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スワンプマンとゲンガーの話
空想は夢と言えるか?
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バス停へと佇んていると、妙に見られた影が横に居た。
体の一部の様に常にある筈もロードバイクが見当たらないので、今日の予定は如何やら違うようだと察する。
東上スズリは、そのように驚いた俺の顔がどれほど珍しかったのか。何時もの様に無邪気な顔を向けると、いけしゃあしゃあと偶然だと口にする。
目線をスマホに向けていた俺とは違い、手持ち無沙汰な後輩が気づかぬ訳もなく。あくまでそれを貫く後輩に、俺は嫌味を捨てる事も出来ずにいた。
青い水面が反射し、夏の日差しが涼しい岸辺に熱を与える。
悪態とジョークの応酬をしていると、定時通りにバスが来た。
「……たまに、忘れているって思う事があるんだよな」
黄昏たようにそんな事を溢したのは、感傷というには理由もなかった。
「これは珍しいですね、先輩。感傷ですか?」
「感傷って程、達観している訳じゃない」
「それとも、境地に至ったとか?まあ、先輩がお釈迦様を目指しているとは思えませんけどね」
「__お前は、俺を即身仏か何かだと勘違いしてないか?」
「いや、先輩。睡眠欲と食欲ある時点でツーアウトですよ?おこがましいです」
即身仏と言えば、眠らず食されず。耐久実験の如く苦痛を味わいながら仏へと至る拷問だ。好んでなるモノではないが、目指す人は確かに居たのだろう。惰眠を貪り、食物を食み、人並みに欲情すればスリーアウトといった所だ。
人間が神様になれる具体的な方法と言えばそれはきっと死んでも価値がある事なのだろうが、個人的には魅力は無い。
そんな事に精を向ける程、神様に期待をしている訳でもない。
「神様を否定する訳じゃないがな」
「いるんじゃないですか?ほら、八百万程度はいると文献で呼んだ事はあります。
まあ、それでも分かりやすく図鑑とかは発行してないんですよね。どんな神様がいるのか。何を叶えてくれるのか。アニメ調でポップに分かりやすくまとめてくれればありがたいんですが」
声に出すだけで出てくるのは数種類だろう。
あるいは、そういった熱心なマニアであるなら多段に憶えているかもしれないが、普通の人間が神様を覚えるとするなら複数形でも限りがある。
「神様が動物とかだと勘違いしている様だな」
「一概に神様っていっても色々いますからね。例えば、キリストはキリストという力を持った英雄に救われる話ですが、仏教は、其処までたどり着く物語です」
それではまるで、名前という物語を持った本の様だ。
「神様は題名だとでも?」
「題名は物語を示す指標ですよ。似て非なるとも言えないでしょ?」
成程。
過程が分かりやすく、自分で選べる指針として今の宗教がある。と。
概念としての神様の役割は、未知を作り目標を整備しやすくする事であり、効能や能力は副産物に過ぎない。概念としての神様は拠り所ではなくなっている。
「固有名詞の神様は居なさそうだな」
「まあ、居るかもしれないですけど。それを証明する手段を私達は持ち合わせていないですからね」
定義についての話をするなら、そもそもゼロを証明するようなものか。
目標とするべき指針という言い方は納得がいくものだったし、俺の好みの回答だった。
俺は、昨日の体験を思い出した。
「昨日、お前と別れた後さ」
「何かありました?__もしかして、痴漢?」
「あの辺りのド田舎さ、でか?」
「物好き這いますからね。先輩相手でも」
「そう言うのはいい。で、あの辺りの竹藪で神様に出会った」
あの辺りという言葉でも、馴染み深い彼女には伝わるはずだ。
俺の家の周辺と言えば竹藪はそうそうないし、何時もの道中を何度も往復した中だ。印象が無くとも大概は覚えているだろう。
その道中を思い付いたようだが、我が愛しの後輩は俺自身の発言を歪曲したがりの年頃のようだ。
「……新興宗教?」
「確かに自称だったがな。変な建物じゃなくて、湖の底だったよ」
「先輩熱でもあるのでは?」
「夢で終わってくれたらよかったんだけどな……」
溜息を吐く。
テクスチャーのように張られた水辺の底は、確かにリアルというにはどこか夢見がちの世界だった。だが、生憎意識はハッキリしていたし、意識を消失していたというには、びしょ濡れの制服と携帯端末がそれを否定していた。制服の代わりのジャージもその証拠だ。
水に浸かったように。だからこそ、洗濯には困り果てた訳だ。
という訳で、新興宗教に連れ去られ監禁され。わざわざそういった仕掛けの施設に連れていかれ。__何て大掛かりな仕掛けをされたとは思えない。幻覚剤の影響を受けたとして、俺一人の価値がどれほどあるかを考えればもう少しましな人選が出来た筈だ。
論理的にも物理的にも否定できない。
俺は確かに、湖の底に居たらしい。
「成程。先輩がため息をついているのは、その固有名詞の神様のおかげですか」
「せいって言い直せ」
「いやいや。先輩のそういう姿を見るのはお久しぶりですから、眼福ですとも」
「相変わらず変わった趣味をお持ちのようで」
人の不幸話に対してこんなにも人は笑顔になれるらしい。
「で、先輩はその人に何かされたんですか?もしかして、君は実は死んでいて新たな世界に転生してやるぞ……ってある、よくあるアレですかね?」
「異世界転生して無双っていう展開ではなかったな」
ふと、思い付いたことがあった。
スワンプマンは死んだ相手の記憶を引き継いでいる訳だが、その死の瞬間の記憶は保持しているのだろうか?もしそうなら死んだことを自覚しているかその事実に対して歪曲しながら生きている訳だが。
「なあ、スワンプマンは死んだことを自覚できんのかな?」
「スワンプマン?」
「ドッペルゲンガーみたいなもんだよ」
「ああ、そういう形ですね。ちょっと待ってくださいね……」
後輩はスマホを取り出すと用語を検索している様だ。
生憎山間を上り下りしなければならない関係で、電波の切断が激しくそれは難航した。しばらくして苦労に合う成果は得られた様だ。
山男の死から派生した同一人物は、その男の人生をなぞるように存在する。そんな話を興味ありげに覗く後輩を横目に、山林が続く窓を眺める。其処には変わり映えない俺の表情が反射している。
「成程、復活した男……。英雄過程を除いたキリストですね」
「お前バチカンに刺されるぞ?」
「バチカンに刺されるなってパワーワード初めて聞きましたよ。大丈夫です、私には合いませんからね。そう言うのは」
彼女はそれに興味が無く。失言に対して深く考える様子もない。
興味のない神様にはさして語る事は無い。いや、先程の会話に合わせて言えばそれは俺の後輩の道筋ではないのだろう。道筋が神様を定義するというなら、スズリの神様は誰になるだろうか?
それは彼女自身かもしれないし、他の誰かかもしれない。
”合わなかった”は、確かに理由になるだろうな。
「先輩はスワンプマンだったんですね」
「いや、ドッペルゲンガーの話題になってな。どっちも大体似ているが、似て非なる物だと思って」
「成程。神様に先輩が太鼓判を押されたというのなら、スタンプラリー先輩と呼んでよろしいでしょうか?」
「何を話したらそんな話になるんだよ。神様だとでも太鼓判でも押されたか?」
それは大変興味深い話になりそうだが、そんな事はどうでもいい。
とりあえず神様を止めるのが俺の仕事らしいが、八百万と呼称しているというのにその実体はまるで見えていないモノを、どう解決していいモノか考えも出来ない。
「先輩は人間ですよ。おこがましいですね」
俺は自分を神様だと自称してないがな。
自称を希望しているのはお前だと、高らかに言いたい。
「で、先輩は何のご用事で?」
「今更そこか!」
「今更ですが」
驚きの声が響き渡ってしまう。
なじみのバスとは言え、許容量を超えた音量に一抹の恥ずかしさを覚えながらも声のトーンを戻す。
生憎、思った程響いていなかったようで、常連客の誰もが無関心に各々姿勢を崩していた。気になる程ではないが、まあ、それ相応の付き合いの中でマナーに土足をしたくない気持ちはあるだろう。
どこか興味を持つところがねじ曲がっている後輩に対して、俺は手提げかばんの物を取り出す。
それには題名だけが刻まれており、著者の名前は背表紙にもない。
「バイトで、和田に届け物」
「ほう、何かの本の様ですが」
「借りものを届けろって言われててな」
「要するにレンタルサービスですね」
少し考え、言葉を訂正した。
「出張サービスだな、どちらかと言えば」
和田というのは、俺と後輩が所属する高等学校の教員であり世界史を担当する特徴的な教師である。
具体的には言い難いが、飄々とした態度とその丁寧な口ぶりが独特な雰囲気を纏う。
付け加えるのなら、本の内容ではなく背表紙を好む人間だ。
「和田先生と言えば、山登りをこよなく愛する変人というイメージが付き物ですけど」
「正確には祠巡りだがな」
「祠ですか?」
祠と言えば、対外著名ではない神様の住まいというのが一般的だが、和田の趣味はそのような祠を全国レベルでくまなく踏破する事らしい。
奇人変人の代名詞と呼ばれるだけありその趣味も一般的とは言えないが、そのくたびれた情景がどうにも心を刺激すると本人は話していた。
「知らなかったのか?授業の合間とかに話しているだろ?」
「……和田先生は世界史担当では?」
「和田の祠うんちくを知らない世代とはな」
「先輩とは違って授業の方に集中しているんです」
「__やっぱり、お前の方が真面目だろ」
「真面目じゃありませんよ。不真面目です」
だが、何処まで行ってもその自称不真面目な人間は変わらないらしい。
「で、届けなきゃいけない本ってのがこの本なんだが。如何やら何処かの歴史書のようでな。その癖、作者の名前が書かれていない。題名だけがある」
「その題名って?」
「矢祭」
矢の祭りと書いて、矢祭と呼んだそうだ。
体の一部の様に常にある筈もロードバイクが見当たらないので、今日の予定は如何やら違うようだと察する。
東上スズリは、そのように驚いた俺の顔がどれほど珍しかったのか。何時もの様に無邪気な顔を向けると、いけしゃあしゃあと偶然だと口にする。
目線をスマホに向けていた俺とは違い、手持ち無沙汰な後輩が気づかぬ訳もなく。あくまでそれを貫く後輩に、俺は嫌味を捨てる事も出来ずにいた。
青い水面が反射し、夏の日差しが涼しい岸辺に熱を与える。
悪態とジョークの応酬をしていると、定時通りにバスが来た。
「……たまに、忘れているって思う事があるんだよな」
黄昏たようにそんな事を溢したのは、感傷というには理由もなかった。
「これは珍しいですね、先輩。感傷ですか?」
「感傷って程、達観している訳じゃない」
「それとも、境地に至ったとか?まあ、先輩がお釈迦様を目指しているとは思えませんけどね」
「__お前は、俺を即身仏か何かだと勘違いしてないか?」
「いや、先輩。睡眠欲と食欲ある時点でツーアウトですよ?おこがましいです」
即身仏と言えば、眠らず食されず。耐久実験の如く苦痛を味わいながら仏へと至る拷問だ。好んでなるモノではないが、目指す人は確かに居たのだろう。惰眠を貪り、食物を食み、人並みに欲情すればスリーアウトといった所だ。
人間が神様になれる具体的な方法と言えばそれはきっと死んでも価値がある事なのだろうが、個人的には魅力は無い。
そんな事に精を向ける程、神様に期待をしている訳でもない。
「神様を否定する訳じゃないがな」
「いるんじゃないですか?ほら、八百万程度はいると文献で呼んだ事はあります。
まあ、それでも分かりやすく図鑑とかは発行してないんですよね。どんな神様がいるのか。何を叶えてくれるのか。アニメ調でポップに分かりやすくまとめてくれればありがたいんですが」
声に出すだけで出てくるのは数種類だろう。
あるいは、そういった熱心なマニアであるなら多段に憶えているかもしれないが、普通の人間が神様を覚えるとするなら複数形でも限りがある。
「神様が動物とかだと勘違いしている様だな」
「一概に神様っていっても色々いますからね。例えば、キリストはキリストという力を持った英雄に救われる話ですが、仏教は、其処までたどり着く物語です」
それではまるで、名前という物語を持った本の様だ。
「神様は題名だとでも?」
「題名は物語を示す指標ですよ。似て非なるとも言えないでしょ?」
成程。
過程が分かりやすく、自分で選べる指針として今の宗教がある。と。
概念としての神様の役割は、未知を作り目標を整備しやすくする事であり、効能や能力は副産物に過ぎない。概念としての神様は拠り所ではなくなっている。
「固有名詞の神様は居なさそうだな」
「まあ、居るかもしれないですけど。それを証明する手段を私達は持ち合わせていないですからね」
定義についての話をするなら、そもそもゼロを証明するようなものか。
目標とするべき指針という言い方は納得がいくものだったし、俺の好みの回答だった。
俺は、昨日の体験を思い出した。
「昨日、お前と別れた後さ」
「何かありました?__もしかして、痴漢?」
「あの辺りのド田舎さ、でか?」
「物好き這いますからね。先輩相手でも」
「そう言うのはいい。で、あの辺りの竹藪で神様に出会った」
あの辺りという言葉でも、馴染み深い彼女には伝わるはずだ。
俺の家の周辺と言えば竹藪はそうそうないし、何時もの道中を何度も往復した中だ。印象が無くとも大概は覚えているだろう。
その道中を思い付いたようだが、我が愛しの後輩は俺自身の発言を歪曲したがりの年頃のようだ。
「……新興宗教?」
「確かに自称だったがな。変な建物じゃなくて、湖の底だったよ」
「先輩熱でもあるのでは?」
「夢で終わってくれたらよかったんだけどな……」
溜息を吐く。
テクスチャーのように張られた水辺の底は、確かにリアルというにはどこか夢見がちの世界だった。だが、生憎意識はハッキリしていたし、意識を消失していたというには、びしょ濡れの制服と携帯端末がそれを否定していた。制服の代わりのジャージもその証拠だ。
水に浸かったように。だからこそ、洗濯には困り果てた訳だ。
という訳で、新興宗教に連れ去られ監禁され。わざわざそういった仕掛けの施設に連れていかれ。__何て大掛かりな仕掛けをされたとは思えない。幻覚剤の影響を受けたとして、俺一人の価値がどれほどあるかを考えればもう少しましな人選が出来た筈だ。
論理的にも物理的にも否定できない。
俺は確かに、湖の底に居たらしい。
「成程。先輩がため息をついているのは、その固有名詞の神様のおかげですか」
「せいって言い直せ」
「いやいや。先輩のそういう姿を見るのはお久しぶりですから、眼福ですとも」
「相変わらず変わった趣味をお持ちのようで」
人の不幸話に対してこんなにも人は笑顔になれるらしい。
「で、先輩はその人に何かされたんですか?もしかして、君は実は死んでいて新たな世界に転生してやるぞ……ってある、よくあるアレですかね?」
「異世界転生して無双っていう展開ではなかったな」
ふと、思い付いたことがあった。
スワンプマンは死んだ相手の記憶を引き継いでいる訳だが、その死の瞬間の記憶は保持しているのだろうか?もしそうなら死んだことを自覚しているかその事実に対して歪曲しながら生きている訳だが。
「なあ、スワンプマンは死んだことを自覚できんのかな?」
「スワンプマン?」
「ドッペルゲンガーみたいなもんだよ」
「ああ、そういう形ですね。ちょっと待ってくださいね……」
後輩はスマホを取り出すと用語を検索している様だ。
生憎山間を上り下りしなければならない関係で、電波の切断が激しくそれは難航した。しばらくして苦労に合う成果は得られた様だ。
山男の死から派生した同一人物は、その男の人生をなぞるように存在する。そんな話を興味ありげに覗く後輩を横目に、山林が続く窓を眺める。其処には変わり映えない俺の表情が反射している。
「成程、復活した男……。英雄過程を除いたキリストですね」
「お前バチカンに刺されるぞ?」
「バチカンに刺されるなってパワーワード初めて聞きましたよ。大丈夫です、私には合いませんからね。そう言うのは」
彼女はそれに興味が無く。失言に対して深く考える様子もない。
興味のない神様にはさして語る事は無い。いや、先程の会話に合わせて言えばそれは俺の後輩の道筋ではないのだろう。道筋が神様を定義するというなら、スズリの神様は誰になるだろうか?
