※異世界ロブスター※

Egimon

文字の大きさ
8 / 84
第一章 海域

第七話 力量差

しおりを挟む
 俺の前に立ちはだかる超巨大クジラ。対して俺は奴の二十分の一もない若いロブスターだ。

 体重、魔力量、そして攻撃力。そのすべてにおいて俺が負けている。
 しかし、ただの一点だけ、俺が勝っている部分を見つけ出した。

 俺が生成した魔法。これに関しては、奴の干渉を全く受けない。もしも相手がムドラストなら、俺の魔法は簡単に制御権を奪われる。
 つまり奴の魔法の実力はムドラスト以下で、普段から彼女相手に修行してきた俺なら勝ち目があるはず。

 だがやはり空杭からくいでは威力が足りていない。あれは名の通り杭を撃ち込むだけの魔法で、水刃ほどの威力を出すには燃費が悪い。
 せめてもう少し近づければ効率のいい魔法もあるんだが……。

 俺は奴に近づくのをひどく警戒していた。

 俺の仲間を一瞬で全滅させたあの攻撃。俺はその瞬間地中で貝類の相手をしていて、目視できなかった。
 あれほどの暴力と脅威をまき散らした攻撃。その正体が分からない以上、迂闊に近づくのはあまりに危険なのだ。

「どうした、仕掛けてこないのか? ならば、ここは我から仕掛けるとしよう」

 何か来る!

 奴の頭部から凄まじい魔力の流れを感じた。先程俺の水刃を打ち消した時とは比較にならないほどのエネルギーだ。

 初めてくる奴の攻撃魔法。これがもしさっきの攻撃なら、俺の外骨格で耐え切れるか怪しいところ。

 お生憎、俺は肉弾戦が不得意なのだ。身体強化はヘタクソである。外骨格を強化して受け切るのはかなり難しい。
 だからここは、土系魔法で岩盤を生成することで対処することにした。

「そんな脆弱な防御で大丈夫か? それに土壁では視界が遮られて、我の魔法が視認できないであろう」

 野郎、どれだけ人をおちょくれば気が済むんだ。

 俺が作り出したのは土壁ではなく岩壁だし、この海域で視力を用いて水系魔法を感知する生物はいない。
 そも、水中で水流操作をしても目に見えるはずがない。

 奴め、タイタンロブスターがどういう生物か分かった上であんなことを言っているんだ。

「お前こそ、くねくね身体を動かして波を作るだけじゃあ土も掃えやしないぜ」

「フン、面白いことを言う。では受けてみるがいい!」

 瞬間、奴の周囲から槍状の魔法が撃ちだされるのを感じた。それもありえない数。俺の水刃や空杭からくいの比ではない。

 なるほど、これが大人たちを一掃した魔法か。これほどの魔法を軽々しく連発できるなら、確かに魔法を持たない深海の大人たちが敵わないのも頷ける。

 しかしマズいな。俺にもこの岩盤がどの程度耐えられるか分からん。

 幸いなことに魔法の速度自体はそう速くなく、俺が追加で岩盤を強化しているうちに一発目が着弾した。

 そしてその一発で気付く。これは自然の水ではない。あのクジラが独自に生み出した水を操作して撃ちだしているのだ。

 奴の魔法は見かけ上遅いにもかかわらず、俺の岩盤を削り取った。回転や対土系魔法などの特殊な魔法の痕跡は感じられない。

 つまり奴の魔法の強味はその重みであり、自然の水では決して生み出せない威力。俺が制御権を奪えるものではない。

 一応海水の制御権を奪う魔法も構えていたが、どうやら不可能らしい。そもそも身体の大きさが小さい俺にはあの数の魔法を同時に停止させるのは難しいが。

 一発目が到来した直後から怒涛の勢いで着弾する槍魔法。まさに風雨のごとく襲い掛かるその攻撃は着実に岩盤の盾を破壊していく。

 慌てて俺は岩盤を修復し始めた。そこから始まるのは俺と奴の耐久勝負。奴が俺の盾を破壊し、その瞬間に俺が修復する。俺が反撃する隙は一瞬もなく、奴が俺の盾を突破することは決してない。

 これは良くない。本当に良くない。
 身体の大きさから見ても、俺と奴の魔力量の差は歴然である。これではいずれ俺が先に崩れる。そうなれば、もう俺が戦うことはできない。

 ならば俺から反撃するしかないが、あれほどの密度の魔法の中、俺が突き進むのは難しい。

 どうするべきか。俺はまだ若い。いや、人間にしてみれば全然若くないが、戦闘経験が圧倒的に足りない。ムドラストの教えは最高のものだったが、それでも奴相手には足りないものがある。

 それは咄嗟の機転。詰みとも言えるような状況を一か八か覆す希望の一手を彼女は教えてくれなかった。彼女はその絶対の知識量と経験で全ての難題を切り抜けてきた。だからそんなもの、彼女には必要ないのだ。

