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賢者、王都で面倒に巻き込まれる。

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「……とにかく。さっきあんたが言いかけたこと」
「あ、は…はい」
てっきり彼女は誤魔化すのか聞かなかったことにするのか思ったら、逆にもっと詳しく話そうと自分も椅子に腰かけた。
「あたしの一族は純粋なアレじゃなくて……その……契約みたいなもんなんだ」
「アレ?契約?何?何のこと……?」
不穏な空気を感じたのかミウがキョロキョロと私とミルベルの顔を見比べ、不安そうな顔をする。
「……眷属的な?」
「鋭いねぇ、あんた……本当、何者?」
フッと自嘲気味に笑って、ミルベルは腕を捲った。
そこにあったのは綺麗な模様の入れ墨──にしか見えない、ある種族の契約語。
「ああ、これって小さい頃から入ってた入れ墨だよね?これがどうしたの?」
「おかしいと思わない?これ、身体の成長に合わせて色褪せもせず、形も伸びたり崩れたりしたりしてないよね?」
「そう……言えば……」
皮膚に色を入れる入れ墨はそのまま永遠に残るわけではなく、色素が薄くなったり皮膚の成長に合わせて絵柄が引っ張られたりするのに、それはまるでついさっき刺し終わったかのように鮮やかで美しい濃紺色をしていた。
「魔族の……契約文様……意味まではわかりませんが」
だが、わかる。
コレを施したのは、あいつだ。
「ふふっ……あたしの先祖の誰かがさ、やっぱり人間離れした従魔契約能力の持ち主だったらしいんだ。『テイマー』っていう職業が確立するずぅっと前……この町じゃなくて、ずっと西の国にある森の木こりだったのに、毎日毎日動物たちが勝手にやってくる。草食動物たちは薪にできそうな細い枝や食べられる木の実を持って、肉食動物は自分たちの中でも命を捧げたいと願うものが自らの命を差し出して。そのうち異形のモノまでやってきた。その頃はまだ知られていない薬草を持って。それを摺ったり混ぜたりして、今で言う薬師のような真似事をしていたら……真っ黒い美しい男の人が来たんだ」
スッと太陽が雲に隠れて空が翳ると、ミルベルの瞳も淡く銀色に光る。
まるでその光りを隠すように俯き、目を瞑って、彼女は昔話を続けた。
「その人はちっとも怖い感じじゃなくって、ご先祖は何も疑わなかった。愉快そうに笑って、『お前がそうか』とだけ言って……突然ご先祖の左腕に、この文様を刻み込んだんだ」
それは凄まじい魔力で、拒否する間もない一瞬で刻まれ、彼は三日三晩高熱にうなされたという。
そして目が覚めて、家族は皆驚いた。
一族に共通していた瞳の色は青色から銀色に変化し、左腕に刻まれた文様とまったく同じ物が、産まれたばかりの娘の腕にも刻まれていたことに気が付いて、ようやくあの美しい人がただの『ヒト』じゃないことに気が付いた。
これは天罰か──そう思い、木こりは自ら命を絶とうと娘を連れてこっそり夜中に家を飛び出したのである。
これ以上両親や妻、他の子供に迷惑はかけられないと思ったのだ。
だがさらに罪を重ねかねないその思いは遂げられず、また『あの人』に会った。会ってしまった。
「その人はね、それはただの印だと言ったんだって。『東の国へ送ってやる。お前のその才能を使って、虐げられる同族を解放しろ。お前は良い奴だと、我が同族たちが褒めてたからな……特別にその血を尊び、お前は我が眷属となった。お前が得た薬師の知識は、残ったお前の一族が継承するがいい』……勝手な奴だよな、テイマーの才能があって、無理やり従魔にされてる魔族を解放する代わりに、一族が薬師として繁栄する道を示すなんてさ。そんなの、従うしかないじゃない?」
「あー……うん……そう、だね……」
そう、あいつにとって『同族が一番』なのだ。
人間にとって『家族が一番』と思うのと似ている──範囲が広すぎるのだが。
「初めは意味がわからなかったけど、そのうちご先祖は気が付いたんだ。すごく綺麗な色で繋がっている飼い主と飼われている犬とか猫、家畜でもいい扱いをされているか酷い状態で育てられているかで、家畜主と綺麗な色かそれとも気持ち悪いと思うような繋がりがあるのとか、見えていないのに異形のモノと繋がっている者がいるとか……綺麗な色の繋がりはすごくいい状態なんだけど、気持ち悪い繋がりだとどちらにも悪影響があった。よくわからないままに『良くなれ』とか『切れろ』とか思いながら左手で繋がりを撫でると、それが思った通りになるってわかって……だから、木こりは『あの人』に言われた通り、息子たちに家督と薬の知識を全部譲って、自分は妻と娘だけを連れて森に行って、この町まで飛ばしてもらった……なんて、与太話」


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