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スワンプマンとゲンガーの話
生徒何某
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街中へと降り立った後輩を見送り、バスは我が校へとその舵を向けた。
乱立した信号機の先に見えた新しめの校舎。桜高校前なんて安直な案内声が車内に響く。俺と同じ制服の見覚えのある連中と共にバスを降りれば、バスは定刻通りに駆け出した。
八十年を超える歴史を持つわが校は、老朽化の為に移設した現在もその名の通り桜の名所としても知られている。鮮やかな桃色の花々を真夏の現在は見る事が出来ないが、代わりの猛暑とセミの鳴き声が押し寄せる。
避暑地から足を踏み外せば世界はこんなにも暑苦しいのだと体現するように、その猛暑は止まる事なく日影が直ぐに恋しい。下駄箱程度の日陰でも、暑さになれぬ人間であるなら天国に相違ないだろう。
こうして真夏を存分に堪能し、訪れた先は視聴覚室。
三階にある事もあり、その道なりは多少遠い。
ドアを叩き、その薄暗い扉を開けた。
視聴覚室には冷暖房が通っており、他の教室と比べれば快適な場所だ。
それもあってか、独り身を好む和田先生はこの場所を好み書類仕事に追われている。普段から浮いている人間だからか、他の教員と会話をする姿をあまり見ない。幽霊にも例えられる初老の彼は、書籍を手渡すと、その手を止めた。
そのかいあってか何処か他愛ない印象を受けるが、授業中の様子や、担任としての彼は活動的な人物を思わせる。その為か生徒人気は悪い訳ではないが、人を選ぶ教員であるのは間違いない。
「正確には、厄祭りが語源だがね?」
マグカップに注がれた珈琲が、暖かそうに湯気を揺らす。
書籍に書かれた内容に対して聞かれたが、生憎歴史書には興味が無い。
地元にある祠に対して、矢祭という語源は何処から来るのか。
そんな質問の内容に対して、俺は分からないと答える。
「不吉だと言いたげだね、生徒何某。だが、言いえて妙と言われてもそうなのだからしょうがない。
元々あの辺りは地質の関係で土砂崩れが多くてね。厄を射止めるという意味で矢祭という言葉が使われるまでは、厄ネタ自体を名前としていた」
「何で神様に、そんな不吉な名前を?」
「疫病神として区別する為さ。いや、性格には神様の二面性のせいだな」
「神様の二面性?」
「例えば、雨の神様は雨を降らせるが、そのせいで洪水を起こす事もあるだろ?」
「行き過ぎた利益は毒になるって事ですか?」
「そう、薬が毒になる様に」
トリカブトが漢方薬にもなる様に。
曰く、その神様は不幸でありながら不幸を射止める性質を持つという。厄除けに似た特性を持ちながら、それ自体が厄になるのだから本末転倒だと彼は笑う。
「過剰な毒が彼女の厄で、”何も無い事”が彼女のご利益という訳さ。
厄を押さえ、不幸を射止め、日常を続けることがね」
その神様は、何もしないからこそ存在意義があるという。
「ああ、そういえばお礼がまだだったね。チュッパチャプスでいい?」
「リンゴで」
「青りんごならあったと思うが……。これだね、はい」
彼は、懐から某付きのキャンディーを取り出した。
其処に善意があろうが、過剰な劇物は迷惑だという話は分からないでもない。何もしなければ何も起こらず、最善にはならなくても最悪にもならない。
流動的な詰みは置いといて、少なくとも今すぐ不幸にはならない。
その神様は不幸を解消はすれ、幸福にはしない。
ただ、そういう幸福もあるという話だ。
「二面性と言えば、最近この辺りでドッペルゲンガーが出たらしい」
ぎりぎりの距離で見せびらかし、此方が乗らないと分かればつまらなそうに手渡す。
「__まあ、ツッコみはしませんけど。ドッペルゲンガーですか。……なんというか、ありきたりですね」
「名称が定まっている物に人は話題性を見出すだろ?それに、君の司書さんはこの手の話題が好みだと思うが?」
「人の恋慕に口を挟むつもりですか?」
「神様に人間は恋をできないよ、生徒何某」
