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第二章 アーウェン少年期 領地編
少年は義兄と外食を楽しむ ④
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ひと言で言えば──『美味しい料理』だった。
スクランブルエッグのように見えた料理には確か卵が使われていたが、卵だけではない別の何かが入っているかのように滑らかでとろみの強いスープのようだった。
煮込まれた肉はトロリと解れて不思議な香りがし、口に含んでも何の肉かわからない。
サラダにかかっているのはピンク色のピリッとしたドレッシングだったが、香りは柑橘系の物で、味覚と見た目のズレで脳みそが混乱する。
「美味しいけど……不思議です……」
正体を探るようにひと口ひと口を味わうリグレが、分析しきれずに首を傾げながら感想を述べる。
『美味しい』確かにそう思うのに、慣れない味が紛れ込んでいるせいで本当に『美味しい』のか疑わしい。
では『不味い』のかと聞かれてもそうは思わず、次のひと口をつい運んでしまう。
「ハハッ…そうだろう。ガブス共和国にあって、我が国にはない香辛料がふんだんに使われているのだ。不思議な香りと味付けになるが、とても味わい深く手が止められないほどだ」
「まぁまぁまぁ……あの時もそうでしたけど、旦那様のお口に合うようでよござんした。坊ちゃんがたもよく召し上がられているみたいですし」
ニコニコと笑う女主人にそう言われ、リグレは改めて自分の皿を見る。
料理は半分以上無くなっており、いつの間にこんなに食べたのかと驚いたが、少し間を置いて斜め向かいの位置に座るアーウェンの皿はほとんど完食していた。
「アーウェン!ちゃんと食べたんだね!」
「えっ……」
皿が運ばれた時に盛られていた量は自分のよりずっと少なかったのは確かだが、王都の邸で一緒に食事をした時はもっと──それこそスープを赤ん坊用のカップに少し、パンもひとかけら、肉も薄く切られたのをふた切れでも食べられたら皆が泣きそうになるぐらいに喜ばれたのだ。
そんな超がつくぐらい小食だったはずの義弟なのに、少なくとも今はエレノアと同じぐらいには食べられているらしい。
「そうだろう?ここに戻ってくる間にもいろいろあったし……ずいぶん身体も丈夫になったと言っていい」
「そうですね。朝に皆と運動していると聞いて参加させてもらっていますが、少しずつ早くなってるんですよ!」
「え……」
自分の食事だけでなく運動量がどれだけ増えた自覚がないアーウェンはキョトンとしたが、手元を見下ろせば確かに皿の上の料理がほとんどなくなっているのに驚く。
「あれ……?」
「ふふっ……いい具合ですね。ガブスの料理は身体を温めたり、滋養をつけるために食欲が湧くような香辛料がありますから。旦那様がお選びになった料理に、うちの人がその人の体調に合わせて調味するんですよ。だから、三つとも少しずつ味が違うんです」
「えっ?そうなのか?」
さすがにそこまでされているとは思わず、ラウドも驚いた顔をした。
「ええ。旦那様のはほとんど本場の物と変わりません。大人向けの味付けで、少し辛味が強いのです。逆にリグレ坊ちゃんは初めて食べられますから、食べ慣れたウェルエスト料理に近い味付けで、でもちゃんとガブス風の物に。アーウェン坊ちゃんのは前からあまり召し上がられないので、少しでも美味しく食べてもらえる味付けになってるんですよ」
「何と……確かに……」
「え!ぼ、僕も……ゲホッ」
アーウェンの皿とリグレの皿から少しずつソースを舐めたラウドは目を丸くし、リグレに少しだけ自分の皿の料理を分けてやったがどうやら『大人の味』はまだ早かったらしく、息子はその辛さに咳き込んだ。
「はいはい、お水ですよ。もっと大きくなったら、ぜひ本当の『ガブス料理』を食べに来てくださいね、リグレ坊ちゃん」
「あ…ありが…と、ございま…ゴホッ」
ゴクゴクと水を飲み干してからリグレは礼を言い、自分の皿からひと口だけ分けた料理を口にしたアーウェンが目を輝かせるのを見て、最後にまた軽く咳をした。
さすがに大人向けの物は止められたようだが、味の違いを楽しんだということに満足したらしく、義弟はポンポンとお腹を叩いている──それはエレノアが「満腹でしゅ」と言いながら食後にやる仕草と同じで、思わず笑いが浮かぶ。
どうやら本当に満腹らしくデザートは房から取られたブドウが三粒ほど乗った皿がアーウェンの前に出されたが、ラウドとリグレの前にはアイスクリームが差し出された。
「これもまた……不思議な香りだな」
「ええ。これは皆さん同じ物です。ただ、味付けを変えたいならフルーツのソースがありますから。そちらには作る時にガブスの香辛料が使われているので、少し変わった味わいになりますよ」
「ふむ。これはリンゴのソースで……ほぉ!確かに変わった風味になるな。うむ、おもしろい」
