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1章
-1- 【落ちこぼれエルフ、ソフィア】
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──あなたは、何かを本気で頑張りたいって、そう思った事はありますか?
ええ、些細な事でいいんです。何かで1番を取ろうとした、強いものを倒そうとした、この武器を極めてみたいと思った──。
でも、それをいざ始めよう、大きな羽根で飛んで、目標に向かって飛び立ってみようって決意した瞬間に……
『ただ1人、私だけ、空を飛べる羽根が生えてなかった』って分かったら──
──あなただったら、どうしますか?
これから始まるのは、そんな物語です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……ア………ソフィアァッッ!!」
「わっ!は、はいっ!」
「ったく……何ボケッとしてんだ!?」
巨大な塔が周りを囲まれ、そこにぽっかりと大きく開けた広場。ど真ん中には藁でできている、20mはゆうに超えそうなほど巨大なカカシがそびえ立っている。
これは私たち”ネルセンス戦術学院生”が戦闘能力を上げるためにひたすら叩くカカシで──あ、そ、そうか。今は訓練中だったんだった……。
そんな私に目もくれず、周りの人達は先生の指示に従って、巨大カカシに向かって攻撃魔法で作り出した火球やアイスボールなどの様々な攻撃を繰り出し、ひたすら攻撃している。
今日はこのカカシが壊せない限り寮には戻してもらえないのだ。なんと鬼畜な……。
「こらーーソフィアッ!まだサボるかッッ!!」
「ああもう……はーい!ごめんなさーい!!」
“ソフィア”。私の名前だ。
口うるさい先生に、投げやりに返事を返す。
私はあまり人前で”戦闘”をしたくない。ただ弱いからとか、そういう単純な理由ではないんだけれど。
「……仕方ないなぁ」
重い腰を上げると、背骨からポキポキ音が鳴る。そこからだんだん立ち上がって、左の腰に下げた私の──私”だけ”の武器を手にとった。
「よっ……えいっ!」
たんっと軽快な音と共に、足が地面から離れる。気持ちは重いが。
地面を蹴り上げ、一瞬で巨大カカシの首あたりまで飛び上がる。これでも、身軽さと素早さには自信がある方だ。
「まずは1発……えいっ!!」
目の前でザシュッっと、藁の切れる音がする。かなりボロくなっているとはいえ、あまりにもカカシが巨大なので、これを壊すには気の遠くなるような時間がかかるのだろうと嫌になるが、それでも楽しくないかと言われたら嘘になる。
「続いて2発!3発!!」
周りの学生が放つ攻撃魔法を避けながら自身は近接で戦わなければならないので、1人で戦う時よりかなり集中力を使う。
右へ左へとひらひら避けながら、カカシのもろそうな部位を探して断つ、また探して断つの繰り返しだ。
「”魔法の使える人達”はみんな私の事迷惑がってるのかな?」なんて野暮なことは今は考えないようにして、ただ黙々と藁の塊を斬った。こうやって相手の急所を探して叩くのは好きで、戦いの中の好きな要素のうちの1つといえる。
そうこう考えながらも暫くはひたすら藁を斬り続け、もう1発思い一撃を入れようと地上に降り立った瞬間だった。
目の前でミシミシミシ……と巨大な音が轟いた。私を含め、攻撃に参加していた生徒は全員カカシから離れ、ただカカシの方を見上げている。
少しの時間が過ぎ、その巨大な図体は細かい藁を撒き散らし、真っ二つに割れて地面に突っ伏した。地面を上下に揺らすその様は、カカシがどれほどの重さだったのかを物語っていた。
周りの生徒からは歓声が漏れ、それぞれがハイタッチや抱き合ったりで互いの嬉しさを分かちあっていた。さっきまでへの字口だった先生も満足気な顔で腕を組み、仁王立ちをして笑っている。
私は……そんなリア充なお友達いないからね。1人で寮の部屋に帰るのさっ。
この世界では魔法が使えるのが当たり前だ。
ウンディーネや妖精、獣人など、様々な種族がいるが、みんな魔法を使うことが出来る。もちろんエルフも例外ではない。生後数ヶ月の子供でさえ、簡単な水を作り出す魔法とかを使える。
そんな当たり前の事ができない、廃れた文化である剣技しかできないような異端者と仲良くする人なんて、いるとしたらかなり珍しい人だと思う。増してや私の種族は【エルフ】で、本来は魔法に長けている種族のはずなのだ。
それでも私は寂しくないし、不便に思ったこともない。
