されたカラがようやく退出すると、まだ無礼者を片手で掴んだままの監視役の女中がにっこりと笑って告げる。
「では、私はアンナ・ガーヴェン。夫のジェンガー・ガーヴェンとともに、このお屋敷に勤める者が使い物になるまで再教育させていただきますわ」
その言葉に気絶した女とターランド伯爵家の女中以外の通い女中たちは、ヒッと小さく息を飲んで顔を青褪めさせた。


カラがアーウェンたちのいる部屋にまず昼食代わりのお菓子や軽食の載った盆を置き、お茶の支度をしている間についてきた女中は下がって、アンナの伝言を女主人に伝えた。
「あら、まぁ……そう……では希望者がおりましたので、こちらのお屋敷にうちの女中と門番役の者を置かせていただいていいかしら？」
「えっ……本当に、よろしいの？」
「ふふっ……アンナも数年ぶりの帰郷を楽しみにしていたのだけれど、それ以上に躾けがいのある者を放置しておけなかったのでしょう。私も思いつかなかったわ、あの子を置いていくなんて」
チラリとヴィーシャムが視線を飛ばすと、主の許可を得た女中が口を開く。
「あのように『貴族とは威張ってばかりで責任よりも快楽を優先させるものだ』と勘違いしている輩を野放しにすることは、グリアース伯爵閣下や奥様の評判に傷がつきかねません。今後、こちらを訪れる他家の方たちを持て成す際にも、きちんと躾けられた者がいた方がよろしいかと」
「そうね。アンナもだけれど、夫のジェンガーもとても役に立つわ。王都でも門番をしていたから、たいていの侵入者を退けられるし。下男の躾けも、たいていの男では力でも技術でも敵わないから、ちゃんと言うことを聞かせられるでしょう」
「……どんな方か、興味が湧くわ」
「人の良い男性よ。見た目に騙されて、痛い目を見る者がほとんどだけど」
きっとその躾けにはグリアース夫妻の次男も含まれてしまうかもしれないことは言葉に出さなかったが、ターニャ夫人は何となく考え込んだ。