※異世界ロブスター※

Egimon

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第二章 アストライア大陸

第六十一話 種族の違い

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 吹き飛ぶアーキダハラ。彼は廊下の壁に強く背を打ち付け、老朽化した家屋を大きく揺るがす。自分でも驚いたことに、無意識のうちに彼を殴り飛ばしていたのだ。彼の行動に、どうしてもおさまりが付かなかった。

「おかしなタイタンロブスターだ。人間を殺したことが、そんなにも気に障ったのか? 俺たち精霊も、タイタンロブスターも、人間とは違う。人間は格下の生物だ。イノシシやシカを殺すのと、いったい何が違うというのか」

 とても悲しそうな声で、アーキダハラはそう言った。顔を下に向けていて、表情は分からない。そんな顔をするくらいなら、思ってもいないことなど言わなければ良いのに。
 だが、敢えて俺は指摘しよう。知的生命体として、必要なことだ。

「人間を殺すこと、俺は何とも思わない。メルビレイを殺すのも、ペアーを殺すのも、人間を殺すのも、全て同じことだ。……ただ、友を殺すこと。これだけは許容できない。例え向こうがそう思っていなくとも、自分の中に友を想う気持ちがあるうちは、手を出してはいけないんだ。それが、知恵ありし者の掟なんだ」

 人間は、ただの動物と何ら変わらない。自然の一部であり、数多くの強者が台頭するこの世界においては、彼らの力など脅威にもならないのだ。
 だから、殺傷にデメリットなどない。それこそ、イノシシやシカを殺すのと同じだ。

 しかし、例外もある。知的生命体は、別の知的生命体を認識することができる。
 俺がメルビレイの長に敬意を表したように、精霊ロンジェグイダを心から尊敬するように、水の化身ドゥフに怒りを募らせるように。

 彼らはタイタンロブスターではないが、種族の垣根などまったく意識せず、タイタンロブスターに向ける感情と同じものを、彼等にも向けるのだ。
 だからこそ、例え人間であろうと、友と思ったその時からそいつは友なのだ。

「アーキダハラ、お前のやったことを責めはしない。納得はできないが、理解はできる。友がこれ以上壊れるのを、何もしないまま見ているのは辛いだろう。友の苦しみを共にできないこと、悲しいだろう。だから、お前のやったことは正しくないが、間違いでもない。この拳は、あの三人からだ」

「……ニーズベステニー。ありがとう、俺を殴ってくれて。そしてありがとう、俺の気持ちをわかってくれて。アイツらはロクでも無い連中だったが、俺に初めてできた人間の友だった。この場所にくる以前から、交流のある奴らだったんだ。アイツらが俺のことを友と認めなくとも、俺はずっと、アイツらの友であり続ける」

 最初から、そう言えばいいのだ。向こうが自分を友と思わなくなったから、何だというのだ。それで自分も考えを捻じ曲げてしまうことなどない。友と思えば、向こうの考えなど無関係に友なのだ。

「その点で言うと、君の行動は悪手だったな。友であり続けたいのであれば、無関係の俺にやらせるべきだったのだ。君が手を下してしまえば、最期の瞬間に友ではなくなる。結局、お互いに友の誓いを断ち切った形になってしまった」

「いや、これでいいのさ。知っているか? 精霊というのは長生きなんだ。そして、長生きに耐えられるような頭の作りはしていない。タイタンロブスターとは違う。だから、人生に飽きたら、一番親しいものに身をゆだねるのさ。死を看取ってこそ、永遠の友となる。……人間の感覚では、裏切りもいいところだろうが」

 意外だな。ロンジェグイダさんやウチェリトさんは数千年を生きているが、彼らがこの世に飽きを感じているようには思えなかった。
 しかし、いつかは彼らも死を望む日がやってくるのだろうか。その時、介錯を俺に任せてくれるだろうか。俺は、彼らの友でありたい。

