こころ 自分を愛する365日
朝の光に
少し笑ってみる。
昨日の自分が、少しだけ愛おしい。
皺も、ため息も、
忘れた約束も、
今日の光の中では、全部赦されている。
「ごめんね」よりも
「ありがとう」を多く言う。
誰かのためにでもなく、
自分のために。
悲しみは、心の土。
その上に、希望の芽が出る。
泣くたびに、
根は深くなる。
失敗した日も、
人に冷たくしてしまった夜も、
胸の奥で、小さな灯が言う。
――大丈夫。まだやり直せる。
心は、壊れ物じゃない。
光と風と涙で磨かれる鏡。
曇っても、拭けばまた映る。
一年のうち、
何度でも、自分を好きになっていい。
何度でも、優しくなっていい。
それが「生きてる」ということだから。
愛しましょう。
今日のあなたを、
明日のあなたを、
まだ見ぬあなたを。
そして――
小さな「こころ」を、365日、抱きしめながら。
文字数 127,602
最終更新日 2025.12.05
登録日 2025.10.19
「僕の妻はヤンデレ(18歳)」
あなたが靴ひもを結ぶとき
玄関の影が震えた
「行かないで」
声にならない声が
床の目地に滲んでいた
鍵を回すたび
世界の温度が下がる
私はあなたの足音の
“余白”に生きている
会社の名札
ポケットのメモ
あなたの外側には
知らない呼吸がある
それが怖かった
ただの挨拶だと分かっても
ただの仕事だと分かっても
あなたの帰りが遅い夜
時計は刃物になり
秒針が胸を刺した
嫉妬は泥水じゃない
私の言葉が足りないだけ
本当は叫びたい
「ねぇ
置いていかないで
私が息をできる場所は
あなたの隣だけ」
包丁に触れた指先は
誰かを傷つけたいんじゃない
孤独に触れただけ
鋭さが安心の形に
見えてしまった
あなたの靴音が戻った瞬間
世界は一枚だけ色を取り戻す
あなたがドアを開けると
私の鼓動は
まるで犬のように尻尾を振る
抱きしめられると
甘い体温が広がって
私の視界はようやく
“明日”になる
ねぇ、知ってほしい
「私が壊れているから
あなたを縛る」のではない
私の中の誰かが
捨てられた幼さで泣いているだけ
愛してる
愛してる
その言葉を
何百回と重ねて
ようやく心が一枚癒える
信じたい
信じられない
揺れる二つの影が
毎晩ベッドの端で
小さく手を繋ぐ
あなたが眠る横顔に
そっと頬を寄せると
夜の静けさが教えてくれた
束縛とは“檻”じゃない
恐怖をごまかす
子どもの毛布
ヤンデレとは“狂気”じゃない
触れられない孤独が
恋に化けただけ
もし明日の朝
あなたの背中が
玄関からゆっくり離れていくとき
私は泣かない準備をする
「いってらっしゃい」
その一言に
革命が宿る
疑わない日が
一日でもあればいい
その一日が続けば
たぶん世界は救われる
私の心は
治療じゃない
服従じゃない
愛は練習なのだ
あなたの影が
夕暮れに長く伸びるとき
私は湯気に溶けた味噌汁の匂いを嗅ぎながら
今日の自分を撫でて言う
“信じられた私は
きっともう壊れない”
そしてあなたは扉を開ける
私は静かに笑う
何も奪わず
何も疑わず
ただ胸の奥で
「帰ってきてくれてありがとう」
その言葉が
世界で一番美しい愛だと
私は知っている
文字数 41,748
最終更新日 2025.12.05
登録日 2025.12.05
『霧の国の継ぎ接ぎ時間(とき)』
霧の国では、
時間は糸切れのカレンダーのように
ばらばらに落ちてゆく。
冬の日の指先が
昨日の春を撫で、
石蕗の黄が
まだ咲かぬ明日の影を照らす。
季語たちは囁く。
「ここでは、願いが季節をほどくのだ」と。
継ぎ接ぎされた時の裂け目で、
美波は立ち尽くす。
古い愛の残骸と、
まだ名もない未来の胎動と。
どちらも捨てられず、
どちらも抱えたまま、
彼女の心は
霜夜のように静かにきしむ。
凩が過去を削ぎ落とし、
小鳥来るが朝の光を運ぶたび、
美波の中の“願い”が街を震わせる。
――必要とされたい。
――もう流されない。
――この子だけは、私が守る。
願いは時を生み、
時は街を変え、
街は彼女を映す。
霧の国の継ぎ接ぎ時間は、
今日もゆっくりほどけてゆく。
けれどその裂け目の奥底で、
一つの光が脈打っている。
それは、
まだ誰のものでもない未来。
美波が、自分の手で選び取ろうとする
初めての“時間”の鼓動。
