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ひとりになる者。
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朝の到来を正確に知らせるのは、人の町でも森の中でも同じように囀る小鳥たちである。
バルトロメイはその自然な目覚ましの合図に逆らうことなく、爽やかに目覚めた。
周囲には人間や異形のモノの気配はなく、ぐっすりと眠りこんでいる間にバルトロメイを探し出そうとしていた冒険者たちは、1人も戻ってこなかったらしい。
そのことに疑問を抱きつつも、いそいそと身支度と朝食を用意する。
もっとも身支度は川で顔を洗い、荷馬車のこちら側で小さな焚火を作って小さな鍋で川の水を沸かして飲料水にし、それを持って荷馬車の中に戻ってお茶を淹れて携帯食と共に胃袋の中に納めるだけであるが。
「うぅぅ……いや…美味しいことは美味しいんだけど……やっぱり美味しくないなぁ……」
荷馬車の中で久しぶりに1人ぼっちの朝ご飯を食べているバルトロメイは、ちょっと泣きそうな気持で呟いた。
本当は鍋の中にラジムから分けてもらったカラカラに乾ききった干し肉と、ビンの町の乾物屋から餞別にもらった干しキノコを入れてスープにしたかったのだが、何故かヤシャがグイグイと鼻を押し付けて邪魔をしてきて、結局それらをゆっくりと口の中で噛むしかなかったのである。
「……ふふっ」
けれど、バルトロメイは後ろの幌を上げた荷馬車の中から、何とも器用に土を蹴り上げて火を使った跡を消しているエンと、のんびりと草を食んでいるヤシャをそれぞれ見て微笑む。
「前は川の水を沸かせばいいことも、こうやってお肉を焼いたり干したり煮たりすることも、お湯を作って身体を拭くことも知らなかったのにねぇ……」
生水を飲もうと、生肉を食べようと、野草をそのまま食べようと、『家族』は皆平気だったのに、バルトロメイだけはしょっちゅう腹を下していた。
『家族』は皆水に入ったり、魔法を使ったりすることで身体を綺麗にしていたが、幼いバルトロメイが季節を問わずに同じように身を清めては高熱を出して、危うく死んでしまうかということもあった。
だからバルトロメイはあまり日々の食事を取れず、たまに落雷などで起きた火事で偶然焼けた獣肉を『きょうだい』が見つけた時に食べられたのだが、同じように火の通った肉を食べる習慣のある『父』がほとんど食べてしまったので、実際のところあまり口にしたことはない。
暖かい季節では水浴びはできたが、雪の積もる日々が続く間はどこかの穴に潜らされ、時々『母』が清浄の魔法で綺麗にしてくれるだけで、たいていは『きょうだい』が持ってきたゴワゴワした毛皮に包まって動かずにいた。
だから『神殿』という場所でバルトバーシュが肉や野菜、炊いた米や小麦粉を練って作るパンなどを調理するのはとても不思議だった。
しかもそれらは刻まれたり捏ねられたりして正体がわからなくなるのに、やたらと美味そうな匂いを放ち、だからこそ『家族』に注意するようにと言われた『森の中の毒』のようなものかとずいぶん用心したのである。
あまりにも身体が細いバルトロメイの消化器官を心配して、野菜が溶けるほど煮込んだミルクスープというのも得体が知れずになかなか口にしなかったが、同じ鍋から掬った物を師匠が口にするのを見てから少しずつ食べることに慣れていったのだが、その食べ物がちゃんと『自分の分』として確保されていることを理解するのにも時間がかかった。
それが『安心』だとか『信頼』という言葉に置き換えられる感情だったと今ではわかるが、マクロメイがそうやって師匠の真似をして恐る恐る『見たことのない何か』を口にしたり、食べさせてもらっているバルトロメイを見て「親鳥も大変だな!」と笑っていたのが懐かしい。
考えてみると、バルトロメイが本当に『ひとりきりで』食事を取るのは、生まれて初めてかもしれない。
物心がつく頃には『家族』が、聖ガイ・トゥーオン神殿の前に置かれてからはバルトバーシュやマクロメイが、そこから見知らぬ場所に飛ばされてすぐにガンス家の孫息子であるレオシュと出会って家に招いてもらい、マロシュ老の依頼を受けて旅立ってからは人助けをしてお礼に誰かが一緒にご飯を食べてくれる日々だった。
