『70歳、豊かさのゆくえ』

『70歳、豊かさのゆくえ』

静かな朝の光が、
昔よりゆっくりと
カーテンのすき間を滑り落ちてくる。

70年生きて、ようやく気づいた。
人生は「持つもの」で測れない。
けれど「失ったもの」だけでも測れない。

退職金を握りしめて始めた投資。
数字は増え、
通帳は明るい色に育った。
けれど、心のページは
ときどき風にさらわれて、
ぽっかりと空白のまま。

友の笑顔は、
いつから影を帯びただろう。

「すごいね」
その言葉の裏に沈んでいた
痛みも、嫉妬も、孤独も、
私は見ていなかった。

お金は光をくれるけれど、
同じだけ影も伸ばす。

いちばん大切だったのは、
増えた資産ではなく、
減らしたくない三つの椅子だった。

あなたが座る椅子。
あの子が寄りかかる椅子。
そして、私自身の椅子。

三つそろって、
やっと“居場所”と呼べる。

老後は寂しさの始まりじゃない。
老後は、
ようやく自分の速度で歩き始められる
自由の季節だ。

お金は使えば減るけれど、
人に向ければ、かえって増えていく。

――70歳の私は、今日知った。
豊かさとは、
財布の中ではなく
手を差し出したときに
そっと触れる“温度”のことだ、と。

夕暮れのオレンジ色が
三つの影をゆっくり重ねていく。

失いかけた友情が、
小さな灯になって
私の胸を温める。

豊かさのゆくえは、
どこか遠くにはない。
人と人のあいだにうまれる
静かなぬくもりの中にある。

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