そして街は静かに息をする。
「さあ、決めるがいい」
「新しい季節を、お前自身の手で」
文字数 56,253
最終更新日 2025.12.05
登録日 2025.12.05
文字数 1,110,481
最終更新日 2025.12.05
登録日 2024.03.24
季節の織り糸
季節の織り糸
さわさわ、風が草原を撫で
ぽつぽつ、雨が地を染める
ひらひら、木の葉が舞い落ちて
ざわざわ、森が秋を囁く
ぱちぱち、焚火が燃える音
とくとく、湯が温かさを誘う
さらさら、川が冬の息吹を運び
きらきら、星が夜空に瞬く
ふわふわ、春の息吹が包み込み
ぴちぴち、草の芽が顔を出す
ぽかぽか、陽が心を溶かし
ゆらゆら、花が夢を揺らす
はらはら、夏の夜の蝉の声
ちりちり、砂浜が光を浴び
さらさら、波が優しく寄せて
とんとん、足音が新たな一歩を刻む
季節の織り糸は、ささやかに、
そして確かに、わたしを包み込む
文字数 892,903
最終更新日 2025.12.05
登録日 2024.08.18
ある日、突然、小説家になろうから腐った蜜柑のように捨てられました。
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前科者みたい
これ一生、書かれるのかな
統合失調症、重症うつ病、解離性同一性障害、境界性パーソナリティ障害の主人公、パニック発作、視野狭窄から立ち直ることができるでしょうか。
2019年12月7日
私の小説の目標は
三浦綾子「塩狩峠」
遠藤周作「わたしが・棄てた・女」
そして、作品の主題は「共に生きたい」
かはたれどきの公園で
編集会議は行われた
方向性も、書きたいものも
何も決まっていないから
カオスになるんだと
気づきを頂いた
さあ 目的地に向かって
面舵いっぱいヨーソロー
文字数 34,889
最終更新日 2025.12.05
登録日 2019.11.30
『赦されない恋の沼から――私が私を取り戻すまで』
赦されない恋の沼は
静かなふりをして
足もとをつかんだ。
甘い声が
やさしい指先が
孤独の隙間に
そっと入りこんで
光のように見えたのに。
気づけば
沈む音しかしなかった。
妊娠の知らせは
祝福ではなく、
四方八方からの
命令と責任の押しつけだった。
産むなと言う人。
産めと言う人。
責める人。
黙る人。
私の声だけが
どこにも届かない。
母の言葉は
凍ったナイフ。
「自業自得」
その刃先が
胸の奥で何度も折れた。
夫の家は
家族を名乗りながら
私ではなく
“子どもだけ”を欲しがった。
不倫相手は
恋を語った舌で
「困る」と言った。
世界中が
私を罰しているようだった。
一番苦しい時に
一番近い人たちが
誰も手を伸ばしてくれなかった。
それでも
お腹の奥の、小さな光だけが
責めることをしなかった。
助産師の手は
痛みに触れられる
初めての温度だった。
「あなたの人生の主役はあなた」
その言葉は
沼の黒い水を
ひとしずく、ひとしずく
すくい上げるように
心に落ちていった。
私は気づいた。
誰かに赦されるために
生きているんじゃない。
誰かの期待に
身体を差し出すために
生まれてきたんじゃない。
私を赦すのは
私だ。
あの日、出て行くと決めた瞬間
肺の奥で
初めて呼吸の音がした。
「私が育てる」
震える声でも
確かに私の声だった。
未来という名の
小さな掌が生まれた日に
私は泣きながら笑った。
赦されない恋が
私を壊したのではない。
誰かの都合に
自分を明け渡した日々が
私を沈めていただけ。
だからもう進む。
私の足で。
私の名前で。
私の選ぶ光へ。
沼はまだ背後で
ゆらりと揺れているけれど
私は振り返らない。
この腕の中の温度が
私を呼んでいるから。
赦されない恋の沼から、
私は今日、ようやく
“私”を取り戻した。
文字数 25,474
最終更新日 2025.12.05
登録日 2025.12.05
『全部あげるって言ったよね?じゃあ責任も全部どうぞ』
笑顔で言うと、
あなたはようやく気づく。
“与える”って言葉は
光みたいに綺麗に響くけど、
その影にはいつも
重さと義務と現実がついてくる。
あなたが差し出した紙は、
自由の宣言じゃなかった。
逃げるための切符だった。
でもね。
私、黙ってサインするほど
もう馬鹿じゃないの。
家をくれる?
