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第二十七話 売買契約
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「それで大切な話ってのは、なんなんだい? 話してみな」
婆さんは開口一番、強い語調でそう切り出してきた。先程の少しちょけた様子とは打って変わって、真面目な雰囲気を醸し出している。店主の表情、というわけか。
「実は俺たちは、今までにない全く新しい商店を起ち上げようと計画している。野菜、魚、肉、米。食卓にならぶ全てを、俺の店で手に入れられる。そんな商店だ」
「なっ! そんなことされたら、アタシらの仕事がなくなっちまうよ。アンタ、自分が何言ってるか分かってるのかい!?」
婆さんは突然声を荒げた。周囲からの注目も集まっている。
だが無理はない。商店を営む者として、俺が目指すものの秘めたる力が分かったのだろう。商売が成立しなくなれば、彼女の生活が危うい。
「安心しな婆さん。何も、俺たちはアンタらのこと潰そうってんじゃない。むしろその逆さ。俺たちは新しいことがしたい。そういう若者なんでね。それに、知識を持ってる年配方を巻き込みたいのさ。協力してくれないか」
婆さんは俺の顔を見て、その後アラレスタとカッツァトーレを再度確認する。
そして思い出したのだろう。彼らが森の保守派ではなく、人間との友好関係を目指す革新派だということを。まさに、革新派は新しい風を吹かせるべく行動している連中だ。
「なるほど、アンタの言いたいことは分かったよ。それで、具体的にアタシは何をすれば良いんだい?」
婆さんは落ち着きを取り戻し、俺との対話を望んでいる。
ひとまず、反発は避けられたようだ。交渉の余地もなく突き返されることは、想像に難くない。年配と若造の関係とは、いつの時代もそういうものだ。
であれば、ただ仕入れの話だけをすれば良かったのかもしれない。婆さんの野菜を大量に買わせてくれと、そう言えば良かっただけである。
しかしそれを、俺は嫌った。俺たちは対等な関係。相手が何をしたいのか、そのために何が必要なのか。人間と人間のコミュニケーションを、俺は大切にしたい。
「野菜を大量に仕入れたい。うちで売るためだ。今この商店に並んでいるだけじゃ足りない。期日までに、用意しておいてほしい。婆さん文字は読めるか?」
「? どういうことだい? アンタの大農場で育ててるとか、そういうことじゃないのか。アタシも商人の端くれだから文字くらいは読めるが……こ、こんなに必要なのかい!? 確かに、これだけいっぺんに買ってくれるなら安くしてやっても良いけど、アンタ正気か?」
婆さんは一つ、勘違いをしていたようだ。俺たちの商店はスーパーマーケット。中には自社で製品を作る場合もあるが、基本的には仕入れたものを売るだけだ。
俺たちの場合で言うと、カッツァトーレらを雇って森の幸を手に入れるのは、自社で完結している。これは仕入れではない。対価は代金ではなく、給料だからだ。
逆に野菜に関しては、他社、つまり婆さんの商店が絡んでくる。これが仕入れだ。
しかしただ仕入れて売るだけではまったくと言っていいほど不十分だ。消費者は今出回っている相場より高い商品を手に取らないし、生産者も受け取っている代金より低い金を提示されたとて、引き受けはしない。
簡単には、な。
俺が今回使った手法は、一般に集中仕入と言われる。仕入れ先を一つに限定し、その一社から大量の商品を買い取るのだ。
個人商店レベルで大量の商品を捌ききるのは難しい。それこそ、畑一面の大根全てを売れる訳ではないのだ。
だがこの集中仕入を受け入れれば、販売業者に在庫を全て押し付けることが出来る。それこそ、畑にある全ての大根を売り切れるわけだ。
であれば、多少代金を安くしたとしてもお釣りがくる。
今までは余ったものは自分の家で消費し、それでもまだ余分な大量の食材を金に換えることも出来ず、泣く泣く廃棄していたわけだからな。
こうすることで俺は安く商品を仕入れることが出来る。
例えば以前に俺が買った小松菜。あれは相場が銅貨4枚だったが、集中仕入を用いれば、結果的に銅貨3枚で手に入れることが出来た。
