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第十六話 蜉蝣の歴史
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荘厳な森の中、私は一人の青年を見つめている。どうしても、彼から目を離せなくなってしまっていた。それほど美しく、そして魅力的だった。
「は、初めまして! 私はエコテラです。よ、よろしくお願いします!」
気が付くと、私の口からは自己紹介が飛び出していた。まったくの無意識に、自然に飛び出していたのだ。まるで彼の瞳に吸い取られるように。
「ああ、よろしく」
彼の言葉はとても清らかで、きっと耳を塞いでいても正確に聞き取れる。私の耳にすんなり入り込み、そして私の内部まで容易く届くのだ。
「それで、其方の病気の件だがな、単刀直入に言おう。吾輩にも完治させるのは難しい。というか不可能だ。以前に同じ症状の子どもを数十名保護したが、全員短命に終わった。吾輩らの凝り固まった頭では、どうにもその病気を治せないらしいのだ」
そう、なのか。彼らの技術と魔法でも、この病気を治すことは出来ないのか。
悲しいが、覚悟していたことだ。エコノレ君の身体は相当蝕まれているは、最初から分かっていた。
「だがな、吾輩も研究してこなかったわけではない。この長い人生、当然あらゆる魔法を知っている。対処療法ならば、吾輩にも心得がある。しかし吾輩はこの森から離れられぬ身でな、其方らの目的を果たすのなら、別の者が必要だろう」
! 希望が、まだある。せめて延命できれば、エコノレ君の目的を叶えることも不可能じゃない。彼を幸せにすることも、出来るかもしれない!
けど、ロンジェグイダさんが来れないなら、どうすれば良いのだろう。私は当然魔法なんて使えないし、彼以上に魔法に精通した者はいないはずだ。何せこの森の主、霊峰の長なのだから。
「そこで、吾輩ではなくアラレスタ、其方に任せようと思う。其方は人間との架け橋、エコテラと共に行き、彼女を支えてやれ」
彼の言葉に、私ではなくアラレスタさんの方が驚いている。彼女のウグイス色の瞳が大きく揺れ、可愛らしい表情が震えているのが良くわかった。
それほど重要な任務なのだろうか。私にはまだ分からない。
というか、意外だ。彼女にそんな魔法が使えたなんて。そういう素振りは一度も見せなかった。
「ま、まさか私に、蜉蝣様のお力を……?」
半ば泣き出しているかのような表情で、彼女は尋ねた。アラレスタさんがこんなにも表情を崩しているのは初めて見る。
まだ短い付き合いだけれど、いつも快活で明るかった彼女は、絶対にあのような表情を見せないと思っていた。
しかし、蜉蝣様とはいったい誰なんだろうか。何故ここで、蜉蝣という虫の名前が出てくるのか、私には分からない。
「その通りだ、蜉蝣様のご遺体を召喚する。アラレスタ、其方に新たな魔法の力を授けよう」
ついに泣き出してしまったアラレスタ。
しかしロンジェグイダさんが取り出したのは、一匹の蜉蝣の死骸。虫の死骸にしては全身が整っているが、それ以上の何かを、私は感じなかった。
可愛らしい顔を涙にゆがめながら、アラレスタが蜉蝣の死骸を受け取る。
「ありがとうございます、大長。蜉蝣様、よろしくお願いします」
突如、蜉蝣の死骸から目に見えない圧力が飛び出してきた。
これが、魔力という奴なんだろうか。分からないことが多すぎる。いったい彼女は何をしているんだろう。
そして次の瞬間、アラレスタは地面に倒れてしまう。未だ、蜉蝣の死骸は謎の圧力を放ち続けたままだ。
アラレスタさんに駆け寄ろうとした私だったが、プロテリアに遮られてしまった。
「エコテラさんは知らないんでしたよね。説明しましょう」
プロテリアが説明を買って出てくれる。魔法に関して全く無知の私には、それが何よりも必要だった。この状況がどういうことなのか、私にはつゆほども分からない。