財産をくれる?
子どもたちも?
それから――あなたの老いた両親も。
ええ、確かに言ったわね。
「全部、君にあげる」
じゃあ私は返すだけ。
あなたが避けた責任、
あなたが押し付けようとした家族、
あなたが**“いらない”と切り捨てた未来**。
受け取るべき手は、
私じゃなくて――あなたよ。
私は行くわ。
子どもと、自由と、これからと。
背筋を伸ばし、笑って。
あなたは残りなさい。
親と、介護と、義務と、あなたの言葉と。
「全部あげるって言ったよね?」
――だから私は、受け取らない。
愛でも、言い訳でも、未練でもない。
ただ、正しさだけを置いていく。
そしてドアの向こうで、
私はようやく呼吸する。
軽い空気。
私の空。
私の未来。
あなたがくれたものは何ひとつ要らない。
だって私は――
自分の人生を取り戻したから。
―― 💐
文字数 20,941
最終更新日 2025.12.05
登録日 2025.11.29
『小さなアパートの家賃が1000万円を超えた日』
六畳の和室と、
六畳の台所。
十三年分の冬が、そこに積もる。
湯沸かし器は沈黙し、
冷たい水だけが
生活の痛みを語った。
ベランダはなく、
布団は陽を知らず。
褥瘡の匂いを抱えた夜、
わたしは祈るように
窓の外の空気を吸い込んだ。
京都に住む大家は、
年に数度だけ戻ってきて
庭の門に鍵をかける。
「不用心だから」と
軽く言うその言葉に、
わたしの生活は閉ざされていった。
洗濯物が風にさらわれても
取りにゆけない。
布団も干せない。
冬の陽射しさえ
遠い国の出来事だった。
六万五千円の家賃。
二年ごとに十万三千円の更新料。
積み上げた金額は、
いつのまにか
一千万を超えていた。
けれど、
その一千万に
「安心」という文字は
一度も含まれていなかった。
眠れぬ夜、
息子の褥瘡の匂いと向き合いながら、
わたしは思った。
――払ってきたのは家賃じゃない。
ここで生きるための、
わたしの歳月だったのだと。
十三年の冬を越えた今、
静かに気づく。
この小さなアパートで、
わたしは
折れずに立ち続けた。
誰も知らなくていい。
誰にも届かなくていい。
ただ一つだけ、
胸を張って言える。
「私はここで、生き抜いた」 と。
文字数 18,860
最終更新日 2025.12.05
登録日 2025.12.04
『70歳、豊かさのゆくえ』
静かな朝の光が、
昔よりゆっくりと
カーテンのすき間を滑り落ちてくる。
70年生きて、ようやく気づいた。
人生は「持つもの」で測れない。
けれど「失ったもの」だけでも測れない。
退職金を握りしめて始めた投資。
数字は増え、
通帳は明るい色に育った。
けれど、心のページは
ときどき風にさらわれて、
ぽっかりと空白のまま。
友の笑顔は、
いつから影を帯びただろう。
「すごいね」
その言葉の裏に沈んでいた
痛みも、嫉妬も、孤独も、
私は見ていなかった。
お金は光をくれるけれど、
同じだけ影も伸ばす。
いちばん大切だったのは、
増えた資産ではなく、
減らしたくない三つの椅子だった。
あなたが座る椅子。
あの子が寄りかかる椅子。
そして、私自身の椅子。
三つそろって、
やっと“居場所”と呼べる。
老後は寂しさの始まりじゃない。
老後は、
ようやく自分の速度で歩き始められる
自由の季節だ。
お金は使えば減るけれど、
人に向ければ、かえって増えていく。
――70歳の私は、今日知った。
豊かさとは、
財布の中ではなく
手を差し出したときに
そっと触れる“温度”のことだ、と。
夕暮れのオレンジ色が
三つの影をゆっくり重ねていく。
失いかけた友情が、
小さな灯になって
私の胸を温める。
豊かさのゆくえは、
どこか遠くにはない。
人と人のあいだにうまれる
静かなぬくもりの中にある。
文字数 28,376
最終更新日 2025.12.04
登録日 2025.12.04
『マッチ売りの少女』
——雪の街角の詩——
白い息が
夜の闇にほどけていく。
