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同席
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だがそれを見逃してくれない者がいる──
「いいかげん、認めちゃえよ」
「……何さ」
「兄貴は兄貴。アルはアル。『男』ったって別もんだろ?真っ当な恋愛しろよ、我が妹」
「うっ…うるっさいわねっ!今は兄貴でも妹でもないんだからねっ!」
ニヤニヤと笑いながらリオンがコソコソと囁くが、遠目から見れば子爵令嬢の方に高貴な頭が寄せられているように見えないでもない。
それがまた誤解を生むかもしれないが──
「そんなわけで」
「何でしょうか?」
自分たちから少し離れて立ったままのアルベールに向かって、リオン王太子が近付くようにと合図した。
「こうやって私がルエナとシーナを独り占めしてるとね、ちょっと外聞が悪いと思わない?」
「ちょっと!」
「はぁ………?」
「だからここら辺に座っててほしいんだけど」
瞠目するアルベールが示されたのは、シーナの横、そして妹のルエナの真向かいである。
さすがに王太子と同席するのは──と遠慮するかと思いきや、アルベールは「ただちに」と浅くお辞儀をして、さっさと余分な椅子を探しに行ってしまった。
「ちょっと!ちょっとちょっと!!」
「何俺らにしか通じないギャグ言ってんのさ。いいからほら、もうちょっとそっちに移動しろって。じゃないとアルとぴったりくっつくカップルシートになるだろう?」
「バッ、バッカじゃないのっ!!」
ぐぎぃ…と喉の奥で不思議な唸り声を上げるシーナがやや乱暴めにルエナのそばに椅子をずらして、ドスンと貴族令嬢らしくない勢いで座り直すと、生粋のお嬢様はビクッと身体を硬直させた。
「あ…あの……シーナ……」
「何っ?!」
「ヒッ………」
「あっ、間違えたっ!!」
イラつきのあまり常にない勢いでルエナの声に反応したシーナは、強張るどころか目に涙まで浮かべてブルブルと震えるルエナを認識し、たちまち雰囲気を和らげる。
前世ではこんな言葉や態度で怯えるのは、自分の方だった──そして、それがどんなに恐ろしいことなのかも、同時に理解する。
「あ~…いや、あの……その……ごめんなさい」
できるだけゆっくり、怯えさせないようにとシーナは頭を下げた。
気分的にご機嫌取りというよりは、まるで怯えた猫をこれ以上刺激しないようにと用心しているようにも見える。
(……懐かしいな)
父親は家の内外一切が自分にとって心地いいようにするため、屋外で飼える大型犬を警備の意味も込めて飼育していたが、家の中で飼うような小型犬や猫、ウサギなどの小動物は禁止されていた。
その代わり手のかかる熱帯魚の大きな水槽が玄関と客を通す専用のリビングに置かれていたが、それを子供たちが触ることは許されずに専任の者が常時管理することが決まっており、凛音にとっても詩音にとっても『自分たちのペット』という感覚は持てずにいたのである。
長兄も猫より犬の方がいいと大型犬の躾などは進んでやっていたが、次兄はそもそも動物に愛護の気持ちなどなく見下して、たとえ人を噛み殺すことも可能な大型犬だろうと『家で飼っている犬だから、家族の言うことを聞くはず、むしろ聞けと躾けられている』と思い込んで酷い咬み痕と縫合痕を身体に残した。
その血なまぐさい現場を兄よりもずっと幼かった凛音と詩音はしっかりと見てしまい、ふたりとも揃って犬恐怖症になってしまった。
そんな双子の心を癒したのが、友人の家で飼われていた猫である。
成猫ではなくもうすぐ一歳を迎えるというぐらいの微妙な大きさの猫だったが、愛情いっぱいに可愛がられていたその猫はいいリハビリになった。
可愛さのあまり駆け寄った詩音から脱兎のごとく逃げ出したのを笑われ、猫への接し方を同い年の友人がレクチャーしてくれるのを真剣に聞き、自分から膝の上に乗ってくれた時はまるで油の挿していないロボットのようなぎこちなさで首をゆっくりと凛音と友人の方に向け、涙を溜めた目を見開いて思いっきり笑ったことを思い出す。