本当は寂しいのかもしれないけれど、私には今あるこの感情が、本当に世間で呼ばれる”寂しい”というものなのかが分からない。だが、今は分からなくていいのだ。今はただ満足している。
私の存在を──世界にたった1人の”魔法が使えない人”の存在の意義を……この【長剣】と共に、どこかの誰かに、たった1人に知ってもらえたら。私はそれで充分満足なのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1人で寮に帰る帰り道。
カカシを倒してからすぐ寮に移動し始めたはずなのに、既に周りにはばらばらと同級生──1年生の姿が見受けられた。
本格的な冬が近づいてきた今日、すうっと一息吸うだけで肺の中が冷たい空気で満たされる。先程の戦闘で酷使しすぎて、さっきまで血の味をさせていた肺が丸ごと洗われるみたいだ。
──と、ふいに澄んだ空気の真ん中にいる人影に目が止まった。
橙色の肌、丸っこい耳、5本ある指──。
「あの人は確か、ジオさん……だっけ?」
ジオ=ヴァイス。ある日突然この世界に現れた【ニンゲン】だ。
本来、ニンゲンという種族はこの世界には存在しない。が、ある大賢者が実験の一環で異世界からこの人を召喚したとの話だ。
異世界で死んだ瞬間の人をこちらの世界から呼び、その人が転生に応じれば召喚が成立するのだという。
つまり、彼もこの世界への転生を望んだ人であるという事だ。こんな世界への転生を望むなんて、アホだな。よっぽど向こうの世界がつまんなかったんだろうな。
そしてそんな彼は、他の世界から来たにも関わらず魔法の適正が凄まじく高い。元々この世界にいた人達よりもずっとずっと魔力が高いのだ。実際、先程のカカシ斬倒戦では得意である闇魔法を炸裂させており、かなり貢献していたといえる。
その事もあり、異世界出身で、魔法も強力で、顔もそこそこ良い──正直、人の顔の善し悪しなんて分からないけど──彼はみんなの人気者だ。女子生徒の中でも彼のことが好きだという声をしばしば聞く。学校で彼を知らない者はいない。
そんな、周りにはいつでも必ず友達や人がいるような彼が、今日は珍しく1人でベンチに座っている。しかもずっとうつむいて、なにをする訳でもなくただぼーっとしている。
普通の人なら「どうしたの?」などと声をかけてあげるのだろうが、何せ私は彼と話したことがない。増してや彼の性格や素性すら知らないのだ。
私が心配しなくても、私以外の誰か、彼の友達の誰かが心配してくれるだろう。
だが、どうして彼は友達の誰かに相談することもなく、わざわざ1人でうつむいているのだろうか?
……まぁ、知らない人だし、私には別に関係ないか。
そう思いながら、私はその場を後にした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、寮の自分の戻った私は、帰って早々に1人用のソファにどすんと座り、腰に提げていた長剣を手に持ち、布で丁寧に磨くことにした。
この剣は私が初めて行ったダンジョン探索で見つけた遺物だ。武器庫の中で眠っていたたった1本のもので、かつてまだ魔法が普及していなかったこの世界で、攻撃手段として使われていたものだという。
本来ならダンジョンで見つかった物は全て学校へ預けなくてはならないのだが、剣は売却したところで一部コレクターの間でしか取引されないらしいし、ただ飾られるだけで戦いにも使われないだろう。だったら、使ってあげた方が有意義じゃない?
何より、何せこの剣は遺物にしては錆びても朽ちてもないし、耐久性も申し分ない。当時数十年前のボロの鉄剣を使っていた私には二度とないチャンスのように思えた。今後剣技が廃れたこの世界では、剣を生産するという文化も無くなっていくだろう。
そう思い立って、鉄剣を捨ててその剣を持ち帰ることにしたのだが、周りの人は愚か先生にすら何も指摘されることはなかった。それほどレアリティのないものなのか、それともただ興味がなかったからなのか……。
まぁ、そんな事はいいのよ。そんなこんなあって、この剣はとても大切なものなのだ。今でも手入れが行き届いているのか、刃こぼれや刃が折れたりなどは一切しない。異物にしてはなかなか耐久性のあるヤツだ。
そうこうしているうちに剣もピカピカになり、窓の外を見ると既に真っ暗だった。
それほど長い間この剣を手入れしていたのかと思うと、道具も使わない、何らかの手入れが要らない魔法使いの生徒の連中が羨ましく感じる。
……あ、そういえば。ここの学校の説明をしていなかったかな?
