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第二章 アーウェン少年期 領地編
少年は見かけを整える ②
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そこは清潔で明るく、けれども重厚な椅子が据えられ、白衣の男が待っていた。
もうひとりカラより少し年上の若者が長い箒を手にして床に散らばっていた細かい糸を集めていたが、被っている帽子を取らないままぺこりと頭を下げたが、くるりと体の向きを変えるとそのまま無言で背中を丸めて腕を動かし続ける。
「ああ……あやつは助手ですな。お気になさらずに……そちらが、新しい坊ちゃまですかな?」
ニコニコと笑っているが、アーウェンを見る目は厳しい。
彼はこの領主別邸で使用人たちの健康管理も担う理髪師だった。
「はい、そうです。旦那様がこちらにお連れして、朝食前に髪を整えるように…と」
「伺っていますよ。さあ、坊ちゃま、こちらへ」
「は…はいっ」
思わずビシッと背筋を伸ばしてアーウェンは固く返事をすると、そのままぎこちなく背の高い椅子によじ登る。
「ふむ……」
ふわりと汚れ防止の白いマントをアーウェンに被せ、首の後ろをピンチで留めながら彼は小さく溜息をついた。
「坊ちゃま」
「は、はいっ」
「わたくしはこの邸で理髪と医療を兼ねているフェンディスと申します。フェンとでもフェンじいとでもお呼びください」
「フェン…さん……」
「ホホッ……じいは坊ちゃまの名を知りませんでな…お名前をお伺いしても?」
「ア…アーウェン……えぇと……ターランド……?」
後ろに立つ老人の方へ身体を向けるように捻じったアーウェンの名乗りが疑問形なのは、もっとちゃんとした名前だったはずなのに思い出せないからだ。
だがそれを咎めることなく、老人はうんうんと頷く。
「なるほどなるほど……お身体はどうですかな?辛いとか、痛いとか……ああ、前をお向きください」
「痛いこと……ない、と思います……あ、でもたくさん走ると、足が震えます」
「ホッホッ…なるほどなるほど」
優しい手付きで髪が梳られ、そっと毛先に節くれだった指が当てられ、シャキンと鋏が動く。
だがその間もフェンディスの質問は続き、アーウェンは自分の変わっていく姿を鏡で確かめることもなく、ゆっくりと考えながら答えていった。
それはまるで最後までアーウェンに鏡を見せないために注意を逸らしているようにカラには思えたが、それはあながち間違いではない。
だがそれだけが正解というわけではなく、ラウドからの指示でもある。
『恐らくアーウェンは正しく散髪をされたことがないのではないかと思う。鋏を怖がらぬよう、そして医師としてアーウェンの体調を診てほしい』
そしてその指示が正しいものだったと、フェンディスは悲しくなるぐらい細いアーウェンの首を見てそう思う。
何か首筋を痛めるようなことをされたのか、指や鋏がわずかに触れただけでビクッと震えて危ない。
「おい、ラン」
「は、はいっ」
ビクッと震えたのはアーウェンだけではない。
いつの間にか床掃除を終えて、カラから少し離れた場所に立っていた少年も、突然呼びかけられてビクッと肩を跳ねた。
思いのほか高い声に、カラは思わずそちらを向く。
「え………」
いや、たぶん、違う。
もう一度顔を見ようとしたが、彼は素早く戸棚に近付いて小さな鋏や顔剃り用のカミソリやもっと小さいカミソリ、二種類の櫛などをお盆に載せて、師匠の方へと歩いて行ってしまった。
もうひとりカラより少し年上の若者が長い箒を手にして床に散らばっていた細かい糸を集めていたが、被っている帽子を取らないままぺこりと頭を下げたが、くるりと体の向きを変えるとそのまま無言で背中を丸めて腕を動かし続ける。
「ああ……あやつは助手ですな。お気になさらずに……そちらが、新しい坊ちゃまですかな?」
ニコニコと笑っているが、アーウェンを見る目は厳しい。
彼はこの領主別邸で使用人たちの健康管理も担う理髪師だった。
「はい、そうです。旦那様がこちらにお連れして、朝食前に髪を整えるように…と」
「伺っていますよ。さあ、坊ちゃま、こちらへ」
「は…はいっ」
思わずビシッと背筋を伸ばしてアーウェンは固く返事をすると、そのままぎこちなく背の高い椅子によじ登る。
「ふむ……」
ふわりと汚れ防止の白いマントをアーウェンに被せ、首の後ろをピンチで留めながら彼は小さく溜息をついた。
「坊ちゃま」
「は、はいっ」
「わたくしはこの邸で理髪と医療を兼ねているフェンディスと申します。フェンとでもフェンじいとでもお呼びください」
「フェン…さん……」
「ホホッ……じいは坊ちゃまの名を知りませんでな…お名前をお伺いしても?」
「ア…アーウェン……えぇと……ターランド……?」
後ろに立つ老人の方へ身体を向けるように捻じったアーウェンの名乗りが疑問形なのは、もっとちゃんとした名前だったはずなのに思い出せないからだ。
だがそれを咎めることなく、老人はうんうんと頷く。
「なるほどなるほど……お身体はどうですかな?辛いとか、痛いとか……ああ、前をお向きください」
「痛いこと……ない、と思います……あ、でもたくさん走ると、足が震えます」
「ホッホッ…なるほどなるほど」
優しい手付きで髪が梳られ、そっと毛先に節くれだった指が当てられ、シャキンと鋏が動く。
だがその間もフェンディスの質問は続き、アーウェンは自分の変わっていく姿を鏡で確かめることもなく、ゆっくりと考えながら答えていった。
それはまるで最後までアーウェンに鏡を見せないために注意を逸らしているようにカラには思えたが、それはあながち間違いではない。
だがそれだけが正解というわけではなく、ラウドからの指示でもある。
『恐らくアーウェンは正しく散髪をされたことがないのではないかと思う。鋏を怖がらぬよう、そして医師としてアーウェンの体調を診てほしい』
そしてその指示が正しいものだったと、フェンディスは悲しくなるぐらい細いアーウェンの首を見てそう思う。
何か首筋を痛めるようなことをされたのか、指や鋏がわずかに触れただけでビクッと震えて危ない。
「おい、ラン」
「は、はいっ」
ビクッと震えたのはアーウェンだけではない。
いつの間にか床掃除を終えて、カラから少し離れた場所に立っていた少年も、突然呼びかけられてビクッと肩を跳ねた。
思いのほか高い声に、カラは思わずそちらを向く。
「え………」
いや、たぶん、違う。
もう一度顔を見ようとしたが、彼は素早く戸棚に近付いて小さな鋏や顔剃り用のカミソリやもっと小さいカミソリ、二種類の櫛などをお盆に載せて、師匠の方へと歩いて行ってしまった。
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