306 / 436
第二章 アーウェン少年期 領地編
少年は身体を鍛える ③
しおりを挟む
「お仕事なんてないんです!アーウェン様はいらなくないんです!あ…いや、そりゃ大人になれば、アーウェン様もターランド伯爵家の令息としてなんかお仕事することになるんですけど……いらないから辺境伯爵様のもとに行くわけではないんです!ちゃんとターランド伯爵領の本邸に行くって、俺は聞いてますから!」
「ほ……ほんとう……?」
グズッと洟を啜り、涙が零れないようにと瞬きを我慢しながら、アーウェンはカラを見つめる。
「本当ですって。ね!クレファー先生?」
「ええ、そうですよ。まずは学習です。アーウェン様は年齢に比べて、圧倒的に知識量が足りていません。十歳までこちらでお教えする約束ですが、アーウェン様が修行のために他家に行かれたとしても、私はついていくつもりですから」
「えっ!今それ言うんですか?!そ、それなら俺も!ちゃんと俺もついていきますからね?!他の誰が一緒に行くとしても、俺がアーウェン様の従者としてちゃんとそばにいますからね?」
「う、うん……うん……」
ちゃんと理解しているのかどうかわからないが、アーウェンはホッとした表情を浮かべ、ようやく目に溜まった涙をボロボロと零しながら頷いた。
三人のやり取りを見て驚いたのは、一緒に運動していたターランド伯爵家の正規兵たちだった。
感情が抑えきれずについにカラに抱きつき泣き出したアーウェンを慰めていいものかどうか、互いに視線を交わし合うが、どうにも自分たちの認識と主人の一人となるはずの幼い男の子に刷り込まれている情報が違いすぎることから、つい二の足を踏んでしまったのである。
それはなるべく早くに正さねばならないことであったが、まずは今日公休日の者たちとも共有し、次いで大隊長であるターランド伯爵に報告と今後の指示を仰がねばならないことは明白であり、彼らはすぐに行動に移した。
「……アーウェンが?」
今回の領地帰省でのまとめ役となっているギリー副隊長から話を聞いたラウドはピクリと眉を動かしただけだったが、室内の空気はガラリと変わった。
当初から感じていたことではあるが、アーウェンがターランド伯爵家に引きとられた経緯からして、双方に認識のズレがある。
ターランド伯爵夫妻はアーウェンを養子として引き取ることを希望し、サウラス男爵も了承したはずだ。
しかし当の本人が実父から言われたのは『高貴な貴族の家に行って、下男として仕える』という、事実とは全く正反対の理由だったのである。
アーウェンの実父が何故そんなふうに伝えたのか──何せ男爵家に執事として入るようになった者からもたらされたのは、ラウドが認めた書簡はそっくりそのままサウラス男爵の書簡箱から見つかったという報告があり、改ざんされた様子はないとのことだった。
だがそれにしてはまたおかしな文面が綴られており、『ジェニグス・ターラ・サウラス男爵は書簡を見返すたびに「出来損ないのくせに、下男としていい値段で売れた」と妻であるルゥエ・クルス・サウラス男爵夫人に話しており、夫人が「ええ、あなた」と答えるのが常である。その後は自分に対し末子を女の子と取り替えたことを後悔していると悔恨の表情で告白する』とある。
その内容をカラや家庭教師のクレファーには知らせてはいないが、少なくともアーウェンを使用人として引き取った後に立場が変わったというような話はしていないし、その他の者たちも新しい令息を下に置くような命知らずはいない。
だからこそ──
「たまには私も、皆とともに運動でもしようか」
そう言ってラウドは側に控えるロフェナに向かって頷き、少年執事が修行が足りずに溜息を吐くのを笑ってやり過ごしてペンを置いた。
「ほ……ほんとう……?」
グズッと洟を啜り、涙が零れないようにと瞬きを我慢しながら、アーウェンはカラを見つめる。
「本当ですって。ね!クレファー先生?」
「ええ、そうですよ。まずは学習です。アーウェン様は年齢に比べて、圧倒的に知識量が足りていません。十歳までこちらでお教えする約束ですが、アーウェン様が修行のために他家に行かれたとしても、私はついていくつもりですから」
「えっ!今それ言うんですか?!そ、それなら俺も!ちゃんと俺もついていきますからね?!他の誰が一緒に行くとしても、俺がアーウェン様の従者としてちゃんとそばにいますからね?」
「う、うん……うん……」
ちゃんと理解しているのかどうかわからないが、アーウェンはホッとした表情を浮かべ、ようやく目に溜まった涙をボロボロと零しながら頷いた。
三人のやり取りを見て驚いたのは、一緒に運動していたターランド伯爵家の正規兵たちだった。
感情が抑えきれずについにカラに抱きつき泣き出したアーウェンを慰めていいものかどうか、互いに視線を交わし合うが、どうにも自分たちの認識と主人の一人となるはずの幼い男の子に刷り込まれている情報が違いすぎることから、つい二の足を踏んでしまったのである。