「いいかげん、認めちゃえよ」
「……何さ」
「兄貴は兄貴。アルはアル。『男』ったって別もんだろ?真っ当な恋愛しろよ、我が妹」
「うっ…うるっさいわねっ!今は兄貴でも妹でもないんだからねっ!」
ニヤニヤと笑いながらリオンがコソコソと囁くが、遠目から見れば子爵令嬢の方に高貴な頭が寄せられているように見えないでもない。
それがまた誤解を生むかもしれないが──
「そんなわけで」
「何でしょうか?」
自分たちから少し離れて立ったままのアルベールに向かって、リオン王太子が近付くようにと合図した。
「こうやって私がルエナとシーナを独り占めしてるとね、ちょっと外聞が悪いと思わない?」
「ちょっと!」
「はぁ………?」
「だからここら辺に座っててほしいんだけど」
瞠目するアルベールが示されたのは、シーナの横、そして妹のルエナの真向かいである。
さすがに王太子と同席するのは──と遠慮するかと思いきや、アルベールは「ただちに」と浅くお辞儀をして、さっさと余分な椅子を探しに行ってしまった。
「ちょっと!ちょっとちょっと!!」
「何俺らにしか通じないギャグ言ってんのさ。いいからほら、もうちょっとそっちに移動しろって。じゃないとアルとぴったりくっつくカップルシートになるだろう?」
「バッ、バッカじゃないのっ!!」
ぐぎぃ…と喉の奥で不思議な唸り声を上げるシーナがやや乱暴めにルエナのそばに椅子をずらして、ドスンと貴族令嬢らしくない勢いで座り直すと、生粋のお嬢様はビクッと身体を硬直させた。
「あ…あの……シーナ……」
「何っ?!」
「ヒッ………」
「あっ、間違えたっ!!」
イラつきのあまり常にない勢いでルエナの声に反応したシーナは、強張るどころか目に涙まで浮かべてブルブルと震えるルエナを認識し、たちまち雰囲気を和らげる。
前世ではこんな言葉や態度で怯えるのは、自分の方だった──そして、それがどんなに恐ろしいことなのかも、同時に理解する。
「あ~…いや、あの……その……ごめんなさい」
できるだけゆっくり、怯えさせないようにとシーナは頭を下げた。
気分的にご機嫌取りというよりは、まるで怯えた猫をこれ以上刺激しないようにと用心しているようにも見える。
(……懐かしいな)
父親は家の内外一切が自分にとって心地いいようにするため、屋外で飼える大型犬を警備の意味も込めて飼育していたが、家の中で飼うような小型犬や猫、ウサギなどの小動物は禁止されていた。
その代わり手のかかる熱帯魚の大きな水槽が玄関と客を通す専用のリビングに置かれていたが、それを子供たちが触ることは許されずに専任の者が常時管理することが決まっており、凛音にとっても詩音にとっても『自分たちのペット』という感覚は持てずにいたのである。
長兄も猫より犬の方がいいと大型犬の躾などは進んでやっていたが、次兄はそもそも動物に愛護の気持ちなどなく見下して、たとえ人を噛み殺すことも可能な大型犬だろうと『家で飼っている犬だから、家族の言うことを聞くはず、むしろ聞けと躾けられている』と思い込んで酷い咬み痕と縫合痕を身体に残した。
その血なまぐさい現場を兄よりもずっと幼かった凛音と詩音はしっかりと見てしまい、ふたりとも揃って犬恐怖症になってしまった。
そんな双子の心を癒したのが、友人の家で飼われていた猫である。
成猫ではなくもうすぐ一歳を迎えるというぐらいの微妙な大きさの猫だったが、愛情いっぱいに可愛がられていたその猫はいいリハビリになった。
可愛さのあまり駆け寄った詩音から脱兎のごとく逃げ出したのを笑われ、猫への接し方を同い年の友人がレクチャーしてくれるのを真剣に聞き、自分から膝の上に乗ってくれた時はまるで油の挿していないロボットのようなぎこちなさで首をゆっくりと凛音と友人の方に向け、涙を溜めた目を見開いて思いっきり笑ったことを思い出す。
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