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第二章 アーウェン少年期 領地編
伯爵夫妻は使用人に悩む ②
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今のままではギンダーを家令代理として置いてはおけない──相手は養子であるとはいえ、すでにターランド伯爵家の庇護に入っているアーウェンだからだ。
これがカラやロエンならば、多少の叱責はあったとしても職務に支障をきたさねばよい。
だからといって今ここで解雇や降格したとして、あと少しでアーウェンはカラやロエン、そして他数十名の兵たちと共に辺境伯領へ向かって数年は戻らず、残るのは未熟な家令代理に任命された者だろう。
「こうなればいっさいアーウェンに関わることを禁じるしかないのでは?」
「いや、それはそれで問題が……」
簡単な方法としては家令代理としての行動範囲を制限することだとヴィーシャムは言うが、ラウドとしては禍根が残るようなことはしたくない。
かといって──
悩むに悩む当主夫妻のもとに、これまた頭を悩ますような申し出がされたのはこのすぐ後だった。
「ギンダーが?」
「はっ」
短く返事をしたのは、領都から離れた荘園に隠遁している父の使いだった。
やはり先代の時に総隊の副隊長を務め、引退後は父に従い荘園で警護に当たっているドルドという男だが、老年とは思えぬ隙の無さに感心する。
だがその者がもたらした父からの伝言にラウドは顔を顰め、訂正を入れた。
「ギンダーが私に従えぬ理由として『養子に入れられた身元の知れぬ子供のせい』ということだが」
「はっ。大旦那様もその情報は知らなかったと仰せでして……しかも、下賤な従者や荒くれ者を秘かに引き入れ、ターランド伯爵家を乗っ取るつもりやもと……」
「何をバカなことを!」
呆れた言いがかりにラウドは激昂し、そんな威圧にも引かない老兵に向かってため息をつく。
「父にはすでに『家系から消された遠縁のサウラス家男爵末子』と伝えたが、それに間違いはない。下賤な者というが、確かにアーウェンにつけているのは貧民院で育った少年だが、身元はしっかりと見極めている。そしてお前も疑っている『荒くれ者』とは、この領都に住んでいるデンゴー・ファゴットという者の孫だ」
「ファゴット?林業を生業としている、あのファゴットですかな?」
「知り合いか?今は自ら林業に乗り出すのではなく、材木を取り扱う商会を営んでいる。かつて出奔した息子が領内にある村で婚姻したが、あいにくと妻が亡くなり、その時に連れて戻った遺児を領兵で預かっているのだ」
「はぁ……ラウド坊ちゃんから聞くと、ずいぶん違いますな」
『坊ちゃん』呼びにラウドは思わずムズッと背中を震わせたが、産まれた時以前からこの城にいたのだから、もうこの年代の使用人やら領兵やらにうっかり子供時代の呼び方をされるのは仕方ないと思っている。
「しかし……奴は『あの悪魔が領邸に居座っている間は、恐ろしくて仕事にならない。いつ命を奪われるか、皆が怯えている』とまで言っていましたが……」
「ドルド……お前から見て、城の様子はどうだ?」
「特におかしいと思ったところはありませんが?」
「ではお前が見たそれがすべてだ」
他にどんな戯言を吹き込んだか知らないが、いずれにしろ出奔した使用人たちは父のもとにいてもらう方がいいだろう──そのことに対する処罰などは、アーウェンが発った後にすればいい。
ラウドはとりあえずの方針を決め、その旨を認めるためにドルドには他にも連れてきた者たちと一緒に、兵舎の客室で休むようにと指示を出した。
これがカラやロエンならば、多少の叱責はあったとしても職務に支障をきたさねばよい。
だからといって今ここで解雇や降格したとして、あと少しでアーウェンはカラやロエン、そして他数十名の兵たちと共に辺境伯領へ向かって数年は戻らず、残るのは未熟な家令代理に任命された者だろう。
「こうなればいっさいアーウェンに関わることを禁じるしかないのでは?」
「いや、それはそれで問題が……」
簡単な方法としては家令代理としての行動範囲を制限することだとヴィーシャムは言うが、ラウドとしては禍根が残るようなことはしたくない。
かといって──
悩むに悩む当主夫妻のもとに、これまた頭を悩ますような申し出がされたのはこのすぐ後だった。
「ギンダーが?」
「はっ」
短く返事をしたのは、領都から離れた荘園に隠遁している父の使いだった。
やはり先代の時に総隊の副隊長を務め、引退後は父に従い荘園で警護に当たっているドルドという男だが、老年とは思えぬ隙の無さに感心する。
だがその者がもたらした父からの伝言にラウドは顔を顰め、訂正を入れた。
「ギンダーが私に従えぬ理由として『養子に入れられた身元の知れぬ子供のせい』ということだが」
「はっ。大旦那様もその情報は知らなかったと仰せでして……しかも、下賤な従者や荒くれ者を秘かに引き入れ、ターランド伯爵家を乗っ取るつもりやもと……」
「何をバカなことを!」
呆れた言いがかりにラウドは激昂し、そんな威圧にも引かない老兵に向かってため息をつく。
「父にはすでに『家系から消された遠縁のサウラス家男爵末子』と伝えたが、それに間違いはない。下賤な者というが、確かにアーウェンにつけているのは貧民院で育った少年だが、身元はしっかりと見極めている。そしてお前も疑っている『荒くれ者』とは、この領都に住んでいるデンゴー・ファゴットという者の孫だ」
「ファゴット?林業を生業としている、あのファゴットですかな?」
「知り合いか?今は自ら林業に乗り出すのではなく、材木を取り扱う商会を営んでいる。かつて出奔した息子が領内にある村で婚姻したが、あいにくと妻が亡くなり、その時に連れて戻った遺児を領兵で預かっているのだ」
「はぁ……ラウド坊ちゃんから聞くと、ずいぶん違いますな」
『坊ちゃん』呼びにラウドは思わずムズッと背中を震わせたが、産まれた時以前からこの城にいたのだから、もうこの年代の使用人やら領兵やらにうっかり子供時代の呼び方をされるのは仕方ないと思っている。
「しかし……奴は『あの悪魔が領邸に居座っている間は、恐ろしくて仕事にならない。いつ命を奪われるか、皆が怯えている』とまで言っていましたが……」
「ドルド……お前から見て、城の様子はどうだ?」
「特におかしいと思ったところはありませんが?」
「ではお前が見たそれがすべてだ」
他にどんな戯言を吹き込んだか知らないが、いずれにしろ出奔した使用人たちは父のもとにいてもらう方がいいだろう──そのことに対する処罰などは、アーウェンが発った後にすればいい。
ラウドはとりあえずの方針を決め、その旨を認めるためにドルドには他にも連れてきた者たちと一緒に、兵舎の客室で休むようにと指示を出した。
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