その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第二章 アーウェン少年期 領地編

伯爵はいろいろと危惧する

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貴族より数の多い平民たちにとっては、領主の帰還は歓迎すべき慶事だった。
逆に社交のためにいそいそと王都へ出掛ける様を領民たちに見送られ、冷ややかに不在を喜ばれるような者もいるが、ターランド伯爵家は領民たちからしきりに手を振られて声を掛けられる。
むろん一人一人と挨拶を交わすわけではないが、一家を守る兵士たちや使用人でこの領地出身の者が出迎えの家族や恋人に名を呼ばれ、和やかに手を振り返した。

一行の歩みは王都を出た時と同じぐらい、ゆっくりとなった。
王都のターランド伯爵邸に連れられてきた時と比べると、驚くほど身体に丸みもできて血色もよくなったアーウェンは見た目と同じように健康になってきたため、今さら気遣われているわけではない。
本来ならば数年は帰ってこられない王都勤務の者をこの機会に一時的に里帰りさせようと、ターランド伯爵夫妻が家令であるバラット・エイブ・トゥ・ダレニアや、家政婦長に人選を任せて連れてきたのである。
また王都へ戻るまでとはいかないが、この地出身の彼ら彼女らが数日だけでも家族や恋人と過ごせるようにと宿泊したために領都のターランド本邸への到着が遅れることとなった。
だいたいが五日から七日ほどの滞在だったが、ターランド伯爵家一行と王都出身の使用人や兵士、客人と使用人の中間のような立場であるチュラン・グラウエス親子が宿泊する領主館のある町を起点として帰省し隊に戻ってくる。
それは誰ひとりとして欠けることなく、次の領主館のある地まで長い隊列を組んで進んでいった。


ウェルネスト王国の歴史は古く、同じようにターランド伯爵家も古参貴族のひとつである。
ただしこのウェルネストの王制が興った際の功労者として貴族位を授かったわけではなく、今はもう存在しない公国の中の一貴族家だった。
蛮族と言われようと武力によって支配者が変われば、支配された側に文句を言う権利などなくなる。
大公一家の当主夫妻と嫡出と傍系に至る男子はことごとく断頭台の露と消え、既婚の女性と未婚でも成人した女性は非人道的な避妊手術を実験的に行われて多くが命を落とし、それ以下の女児は皆修道院とは名ばかりの辺境にある監視施設へと閉じ込められた。
見せしめの処刑や人体実験が連日連夜行われ、元公国の人民の心を折るための真偽混じった情報が流されて、膝を屈せざるを得なかった者も多い。
ターランド侯爵一族もその地に根付いていた領民を、そして降嫁や養子縁組などで得ていた大公血縁の子孫を守るため、屈辱的な伯爵位を賜ることを許諾したのである。
もうその憎しみの時代を覚えている者はいないが、ウェルネスト王国が興って以来、高魔力を持って生まれる者の多くはやはりターランド伯爵領出身であり、意欲的にそういった能力を持つ者を受け入れてきたことから王国内で時折り現れる異能力者をすんなりと受け入れる土壌があった。

だからガブス共和国の料理を提供する『ガブス料理 パルセ』の店主であるイシュー・チュラン・グラウエスが心配したガブス共和国人の母とウェルエスト王国人の父を持つ妻や、さらに自分たちの子供ふたりが差別を受けるのではないかという危惧は杞憂に終わり、むしろ今まで目にも口にもしたことのない『ガブス共和国の文化』や料理は行く先々で受け入れられ、歓迎され、却って生まれ育った町を捨ててきてよかったとラウドに話した。
「そうか……『故郷を捨てる』というのは並々ならぬ勇気がいるだろう。ましてや王都ではなく、辺境に近いこのような寒い地方だ。奥方やご息女も慣れない環境で心身を崩すこともあるかもしれない。寒冷服の時のように躊躇することなく、すかさず頼ってもらいたい」
すぐさま命に係わるわけではないが、病人などが発生すればその進みはさらに遅くなり、最悪は完治してから単独で約束した領都へ来てもらわねばならない。
まさか自分の治める領内で間違いなど起きてほしくはないが人間にも様々おり、今ではターランド一族とはまったく血縁関係のない貴族も領内に住んでいるため、あまり地の利に詳しくないチュラン・グラウエス夫妻と娘だけで行動するのは好ましいとは言えなかった。


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