「あの蜉蝣様は、この世界の魔法の起源なんです。その昔、彼は異なる世界からこの地にやってきました。この世で初めて、世界を渡ってきたとされています。その際、パラレルという大魔王から現在の儚焔にあたるエネルギーが大量に溢れだし、この世界を満たしました……」
プロテリアが語るのは、この世界が歩んできた歴史。永遠に近い時を生きる、タイタンロブスターという種族だからこそ語れるのだろう。それは、誰も知らない物語。
大昔、彼はこの地にやってきた。恐らくは日本人と思われる。
彼はただ単純に蜉蝣の短い人生を生きるはずだったが、何故か彼は大量の儚焔をこちらに運び込んできたのだ。
これが世界で最初の異世界接続魔法。異世界の大魔王パラレルがもたらした大変革である。
短い人生を謳歌するはずだった蜉蝣はしかし、真昼のうちに一匹のトンビに襲われ捕食されてしまった。
それが現在の霊王、ウチェリト=ブルターニャだという。彼は膨大な無属性の魔力を秘めた蜉蝣を捕食し、霊王へと至ったのだ。世界で初めて誕生した魔獣、精霊種である。
そして彼の排せつ物から生まれたのが、この山の中心にある大木。霊峰の長ロンジェグイダ=ブルターニャの本体である。
本来はただの野菜として生育するはずだった彼はしかし、膨大な魔力によって瞬く間に大木へと成長した。
以来、この霊峰ブルターニャと近辺の森は、ロンジェグイダとウチェリトの二人で管理している。この二人は、アストライア大陸の守護者でありながら、魔法の起源なのだ。
「よく覚えているじゃないかプロテリア。大昔に吾輩が教えたことだ。そして神獣蜉蝣様は、この世界に魔法をもたらした存在。ウチェリトに捕食され一度は消化されたが、魔法の力によってその身を完全な状態へと戻した。生命活動は停止しているが、このお方は未だに大魔王パラレル様と繋がっている。あらゆる魔法に精通し、彼のご遺体と接続することで、より高度な魔法の習得が可能になるのだ。それも、彼の命を頂いた上位の霊獣か、もしくは吾輩の祖先たちのみに許されたものであるが」
なるほど、彼らにそんな歴史があったのか。通りで、彼らが蜉蝣の死骸を崇拝しているわけだ。それほど大切な存在なら、あの対応も頷けた。
そして現在、アラレスタさんはその蜉蝣様から新しい力をもらっているのだ。
あまり歴史に興味のなかった私でも、この話はワクワクする。経済的に利用できそうなものは思いつかないけれど、この知識を得られただけで満足だ。
彼らと話をしているうちに、音もたてずアラレスタさんが立ち上がった。先程とは雰囲気の違う様子。まさに、精霊といったような面持ちだ。
「終わりました、大長。ありがとうございました、蜉蝣様。これで、エコテラさんを延命できますね!」
「うむ、身についたようだな。ではアラレスタ、其方にこの森を出る権利を与える。そして、このアストライア大陸を出ることも許そう。彼女に付いて行き、そして力を貸すのだ。何があっても、魔力を解放させてはならないぞ」
「拝命いたしました、大長。私アラレスタは、彼女を守り、そして癒す、盾となりましょう。民に被害をもたらすことは絶対にありません」
アラレスタさんはそう宣言し、この話を終わらせる。
そしてこちらに駆け寄ってきた。先程とはまた異なる、普段の明るい雰囲気を見せている。
「帰りましょう。これからのことを、皆で話し合うのです!」
~~~~~~~~~~
「良かったのか、ロンジェグイダ。あのものを返してしまって」
「ウチェリト、盗み聞きか?」
「まさか、お主が気付かなかったはずあるまい。それで? あれは爆弾だ。どんな兵器や魔法よりも強力な。今は封印しているが、奴にけしかければ、大陸の一部を引き換えにアレを永遠に葬れる」
「確かに、吾輩もアラレスタから話を聞いたときはそうしようと思った。しかしまあ、老いぼれが若い者の命を刈り取るものではない。それに、吾輩とお前、それからニーズベステニーがいる限り、海の怪物も動き出せはしない。例え無限の命を持っていようとも、吾輩たちも土俵は同じなのだから」