街は急ぎ足の光で満たされているのに、
わたしの足元だけが
音のない雪に沈んでいく。
ポケットの中には
売れ残りのマッチがひと箱。
冷たい木の軸が
まるで凍った心臓みたいに
じっとしている。
一本、擦る。
ぱち、と小さく咲く火の花。
その一瞬だけ、
わたしの世界に
あたたかい色が戻る。
ローストの匂い、
テーブルの湯気、
祖母の手のひら。
全部、火といっしょに
ひと呼吸で消えてしまうけれど、
それでも火は、
わたしの“見てほしいもの”を照らしてくれる。
もう一本。
もう一度だけ、
おばあちゃんの声を聞きたい。
編みかけのマフラーに残った
羊毛のやわらかい匂いと、
「泣かないでね」と言った
あの胸の鼓動を思い出したい。
けれど、
通りの人は誰ひとりとして
わたしの火を覗きこまない。
寒さより、
見えないことのほうが痛い。
最後のマッチを握る手は
もう動かない。
火がつくかどうかより、
火がついた“その後”が
怖くなくなっていく。
だから、擦った。
ぜんぶ。
ひと束まとめて。
まぶしい光の中、
おばあちゃんが笑っていた。
こんなにも近くで。
こんなにもあたたかく。
雪が舞い落ちる大晦日の街角で、
わたしはようやく気づいたの。
——炎は、消えるためにあるんじゃない。
誰かに届くために、
一瞬でも強く燃えるんだ。
わたしが残した小さな灰が
道ばたで風に揺れる。
もし、
だれかがそれを拾いあげてくれたなら、
わたしの火は、
まだ、
どこかで灯っている。
文字数 51,569
最終更新日 2025.12.04
登録日 2025.12.03
『家の中の、いちばん遠い場所で』
同じ屋根の下なのに
あなたの足音だけが、遠い。
冷蔵庫の灯りが
真夜中の台所を、白く冷やしていく。
二つ並んだはずの茶碗は、
いまは別々の席で
湯気の行き場をなくしている。
呼べば届く距離なのに
言えば壊れてしまいそうで
わたしたちは、息を呑んで黙り続けた。
沈黙は、壁よりも厚く
ドアの音よりも鋭く
心に落ちていく。
だけど――
雨の夜
あなたが差し出した傘の影に
ほんの少し、春の匂いがした。
停電の暗闇で
初めて聞いたあなたの「……ごめん」に
胸の奥がじん、と温かくなった。
家は、壊れるときも静かだけれど
再び灯るときも、静かだ。
あなたと並んで座る食卓は
決して特別な場所じゃない。
けれど
同じ味噌汁をすくう音が
こんなにも心を撫でるなんて
昔のわたしたちは知らなかった。
家の中の、いちばん遠い場所で
わたしたちは
ゆっくり
ゆっくり
同じ未来へ歩き始めている。
もう一度、
ここから。
――おかえり。
文字数 35,155
最終更新日 2025.12.04
登録日 2025.12.03
『幸せは似ていて、不幸はひとつずつ違う』
朝の食卓に置かれた
三つの茶碗は
まるで同じ形をしていた。
湯気の向こう、
息をのみこむように
私たちは“似た幸せ”を演じていた。
同じ味噌汁、
同じ笑顔、
同じ「いってきます」。
けれど
ほんの一滴、
ひとりの心に落ちた影が
すべてを変えてしまうことがある。
愛が足りないのではない。
優しさが嘘だったわけでもない。
ただ――
満たされないものは
人によって
声の出し方が違うだけ。
泣く人。
黙る人。
笑いながら、心が崩れる人。
幸せは
ひとつの形を持つが、
不幸はいつも、
その人だけの名前を持っている。
そして、壊れるときは静かだ。
まるで
冬の窓に走る
最初の細いひびのように。
気づけば、
肩に積もる雪のように冷たくなり、
触れた手の温度さえ
思い出せなくなる。
けれど――
ひび割れた心にも
必ず春は来る。
夕暮れの駅のベンチで、
別れた二人が
同じ方向の夕焼けを見上げるように。
「幸せは似ていていい。
でも、
もう不幸まで似せなくていい。」
それぞれの場所で、
それぞれの灯りをかかげて
また歩き出せるなら。
壊れた家族ではなく、
形を変えても
あたたかい家族へ。
その日を信じて
今日も
ひとつずつ違う心を
そっと抱きしめていこう。