ここは「ギルド立ネルセンス戦術学院」。冒険者やギルドマスターなどを目指している人達が来る学院で、ここでは主にモンスターとの戦い方や、戦力の底上げなどを目的とした授業が行われている。
かつては剣技と魔術でコースを分けていたらしいが、今は統合されている。統合というか……剣技での入学者がついに0になった為である。
そこに剣技で入った私は、ここ数十年間でも私だけだという。
なのに、魔術コースと統合されているため剣技の授業はない。ないというより、剣技教えられる人がもうこの世界にいないのである。
剣技をそこまで廃れさせる必要なんてないじゃない!とも思うが、この世界では基本的に剣技などの物理攻撃が効く相手であれば攻撃魔法が通用する。わざわざ敵に近寄るリスクを背負ってまで攻撃するなら、魔法で遠くから削っていく方が圧倒的に楽だし、被害も少ないという事である。
……と、ちょっと剣の持ち手の金属部分磨きすぎちゃったかな。ピカピカというより、ビガビガだな。
ふと時計に目をやると、既に短い針が12時を回っていた。
明日も授業が多い日だ──。明後日は休みだし、あと1日頑張ろうっと。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日は、昨日のカカシ斬倒戦とは打って変わって座学ばかりだ。内容は朝から魔法基礎、炎魔法回路基礎、対魔法攻撃────。
見ての通り、私には全く関係のないラインナップが多い。普段は対モンスター知識とか、野草知識とかがあるのだが。
今も先生が魔法の基礎についてをつらつらと語っているが、相変わらず意味が分からないし、私には活かすことがない。
手悪さや落書きで時間を潰すのも良いが、幸い私は窓際の一番後ろの席という事もあって窓の外の景色を眺めて時間を潰すことができる。
今日もまたこうして、つまらん一日を過ごすのだ────……ん?
少し遠くの方から、何人かの断末魔が聞こえる……。
また魔法の授業で事故でも起きたのかな?と思ったが、遅れてドタバタと騒がしい足音も聞こえてきた。だんだんこちらに近づいてくる。その音を追うように、爆発や衝撃音がこちらに向かってきている──?
ここの教室の生徒も、最初こそ気にしていなかったものの、一部の耳の良い種族が気付き始め、次第にざわつきの輪が広がり始める。
何が起きている?逃げるべきか?救助が必要か?友達は大丈夫か──
分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。
そんな色々な事を呑気に考える我々を置き去りにして、足音はついに教室横の廊下まで到達した。廊下を走る彼らはただただ取り乱し、一目散に廊下の端を目がけて走っていた。何かから逃げているのは間違いない。
魔法での事故でも何でも、生徒数十人が逃げ出すような大事に至ったことは今まで1度もないのだ、ここまで来るともはや授業どころではない。
「何だ?」「まだ爆発する音が聞こえてるぞ」「逃げるか?」……そんな声が教室中にこだましている。
先生も慌てて外部と連絡を取ろうとしているが、ほかの先生も混乱しているのか、誰ともコンタクトが取れていないようだ。
かく言う私も、何が起きているかが全く分からないこの状況に脅えている。変な汗が止まらない。
すん、と廊下に満ちる一瞬の静寂の後。
真っ黒な、小さなブラックホールのような魔法弾がものすごい速さで廊下を飛んだ。教室内は一瞬で静まりかえる。
続いて複数個の黒い魔法弾が飛んできて、廊下の壁や床に衝突した。……と、魔法弾はその場の地形や形を崩すことなく、そこにべったりとくっつくようになった。こんな魔法を扱う学生は愚か、先生すら、今まで見た事がない。
そんな前代未聞なことが起きまくる中、魔法弾が飛んできた方から、コツ…コツ…コツ…と、落ち着いた足音が聞こえてきた。すっかり怯えきった生徒達はただその音の方向を見つめている。
……見えた、その人影が。
私にはとても、見覚えがあった。
ジオ=ヴァイス。
その顔が、うつむいたまま。
こちらを見ていた。
ええ、些細な事でいいんです。何かで1番を取ろうとした、強いものを倒そうとした、この武器を極めてみたいと思った──。
でも、それをいざ始めよう、大きな羽根で飛んで、目標に向かって飛び立ってみようって決意した瞬間に……
『ただ1人、私だけ、空を飛べる羽根が生えてなかった』って分かったら──
──あなただったら、どうしますか?