朗らかな笑みを浮かべるロンジェグイダ。そして彼の分身、大木の枝に宿ったトンビ。このアストライア大陸を守護する二人は、彼女らの動きを見守ることに決めた。
「は、初めまして! 私はエコテラです。よ、よろしくお願いします!」
気が付くと、私の口からは自己紹介が飛び出していた。まったくの無意識に、自然に飛び出していたのだ。まるで彼の瞳に吸い取られるように。
「ああ、よろしく」
彼の言葉はとても清らかで、きっと耳を塞いでいても正確に聞き取れる。私の耳にすんなり入り込み、そして私の内部まで容易く届くのだ。
「それで、其方の病気の件だがな、単刀直入に言おう。吾輩にも完治させるのは難しい。というか不可能だ。以前に同じ症状の子どもを数十名保護したが、全員短命に終わった。吾輩らの凝り固まった頭では、どうにもその病気を治せないらしいのだ」
そう、なのか。彼らの技術と魔法でも、この病気を治すことは出来ないのか。
悲しいが、覚悟していたことだ。エコノレ君の身体は相当蝕まれているは、最初から分かっていた。
「だがな、吾輩も研究してこなかったわけではない。この長い人生、当然あらゆる魔法を知っている。対処療法ならば、吾輩にも心得がある。しかし吾輩はこの森から離れられぬ身でな、其方らの目的を果たすのなら、別の者が必要だろう」
! 希望が、まだある。せめて延命できれば、エコノレ君の目的を叶えることも不可能じゃない。彼を幸せにすることも、出来るかもしれない!
けど、ロンジェグイダさんが来れないなら、どうすれば良いのだろう。私は当然魔法なんて使えないし、彼以上に魔法に精通した者はいないはずだ。何せこの森の主、霊峰の長なのだから。
「そこで、吾輩ではなくアラレスタ、其方に任せようと思う。其方は人間との架け橋、エコテラと共に行き、彼女を支えてやれ」
彼の言葉に、私ではなくアラレスタさんの方が驚いている。彼女のウグイス色の瞳が大きく揺れ、可愛らしい表情が震えているのが良くわかった。
それほど重要な任務なのだろうか。私にはまだ分からない。
というか、意外だ。彼女にそんな魔法が使えたなんて。そういう素振りは一度も見せなかった。
「ま、まさか私に、蜉蝣様のお力を……?」
半ば泣き出しているかのような表情で、彼女は尋ねた。アラレスタさんがこんなにも表情を崩しているのは初めて見る。
まだ短い付き合いだけれど、いつも快活で明るかった彼女は、絶対にあのような表情を見せないと思っていた。
しかし、蜉蝣様とはいったい誰なんだろうか。何故ここで、蜉蝣という虫の名前が出てくるのか、私には分からない。
「その通りだ、蜉蝣様のご遺体を召喚する。アラレスタ、其方に新たな魔法の力を授けよう」
ついに泣き出してしまったアラレスタ。
しかしロンジェグイダさんが取り出したのは、一匹の蜉蝣の死骸。虫の死骸にしては全身が整っているが、それ以上の何かを、私は感じなかった。
可愛らしい顔を涙にゆがめながら、アラレスタが蜉蝣の死骸を受け取る。
「ありがとうございます、大長。蜉蝣様、よろしくお願いします」
突如、蜉蝣の死骸から目に見えない圧力が飛び出してきた。
これが、魔力という奴なんだろうか。分からないことが多すぎる。いったい彼女は何をしているんだろう。
そして次の瞬間、アラレスタは地面に倒れてしまう。未だ、蜉蝣の死骸は謎の圧力を放ち続けたままだ。
アラレスタさんに駆け寄ろうとした私だったが、プロテリアに遮られてしまった。
「エコテラさんは知らないんでしたよね。説明しましょう」
プロテリアが説明を買って出てくれる。魔法に関して全く無知の私には、それが何よりも必要だった。この状況がどういうことなのか、私にはつゆほども分からない。
「あの蜉蝣様は、この世界の魔法の起源なんです。その昔、彼は異なる世界からこの地にやってきました。この世で初めて、世界を渡ってきたとされています。その際、パラレルという大魔王から現在の儚焔にあたるエネルギーが大量に溢れだし、この世界を満たしました……」
