その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か？

第二章 アーウェン少年期 領地編

少年は義妹を助ける ②

ウグウグと声にならない呻き声を口の中に止め、ゴクンと唾を飲み込んだペンティモン伯爵は切れ端を握りしめたまま後退った。
「しっ…知らんっ……わ、私はっ、これで失礼するっ……」
「あっ……ちょ……」
クルリと勢いよく身を翻えして遠ざかる幅広い背中を呆然と見送り、結局リグレは問い詰めきれぬまま、ペンティモン伯爵を見送るしかできなかった。
それは周囲の者たちも同様で、ポカンとして動けない。
「いったい……何が……」
「にいさま……」
クイッと袖を引かれて視線を落とすと、アーウェンが抱き締めたままのエレノアがこちらを心配そうに見上げている。
「あのね……そらにぽーんってうかんで、びっくりしたらおちちゃったの。おなかがぐいってされたからすこしいたかったの。でもにいさまがおててをだしてくれたの。びりってこわいおとがしたの。でもにいさまがだっこしてくれたの。でもころんじゃったの。にいさまがめってしてくれたから、わたしだいじょうぶなの」
少し動揺しているのか声は震えていたが、ノアはとにかく自分にケガはないと伝えたいようだった。
従者であるカラもアーウェンに痛いところがないかと聞いているが、どうやら地面に転んでしたたか身体を打ったようだが、骨折などはしていないことを確かめてホッとした笑みを浮かべている。
リグレに従っていたロフェナは何も言わず、ただアーウェンを気遣うカラを微笑んで見守っていた。


リグレの実学も含めた講演は熱心に聴講され、領民たちはそれぞれ自分の無学さが子の将来にどう及ぶかと考える一助となったようだった。
アーウェンがターランド領都邸を出た後の身の振り方を見据えたクレファー・チュラン・グラウエスの手による算術の問題用紙も持ち帰られ、子供のための学舎に大人も通えないかという問い合わせまで来た。
むろん雇用主であるラウド・ニアス・デュ・ターランド伯爵も、その妻であるヴィーシャムも領民の意欲に喜び、予定よりも広い学舎を造るようにと指示を出したのは、また別の話である。