その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第二章 アーウェン少年期 領地編

少女は兄妹に遇う ②

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自慢ではないが、どの領にも不公平は常にある。
それは魔力を持って生まれたことによる迫害者を受け入れるターランド領の中心、領都でも然り。
富む者もいれば、貧困に陥る者もいる。
勤勉に働いて得る者もいれば、退廃的に生きるしか意欲のない者もいる。

しかしそれを自ら選べず、被保護者というだけで環境に甘んじねばならぬ弱者を、強者は救うべきか見て見ぬ振りをするべきか──

エレノアの小さな腕では、目の前の身形の整わない兄妹ですら抱きかかえることができない。
でも、それでも。
「てぃす!おうちにいっしょにいっちゃだめ?」
「いっちゃ……えぇと……お嬢様、それは奥様にお伺いしませんと……」
「おかあさまがいいっていったら、いっていい?」
「それは……」
絶対に行かせない、とは言えない。
もしこれが主人であるラウド・ニアス・デュ・ターランド伯爵であれば、一も二もなく少年たちの家に乗り込み、現状を見て領主権限を発動させることは可能だろう。
だが伯爵当主の娘という庇護下にあるだけの幼いエレノアが同じことをしようとしたとて、逆に監禁誘拐され、身代金を要求されるか運が悪ければ幼児奴隷などにされて『行方不明』ということにもなりかねない。
一応護衛たちはついていため、最悪エレノアだけを連れて貧民街から逃げることは可能だが、ラリティスを含む侍女たちの身の安全はお嬢様のそれとは比較にならないほど軽いのだ。
様々にシュミレーションしても、今すぐこの子供たちの家に行ってどのような暮らしをしているのかをエレノアに見せるメリットが見当たらない。
かといってこのままここで別れたとしてもあと数日は町にいるため、エレノアはまたこの子たちに会いたいと出掛けるか、「あの子たちはどこにいるのか、安全なのか」という質問が事あるごとに繰り返されるのも容易に想像できる。

子供とは思いがけず、親の行動をよく見ているものだから。

タリーという少女はエレノアが「家に行きたい」と訴えたのを聞いて目を輝かせたが、兄の方は恐ろしいことを聞かされたかのように青褪め、ポカンと口を開けたままだった。
だがようやく気を取り直し、口を開きかける。
「…………あの」
「仕方ありません」
「え」
「あなた方は、ここから移動しても大丈夫ですか?」
「え。い、移動?」
「戻ったところに確か古着屋がありました。施しを受けるのは、嫌ですか?」
「嫌とか違うとか言ったら……い、嫌じゃない……」
それ以前にこの子たちは親か保護者かそれに準ずる者たちに、この町の誰かからもらうか盗むかしてこいと言われているとラリティスは予想し、予めこちらには与える余裕があることを伝える。
しかしそれを直接言われることに対して兄であるルダンはまだプライドがあるらしく、一瞬ギュッと唇を噛んでから渋々といった様子で頷いた。
「けっこうです。お嬢様……よろしければ、この子たちと一緒にケーキを食べませんか?」
「けーき!」
「はい。ただし、今のこのふたりの格好では、お店に入れてくれないかもしれません」
「おみせ……だめなの?」
ラリティスが小さな主に提案すると、エレノアは両手を上げて嬉しそうに笑う。
しかし乳母が指摘した言葉にシュンとし、疑問の表情になった。
「ダメではないように、この者たちに着る物を与えたいと思いますが……よろしいでしょうか?」
「う?」
「お嬢様やアーウェン様の服を与えることはできませんが、奥様と旦那様よりお嬢様がお使いになっていいお金を、わたくしが預かっております。お嬢様のご許可がいただければ、この者たちにちょうど良い服を買い与えることが」
「ん!よろちぃ!」
みなまで言う前に、エレノアは大きく何度も頷いた──それが自分の環境と立場の違いを、兄妹に強く印象付けることになるとは露にも思わない。


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