水性探偵とスワンプマン

四季の二乗

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スワンプマンとゲンガーの話

スワンプマンは語れるか?

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 どこからか重音が鳴り響き、遠方から此方へと向かって来る。
 社から遠く離れた場所には、観光船が停泊する港がある。広大な湖を巡回するその船は、この凄惨な水面の光景を語りながら様々な名所を巡る物だ。その中には、この湖に沈んだ社も含まれる。

 その音を聞くと和服に身を包んだ彼女は焦る様に俺の手を取った。

「今の時間には遊覧船が通ってね。生憎だけど、此処で通り過ぎるまで来て欲しい」

 言葉通りに巨大な影が近づいてくる。
 少しだけ錆びた船底を横目に、社の中へと駆け込めば彼女はその障子を閉めた。社の中は移転された地上の其れとは違い小奇麗に整頓されておらず、通常の生活空間として存在していた。広々としていたであろう空間には、本棚から溢れんばかりの書籍と、簡素な机がある。
 音が遠ざかり、日の光がその細部を照らす頃には多少整理が出来ていない一般的な部屋である事が分かった。
 何処かで見た光景だと頭を抱えながら、そういう人種と縁が深い事に嘆息を吐きながら彼女へと目線を振る。

 その何処か子供らしさが抜けきれない彼女は、船の影が通り過ぎるまで人差し指を口から離さず、左手に沿えた障子の扉を手放さなかった。

「本当に矢立湖の様だな」
「そうだよ?もしかして君、私を疑っていた?」
「あり得ない現実に夢だと思っているだけだ」

 実際、夢見物語として語るには意識ははっきりしていると思う。
 それを確かめようと頬を抓れば痛みはあるし、初対面の彼女のその冷たい感触も本物に見えた。悪戯が成功したように笑う隣人に、今ある状況をどう引き出そうかと考えていると。

「でも、現実だよ。ほっぺを抓ってやっただろ?」
「ああ、とても痛みが染みましたよ」

 理不尽に沁みた痛みが、それが野暮だとでも言っているようだった。
 説明によれば、俺は如何やら”バックヤード”に駆り出されたという。この世界にありながら、干渉できない空間の総称の事で、彼女の管轄している世界らしい。
 時折、俺の様に巻き込まれる人間がいるそうだがこの場所から脱出する方法は確立されている。だからといって安心する訳では無いが、この事態に対して独り身で無い事だけは確かだ。

「……私は、彼らが嫌いだ」

 その諦めに近い言葉が、どうにも重く深い。
 ああ、聞かれてしまったかと笑顔を取り繕う。

 彼女は、書籍が散乱する神社の管理人らしい。
 この神社が隕石の影響を受けずに小奇麗な状態である事も、この神社が水流の影響を受けずにこのままであるのもすべて彼女のご利益らしい。

「私の名前はシノ。歴史の史に、カタカナでノで”史ノ”という」
青木緑あおきみどりだ。何時の間にやら神隠しに合ってな、絶賛迷子中だ」

 どうやら俺が巻き込まれたのはその”裏技”という奴で、彼女は帰る方法を知っているらしい。
 確定している訳ではないが、焦っても帰れる保証が無いというシノの言葉には肯定するしかなかった。

 此処が湖の底で在れ、歩いていけば陸地へと上がる事は出来るかもしれない。
 しかし、この異常な空間がそもそもどういう場所なのかを俺は知らない。

 話は、この異質な空間についての話に落ち着く訳だ。
 彼女がその道のプロというのなら、それに従うのが賢明だろう。
 十全に信頼するかは置いといて。

 さて、帰る方法を聞きたい訳だがジタバタしていてもしょうがないという定例文の元、独り身の話し相手された俺は、彼女がこの社の神様である事。そして、彼女が探偵であり神様の仕事と両立している事を聞かされた。
 彼女の神様としての仕事は、この湖に沈んだ遺体が何を成して、いかにして人生を歩んだか。そんな記録とも日記とも言えない事後処理を行っていると聞く。
 もちろん今ある不思議空間の管理も仕事には含まれるが、優先順位ではないらしい。

 聞くところによれば世界の基盤を支えているような仕事だというのに、それ以上やらなければならない仕事があるのだという。それが、この湖に沈んだ遺体の記録を取る事だった。

「この湖に沈んだ死体の数は、どれくらいいあると思う?」
「二十人位か?」

 実際、小学生の頃にそういった話を聞かされたとしても細やかな話を覚えている人間は少ないだろう。凄惨な被害を被った事を理解したとしても、その影響で死んだ人間の数など憶えている方が少数の筈だ。