これから始まるのは、そんな物語です。
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「……ア………ソフィアァッッ!!」
「わっ!は、はいっ!」
「ったく……何ボケッとしてんだ!?」
巨大な塔が周りを囲まれ、そこにぽっかりと大きく開けた広場。ど真ん中には藁でできている、20mはゆうに超えそうなほど巨大なカカシがそびえ立っている。
これは私たち”ネルセンス戦術学院生”が戦闘能力を上げるためにひたすら叩くカカシで──あ、そ、そうか。今は訓練中だったんだった……。
そんな私に目もくれず、周りの人達は先生の指示に従って、巨大カカシに向かって攻撃魔法で作り出した火球やアイスボールなどの様々な攻撃を繰り出し、ひたすら攻撃している。
今日はこのカカシが壊せない限り寮には戻してもらえないのだ。なんと鬼畜な……。
「こらーーソフィアッ!まだサボるかッッ!!」
「ああもう……はーい!ごめんなさーい!!」
“ソフィア”。私の名前だ。
口うるさい先生に、投げやりに返事を返す。
私はあまり人前で”戦闘”をしたくない。ただ弱いからとか、そういう単純な理由ではないんだけれど。
「……仕方ないなぁ」
重い腰を上げると、背骨からポキポキ音が鳴る。そこからだんだん立ち上がって、左の腰に下げた私の──私”だけ”の武器を手にとった。
「よっ……えいっ!」
たんっと軽快な音と共に、足が地面から離れる。気持ちは重いが。
地面を蹴り上げ、一瞬で巨大カカシの首あたりまで飛び上がる。これでも、身軽さと素早さには自信がある方だ。
「まずは1発……えいっ!!」
目の前でザシュッっと、藁の切れる音がする。かなりボロくなっているとはいえ、あまりにもカカシが巨大なので、これを壊すには気の遠くなるような時間がかかるのだろうと嫌になるが、それでも楽しくないかと言われたら嘘になる。
「続いて2発!3発!!」
周りの学生が放つ攻撃魔法を避けながら自身は近接で戦わなければならないので、1人で戦う時よりかなり集中力を使う。
右へ左へとひらひら避けながら、カカシのもろそうな部位を探して断つ、また探して断つの繰り返しだ。
「”魔法の使える人達”はみんな私の事迷惑がってるのかな?」なんて野暮なことは今は考えないようにして、ただ黙々と藁の塊を斬った。こうやって相手の急所を探して叩くのは好きで、戦いの中の好きな要素のうちの1つといえる。
そうこう考えながらも暫くはひたすら藁を斬り続け、もう1発思い一撃を入れようと地上に降り立った瞬間だった。
目の前でミシミシミシ……と巨大な音が轟いた。私を含め、攻撃に参加していた生徒は全員カカシから離れ、ただカカシの方を見上げている。
少しの時間が過ぎ、その巨大な図体は細かい藁を撒き散らし、真っ二つに割れて地面に突っ伏した。地面を上下に揺らすその様は、カカシがどれほどの重さだったのかを物語っていた。
周りの生徒からは歓声が漏れ、それぞれがハイタッチや抱き合ったりで互いの嬉しさを分かちあっていた。さっきまでへの字口だった先生も満足気な顔で腕を組み、仁王立ちをして笑っている。
私は……そんなリア充なお友達いないからね。1人で寮の部屋に帰るのさっ。
この世界では魔法が使えるのが当たり前だ。
ウンディーネや妖精、獣人など、様々な種族がいるが、みんな魔法を使うことが出来る。もちろんエルフも例外ではない。生後数ヶ月の子供でさえ、簡単な水を作り出す魔法とかを使える。
そんな当たり前の事ができない、廃れた文化である剣技しかできないような異端者と仲良くする人なんて、いるとしたらかなり珍しい人だと思う。増してや私の種族は【エルフ】で、本来は魔法に長けている種族のはずなのだ。
それでも私は寂しくないし、不便に思ったこともない。
本当は寂しいのかもしれないけれど、私には今あるこの感情が、本当に世間で呼ばれる”寂しい”というものなのかが分からない。だが、今は分からなくていいのだ。今はただ満足している。
私の存在を──世界にたった1人の”魔法が使えない人”の存在の意義を……この【長剣】と共に、どこかの誰かに、たった1人に知ってもらえたら。私はそれで充分満足なのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1人で寮に帰る帰り道。