文字数 43,134
最終更新日 2025.12.04
登録日 2025.12.04
『処女解体』
八幡様の影が長く伸びて
蝉の声が 胸の奥で爆ぜた夏
あの日
僕は 恋の重さも知らず
ただ「好きだ」と言って
君に触れた
指先に残ったのは
君の驚いた体温だけ
それなのに
君の世界は揺れ
少女の日々は止まり
風も水も 息を潜めた
君は信じてしまった
姉の揺れる腹のかたち
吐息の色
水を欲しがる朝の匂い
そして――
自分の胸の奥の鼓動まで
僕は知らなかった
抱きしめた腕の震えが
君の心を
そんなにも震わせていたなんて
父の怒り
理科室の静寂
薬品棚の影の向こうで
君は泣きながら
真実を教わった
「大丈夫だよ。
小春は、何も悪くない」
たったひとつの言葉が
君の世界に
光を戻した
五十年、時は流れ
僕らはしわだらけになって
夏の縁側に座っている
麦茶の氷が溶けて
遠くの蝉が
またあの日を呼び戻す
君は笑って言う
「ほんとうに……
あれが人生でいちばん恥ずかしいわ」
僕は黙って
その手を握る
あの夏
何も知らなかった僕らは
愚かで
痛くて
愛しかった
そして今
解体されたのは
あの日の“処女”ではなく――
初めての恋に惑う
ふたりの子どもじみた心だった。
文字数 29,036
最終更新日 2025.12.04
登録日 2025.12.04
帰省ブルー
—— お盆・正月・GW、その家は静かに崩れていく
冷蔵庫に詰め込まれた
酒、肉、ジュース、アイス。
まるで祝祭の国。
でも、レシートの数字だけが
静かに真実を語る。
――年金すら、追いつかない。
カレンダーの赤い日付。
「来るよ」「帰るよ」「楽しみだね」
その文字は
祝福じゃなく
請求書の予告状だった。
「お母さん、これ買っていい?」
「え?もうないの?追加で買っといて」
「うちの子、卵アレルギーだから別メニューね」
笑顔。
料理。
片付け。
灯り。
水道。
ガス。
冷房。
暖房。
ありがとうの代わりに
当たり前だけが増えていく。
財布の中、
紙が薄くなるたび
胸の奥が冷える。
「家族に会えるだけ幸せ」
そう言い聞かせる声も
もう、擦り切れて聞こえない。
孫は悪くない。
子どもたちも、
きっと悪気はない。
でもね。
わたしは
サービスじゃない。
宿じゃない。
スポンサーじゃない。
ただ――
母で、
人間で、
老いゆく一人の生活者なんだ。
帰ったあとに残るのは
空になった冷蔵庫と、
膨らんだ光熱費と、
静かすぎる家の空気。
そして、
少しだけ
寿命が削れたような疲れ。
「また帰るね」
その言葉が
昔は宝だった。
今は――
胸の奥に突き刺さる予告。
でも、今年は違う。
わたしはもう、言う。
ゆっくり、でも確かに。
「来てくれるのは嬉しいけれど、
私の生活を犠牲にする帰省は
もう受け入れません。」
誰かのために壊れていく人生は
愛じゃない。
自分を守る選択は
わがままじゃない。
赤字じゃない帰省が来る日を
願いながら
わたしは今日、線を引く。
寂しさと、安堵と、
説明のできない解放感。
それでも――
今夜のご飯は、
久しぶりに、
自分だけのために温める。
静かな食卓。
静かな家。
静かな心。
ああ、これが
「生活」ってものだった。
帰省ブルー。
その言葉に、
わたしの声が含まれる日、
ようやく訪れた。
コードをコピーする
――もう、壊される家族じゃなくていい。
守っていいのは、生活と、わたし自身。
文字数 25,672
最終更新日 2025.12.03
登録日 2025.12.03
『71歳引きこもりゲーマー、
気づいたら人生スローライフ無双』
パスワードを打てば
世界が開く
カーテンの向こうの空は灰色でも
画面の向こうは春だった
膝は痛む
心もときどき痛む
財布は軽く
息は短く
希望は――
ときどきどこかへ隠れる
でも
ロード画面が終われば
俺は庭師だ
名前はレオナルド久遠
35歳 背筋まっすぐ
NPCに微笑まれ
花に囲まれ
必要とされている
現実では杖