軽口を咥える事にかけて一流を超えているのがこの男だ。
「本当に貴方は悪辣だな」
「事実を言っているだけじゃないか。尊敬は恋慕になり得ないって」
余計な一言が常に多い。
まあ、何だ。……軽口の応酬は置いといて、噂話だ。
例の探偵もドッペルゲンガーについて考察を垂れていたが、俺は探偵に聞いて初めて知った。この街の噂に、そんな俗っぽいものがある事もそうだが、一番の興味は其処ではない。
探偵曰く、その噂には犠牲者が含まれていると聞いている。
「別にどうでもいいですけど。それで、そのドッペルゲンガーですか?目撃者は、死んだんですかね?」
「どうして?」
「ドッペルゲンガーに会うと、死ぬらしいじゃないですか」
「そんな迷信があるようだけど、噂だったようだよ。今もこうして生きている訳だし」
「先生が?」
「ああ。つい先日、コンビニで偶然見つけてね」
「コンビニに通っているもんなんですね」
貴方がそれを語るか、なんて言葉にしたい。
八百万という様に、大量に存在する事を肯定はしないが実物が存在しないとは限らない。
その例外的存在は、悪辣で奇抜な教師を演じながら今日も人間社会に適合し人として生きている。
人間をこよなく愛しながら、その醜さに悪態を忘れない。
「噂とは違い幼少期の姿だったけど、ね」
「あなたに幼少期なんてあるんですか?神様」
俺は善良な神様を否定している。
俺は悪辣な神様を否定した事は無い。
目の前の人物は自身の欠損した小指を見せつけるかのように手の甲を置き、まるで何もなかったように話を続ける。
「私にだって子供の頃はあるさ。……まあ、平凡な人生だったが」
飴細工の付喪神。
名を、千歳。
和田という姓の下に付けられたその名称は、彼の付喪神としての名前に沿っている。
付喪神と言えば、百の年月を隔て神様に至った存在と言える。千歳はその名の通り千歳飴の付喪神だ。元は人間だったと語っているが、真相は分からない。
常に某付きの飴を手放さないのも、彼が飴細工の体をしておりそれを直すために必要だからだそうだ。
それが真偽かは知らないが、彼が飴細工である事を否定する事は出来ない。
それにしても、だ。
一つ集落を挟んだ向こう側のこの町に対して、ご近所ではない俺は噂の類を知る由もない。仲の良い友人は確かに居るが、彼らとの雑多な会話の中にさえ含まれていなかった筈だ。
それもドッペルゲンガーなんてわかりやすい噂なら、会話の種としても覚えていて相違ない筈だが。
「で、噂で聞いたという事は他にも被害者が?」
「君と同じクラスに、今井カコという女学生が居るだろ?その子が、如何やらドッペルゲンガーと屋根を共にしていたようでね」
「ドッペルゲンガーと一緒に住んでいたんですか?」
「今井カコは親元を離れて一人暮らしだったそうだ。高1の頃から住んでいて、最近になってこの話をしてきた」
今井カコ。
思い出してみれば顔が思い当たる程度の間柄だ。
というのも、彼女は日が当たる場所を好むような人間ではく世間話程度も花を咲かせた事は無い。こちらも積極的に関わる人間ではない為、接点という接点を持ち合わせていなかった。
だが、しかし意外だ。
目の前の詐欺師は授業の内容はともかくとして、生徒に慕われるような人間ではない。まあ一部例外がある事はあるが、それでも積極的に話せるような人間ではないだろう。
胡散臭さが染みついた詐欺師よりも、拠り所とする人間はいくらでもいそうだが……。
「怪しい先生によく話せましたね」
「これでも君たちの担任だよ?私は。まあ、そのおかげで面白い話が聞けたんだ」
悪辣な汚い飴の神様が担任だと知った時、生徒諸君はどのように思うか想像は難くない。
数百年を優に超える彼の視点は、せいぜい齢百を超える事が限界の人間には到底理解できない思考と思われるかもしれない。
人の不幸と思われる話を、こうも楽しそうに語ろうとする異常に対して”彼”が言う呆けた顔を向ける。
糸で縫いでも接着剤でも止まらない饒舌さを持つ彼は、今井という同学生の話を語った。
「なあ、生徒何某。君は、ドッペルゲンガーはどちらだと思う?」
辛辣な言動を、悪辣な表情で神様は笑う。