それはなるべく早くに正さねばならないことであったが、まずは今日公休日の者たちとも共有し、次いで大隊長であるターランド伯爵に報告と今後の指示を仰がねばならないことは明白であり、彼らはすぐに行動に移した。
「……アーウェンが?」
今回の領地帰省でのまとめ役となっているギリー副隊長から話を聞いたラウドはピクリと眉を動かしただけだったが、室内の空気はガラリと変わった。
当初から感じていたことではあるが、アーウェンがターランド伯爵家に引きとられた経緯からして、双方に認識のズレがある。
ターランド伯爵夫妻はアーウェンを養子として引き取ることを希望し、サウラス男爵も了承したはずだ。
しかし当の本人が実父から言われたのは『高貴な貴族の家に行って、下男として仕える』という、事実とは全く正反対の理由だったのである。
アーウェンの実父が何故そんなふうに伝えたのか──何せ男爵家に執事として入るようになった者からもたらされたのは、ラウドが認めた書簡はそっくりそのままサウラス男爵の書簡箱から見つかったという報告があり、改ざんされた様子はないとのことだった。
だがそれにしてはまたおかしな文面が綴られており、『ジェニグス・ターラ・サウラス男爵は書簡を見返すたびに「出来損ないのくせに、下男としていい値段で売れた」と妻であるルゥエ・クルス・サウラス男爵夫人に話しており、夫人が「ええ、あなた」と答えるのが常である。その後は自分に対し末子を女の子と取り替えたことを後悔していると悔恨の表情で告白する』とある。
その内容をカラや家庭教師のクレファーには知らせてはいないが、少なくともアーウェンを使用人として引き取った後に立場が変わったというような話はしていないし、その他の者たちも新しい令息を下に置くような命知らずはいない。
だからこそ──
「たまには私も、皆とともに運動でもしようか」
そう言ってラウドは側に控えるロフェナに向かって頷き、少年執事が修行が足りずに溜息を吐くのを笑ってやり過ごしてペンを置いた。
20
あなたにおすすめの小説
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
逆行転生って胎児から!?
章槻雅希
ファンタジー
冤罪によって処刑されたログス公爵令嬢シャンセ。母の命と引き換えに生まれた彼女は冷遇され、その膨大な魔力を国のために有効に利用する目的で王太子の婚約者として王家に縛られていた。家族に冷遇され王家に酷使された彼女は言われるままに動くマリオネットと化していた。
そんな彼女を疎んだ王太子による冤罪で彼女は処刑されたのだが、気づけば時を遡っていた。
そう、胎児にまで。
別の連載ものを書いてる最中にふと思いついて書いた1時間クオリティ。
長編予定にしていたけど、プロローグ的な部分を書いているつもりで、これだけでも短編として成り立つかなと、一先ずショートショートで投稿。長編化するなら、後半の国王・王妃とのあれこれは無くなる予定。
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される
秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
我が家と異世界がつながり、獣耳幼女たちのお世話をすることになった件【書籍化決定!】
木ノ花
ファンタジー
【第13回ネット小説大賞、小説部門・入賞!】
マッグガーデン様より、書籍化決定です!
異世界との貿易で資金を稼ぎつつ、孤児の獣耳幼女たちをお世話して幸せに! 非日常ほのぼのライフの開幕!
パワハラに耐えかねて会社を辞め、独り身の気楽な無職生活を満喫していた伊海朔太郎。
だが、凪のような日常は驚きとともに終わりを告げた。
ある日、買い物から帰宅すると――頭に猫耳を生やした幼女が、リビングにぽつんと佇んでいた。
その後、猫耳幼女の小さな手に引かれるまま、朔太郎は自宅に現れた謎の地下通路へと足を踏み入れる。そして通路を抜けた先に待ち受けていたのは、古い時代の西洋を彷彿させる『異世界』の光景だった。
さらに、たどり着いた場所にも獣耳を生やした別の二人の幼女がいて、誰かの助けを必要としていた。朔太郎は迷わず、大人としての責任を果たすと決意する――それをキッカケに、日本と異世界を行き来する不思議な生活がスタートする。
最初に出会った三人の獣耳幼女たちとのお世話生活を中心に、異世界貿易を足掛かりに富を築く。様々な出会いと経験を重ねた朔太郎たちは、いつしか両世界で一目置かれる存在へと成り上がっていくのだった。
※まったり進行です。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる