間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

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窺う者。

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だがそれが本当に「幸運だった」と気付かない勇者見習いはのんびりと身支度をし、日が昇っても火が使えぬまま食事の用意をする。
とはいえ昨日沸かした湯を、水を通さない加工をした革袋に入れて川の中に浸しておいたため、冷たく綺麗な水を飲むことができた。
ついでに──
「え……?いつの間に……?」
昨日の夜、火を焚こうとして散々愛馬たちに邪魔をされた辺りには、煮炊きせずとも食べられる木の実や野生の果物が両手に乗るほど置かれていた。
硬い殻の木の実は勇者の剣だと言われた武器屋から贈られた剣でふたつに割って実を取り出し、果物も綺麗に切る。
「相変わらずだなぁ……でもご飯が美味しくなるからいっかぁ~」
キラキラと輝くような切り口を上にして皮の内側から掬いだす果物は瑞々しく、野生のものとは思えない甘さで喉が潤う。
木の実は殻から形を崩さずに細く切り出した短串でくるりと取り出して、これから先の道中のおやつにしようと大きな葉を皿代わりにぽろぽろと置いた。
森の緑の恵みは『母』が与えてくれた加護と共に、バルトロメイの命を繋いでくれた数少ない物のひとつである。
あれは『ヒト族』に近しいらしい獣族の『きょうだい』がかわるがわる『末っ子』にと真っ赤に実った小さな実や、熟れ落ちた野生の実のうち、崩れておらず腐敗臭のしない物を選り分けて持ってきてくれた。
小さなバルトロメイは生肉を消化できずに良く体調を崩していたから、せっかく手に乗せられた果物もほんのわずかしか食べられず、また森の栄養にと還ってしまったが旬の食べ物が持つ瑞々しさはやはり少しずつバルトロメイの身体だけでなく心も潤してくれる楽しみだったのである。
しかも『勇者の剣』は不殺どころか逆に石や木を切った時と同じように、こうやって差し入れられた果物の切り口も美しく仕上げ、何かしら付与をつけているように思えた。


昼もようやく陽が高くなった頃──
何故かぐるぐると荷馬車の付近を歩き回ってバルトロメイに捕まらないようにしていたエンとヤシャが、ピクリと耳を動かし頭を高く上げて岩の向こう側に注意を向ける。
その動きにバルトロメイも気づいたが、同時にエンに背を押されて荷馬車の脇へと押しやられた。
「っ…うわっ……まっ…待って……何……?」
ドタドタと足音と共に軽い地響きにバルトロメイの声が消されたが、それがバルトロメイがいる岩を挟んで反対側で何人もの男の声が響いた。
「クッソォォ───!あのガキ!いったいどこ行きやがったんだ?
「森の奥にでも迷い込んだんじゃねぇのか?」
「この森はそんなにデカくねぇんだ。一晩中荷馬車ごと通れる道も限られてる……なのに、何も通らなかったなんて、あり得ねぇ!!」
「お、おい……グーフェン……ま、まさか…あのガキ……俺らより先にこのダンジョンに入って……中で死んでんじゃ……」
誰ががそう言うと、途端にガキッと硬い音がしてドサッと土に何かが倒れる音がした。
「そんなワケあるかっ?!この入り口に荷馬車の轍はねぇし、いくら間抜けでも馬車ごとダンジョンに入る冒険者なんかいるか?」
「いやぁ……だが、シェイジンたちが話しているの聞いてたけど、あいつマジで冒険者なりたてらしかったぞ?第一この森で夜を明かしたとして、ダンジョンに潜るランクだとかわかっていなかったかもしれねぇし?いっそ、このダンジョンを単なる洞窟か何かと間違って俺たちから隠れるために、わざわざ荷馬車ごとここに入った……とか?」
「何っ?!クソッ……それなら……お前ら!さっさとガキと荷物を回収に行くぞ!!」
グーフェンという男は仲間が思いつきで話したことを真に受けたのか、他の者たちが止めるのも聞かずに、ドタドタと足音も高くどうやらバルトロメイたちがいるのとは反対側にあるらしい『ダンジョンの入り口』に入ってしまったらしい。
逡巡するような声と動きがあったが、どうやら誰も見張りとして居残ることは避けたかったらしく、ゾロゾロと足音が先に消えていく足音を追いかけていくのが聞こえた。


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