人の感情は存在せず、それは他人事を平気で話すだろう。
先に結末を話すなら、偽物はどちらか。
これは、そんな話である。
乱立した信号機の先に見えた新しめの校舎。桜高校前なんて安直な案内声が車内に響く。俺と同じ制服の見覚えのある連中と共にバスを降りれば、バスは定刻通りに駆け出した。
八十年を超える歴史を持つわが校は、老朽化の為に移設した現在もその名の通り桜の名所としても知られている。鮮やかな桃色の花々を真夏の現在は見る事が出来ないが、代わりの猛暑とセミの鳴き声が押し寄せる。
避暑地から足を踏み外せば世界はこんなにも暑苦しいのだと体現するように、その猛暑は止まる事なく日影が直ぐに恋しい。下駄箱程度の日陰でも、暑さになれぬ人間であるなら天国に相違ないだろう。
こうして真夏を存分に堪能し、訪れた先は視聴覚室。
三階にある事もあり、その道なりは多少遠い。
ドアを叩き、その薄暗い扉を開けた。
視聴覚室には冷暖房が通っており、他の教室と比べれば快適な場所だ。
それもあってか、独り身を好む和田先生はこの場所を好み書類仕事に追われている。普段から浮いている人間だからか、他の教員と会話をする姿をあまり見ない。幽霊にも例えられる初老の彼は、書籍を手渡すと、その手を止めた。
そのかいあってか何処か他愛ない印象を受けるが、授業中の様子や、担任としての彼は活動的な人物を思わせる。その為か生徒人気は悪い訳ではないが、人を選ぶ教員であるのは間違いない。
「正確には、厄祭りが語源だがね?」
マグカップに注がれた珈琲が、暖かそうに湯気を揺らす。
書籍に書かれた内容に対して聞かれたが、生憎歴史書には興味が無い。
地元にある祠に対して、矢祭という語源は何処から来るのか。
そんな質問の内容に対して、俺は分からないと答える。
「不吉だと言いたげだね、生徒何某。だが、言いえて妙と言われてもそうなのだからしょうがない。
元々あの辺りは地質の関係で土砂崩れが多くてね。厄を射止めるという意味で矢祭という言葉が使われるまでは、厄ネタ自体を名前としていた」
「何で神様に、そんな不吉な名前を?」
「疫病神として区別する為さ。いや、性格には神様の二面性のせいだな」
「神様の二面性?」
「例えば、雨の神様は雨を降らせるが、そのせいで洪水を起こす事もあるだろ?」
「行き過ぎた利益は毒になるって事ですか?」
「そう、薬が毒になる様に」
トリカブトが漢方薬にもなる様に。
曰く、その神様は不幸でありながら不幸を射止める性質を持つという。厄除けに似た特性を持ちながら、それ自体が厄になるのだから本末転倒だと彼は笑う。
「過剰な毒が彼女の厄で、”何も無い事”が彼女のご利益という訳さ。
厄を押さえ、不幸を射止め、日常を続けることがね」
その神様は、何もしないからこそ存在意義があるという。
「ああ、そういえばお礼がまだだったね。チュッパチャプスでいい?」
「リンゴで」
「青りんごならあったと思うが……。これだね、はい」
彼は、懐から某付きのキャンディーを取り出した。
其処に善意があろうが、過剰な劇物は迷惑だという話は分からないでもない。何もしなければ何も起こらず、最善にはならなくても最悪にもならない。
流動的な詰みは置いといて、少なくとも今すぐ不幸にはならない。
その神様は不幸を解消はすれ、幸福にはしない。
ただ、そういう幸福もあるという話だ。
「二面性と言えば、最近この辺りでドッペルゲンガーが出たらしい」
ぎりぎりの距離で見せびらかし、此方が乗らないと分かればつまらなそうに手渡す。
「__まあ、ツッコみはしませんけど。ドッペルゲンガーですか。……なんというか、ありきたりですね」
「名称が定まっている物に人は話題性を見出すだろ?それに、君の司書さんはこの手の話題が好みだと思うが?」
「人の恋慕に口を挟むつもりですか?」
「神様に人間は恋をできないよ、生徒何某」
軽口を咥える事にかけて一流を超えているのがこの男だ。
「本当に貴方は悪辣だな」
「事実を言っているだけじゃないか。尊敬は恋慕になり得ないって」
余計な一言が常に多い。
まあ、何だ。……軽口の応酬は置いといて、噂話だ。