ブドウも凍らせてあるようでアーウェンは「ひゃぁ…」と呟きながら頬を緩めているが、リグレは父に倣って、半分食べたアイスクリームにフルーツソースをかけて、その味の変化を楽しんだ。
スクランブルエッグのように見えた料理には確か卵が使われていたが、卵だけではない別の何かが入っているかのように滑らかでとろみの強いスープのようだった。
煮込まれた肉はトロリと解れて不思議な香りがし、口に含んでも何の肉かわからない。
サラダにかかっているのはピンク色のピリッとしたドレッシングだったが、香りは柑橘系の物で、味覚と見た目のズレで脳みそが混乱する。
「美味しいけど……不思議です……」
正体を探るようにひと口ひと口を味わうリグレが、分析しきれずに首を傾げながら感想を述べる。
『美味しい』確かにそう思うのに、慣れない味が紛れ込んでいるせいで本当に『美味しい』のか疑わしい。
では『不味い』のかと聞かれてもそうは思わず、次のひと口をつい運んでしまう。
「ハハッ…そうだろう。ガブス共和国にあって、我が国にはない香辛料がふんだんに使われているのだ。不思議な香りと味付けになるが、とても味わい深く手が止められないほどだ」
「まぁまぁまぁ……あの時もそうでしたけど、旦那様のお口に合うようでよござんした。坊ちゃんがたもよく召し上がられているみたいですし」
ニコニコと笑う女主人にそう言われ、リグレは改めて自分の皿を見る。
料理は半分以上無くなっており、いつの間にこんなに食べたのかと驚いたが、少し間を置いて斜め向かいの位置に座るアーウェンの皿はほとんど完食していた。
「アーウェン!ちゃんと食べたんだね!」
「えっ……」
皿が運ばれた時に盛られていた量は自分のよりずっと少なかったのは確かだが、王都の邸で一緒に食事をした時はもっと──それこそスープを赤ん坊用のカップに少し、パンもひとかけら、肉も薄く切られたのをふた切れでも食べられたら皆が泣きそうになるぐらいに喜ばれたのだ。
そんな超がつくぐらい小食だったはずの義弟なのに、少なくとも今はエレノアと同じぐらいには食べられているらしい。
「そうだろう?ここに戻ってくる間にもいろいろあったし……ずいぶん身体も丈夫になったと言っていい」
「そうですね。朝に皆と運動していると聞いて参加させてもらっていますが、少しずつ早くなってるんですよ!」
「え……」
自分の食事だけでなく運動量がどれだけ増えた自覚がないアーウェンはキョトンとしたが、手元を見下ろせば確かに皿の上の料理がほとんどなくなっているのに驚く。
「あれ……?」
「ふふっ……いい具合ですね。ガブスの料理は身体を温めたり、滋養をつけるために食欲が湧くような香辛料がありますから。旦那様がお選びになった料理に、うちの人がその人の体調に合わせて調味するんですよ。だから、三つとも少しずつ味が違うんです」
「えっ?そうなのか?」
さすがにそこまでされているとは思わず、ラウドも驚いた顔をした。
「ええ。旦那様のはほとんど本場の物と変わりません。大人向けの味付けで、少し辛味が強いのです。逆にリグレ坊ちゃんは初めて食べられますから、食べ慣れたウェルエスト料理に近い味付けで、でもちゃんとガブス風の物に。アーウェン坊ちゃんのは前からあまり召し上がられないので、少しでも美味しく食べてもらえる味付けになってるんですよ」
「何と……確かに……」
「え!ぼ、僕も……ゲホッ」
アーウェンの皿とリグレの皿から少しずつソースを舐めたラウドは目を丸くし、リグレに少しだけ自分の皿の料理を分けてやったがどうやら『大人の味』はまだ早かったらしく、息子はその辛さに咳き込んだ。
「はいはい、お水ですよ。もっと大きくなったら、ぜひ本当の『ガブス料理』を食べに来てくださいね、リグレ坊ちゃん」
「あ…ありが…と、ございま…ゴホッ」
ゴクゴクと水を飲み干してからリグレは礼を言い、自分の皿からひと口だけ分けた料理を口にしたアーウェンが目を輝かせるのを見て、最後にまた軽く咳をした。
さすがに大人向けの物は止められたようだが、味の違いを楽しんだということに満足したらしく、義弟はポンポンとお腹を叩いている──それはエレノアが「満腹でしゅ」と言いながら食後にやる仕草と同じで、思わず笑いが浮かぶ。
どうやら本当に満腹らしくデザートは房から取られたブドウが三粒ほど乗った皿がアーウェンの前に出されたが、ラウドとリグレの前にはアイスクリームが差し出された。
「これもまた……不思議な香りだな」
「ええ。これは皆さん同じ物です。ただ、味付けを変えたいならフルーツのソースがありますから。そちらには作る時にガブスの香辛料が使われているので、少し変わった味わいになりますよ」
「ふむ。これはリンゴのソースで……ほぉ!確かに変わった風味になるな。うむ、おもしろい」
ブドウも凍らせてあるようでアーウェンは「ひゃぁ…」と呟きながら頬を緩めているが、リグレは父に倣って、半分食べたアイスクリームにフルーツソースをかけて、その味の変化を楽しんだ。
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