 しかし今この瞬間、俺にはそれが出来ない。ならば俺が生み出すしかないだろう。教えられたことだけを愚直に反芻しているだけでは、異世界の強者には追いつけやしない。

「覆すぞ、この状況!」

 挑戦、これは挑戦だ。俺の魔法がどれほど奴に通用するか。俺の魔法がどれほど届くのか。
 この一生の全てを賭けた挑戦。己の力を見抜くための挑戦。

 やべぇな、命かけてるってのに、めちゃめちゃ楽しくなってきた。こんな心踊る賭けがあるか? いや、存在しないね。だって俺が、表情筋のない俺が笑っているのだから。

 勢いよく飛び出す。そこは奴の魔法が支配する領域。しかし俺は自身の魔法技術を信じて一歩踏み出した。そこからはもう止まることはない。一瞬でも止まれば、奴の魔法の餌食となる。

 俺に向かって直進してくる魔法の悉くをすんでのところで避け続けた。奴の魔法よりも俺の足が速く、軌道さえ確認できれば躱すのは難しいことではなかったのだ。

 しかしやはり密度が高い。いつ直撃を喰らってもおかしくはない。むしろ今は奇跡的に避けられている状態。当たる可能性の方が高いだろう。

 そしてもう一つ厄介なことに、奴の攻撃は常に移動し続ける俺を追尾している。
 なんらかの追尾魔法を使っている様子はなく、奴の制御能力だけで魔法の軌道を捻じ曲げているようだ。

 なるほど、これをするためにわざと魔法の速度を落としていたのか。恐らくこれ以上早くすれば奴の制御の範疇を超えてしまうのだろう。
 しかしそもそもこれだけの数魔法を動かせていること自体が、奴の技術力の高さを示していた。

 流石に魔法ひとつひとつ細かく制御するのは難しいらしく、直進した後は躱すまで軌道が変化することはない。直進で命中するならそれに越したことはないのだ。

 そして躱した魔法は俺の後を追い始め、俺の動きに合わせて軌道を変える。
 速度が遅いからと言ってこれを無視し続ければ追尾している魔法の密度は膨れ上がり、いずれ俺を壁際へ追い詰めるように隙間を埋め尽くしていく。

「ったく、これは弾幕シューティングゲーじゃねぇんだぞ。三次元軌道に自動追尾、おまけに超密度と来たら、ルナティックも良いところだ。この局面を打破するには……」

 ……ボム! そう、ボムだ!
 超密度の弾幕も自動追尾も吹き飛ばし、ほんの一瞬であっても俺が自由に動ける空間を作り出す。

 ハハ、ちょうどピッタリの魔法をさっき見つけたばっかりじゃないか。今日の俺は最高に冴えてる。

 俺は奴の攻撃を回避しながら魔法を練るのに集中する。
 作り出すは土系魔法と炎系魔法の複合魔法。外殻の強度を引き上げ、海水を蒸発させることで生み出す爆発エネルギー。これでもって奴の魔法を蹴散らすのだ。

 本当なら炎系魔法にもっとふさわしいものがある。だが爆発魔法は水流操作と相性が悪く、俺の機動力に影響を与える可能性があるのだ。
 だから出来るだけ構造が簡単で、かつ高威力な魔法が要求される。

「突破口を開け、複合爆弾(仮)!」

 撃ちだした爆弾は二つ。奴に近づくにつれて密度の高くなっていた前方の魔法と、俺が避け続けたことによって動きの乱れた後方の魔法。

 即席で作り上げた魔法は想像以上の効果を発揮し、この二つを一瞬で霧散させた。
 その隙に俺は速度をさらに上げ、奴に肉薄する。

「王手だ、クジラ野郎……!?」

「近づいたな、若き者ニーズベステニー。ここが貴様の死に場所である!」

 瞬間、暴力的な一撃が俺に迫る……!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

私のアレに値が付いた!?

ネコヅキ
ファンタジー
 もしも、金のタマゴを産み落としたなら――  鮎沢佳奈は二十歳の大学生。ある日突然死んでしまった彼女は、神様の代行者を名乗る青年に異世界へと転生。という形で異世界への移住を提案され、移住を快諾した佳奈は喫茶店の看板娘である人物に助けてもらって新たな生活を始めた。  しかしその一週間後。借りたアパートの一室で、白磁の器を揺るがす事件が勃発する。振り返って見てみれば器の中で灰色の物体が鎮座し、その物体の正体を知るべく質屋に持ち込んだ事から彼女の順風満帆の歯車が狂い始める。  自身を金のタマゴを産むガチョウになぞらえ、絶対に知られてはならない秘密を一人抱え込む佳奈の運命はいかに―― ・産むのはタマゴではありません! お食事中の方はご注意下さいませ。 ・小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 ・小説家になろう様にて三十七万PVを突破。

処理中です...