文は揺蕩う

四季の二乗

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貴方には”言わなかった”という罪がある

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 空がキャンパスなんて表現があるだろ?
 色彩豊かな空模様を言い表す言葉で、その全てが比喩な代物だ。
 絵は、書く人間と見る人間に分かれる。私達は例外なく、空を描いた事が無いから観客なんだ。
 美術の時間に描いた絵?
 何だい?君は、空の作者だとでも言うのか?
 君も含めて一般大衆と同様に、私は見ているだけの人間なんだよ。
 あの茜色も、蒼色も。私が描いた色では決してない。
 あの空が誰かの作品だとするのなら、絵の中の登場人物はダイイングメッセージくらいは残しているかもしれないけど。

 そうだよ。この世の中の大半は、誰かが作ったものでは決してない。

 何方にしても、少なくとも私は描かれた空しか知らないんだ。
 それは今でも当たり前で、私の当たり前の空は色彩豊かだった。
 当たり前を取られた人間は、最初から無い人間よりも失っているのさ。

 ねえ、知っているかい?隣人さん。
 視覚というのは殆どの情報を担っているんだ。聴覚や嗅覚以上に私達はこれに頼る。夢の中で言葉を覚えていなくても、何があったかを景色で理解出来るだろ?それぐらい、目は記憶にも直結するのではないかという論文がね。__なんて、これは私の仮説ですけどね。
 好きな臭いを覚える事も、好きな音楽を覚えるのも変わりないから、定説にするには根気が炒りそうだ。
 ああ、でも言葉に関しては聞いた方が覚えやすいというから。たぶん間違っているのかもしれないな。

 其処は一つ、数ある一例という事にしときましょう。
 そういう訳で、一つよろしくお願いします。

「で、主題は何だよ。色」
「これが主題ですが?何か」

 悪びれも無く、隣人は答える。
 浅崎色は優秀な人間であるけれども、その趣味はあまりいいとは言えない。人に言えない趣味を持っているから。__ではなく、その趣味の大多数は中途半端な趣味だった。
 山登りもとかく目的がある訳でも無く、雰囲気その物を好んだ。決して一人登山はせず、何かをするのには誰かを連れていた。
 それは登山部の面々だったり、遠くの知り合いだったり。兎も角として、彼女は一人の時間が少なかった。
 多彩な趣味を持ち、その趣味を通じて誰かと繋がっていた。
 そして大抵、それ等はすぐに終わったものだ。人間関係も同様で、何時か縁を切るのが当たり前だった。

 二年か三年。三年か四年。続ければいい事を俺は知っていた。
 だから山登りでさえも、そうであるのだと思っていた。

 俺は何時、彼女が趣味を止めるのかを楽しみにさえしていたのかもしれない。
 飽き癖のある彼女が、優秀な幼馴染が。
 何時、同じ趣味とこの関係を捨てるかなんて。

「何を以て何が言いたいのかが分からないのですが?」
「それは君の勉強不足ですね。東星君」

 実に愉快そうに笑う彼女に、そんな事を言えるわけもない。

「いやいや。そろそろお祭りがあるだろ?例の祭りだよ。私は、B・ミーツのチーズケーキが食べたいから参加はしないけど、君は付き添いで行くんだろ?」

 例の祭りのというのは、底炎(ていえん)祭の事で間違いはないだろう。四季折々で山の様相が変わる様に、季節によって祭りは名称を変える。
 底炎(ていえん)祭は手紙を水底に捨てる祭りとして有名であり、第十八代目”灯”として妹が主役を担当する姉としては思う所があるのだろうか。
 それにしてはその雄姿を一目でも、二目でも見に行こうとしないその姿勢に、親から勘当を受けそうになっているという話は伊達ではなさそうだ。