「……そうか、なら悪いことをした。タイタンロブスターの感覚からも、友を殺すのは法度だ。だから殴った。君が、彼らのことを友だと思わなくなったのかと。だが、そうではなかったのか。むしろ、友として最期の役割を果たすために、ああしたんだな」

「いやいや、俺も人間の生活に染まった身だ。そういう意図が少しもなかったと言えば、それはウソになる。確かに、俺は彼らに失望していた。もうこれ以上めんどうを見切れないと思ったんだ。だから、君が殴ったことは正解だよ」

 壁にもたれかかったアーキダハラに、俺は手を差し出す。彼はその手を強く握り、俺に身を任せて姿勢を正した。
 どこまでもまっすぐで、腰は低いながらも自分というものをしっかりと持った男。今までよりもさらに、俺は彼のことが好きになっていた。

「だったら、この件はこれでしまいだ。彼らも、薬物に脳を破壊される未来など歩みたくはなかっただろう。これ以上生きていても、ただ苦しいだけだ」

 言いつつ、俺は彼らの遺体を担ぐ。綺麗に首が切断されていていて、血が溢れだしていた。しかし、どんなに汚かろうとも死ねば仏だ。アストライア族では死者を皆で頂き弔いとしていたが、精霊は死者に何をするのか。

 ちなみに、ウチョニーは隣で腹を抱えている。多分、お腹が減ったのだろう。
 そうだよな。一般的なタイタンロブスターにとって、死体は食い物だ。生前どんな人物であろうと、死ねば食事になるもの。精霊や人間とはまた考え方が違う。

 そう考えていると、アーキダハラは懐から袋を取り出し、中から小さな種を手に取った。
 とても小さな種だ。小指の爪ほどもない。色は地味な茶色である。それを、一か所にまとめた遺体へ一粒。すると、みるみるうちに大量のツタが死者を覆った。

「植物か。しかし、イメージとは少し違うな。死者には大木の種を撒き、森の一部とするものだとばかり思っていたよ」

「それは人間のおとぎ話さ。タイタンロブスターにも伝わっているとはね。実際は、人間三人分程度の栄養と魔力じゃ大木は育たない。もっと長い年月、太陽と森の栄枯盛衰と共に、一本の木が育つんだよ」

 そういうものか。精霊の魔法なら一瞬で大木を出せるものかと思っていたが、どうやらこれはフィクションらしい。
 だが、これも悪くはないだろう。精霊なりの弔い方だ。

 ツタは三人の全身を隙間なく覆い、ドクドクと脈動し始める。
 何をしているのかは、すぐにわかった。三人の魔力を吸い上げているのだ。そして、体内の水分を同時に吸収している。

「この魔力は、霊峰ブルターニャにそびえる大長ロンジェグイダ様の本体へと導かれていくんだ。そして、あの山の頂から全ての生物に魔力が降り注ぐ。これが一番早く自然へと還る方法なんだ。残った肉体も、すぐに朽ち果てる」

 カラカラに干上がった遺体は、触れるだけで崩れてしまいそうなほど乾燥していた。
 この地域は水が豊富だから、こういう乾燥した肉も分解する生物が大量にいるのだろう。水分を食事で補わなくてもいい環境ゆえだな。

「さて、弔いも終わったところだし、今後の話をしようか。そちらのお嬢さんと森の厄介者も置いてけぼりにしてしまっているし」

 ツタが収まるのを見届けると、アーキダハラは少し気分が落ち着いたようだ。
 最初に会った時と同じく、そこまで明るいわけではないが、先程までと比べればずっとマシな表情をしている。

 ……にしても、プロツィリャントはやはり、森の精霊からすれば厄介者扱いか。いったいこいつ等はどれだけの悪さをしてきたんだか。ロンジェグイダさんにも若干煙たがられていた。研究対象でなければ駆除されていただろう。

「見てもらったからわかると思うが、ウダボルスティは凶悪な薬物だ。俺の友がそうであったようにな。そして、水の精霊ヴァダパーダ=ドゥフはそれを栽培、民衆にばらまいている」
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