それは彼女自身かもしれないし、他の誰かかもしれない。
”合わなかった”は、確かに理由になるだろうな。
「先輩はスワンプマンだったんですね」
「いや、ドッペルゲンガーの話題になってな。どっちも大体似ているが、似て非なる物だと思って」
「成程。神様に先輩が太鼓判を押されたというのなら、スタンプラリー先輩と呼んでよろしいでしょうか?」
「何を話したらそんな話になるんだよ。神様だとでも太鼓判でも押されたか?」
それは大変興味深い話になりそうだが、そんな事はどうでもいい。
とりあえず神様を止めるのが俺の仕事らしいが、八百万と呼称しているというのにその実体はまるで見えていないモノを、どう解決していいモノか考えも出来ない。
「先輩は人間ですよ。おこがましいですね」
俺は自分を神様だと自称してないがな。
自称を希望しているのはお前だと、高らかに言いたい。
「で、先輩は何のご用事で?」
「今更そこか!」
「今更ですが」
驚きの声が響き渡ってしまう。
なじみのバスとは言え、許容量を超えた音量に一抹の恥ずかしさを覚えながらも声のトーンを戻す。
生憎、思った程響いていなかったようで、常連客の誰もが無関心に各々姿勢を崩していた。気になる程ではないが、まあ、それ相応の付き合いの中でマナーに土足をしたくない気持ちはあるだろう。
どこか興味を持つところがねじ曲がっている後輩に対して、俺は手提げかばんの物を取り出す。
それには題名だけが刻まれており、著者の名前は背表紙にもない。
「バイトで、和田に届け物」
「ほう、何かの本の様ですが」
「借りものを届けろって言われててな」
「要するにレンタルサービスですね」
少し考え、言葉を訂正した。
「出張サービスだな、どちらかと言えば」
和田というのは、俺と後輩が所属する高等学校の教員であり世界史を担当する特徴的な教師である。
具体的には言い難いが、飄々とした態度とその丁寧な口ぶりが独特な雰囲気を纏う。
付け加えるのなら、本の内容ではなく背表紙を好む人間だ。
「和田先生と言えば、山登りをこよなく愛する変人というイメージが付き物ですけど」
「正確には祠巡りだがな」
「祠ですか?」
祠と言えば、対外著名ではない神様の住まいというのが一般的だが、和田の趣味はそのような祠を全国レベルでくまなく踏破する事らしい。
奇人変人の代名詞と呼ばれるだけありその趣味も一般的とは言えないが、そのくたびれた情景がどうにも心を刺激すると本人は話していた。
「知らなかったのか?授業の合間とかに話しているだろ?」
「……和田先生は世界史担当では?」
「和田の祠うんちくを知らない世代とはな」
「先輩とは違って授業の方に集中しているんです」
「__やっぱり、お前の方が真面目だろ」
「真面目じゃありませんよ。不真面目です」
だが、何処まで行ってもその自称不真面目な人間は変わらないらしい。
「で、届けなきゃいけない本ってのがこの本なんだが。如何やら何処かの歴史書のようでな。その癖、作者の名前が書かれていない。題名だけがある」
「その題名って?」
「矢祭」
矢の祭りと書いて、矢祭と呼んだそうだ。
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