 __まぁ、あれだ。
 共犯者としては、目という呼称は使いたくないさ。

「後輩ちゃんも来るけど、お前も来るんだろ?」
「言っているでしょ?私には使命があるんです」
「ケーキを食べる使命があるのなら、俺だって承りたいね」

 隣人は、あの件を根に持っている様で。
 随分と昔のように感じる最後の喧嘩から、もうすぐ一年を迎える。

「つか、何時も通りなら神社の手伝いするんだろ?」
「今年は例外なのですよ。東星君」

 去年も顔を出さなかっただろ?
 なんて、口には出さないけれど。

「野暮用が出来たんです。__もっと早く気付くべきだったなって後悔はしているけど。でもまぁ、今なら大丈夫かなって。
 繋がり続けた糸が太くなる前に、ここら辺が塩梅だと思う訳ですよ」
「……色って、以外に面倒くさいよね」
「意外とは何ですかね。ちゃんと面倒くさいよ、私」
「褒められた面倒くささはしていないとは思う」

 その、褒められた面倒くささが何を指すかは知らない。

「つまり何だ?空の青さに理由でも知りたいと?」
「いやいや。それが光のベクトルに関する事だとは知っていますけどね」
「__雑学は領分ではないので、キャンセルで」
「君にそんな話を期待するわけないだろ?」
「おバカで申し訳ありません」

 素直でよろしい事です。
 
「俗に言う比喩表現って奴ですよ。__それとも、照れ隠しでしょうか?表現に悩みは尽きませんけど、それでも伝えたい事は変わりませんね」

 __伝えたい事は、分からない。
 浅崎色は、何かを伝えたかった。

「ねぇ、東星君。君が私の妹と付き合って何年でしょう?」
「健全なお付き合いなら、十年以上ですね。ってか、お付き合いというなよ。普通に誤解される言い方をするな。俺は純白で潔白なんですよ」
「もし私が妹を宜しくお願いしますと言ったら、君は彼女を支えてくれるでしょうか?」

 それは告白という奴か?
 いや、この場合はお見合いみたいな感じだ。強いて言うなら本人の知らない所で進んでいるタイプの其れだろう。現代的には古臭いその勧誘に、俺は当然ながら本人の許可を取ったのかを聞いた。
 答えはノー。勿論個人意思を反映していない見合い話だ。
 あきれながら首を振る事も、彼女を説得する事も出来ただろう。__しかし俺には、彼女の妹である浅崎庵を支えるという表現が、少し癪に感じた。

 浅崎庵の価値を知っている人間なら、人としての本質を理解しているのなら。その表現は適切ではないと思った。

「支えるも何も、庵は今のままでも十分だと思うけど。__其れこそ、姉のお前が知らないの?
 庵は、俺達の中で誰よりもしっかりしているし、自分を理解している。
 自分の欠点を自分の長所を理解していて、他人を理解している。お前が心配しなくても大丈夫だろ?」

 そうすると、色は答える訳だ。

「知っていますか?東星君。私は見る事が人間が得る最大限の情報だと言ったけれど、言葉以上に伝える手段は存在しないんです。
 東星君は今何を以て私に伝えているの?
 何を以て私と会話をしているの?
 庵が無いのはそれなんだ。例え君が許容していても、君以外がそうとは限らない。そういう人間にとって、何かは必要なんです。
 心を支えられる何か。自分が生きていける資本が無ければ駄目なんです。
 無くした人間は、何かを補わなければ生きてはいけない。その時、頼りになる隣人は必ず必要だから。
 __見ず知らずの他人にそれを任せるよりも、私は東星に杖になって欲しいなって思います。……だってあいつは、何も報われていないんだから」

 報われていない。
 __何処が?本当に?

「庵を勝手に、不幸にするなよ」
『庵は、お前がいるから歩けているんだ』

 __本当にそうだろうか?
 そんな疑問を抱く必要もない。
 浅崎庵は、確かに報われている。優秀な姉を持ち、自身と比べる存在が傍らにいたとしても、当の本人は補うだけの慎ましさと努力がある。
 確かに、彼女にとっての声は障害に他ならない。
 だけども、庵は人を理解している。自分自身を客観に見れている。人が人に伝える方法は、言葉だけではない。その人が何をしたのかもきちんと伝わる。伝える人間が居れば、特別な隣人は必要ない。
 庵にとって、慕う後輩も慕う姉も居るだろ?

