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第二章 アーウェン少年期 領地編
料理人は遠慮する ③
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「……という方法もありますが、実はもうグラウエス氏には相当の労働対価が支払われる予定です」
クスリとロフェナは笑い、数枚の紙をポカンと口を開けたイシューに手渡した。
見ればそこには昨日までの旅程でシェイラが細々と厨房担当の者に混じって働いたという証明と、その働きに対する対価、イシューが厨房に立ち調理の手伝いをした他にも、領主であるラウドからの要請に応えて領主一家や側付きの上級使用人だけでなく、下級使用人及び警護隊の皆へのガブス料理披露の対価、妻であるパージェがもたらした、ターランド伯爵夫人であるヴィーシャムと令嬢エレノア・イェーム・デュ・ターランドへのガブス伝統の刺繍模様の指導及び話し相手の対価。
そのどれもが単純に「世話になっているから」とか「領地まで連れて行ってくれるから」という恩返しのつもりで行ったり、シェイラの「ここで見捨てられたら生きていけない」という生存本能から来る処世術のようなものだったが、それすらも評価されてターランド伯爵領都邸への到着と同時に支払われるという証文になっていた。
「こっ…これっ…は……」
「あなた方が旦那様に恩義を感じているのと同じように、我が主もあなた方がこの旅団にもたらしてくれるものをありがたく感じているのです。これは施しではありません。奥様やお嬢さんが得たものの価値は、ハッキリ言ってあなたにはあまり価値のあるものではないかもしれない……けれど、確かにお嬢さんの手伝いによって厨房の者たちはかなり助かりましたし、奥様のお話や刺繍は我が主一家の無聊を慰めたのです。そしてもちろんあなたの作るガブスの料理は我らが口にしたことのない珍味も多々あり、我がターランド伯爵家厨房の者たちも真剣にあなたに教えを乞うたでしょう」
だから、その対価なのですよとラウドはにっこりと笑う。
料理に対する価値や対価は、自分が値段を付けていたからこそ適正なものだとわかるが、娘や妻のことはこれでいいのかどうかわからない。
何せウェイトレスの娘にはそれなりの雇い賃を払ってはいたが、娘は自分の弟子という感覚と家族という括りで賃金など考えたことはなかったし、妻が土産物として店に出していた物はほぼガブス共和国から伝手を使って運ばれてきた物だったから、自分の妻の手業とはまったく違うものだという認識しかなかった。
「まだ納得がいきませんか?」
「あ……は……はぁ………」
「身近にありすぎると、その価値がわからないものかもしれませんね……しかしそれとしてもあなたの料理で得た対価であれば、これは支払われてもおかしくはないでしょう?であれば、その金額と相殺という形ではいかがですか?」
それであれば──何となく誤魔化された気もしないではないが、自分の手の中に入っていない金であれば『無かったもの』もしくは『現物支給』や物々交換と思えば、何とか心を落ち着かせることができる。
しかもロフェナが『ターランド伯爵家より』と計上してきた金額は、確かに元の店で料理を同じ人数に出したとして、イシューが売り上げる金額とほぼ同じだった。
しかも今回材料費などはすべて伯爵家持ちで、例えて言えば、どこかの貴族家へ出張料理したと思えば確かにおかしくはない。
「……わ、わかりました」
ようやく感情と折り合いがつき、イシューは涙ぐみながらようやくロフェナやクレファーから暖かい衣服と靴を受け取り、深々と家族三人で揃って頭を下げた。
クスリとロフェナは笑い、数枚の紙をポカンと口を開けたイシューに手渡した。
見ればそこには昨日までの旅程でシェイラが細々と厨房担当の者に混じって働いたという証明と、その働きに対する対価、イシューが厨房に立ち調理の手伝いをした他にも、領主であるラウドからの要請に応えて領主一家や側付きの上級使用人だけでなく、下級使用人及び警護隊の皆へのガブス料理披露の対価、妻であるパージェがもたらした、ターランド伯爵夫人であるヴィーシャムと令嬢エレノア・イェーム・デュ・ターランドへのガブス伝統の刺繍模様の指導及び話し相手の対価。
そのどれもが単純に「世話になっているから」とか「領地まで連れて行ってくれるから」という恩返しのつもりで行ったり、シェイラの「ここで見捨てられたら生きていけない」という生存本能から来る処世術のようなものだったが、それすらも評価されてターランド伯爵領都邸への到着と同時に支払われるという証文になっていた。
「こっ…これっ…は……」
「あなた方が旦那様に恩義を感じているのと同じように、我が主もあなた方がこの旅団にもたらしてくれるものをありがたく感じているのです。これは施しではありません。奥様やお嬢さんが得たものの価値は、ハッキリ言ってあなたにはあまり価値のあるものではないかもしれない……けれど、確かにお嬢さんの手伝いによって厨房の者たちはかなり助かりましたし、奥様のお話や刺繍は我が主一家の無聊を慰めたのです。そしてもちろんあなたの作るガブスの料理は我らが口にしたことのない珍味も多々あり、我がターランド伯爵家厨房の者たちも真剣にあなたに教えを乞うたでしょう」
だから、その対価なのですよとラウドはにっこりと笑う。
料理に対する価値や対価は、自分が値段を付けていたからこそ適正なものだとわかるが、娘や妻のことはこれでいいのかどうかわからない。
何せウェイトレスの娘にはそれなりの雇い賃を払ってはいたが、娘は自分の弟子という感覚と家族という括りで賃金など考えたことはなかったし、妻が土産物として店に出していた物はほぼガブス共和国から伝手を使って運ばれてきた物だったから、自分の妻の手業とはまったく違うものだという認識しかなかった。
「まだ納得がいきませんか?」
「あ……は……はぁ………」
「身近にありすぎると、その価値がわからないものかもしれませんね……しかしそれとしてもあなたの料理で得た対価であれば、これは支払われてもおかしくはないでしょう?であれば、その金額と相殺という形ではいかがですか?」
それであれば──何となく誤魔化された気もしないではないが、自分の手の中に入っていない金であれば『無かったもの』もしくは『現物支給』や物々交換と思えば、何とか心を落ち着かせることができる。
しかもロフェナが『ターランド伯爵家より』と計上してきた金額は、確かに元の店で料理を同じ人数に出したとして、イシューが売り上げる金額とほぼ同じだった。
しかも今回材料費などはすべて伯爵家持ちで、例えて言えば、どこかの貴族家へ出張料理したと思えば確かにおかしくはない。
「……わ、わかりました」
ようやく感情と折り合いがつき、イシューは涙ぐみながらようやくロフェナやクレファーから暖かい衣服と靴を受け取り、深々と家族三人で揃って頭を下げた。
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