その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第二章 アーウェン少年期 領地編

少年は身体を鍛える ③

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「お仕事なんてないんです!アーウェン様はいらなくないんです!あ…いや、そりゃ大人になれば、アーウェン様もターランド伯爵家の令息としてなんかお仕事することになるんですけど……いらないから辺境伯爵様のもとに行くわけではないんです!ちゃんとターランド伯爵領の本邸に行くって、俺は聞いてますから!」
「ほ……ほんとう……?」
グズッと洟を啜り、涙が零れないようにと瞬きを我慢しながら、アーウェンはカラを見つめる。
「本当ですって。ね!クレファー先生?」
「ええ、そうですよ。まずは学習です。アーウェン様は年齢に比べて、圧倒的に知識量が足りていません。十歳までこちらでお教えする約束ですが、アーウェン様が修行のために他家に行かれたとしても、私はついていくつもりですから」
「えっ!今それ言うんですか?!そ、それなら俺も!ちゃんと俺もついていきますからね?!他の誰が一緒に行くとしても、俺がアーウェン様の従者としてちゃんとそばにいますからね?」
「う、うん……うん……」
ちゃんと理解しているのかどうかわからないが、アーウェンはホッとした表情を浮かべ、ようやく目に溜まった涙をボロボロと零しながら頷いた。


三人のやり取りを見て驚いたのは、一緒に運動していたターランド伯爵家の正規兵たちだった。
感情が抑えきれずについにカラに抱きつき泣き出したアーウェンを慰めていいものかどうか、互いに視線を交わし合うが、どうにも自分たちの認識と主人の一人となるはずの幼い男の子に刷り込まれている情報はなしが違いすぎることから、つい二の足を踏んでしまったのである。
それはなるべく早くに正さねばならないことであったが、まずは今日公休日の者たちとも共有し、次いで大隊長であるターランド伯爵に報告と今後の指示を仰がねばならないことは明白であり、彼らはすぐに行動に移した。

「……アーウェンが?」
今回の領地帰省でのまとめ役となっているギリー副隊長から話を聞いたラウドはピクリと眉を動かしただけだったが、室内の空気はガラリと変わった。

当初から感じていたことではあるが、アーウェンがターランド伯爵家に引きとられた経緯からして、双方に認識のズレがある。
ターランド伯爵夫妻はアーウェンを養子として引き取ることを希望し、サウラス男爵も了承したはずだ。
しかし当の本人が実父から言われたのは『高貴な貴族の家に行って、下男として仕える』という、事実とは全く正反対の理由だったのである。
アーウェンの実父が何故そんなふうに伝えたのか──何せ男爵家に執事として入るようになった者からもたらされたのは、ラウドが認めた書簡はそっくりそのままサウラス男爵の書簡箱から見つかったという報告があり、改ざんされた様子はないとのことだった。
だがそれにしてはまたおかしな文面が綴られており、『ジェニグス・ターラ・サウラス男爵は書簡を見返すたびに「出来損ないのくせに、下男としていい値段で売れた」と妻であるルゥエ・クルス・サウラス男爵夫人に話しており、夫人が「ええ、あなた」と答えるのが常である。その後は自分に対し末子を女の子と取り替えたことを後悔していると悔恨の表情で告白する』とある。
その内容をカラや家庭教師のクレファーには知らせてはいないが、少なくともアーウェンを使用人として引き取った後に立場が変わったというような話はしていないし、その他の者たちも新しい令息を下に置くような命知らずはいない。
だからこそ──
「たまには私も、皆とともに運動でもしようか」
そう言ってラウドは側に控えるロフェナに向かって頷き、少年執事が修行が足りずに溜息を吐くのを笑ってやり過ごしてペンを置いた。


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