 庵が不幸であるなんて、笑い話にさえなるはずだ。
 お前が不幸でなかった様に。

「__いや、それならいいよ。……別になんて事は無い話だから」

 庵を不運というのなら。
 あれだけ、景色に執着があったお前はどうなんだ?
 浅崎色は飽きっぽい性格をしている。それでも頂上からの風景を、山登の情景を、誰よりも生き生きとして見せたお前は不幸じゃないのか?
 人の目に映る景色は決して同じではない。
 お前が見た景色は、俺達が眺めて居た景色以上の価値があったんじゃないか?
 そんな景色を奪われた人間が、不幸じゃないなんて言い訳があると思うか?
 それに
 お前の家族は、其れを本当に知らなかったのか?

「__私の父は、勤勉な私が必要無かったようでさ。こんなにも視力が落ちたっていうのに、何もしてくれなかったよ。
 それに、最初は眼鏡でも買おうと思ったけれど、どうやらこの病気は止まることを知らない様でさ。余命宣告でもあれば、諦めがついたんだけれども。私はこの失った目でこの先も生きていかなきゃいけないらしい。
 理不尽だよね。私は私の名前通り、この色彩豊かな世界が好きだったってのに。__神様は私の唯一を取ったんだ」

 なら、唯一を更新すればいい。
 それがお前の支えなら、それ以上を見つける事だって選択のはずだ。この先、人生がどれだけ待っていると思っている?今この瞬間だけじゃない、これが終わりな訳じゃない。
 此処で終わるのは早計じゃないのか?
 浅崎色が優秀な人間なら、自分が生きる動機なんてすぐに見つけられるはずだろ?
 景色が見えないのなら、代わりの杖を探せばいい。

 __言葉は整っていた筈だ。
 彼女を引き留める何かを、俺は言えるはずだ。

 それは、よけいな言葉でも笑い話でも良かったんだ。

「……彼にとって大切なのは本家とのつながりだった。優秀で、勤勉で。目が見えなくなったお姉ちゃんは要らないんだよ。東星。
 私は多分、妹にも見捨てられるのが怖くなっているのかもね。
 私は何時か、君のその寝ぐせや呆けた顔も見えなくなるけど。君は私の杖にはなってくれないだろ?」
「……なるかもしれないだろ」
「ならないよ。東星、杖は二人では使えないんだ。君には、もう支えなけれ場いけない人間がいる。私の妹は、私よりも弱いんだから」
「……お前は、いつも人を決めつける」

 __俺は、あの時。その言葉に答えられたのか?
 答えは、ノーだ。
 答えたのなら、こんな事になっていない。少なくとも、最上東星は浅崎色を生かしたはずだ。問答無用でアイツの手を引いたはずだ。
 其処に自殺に意思があろうと、本当に趣味の反中だとしても。
 景色を失った浅崎色を、そのままにしていなかった筈だ。

 杖は、杖の役割を全うした筈だ。
 隣人は、色を失ったアイツの隣にいた筈だ。

「その態度が気に入らなかったよ。優秀で勤勉なんて言葉よりも、俺がどれだけお前を知っているかも理解していない癖に。__杖がいるなら、いくらでもなってやったのに。
 生憎、俺は暇なんだよ。後輩に言われずとも知っている。自分が出来る事がお前ほど無い事も知っている。__だけど、これだけは出来た筈なんだ。
 お前がどれだけ死にたくても、俺がお前に浅崎色を続けさせてやる事は、誰よりも出来た筈なんだ。
 __だから!!」

 後悔やらその先を考えないで、その頼りない手を確実に引いた筈なんだ。
 詰まらせ言えずに残った言葉は、否定も肯定も出来なかった言葉は。

 ”何もないと、同じだ”

『東星、其れを言うのが少し遅いよ』

 驚いて。俯いて。

 晴れやかな色彩の元。
 彼女が、笑っていた。

 __ああ、分かっていた。
 最上東星は、杖になれなかったんだ。
 最上東星は、色を手放した。

 其処にどれだけの後悔が残ろうと、言いかけ詰まらせた言葉は届かない。

 あの時、俺は既に。
 言葉を吐く権利さえ、無くしたのだから。


 人生にやり直しは無い。
 たとえ数行の言葉さえ。



 あの鮮やかな色彩は二度と戻ってこない。
 後悔は、何時しか過去になるのだから。
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