例の探偵もドッペルゲンガーについて考察を垂れていたが、俺は探偵に聞いて初めて知った。この街の噂に、そんな俗っぽいものがある事もそうだが、一番の興味は其処ではない。
探偵曰く、その噂には犠牲者が含まれていると聞いている。
「別にどうでもいいですけど。それで、そのドッペルゲンガーですか?目撃者は、死んだんですかね?」
「どうして?」
「ドッペルゲンガーに会うと、死ぬらしいじゃないですか」
「そんな迷信があるようだけど、噂だったようだよ。今もこうして生きている訳だし」
「先生が?」
「ああ。つい先日、コンビニで偶然見つけてね」
「コンビニに通っているもんなんですね」
貴方がそれを語るか、なんて言葉にしたい。
八百万という様に、大量に存在する事を肯定はしないが実物が存在しないとは限らない。
その例外的存在は、悪辣で奇抜な教師を演じながら今日も人間社会に適合し人として生きている。
人間をこよなく愛しながら、その醜さに悪態を忘れない。
「噂とは違い幼少期の姿だったけど、ね」
「あなたに幼少期なんてあるんですか?神様」
俺は善良な神様を否定している。
俺は悪辣な神様を否定した事は無い。
目の前の人物は自身の欠損した小指を見せつけるかのように手の甲を置き、まるで何もなかったように話を続ける。
「私にだって子供の頃はあるさ。……まあ、平凡な人生だったが」
飴細工の付喪神。
名を、千歳。
和田という姓の下に付けられたその名称は、彼の付喪神としての名前に沿っている。
付喪神と言えば、百の年月を隔て神様に至った存在と言える。千歳はその名の通り千歳飴の付喪神だ。元は人間だったと語っているが、真相は分からない。
常に某付きの飴を手放さないのも、彼が飴細工の体をしておりそれを直すために必要だからだそうだ。
それが真偽かは知らないが、彼が飴細工である事を否定する事は出来ない。
それにしても、だ。
一つ集落を挟んだ向こう側のこの町に対して、ご近所ではない俺は噂の類を知る由もない。仲の良い友人は確かに居るが、彼らとの雑多な会話の中にさえ含まれていなかった筈だ。
それもドッペルゲンガーなんてわかりやすい噂なら、会話の種としても覚えていて相違ない筈だが。
「で、噂で聞いたという事は他にも被害者が?」
「君と同じクラスに、今井カコという女学生が居るだろ?その子が、如何やらドッペルゲンガーと屋根を共にしていたようでね」
「ドッペルゲンガーと一緒に住んでいたんですか?」
「今井カコは親元を離れて一人暮らしだったそうだ。高1の頃から住んでいて、最近になってこの話をしてきた」
今井カコ。
思い出してみれば顔が思い当たる程度の間柄だ。
というのも、彼女は日が当たる場所を好むような人間ではく世間話程度も花を咲かせた事は無い。こちらも積極的に関わる人間ではない為、接点という接点を持ち合わせていなかった。
だが、しかし意外だ。
目の前の詐欺師は授業の内容はともかくとして、生徒に慕われるような人間ではない。まあ一部例外がある事はあるが、それでも積極的に話せるような人間ではないだろう。
胡散臭さが染みついた詐欺師よりも、拠り所とする人間はいくらでもいそうだが……。
「怪しい先生によく話せましたね」
「これでも君たちの担任だよ?私は。まあ、そのおかげで面白い話が聞けたんだ」
悪辣な汚い飴の神様が担任だと知った時、生徒諸君はどのように思うか想像は難くない。
数百年を優に超える彼の視点は、せいぜい齢百を超える事が限界の人間には到底理解できない思考と思われるかもしれない。
人の不幸と思われる話を、こうも楽しそうに語ろうとする異常に対して”彼”が言う呆けた顔を向ける。
糸で縫いでも接着剤でも止まらない饒舌さを持つ彼は、今井という同学生の話を語った。
「なあ、生徒何某。君は、ドッペルゲンガーはどちらだと思う?」
辛辣な言動を、悪辣な表情で神様は笑う。
人の感情は存在せず、それは他人事を平気で話すだろう。
先に結末を話すなら、偽物はどちらか。
これは、そんな話である。
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