自分の意志とは関係なく生きる場所、進む道、そして職業までまったく何も望まずにコロコロと変わってしまったが、それは確かに幸運なことだった。
バルトロメイはその自然な目覚ましの合図に逆らうことなく、爽やかに目覚めた。
周囲には人間や異形のモノの気配はなく、ぐっすりと眠りこんでいる間にバルトロメイを探し出そうとしていた冒険者たちは、1人も戻ってこなかったらしい。
そのことに疑問を抱きつつも、いそいそと身支度と朝食を用意する。
もっとも身支度は川で顔を洗い、荷馬車のこちら側で小さな焚火を作って小さな鍋で川の水を沸かして飲料水にし、それを持って荷馬車の中に戻ってお茶を淹れて携帯食と共に胃袋の中に納めるだけであるが。
「うぅぅ……いや…美味しいことは美味しいんだけど……やっぱり美味しくないなぁ……」
荷馬車の中で久しぶりに1人ぼっちの朝ご飯を食べているバルトロメイは、ちょっと泣きそうな気持で呟いた。
本当は鍋の中にラジムから分けてもらったカラカラに乾ききった干し肉と、ビンの町の乾物屋から餞別にもらった干しキノコを入れてスープにしたかったのだが、何故かヤシャがグイグイと鼻を押し付けて邪魔をしてきて、結局それらをゆっくりと口の中で噛むしかなかったのである。
「……ふふっ」
けれど、バルトロメイは後ろの幌を上げた荷馬車の中から、何とも器用に土を蹴り上げて火を使った跡を消しているエンと、のんびりと草を食んでいるヤシャをそれぞれ見て微笑む。
「前は川の水を沸かせばいいことも、こうやってお肉を焼いたり干したり煮たりすることも、お湯を作って身体を拭くことも知らなかったのにねぇ……」
生水を飲もうと、生肉を食べようと、野草をそのまま食べようと、『家族』は皆平気だったのに、バルトロメイだけはしょっちゅう腹を下していた。
『家族』は皆水に入ったり、魔法を使ったりすることで身体を綺麗にしていたが、幼いバルトロメイが季節を問わずに同じように身を清めては高熱を出して、危うく死んでしまうかということもあった。
だからバルトロメイはあまり日々の食事を取れず、たまに落雷などで起きた火事で偶然焼けた獣肉を『きょうだい』が見つけた時に食べられたのだが、同じように火の通った肉を食べる習慣のある『父』がほとんど食べてしまったので、実際のところあまり口にしたことはない。
暖かい季節では水浴びはできたが、雪の積もる日々が続く間はどこかの穴に潜らされ、時々『母』が清浄の魔法で綺麗にしてくれるだけで、たいていは『きょうだい』が持ってきたゴワゴワした毛皮に包まって動かずにいた。
だから『神殿』という場所でバルトバーシュが肉や野菜、炊いた米や小麦粉を練って作るパンなどを調理するのはとても不思議だった。
しかもそれらは刻まれたり捏ねられたりして正体がわからなくなるのに、やたらと美味そうな匂いを放ち、だからこそ『家族』に注意するようにと言われた『森の中の毒』のようなものかとずいぶん用心したのである。
あまりにも身体が細いバルトロメイの消化器官を心配して、野菜が溶けるほど煮込んだミルクスープというのも得体が知れずになかなか口にしなかったが、同じ鍋から掬った物を師匠が口にするのを見てから少しずつ食べることに慣れていったのだが、その食べ物がちゃんと『自分の分』として確保されていることを理解するのにも時間がかかった。
それが『安心』だとか『信頼』という言葉に置き換えられる感情だったと今ではわかるが、マクロメイがそうやって師匠の真似をして恐る恐る『見たことのない何か』を口にしたり、食べさせてもらっているバルトロメイを見て「親鳥も大変だな!」と笑っていたのが懐かしい。
考えてみると、バルトロメイが本当に『ひとりきりで』食事を取るのは、生まれて初めてかもしれない。
物心がつく頃には『家族』が、聖ガイ・トゥーオン神殿の前に置かれてからはバルトバーシュやマクロメイが、そこから見知らぬ場所に飛ばされてすぐにガンス家の孫息子であるレオシュと出会って家に招いてもらい、マロシュ老の依頼を受けて旅立ってからは人助けをしてお礼に誰かが一緒にご飯を食べてくれる日々だった。
自分の意志とは関係なく生きる場所、進む道、そして職業までまったく何も望まずにコロコロと変わってしまったが、それは確かに幸運なことだった。
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