プロテリアが語るのは、この世界が歩んできた歴史。永遠に近い時を生きる、タイタンロブスターという種族だからこそ語れるのだろう。それは、誰も知らない物語。
大昔、彼はこの地にやってきた。恐らくは日本人と思われる。
彼はただ単純に蜉蝣の短い人生を生きるはずだったが、何故か彼は大量の儚焔をこちらに運び込んできたのだ。
これが世界で最初の異世界接続魔法。異世界の大魔王パラレルがもたらした大変革である。
短い人生を謳歌するはずだった蜉蝣はしかし、真昼のうちに一匹のトンビに襲われ捕食されてしまった。
それが現在の霊王、ウチェリト=ブルターニャだという。彼は膨大な無属性の魔力を秘めた蜉蝣を捕食し、霊王へと至ったのだ。世界で初めて誕生した魔獣、精霊種である。
そして彼の排せつ物から生まれたのが、この山の中心にある大木。霊峰の長ロンジェグイダ=ブルターニャの本体である。
本来はただの野菜として生育するはずだった彼はしかし、膨大な魔力によって瞬く間に大木へと成長した。
以来、この霊峰ブルターニャと近辺の森は、ロンジェグイダとウチェリトの二人で管理している。この二人は、アストライア大陸の守護者でありながら、魔法の起源なのだ。
「よく覚えているじゃないかプロテリア。大昔に吾輩が教えたことだ。そして神獣蜉蝣様は、この世界に魔法をもたらした存在。ウチェリトに捕食され一度は消化されたが、魔法の力によってその身を完全な状態へと戻した。生命活動は停止しているが、このお方は未だに大魔王パラレル様と繋がっている。あらゆる魔法に精通し、彼のご遺体と接続することで、より高度な魔法の習得が可能になるのだ。それも、彼の命を頂いた上位の霊獣か、もしくは吾輩の祖先たちのみに許されたものであるが」
なるほど、彼らにそんな歴史があったのか。通りで、彼らが蜉蝣の死骸を崇拝しているわけだ。それほど大切な存在なら、あの対応も頷けた。
そして現在、アラレスタさんはその蜉蝣様から新しい力をもらっているのだ。
あまり歴史に興味のなかった私でも、この話はワクワクする。経済的に利用できそうなものは思いつかないけれど、この知識を得られただけで満足だ。
彼らと話をしているうちに、音もたてずアラレスタさんが立ち上がった。先程とは雰囲気の違う様子。まさに、精霊といったような面持ちだ。
「終わりました、大長。ありがとうございました、蜉蝣様。これで、エコテラさんを延命できますね!」
「うむ、身についたようだな。ではアラレスタ、其方にこの森を出る権利を与える。そして、このアストライア大陸を出ることも許そう。彼女に付いて行き、そして力を貸すのだ。何があっても、魔力を解放させてはならないぞ」
「拝命いたしました、大長。私アラレスタは、彼女を守り、そして癒す、盾となりましょう。民に被害をもたらすことは絶対にありません」
アラレスタさんはそう宣言し、この話を終わらせる。
そしてこちらに駆け寄ってきた。先程とはまた異なる、普段の明るい雰囲気を見せている。
「帰りましょう。これからのことを、皆で話し合うのです!」
~~~~~~~~~~
「良かったのか、ロンジェグイダ。あのものを返してしまって」
「ウチェリト、盗み聞きか?」
「まさか、お主が気付かなかったはずあるまい。それで? あれは爆弾だ。どんな兵器や魔法よりも強力な。今は封印しているが、奴にけしかければ、大陸の一部を引き換えにアレを永遠に葬れる」
「確かに、吾輩もアラレスタから話を聞いたときはそうしようと思った。しかしまあ、老いぼれが若い者の命を刈り取るものではない。それに、吾輩とお前、それからニーズベステニーがいる限り、海の怪物も動き出せはしない。例え無限の命を持っていようとも、吾輩たちも土俵は同じなのだから」
朗らかな笑みを浮かべるロンジェグイダ。そして彼の分身、大木の枝に宿ったトンビ。このアストライア大陸を守護する二人は、彼女らの動きを見守ることに決めた。
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