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調理

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ルエナのシーナ嬢を見る目が変わってきた。

最初はシーナ嬢が子爵令嬢という低位さを嫌悪し、直視すれば目が腐るとでもいうほどに、その存在自体を否定した。
両親と兄に反発し、自室から出ないことで自分の意思表示と子爵令嬢をどれほど疎んでいるかを示しているつもりでいたが、いつしか彼女が惜しげもなくルエナに渡すスケッチブックの中身に心が凪いできた。
お茶に混ぜられた物の成分が体外に排出され、兄に抱き抱えられて連れ出されることに抵抗もできなくなって、でもそんな姿のルエナすら描き切ろうとするシーナ嬢に恐怖と、ほんのひと欠片の興味が湧いた。

そして──

ルエナはいつもの白湯だと思って口をつけようとしたカップから立ち昇る香りに恍惚とし、ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らした。
平常な時には絶対他人に見せることのないはしたなさだったが、あまりの美味しさに涙を流すほどの感動を覚える。
「あったかい……」
それはシーナが前世の記憶を駆使して作った野菜の皮や野草を煮込んで濾したお澄ましスープだった。
この世界にはしじみ貝もあったので、野菜出汁だけでなく、貝の煮汁も使って作られた滋味深いそのスープは塩味が柔らかく、ルエナの弱った臓腑にとても優しい。
「こんなスープ……誰が作ったの?」
「……シーナ様ですよ」
「えっ……」
「わたくしの実家でも農作物が尽きる頃に凌ぐために作った屑野菜のスープに似ていますが、もっと手が込み、何よりお嬢様のためにと心を込めて作られたとか」
「そ……う………」
それはもう単に意地になって閉じ籠ってしまったがために健康を損ないかけたルエナにとって、拒絶できない優しいぬくもりだった。


厨房では子爵令嬢による『病人食レシピ』が開示され、伝授されていた。
この世界での『病人食』といえば、栄養価の高い穀物をとにかく糊上になるまで溶かして薄めて飲むのだが、とにかく『刺激厳禁』が徹底しすぎていて、塩はともかく胡椒や生姜のような風味づけすることすら厭われている。
「まったく……『病人食が嫌なら、さっさと治れ』って自己治癒力を過信しすぎじゃないの?」
ブツブツ言いながら、シーナは野菜の皮だけでなく、本体もどんどん鍋に放り込む。
別の鍋ではじゃがいもが蒸され、形がまったくなくなるまでギュムギュムと潰してもらった。
「じゃあ、このマッシュポテ……じゃなかった、潰し芋にスープを混ぜてのばしまーす!」
『のばす』という意味はわからずとも、だんだんとじゃがいもがスープと混じってとろりとしてくるのがわかる。
「じゃあ、これに塩だけじゃなく、胡椒も少し入れて……」
「あっ!!」
料理人が止める間も無く、シーナは白胡椒をパラリと入れる。
健康体の人間にはかなり物足りない味付けだろうが、病み上がりともいえるルエナにはこれくらいでいい。
「いいんですよ!病人だって怪我人だって、美味しい物を食べた方が、気持ちから元気になるんですから!」
そう言いながら、今度はリンゴを剥いて銀杏切りにし、高価な砂糖ではなくもっと簡単に手に入る百花ハチミツとレモン汁でコトコト煮込む。
甘く優しい香りが厨房中に広がり、ゴクリと誰かの喉が鳴った。
「じゃあ、これをカップに入れてお湯を注いで……もう少しハチミツ入れ……いや、ちょっとだけ甘み増しのために砂糖をひとつ!」
ティースプーンひと匙の砂糖をカップに入れて湯を注いだ『リンゴ湯』を見て感心する者は多かったが、それはルエナの食事だと知ると顔を顰めた。


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