カカシを倒してからすぐ寮に移動し始めたはずなのに、既に周りにはばらばらと同級生──1年生の姿が見受けられた。
本格的な冬が近づいてきた今日、すうっと一息吸うだけで肺の中が冷たい空気で満たされる。先程の戦闘で酷使しすぎて、さっきまで血の味をさせていた肺が丸ごと洗われるみたいだ。
──と、ふいに澄んだ空気の真ん中にいる人影に目が止まった。
橙色の肌、丸っこい耳、5本ある指──。
「あの人は確か、ジオさん……だっけ?」
ジオ=ヴァイス。ある日突然この世界に現れた【ニンゲン】だ。
本来、ニンゲンという種族はこの世界には存在しない。が、ある大賢者が実験の一環で異世界からこの人を召喚したとの話だ。
異世界で死んだ瞬間の人をこちらの世界から呼び、その人が転生に応じれば召喚が成立するのだという。
つまり、彼もこの世界への転生を望んだ人であるという事だ。こんな世界への転生を望むなんて、アホだな。よっぽど向こうの世界がつまんなかったんだろうな。
そしてそんな彼は、他の世界から来たにも関わらず魔法の適正が凄まじく高い。元々この世界にいた人達よりもずっとずっと魔力が高いのだ。実際、先程のカカシ斬倒戦では得意である闇魔法を炸裂させており、かなり貢献していたといえる。
その事もあり、異世界出身で、魔法も強力で、顔もそこそこ良い──正直、人の顔の善し悪しなんて分からないけど──彼はみんなの人気者だ。女子生徒の中でも彼のことが好きだという声をしばしば聞く。学校で彼を知らない者はいない。
そんな、周りにはいつでも必ず友達や人がいるような彼が、今日は珍しく1人でベンチに座っている。しかもずっとうつむいて、なにをする訳でもなくただぼーっとしている。
普通の人なら「どうしたの?」などと声をかけてあげるのだろうが、何せ私は彼と話したことがない。増してや彼の性格や素性すら知らないのだ。
私が心配しなくても、私以外の誰か、彼の友達の誰かが心配してくれるだろう。
だが、どうして彼は友達の誰かに相談することもなく、わざわざ1人でうつむいているのだろうか?
……まぁ、知らない人だし、私には別に関係ないか。
そう思いながら、私はその場を後にした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、寮の自分の戻った私は、帰って早々に1人用のソファにどすんと座り、腰に提げていた長剣を手に持ち、布で丁寧に磨くことにした。
この剣は私が初めて行ったダンジョン探索で見つけた遺物だ。武器庫の中で眠っていたたった1本のもので、かつてまだ魔法が普及していなかったこの世界で、攻撃手段として使われていたものだという。
本来ならダンジョンで見つかった物は全て学校へ預けなくてはならないのだが、剣は売却したところで一部コレクターの間でしか取引されないらしいし、ただ飾られるだけで戦いにも使われないだろう。だったら、使ってあげた方が有意義じゃない?
何より、何せこの剣は遺物にしては錆びても朽ちてもないし、耐久性も申し分ない。当時数十年前のボロの鉄剣を使っていた私には二度とないチャンスのように思えた。今後剣技が廃れたこの世界では、剣を生産するという文化も無くなっていくだろう。
そう思い立って、鉄剣を捨ててその剣を持ち帰ることにしたのだが、周りの人は愚か先生にすら何も指摘されることはなかった。それほどレアリティのないものなのか、それともただ興味がなかったからなのか……。
まぁ、そんな事はいいのよ。そんなこんなあって、この剣はとても大切なものなのだ。今でも手入れが行き届いているのか、刃こぼれや刃が折れたりなどは一切しない。異物にしてはなかなか耐久性のあるヤツだ。
そうこうしているうちに剣もピカピカになり、窓の外を見ると既に真っ暗だった。
それほど長い間この剣を手入れしていたのかと思うと、道具も使わない、何らかの手入れが要らない魔法使いの生徒の連中が羨ましく感じる。
……あ、そういえば。ここの学校の説明をしていなかったかな?