よって商店では小松菜を銅貨4枚で売り出すことができ、銅貨1枚の利益が出る。当然これは仕入原価から差し引いただけで、売り上げの大部分は販売費および一般管理費にぶんどられる。
しかし利益は利益だ。俺は野菜を育てちゃいないが、野菜を売って利益を出せる。
そして俺たちが扱うのは野菜だけじゃない。食卓に並ぶ全ての食材だ。当然、個々の商品によって利益率は異なる。それら全てを合わせれば、結果莫大な資産を得られるわけだ。
エコテラの考えた作戦は完璧の一言に尽きる。こんなこと、他の誰にも思いつかない。俺でさえ、未だに完全に把握していないこともあるのだ。本当に、末恐ろしい女性だよ、彼女は。
「分かった、この取引を受けよう。ここに書かれた期日までに、全ての野菜を用意しておく。何、旬の品ばかりだ。集めるのはそう難しくないよ」
「契約成立だな、これからよろしく頼む!」
俺は婆さんと固い握手を交わす。初めて自分で手にした契約だ。これほど嬉しいこともない。俺は今、かつてない充足感に満たされていた。
ただまあ、これからよろしくとは言ったが、これは雇用契約ではない。単純な売買契約だ。カッツァトーレと婆さんでは、立場が違う。
カッツァトーレに支払うのは給料だが、彼女に支払うのは代金だ。共に働く訳ではない。何より、俺は彼女の名前も知らないしな。
だがこれでいい。このくらいの関係がちょうどいいのだ。ただの金と金の関係。これが一番安全で、安定するのだ。変に入り組んだ関係は、時に亀裂を生む。だから人数は少なくていい。
「あ、そうだ婆さん。良い魚屋を紹介してくれないか? 俺は面識のある奴がいなくてな。うちの商店は品ぞろえの豊富さで勝負する。魚がなけりゃ、これから継続して婆さんと取引するのは難しくなるんだが」
「それは困ったね。分かった、一人知り合いを紹介しよう。案内しよう。何、そう遠くはないさ」
婆さんに導かれ、俺たちはマーケットの中を練り歩く。先に鶏肉屋の方と交渉をつけても良かったが、まああの店主の紹介じゃ、また肉屋のような変な奴の所を勧められかねん。
だったらまだ、この婆さんの方がマシだ。
まあ件の悪徳肉屋も、あとで落としに行かなきゃいけないんだけどな。アイツは絶対に仲間に引きずり込む。だが、あそこは一番最後だ。こっちの手札が出揃って、もう引くに引けなくなった状態で突っ込む。
それと、今のように気分が高揚した状態では絶対に行かない。あそこの店主は賢いんだ。仕入れを取り付けたとして、こっちに全く利益にならない契約を、いつの間にか飲まされているかもしれない。そんなのはダメだ。だから、一度落ち着いてから出向くのが最適解。
「着いたよ、ここがアタシの知り合いの魚屋さ。ちょっと生臭いけど、勘弁してくれ」
「へいらっしゃい、今日は何の用だい婆さん」
それから俺は、何人もの商店と交渉した。自分の持っている手札をひけらかし、しかしできるだけ誠実に、真面目に対応した。
質問があれば逐一答え、嘘を吐いたりはぐらかしたりはしない。
魚屋を始め、米農家、以前に出会った鶏肉屋他にも婆さんの知り合いだという別の農家とも何人か交渉をした。一日にこれだけの人数相手したのは初めてで、正直とんでもないくらい疲れる。
しかしこれも、俺の目的を果たすためだ。俺のわがままに、皆を巻き込んでいる。俺が諦めたり、手を抜いたりすることは許されない。
しっかりと一人一人相手し、全員から良い返事を受けることに成功した。
「だぁ~疲れた。今日はもうどこにも行きたくない」
「お疲れ様でしたエコノレさん。すごかったですよ、貴方に話術の才能があったなんて、知りませんでした」
コンマーレ宅に戻ってきた俺は、早速椅子に座りこみ机に突っ伏した。場所はコンマーレさんの奥さんの部屋ではなく、皆が集まるリビングだ。
左を見てみると、何故かコストーデも同じように突っ伏している。
しかし、話術の才能か。俺にはそんなものない。ただ、エコテラが用意した作戦を説明し、最後はコンマーレさんの金でぶん殴っただけだ。
だけどま、今日くらいはうぬぼれても良いか。
俺はアラレスタの称賛を素直に受け止め、プロテリアの作る旨い飯をほおばるのだった。
