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無礼・1

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学園内側近の中でも頭脳派を自認し、剣術や体術を自慢とするディディエ・ファーケン・ムスタフやイストフ・シュラー・エビフェールクスを『脳筋』と嘲り、あざと可愛さを武器にしている実弟のルイフェン・クウェンティ・ダンビューラや、奥手過ぎてシーナに話しかけることすらできないジェラウス・クーラン・クリシュアを見下していたが、実際のところ側近中でジェラウスの次ぐらいに腕力がないことも自覚していた。
単純な殴り合いであれば二歳年下の弟にすら負けるという非力さゆえの卑屈さだったが、それでも令嬢を──家柄でいえば絶対に手を出してはいけない『公爵家』の令嬢を突き飛ばし、挙句気絶までさせたのである。
その事実に一瞬気分を高揚させたが、理性が自分の立場を思い出させてくれるのに時間はかからなかった。
「わっ…わ、わたっ……私はっ……」
「……なぜ彼女を突き飛ばす必要があったんだ?『無礼』とお前は言ったが、むしろ彼女に手を振れていた私の方が無礼であり、咎められるは彼女ではないだろう。そしてどう思っているのかは知らないが、たとえ彼女の方が私に触れたとしても、例え王族といえど『婚約者』である私が彼女の行為を咎めなければ立場も礼も失することにはならない」
「あ……あ……」
「翻ってお前は誰だ?ダンビューラ伯爵家の第二子であり、成人後にはせいぜいダンビューラ家で持つ男爵位以下の身分しか名乗れず、それすらも今、王太子妃となる令嬢を負傷させた現時点で私から国王陛下やダンビューラ伯爵に除籍を求める危機にある」
冷ややかな目付きと声音で、リオン・・・シュタイン・・・・・ダンガフ王太子・・・・・・・は彼の前で膝を折り己の手のひらを眺めて呻く部下に言い下す。

莉音自身はそんなに冷酷な性格であるとは思っていなかった。
しかし前世でも双子の妹である詩音が次兄に穢された時、肉体的損傷を医学的に治しただけで、精神的なケアは思いつかなかった父と、美形の妹を『どこかの御曹司に売りつける』という勝手な算段がパァになったと溜息をつく長兄を見限ったのは当然だろう。
もちろん当事者である次兄については、世間的にどころか遺伝子レベルでこの世から抹消してほしいと祖父に頼んだが、さすがにそれは受け入れられなかった。
そしてその怒りは理不尽かもしれなかったが、父と離婚せずに別居という形をとった母へと向かったのである。
確かに祖父にも資産はあったが、実権を握っている父の方が次男を制裁しきれない負い目と体裁があって、母がふたりの子供を抱えてもまったく問題ない──むしろ無関心な父と嫌味しか言わない兄とおかしな目で妹を見る次兄がいない分、精神的にも安心できる環境を整えられた。
金が無い人生を覚えていないせいかもしれないが、前世よりも貧富の差がデジタルの情報ではなく実際の目で見ることができる今世では、権力に守られるというのは命に繋がることを理解し、金の亡者のように見えていた母が選択したあの生活はあの時の最善だったのだと少しは理解できる。
「……だとしたら、せめて兄妹転生で同じ王族にしてくれればよかったのに」
そう思わないでもなかったが、思ったよりも妹は逞しく無事に生きていてくれた。


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