ここは「ギルド立ネルセンス戦術学院」。冒険者やギルドマスターなどを目指している人達が来る学院で、ここでは主にモンスターとの戦い方や、戦力の底上げなどを目的とした授業が行われている。
かつては剣技と魔術でコースを分けていたらしいが、今は統合されている。統合というか……剣技での入学者がついに0になった為である。
そこに剣技で入った私は、ここ数十年間でも私だけだという。
なのに、魔術コースと統合されているため剣技の授業はない。ないというより、剣技教えられる人がもうこの世界にいないのである。
剣技をそこまで廃れさせる必要なんてないじゃない!とも思うが、この世界では基本的に剣技などの物理攻撃が効く相手であれば攻撃魔法が通用する。わざわざ敵に近寄るリスクを背負ってまで攻撃するなら、魔法で遠くから削っていく方が圧倒的に楽だし、被害も少ないという事である。
……と、ちょっと剣の持ち手の金属部分磨きすぎちゃったかな。ピカピカというより、ビガビガだな。
ふと時計に目をやると、既に短い針が12時を回っていた。
明日も授業が多い日だ──。明後日は休みだし、あと1日頑張ろうっと。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日は、昨日のカカシ斬倒戦とは打って変わって座学ばかりだ。内容は朝から魔法基礎、炎魔法回路基礎、対魔法攻撃────。
見ての通り、私には全く関係のないラインナップが多い。普段は対モンスター知識とか、野草知識とかがあるのだが。
今も先生が魔法の基礎についてをつらつらと語っているが、相変わらず意味が分からないし、私には活かすことがない。
手悪さや落書きで時間を潰すのも良いが、幸い私は窓際の一番後ろの席という事もあって窓の外の景色を眺めて時間を潰すことができる。
今日もまたこうして、つまらん一日を過ごすのだ────……ん?
少し遠くの方から、何人かの断末魔が聞こえる……。
また魔法の授業で事故でも起きたのかな?と思ったが、遅れてドタバタと騒がしい足音も聞こえてきた。だんだんこちらに近づいてくる。その音を追うように、爆発や衝撃音がこちらに向かってきている──?
ここの教室の生徒も、最初こそ気にしていなかったものの、一部の耳の良い種族が気付き始め、次第にざわつきの輪が広がり始める。
何が起きている?逃げるべきか?救助が必要か?友達は大丈夫か──
分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。
そんな色々な事を呑気に考える我々を置き去りにして、足音はついに教室横の廊下まで到達した。廊下を走る彼らはただただ取り乱し、一目散に廊下の端を目がけて走っていた。何かから逃げているのは間違いない。
魔法での事故でも何でも、生徒数十人が逃げ出すような大事に至ったことは今まで1度もないのだ、ここまで来るともはや授業どころではない。
「何だ?」「まだ爆発する音が聞こえてるぞ」「逃げるか?」……そんな声が教室中にこだましている。
先生も慌てて外部と連絡を取ろうとしているが、ほかの先生も混乱しているのか、誰ともコンタクトが取れていないようだ。
かく言う私も、何が起きているかが全く分からないこの状況に脅えている。変な汗が止まらない。
すん、と廊下に満ちる一瞬の静寂の後。
真っ黒な、小さなブラックホールのような魔法弾がものすごい速さで廊下を飛んだ。教室内は一瞬で静まりかえる。
続いて複数個の黒い魔法弾が飛んできて、廊下の壁や床に衝突した。……と、魔法弾はその場の地形や形を崩すことなく、そこにべったりとくっつくようになった。こんな魔法を扱う学生は愚か、先生すら、今まで見た事がない。
そんな前代未聞なことが起きまくる中、魔法弾が飛んできた方から、コツ…コツ…コツ…と、落ち着いた足音が聞こえてきた。すっかり怯えきった生徒達はただその音の方向を見つめている。
……見えた、その人影が。
私にはとても、見覚えがあった。
ジオ=ヴァイス。
その顔が、うつむいたまま。
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