「いや、俺の存在はガン無視か?」
カッツァトーレが何か言っているが、今は置いておこう。説明してやるほど体力に余裕がない。
婆さんは開口一番、強い語調でそう切り出してきた。先程の少しちょけた様子とは打って変わって、真面目な雰囲気を醸し出している。店主の表情、というわけか。
「実は俺たちは、今までにない全く新しい商店を起ち上げようと計画している。野菜、魚、肉、米。食卓にならぶ全てを、俺の店で手に入れられる。そんな商店だ」
「なっ! そんなことされたら、アタシらの仕事がなくなっちまうよ。アンタ、自分が何言ってるか分かってるのかい!?」
婆さんは突然声を荒げた。周囲からの注目も集まっている。
だが無理はない。商店を営む者として、俺が目指すものの秘めたる力が分かったのだろう。商売が成立しなくなれば、彼女の生活が危うい。
「安心しな婆さん。何も、俺たちはアンタらのこと潰そうってんじゃない。むしろその逆さ。俺たちは新しいことがしたい。そういう若者なんでね。それに、知識を持ってる年配方を巻き込みたいのさ。協力してくれないか」
婆さんは俺の顔を見て、その後アラレスタとカッツァトーレを再度確認する。
そして思い出したのだろう。彼らが森の保守派ではなく、人間との友好関係を目指す革新派だということを。まさに、革新派は新しい風を吹かせるべく行動している連中だ。
「なるほど、アンタの言いたいことは分かったよ。それで、具体的にアタシは何をすれば良いんだい?」
婆さんは落ち着きを取り戻し、俺との対話を望んでいる。
ひとまず、反発は避けられたようだ。交渉の余地もなく突き返されることは、想像に難くない。年配と若造の関係とは、いつの時代もそういうものだ。
であれば、ただ仕入れの話だけをすれば良かったのかもしれない。婆さんの野菜を大量に買わせてくれと、そう言えば良かっただけである。
しかしそれを、俺は嫌った。俺たちは対等な関係。相手が何をしたいのか、そのために何が必要なのか。人間と人間のコミュニケーションを、俺は大切にしたい。
「野菜を大量に仕入れたい。うちで売るためだ。今この商店に並んでいるだけじゃ足りない。期日までに、用意しておいてほしい。婆さん文字は読めるか?」
「? どういうことだい? アンタの大農場で育ててるとか、そういうことじゃないのか。アタシも商人の端くれだから文字くらいは読めるが……こ、こんなに必要なのかい!? 確かに、これだけいっぺんに買ってくれるなら安くしてやっても良いけど、アンタ正気か?」
婆さんは一つ、勘違いをしていたようだ。俺たちの商店はスーパーマーケット。中には自社で製品を作る場合もあるが、基本的には仕入れたものを売るだけだ。
俺たちの場合で言うと、カッツァトーレらを雇って森の幸を手に入れるのは、自社で完結している。これは仕入れではない。対価は代金ではなく、給料だからだ。
逆に野菜に関しては、他社、つまり婆さんの商店が絡んでくる。これが仕入れだ。
しかしただ仕入れて売るだけではまったくと言っていいほど不十分だ。消費者は今出回っている相場より高い商品を手に取らないし、生産者も受け取っている代金より低い金を提示されたとて、引き受けはしない。
簡単には、な。
俺が今回使った手法は、一般に集中仕入と言われる。仕入れ先を一つに限定し、その一社から大量の商品を買い取るのだ。
個人商店レベルで大量の商品を捌ききるのは難しい。それこそ、畑一面の大根全てを売れる訳ではないのだ。
だがこの集中仕入を受け入れれば、販売業者に在庫を全て押し付けることが出来る。それこそ、畑にある全ての大根を売り切れるわけだ。
であれば、多少代金を安くしたとしてもお釣りがくる。
今までは余ったものは自分の家で消費し、それでもまだ余分な大量の食材を金に換えることも出来ず、泣く泣く廃棄していたわけだからな。
こうすることで俺は安く商品を仕入れることが出来る。
例えば以前に俺が買った小松菜。あれは相場が銅貨4枚だったが、集中仕入を用いれば、結果的に銅貨3枚で手に入れることが出来た。