ゲームでは鍬ひとつで世界が変わる
雑草に見えるミントが
風に触れて香りを放つ時
俺は思う
――生き物は
ただ「ここにいたい」だけなのだと
お金がなくても
パンジーがなくても
誰にも褒められなくても
俺の庭は
画面の中で咲いている
時間がゆっくり進む
誰にも急かされない
息切れしない世界
ここでは
努力は数字になり
優しさは関係値になり
孤独は
「ひとりの自由」と呼ばれる
夜更け
スピーカーから鳥の声
冬の部屋に
春の音
手が震え
視界がぼやけても
種を植える動作をやめない理由はただひとつ
――花は
植えた場所に咲くからだ
現実が荒れ地でも
ゲームが楽園でもいい
どちらも俺だ
どちらも生きている
今日もミーナが言う
「あなたの庭は、すてきね。」
俺は照れくさく笑って返す
「だろ。
どうでー。俺は庭師だ。
ゲームの中ではな。」
その誇りが
画面の灯りよりも
ほんの少しだけ
胸を温める
ゆっくりでいい
遅くていい
誰にも追いつかなくていい
俺の世界の季節は
俺のペースで巡る
――今日もロードが始まる
俺の庭のために
文字数 25,030
最終更新日 2025.12.03
登録日 2025.12.03
『家を手放す日――71歳、第二の人生設計』
「終わりだと思ったら、まだ道が続いていた。」
屋根の上の季節が
何十回もめぐり、
壁に手を添えた指先が
少しずつ老いていった。
雨漏りの音も、
子どもたちの笑い声も、
夜中に膝をさすりながら聞いた静寂も、
すべてこの家が覚えている。
でも――
守ってきた家よりも、
もう守らなければいけないものがある。
それは身体であり、
生活であり、
今日と明日を笑って迎える余力だ。
家を手放すのは敗北じゃない。
重さを降ろして、
もう一度、歩けるようになることだ。
庭の柿の木に
最後の実が鈴なりになるころ、
私たちは鍵を返した。
涙は落ちたけれど、
振り返った景色は
なぜか優しく滲んでいた。
そして新しい小さな部屋で、
湯気の立つ味噌汁の匂いを嗅ぎながら思う。
――まだ生きていいんだ。
ここからまた、
小さくても、続いていく道がある。
終わったんじゃない。
終わらせずに、生き延びたのだ。
手放すことで残ったもの。
それは、
家ではなく、
**一緒に老いていく相手がまだいるという事実。**
その温もりだけで、
今日の夕焼けは、
驚くほどあたたかい。
文字数 19,684
最終更新日 2025.12.02
登録日 2025.12.02
『夫、赤ちゃん化しました。』
赤ちゃんの泣き声
ミルクの匂い
洗濯機は朝からずっと働いているのに
私の心はまだ片付かない。
あなたは27歳。
なのに、息を吸うたび
私を呼ぶ声が
だんだん赤ちゃんと同じ高さになっていく。
「ねぇ見て」「ねぇ聞いて」「ねぇ忘れないで」
まるで世界から
ひとりぼっちにされた子どものようで。
私は最初、笑えなかった。
怒りもあった。
泣きながら、夜の電気を消した。
だけど
あなたの拙い抱っこの腕の震えも
小さな背中を撫でながら
何度も深呼吸する姿も
私は見てしまった。
――そうか。
赤ちゃんになりたかったんじゃない。
置いていかれるのが、怖かったんだね。
私ばかり母になって
あなたはまだ、夫のまま。
追いつけなくて
迷子になっていたんだ。
ねえ。
ゆっくりでいいよ。
育つのは赤ちゃんだけじゃない。
家族って、はじめてなんだもの。
今日もミルクをこぼしながら
あなたは大げさに笑う。
その隣で
赤ちゃんが、同じ顔で笑う。
その光景に
私の胸の奥が、じんわり温かくなっていく。
大丈夫。
あなたはもう、
赤ちゃんじゃなくて
――父親になり始めてる。
そして私は、
母である前に
ちゃんと、あなたの妻でいたい。
だから、今日も言うね。
「起きて。オムツ替え当番、あなた。」
少しだけ照れながら
あなたが立ち上がるたび
家族はまた、一歩進む。
ゆっくり、ゆっくり。
3人で。
文字数 51,155
最終更新日 2025.12.02
登録日 2025.12.01