よって商店では小松菜を銅貨4枚で売り出すことができ、銅貨1枚の利益が出る。当然これは仕入原価から差し引いただけで、売り上げの大部分は販売費および一般管理費にぶんどられる。
しかし利益は利益だ。俺は野菜を育てちゃいないが、野菜を売って利益を出せる。
そして俺たちが扱うのは野菜だけじゃない。食卓に並ぶ全ての食材だ。当然、個々の商品によって利益率は異なる。それら全てを合わせれば、結果莫大な資産を得られるわけだ。
エコテラの考えた作戦は完璧の一言に尽きる。こんなこと、他の誰にも思いつかない。俺でさえ、未だに完全に把握していないこともあるのだ。本当に、末恐ろしい女性だよ、彼女は。
「分かった、この取引を受けよう。ここに書かれた期日までに、全ての野菜を用意しておく。何、旬の品ばかりだ。集めるのはそう難しくないよ」
「契約成立だな、これからよろしく頼む!」
俺は婆さんと固い握手を交わす。初めて自分で手にした契約だ。これほど嬉しいこともない。俺は今、かつてない充足感に満たされていた。
ただまあ、これからよろしくとは言ったが、これは雇用契約ではない。単純な売買契約だ。カッツァトーレと婆さんでは、立場が違う。
カッツァトーレに支払うのは給料だが、彼女に支払うのは代金だ。共に働く訳ではない。何より、俺は彼女の名前も知らないしな。
だがこれでいい。このくらいの関係がちょうどいいのだ。ただの金と金の関係。これが一番安全で、安定するのだ。変に入り組んだ関係は、時に亀裂を生む。だから人数は少なくていい。
「あ、そうだ婆さん。良い魚屋を紹介してくれないか? 俺は面識のある奴がいなくてな。うちの商店は品ぞろえの豊富さで勝負する。魚がなけりゃ、これから継続して婆さんと取引するのは難しくなるんだが」
「それは困ったね。分かった、一人知り合いを紹介しよう。案内しよう。何、そう遠くはないさ」
婆さんに導かれ、俺たちはマーケットの中を練り歩く。先に鶏肉屋の方と交渉をつけても良かったが、まああの店主の紹介じゃ、また肉屋のような変な奴の所を勧められかねん。
だったらまだ、この婆さんの方がマシだ。
まあ件の悪徳肉屋も、あとで落としに行かなきゃいけないんだけどな。アイツは絶対に仲間に引きずり込む。だが、あそこは一番最後だ。こっちの手札が出揃って、もう引くに引けなくなった状態で突っ込む。
それと、今のように気分が高揚した状態では絶対に行かない。あそこの店主は賢いんだ。仕入れを取り付けたとして、こっちに全く利益にならない契約を、いつの間にか飲まされているかもしれない。そんなのはダメだ。だから、一度落ち着いてから出向くのが最適解。
「着いたよ、ここがアタシの知り合いの魚屋さ。ちょっと生臭いけど、勘弁してくれ」
「へいらっしゃい、今日は何の用だい婆さん」
それから俺は、何人もの商店と交渉した。自分の持っている手札をひけらかし、しかしできるだけ誠実に、真面目に対応した。
質問があれば逐一答え、嘘を吐いたりはぐらかしたりはしない。
魚屋を始め、米農家、以前に出会った鶏肉屋他にも婆さんの知り合いだという別の農家とも何人か交渉をした。一日にこれだけの人数相手したのは初めてで、正直とんでもないくらい疲れる。
しかしこれも、俺の目的を果たすためだ。俺のわがままに、皆を巻き込んでいる。俺が諦めたり、手を抜いたりすることは許されない。
しっかりと一人一人相手し、全員から良い返事を受けることに成功した。
「だぁ~疲れた。今日はもうどこにも行きたくない」
「お疲れ様でしたエコノレさん。すごかったですよ、貴方に話術の才能があったなんて、知りませんでした」
コンマーレ宅に戻ってきた俺は、早速椅子に座りこみ机に突っ伏した。場所はコンマーレさんの奥さんの部屋ではなく、皆が集まるリビングだ。
左を見てみると、何故かコストーデも同じように突っ伏している。
しかし、話術の才能か。俺にはそんなものない。ただ、エコテラが用意した作戦を説明し、最後はコンマーレさんの金でぶん殴っただけだ。
だけどま、今日くらいはうぬぼれても良いか。
俺はアラレスタの称賛を素直に受け止め、プロテリアの作る旨い飯をほおばるのだった。
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