 それも限定して、この水面の底だけの死体の数となると尚更だ。
 しかし、彼女はその具体的な数字を懐かしそうに語る。

「噴石による死体が34人。その内、生き埋めとなって死んだのが三人。もとからある墓石の数を含めると、元から埋められた死体は数百を下らない。ここは文字通り死体が埋まっている。その全てが忘れられているんだ」
「死体の上で遊覧船を浮かばせる事が、気に食わなさそうだな」

 シノは、肯定も否定もしなかった。
 瓦礫に埋もれ湖の底に沈んだ人を彼女は覚えていたのだろうか?こんな場所に居を構えているのだから、彼女は人間ではないとは思うが、それともバグの中で生活できている唯の人間か。
 それを言うにはこの場所の異質さが否定するし、何よりそれが正解だとは思えない。

「何時か過去は清算されるべきだ。百年もたったら尚更だろ?それは分かっている、だけどそれでも言い難い思いはあるんだ。__それが思い入れある相手だったら尚更だろ?」

 百年前沈んだ死体に対して、彼女は思い入れと言う。
 それを信じるとするなら、彼女は齢百を超える御長寿という事になるが、そのお姿はどちらかと言えば俺の年齢に近い姿をしていた。
 先ほども言ったように、社の中には本殿の代わりに本棚で埋もれている。罰が当たる行為とは言えるが、その主であるというのなら問題はない。

「……私だけは、この死体達に誠実さを持ちたいんだよ」

 その忘れられ風化された人の死に、確かな意味はあったと彼女は言う。
 それを含めて、誠実さという言葉に置き換えたように思えた。

「アンタは神様か何かかよ」
「神様だよ。この神社のね、神様で探偵だ」

 元矢立神社の主神は、水底の探偵を自称する。

「正確には、神様を専門とする探偵さ」
「猫探しでも浮気調査でもなく?」
「そう。猫探しでも浮気調査でもなく」

 神様が神様を探す時代らしい。

 神様の影響から人を守り、神様のトラブルを解決する。
 それがこの神社のご利益であり、存在理由だと彼女は言う。

「君がいる世界には実に多くの神様で溢れている。八百万の神様と敬称されるが、まさにその通りだね」
「知り合いにもそんな事を言う奴がいたよ」
「__それは、赤城一新か?」

 赤城一新は、アカさんのひい爺でありこの街でも著名な画家として知られている。
 元々赤城家は本職を画家として大成しているが、アカさんはその家の突然変異と呼ばれる位絵が苦手だ。似て非なる彼女と秀才に、きっと湖の神様も落胆するだろうが。

「まあ、そのひ孫だけどな」
「そうか。彼は無事だったんだな……」

 その安心したような顔は、彼が未だに生きている事を信じているというよりは……。
 何かがあったのだろう。……詮索はしないが。

「私に探偵を勧めたのは、君の知り合いの親族だ。__こんな湖の底に埋もれてしまったから、探偵はただの名称になってしまったがね」

 そのお客様がどれ程来ているのかは知らないが、暇つぶしにはなっているだろうに。

「それで、探偵さんよ。この湖から出る方法を教えてくれないか?」
「それは私に対しての依頼という事かな?」
「依頼料の方がかかるんだろ?」
「……そうか、報酬をもらえるのか」

 言ってしまって、それが失言だと後から気付いた。
 全財産を、お釈迦にしたマウンテンバイクの資金を予定していた。だからここで出せるだけの金額と言われれば心の衛生環境が破砕される。趣味人としては余計な一言だ。
 御縁を祈るという事で五円何てジョークが利くような人間ではなさそうだが、まあそんな真似をするとも思えない。少なくとも良心的な価格設定でお願いしてもらうしかないと思っていたが。

 彼女は如何やら報酬をもらっていない様だった。
 まあ、それはそうだろう。彼女は探偵ではなく神様としての仕事を行ったに過ぎない。神様としての仕事に金銭は発生しないのかもしれない。

 だが、探偵として彼女を使うのなら?
 神様の仕事に賃金は無くとも、探偵の其れには発生してしかるべきだろう。

「……報酬をもらえない仕事は、ボランティアだろ?」
「いや、違うんだ。すまないね、何せ百年も一人だったからそういう事に頭が回らなかった。そうか、報酬をもらえるんだ。それは少し遅かったな、依頼料をもらえず仕舞いだった。__ちょっと惜しい事をしたかな?」
「まあ、無理のない程度にしてくれよ?」
「なら」

 そこで言葉は区切られる。
 その眼が俺を捉えて離さない。

「君、私の助手にならないか?」
「助手?」

 墓穴を掘ったと解釈した。
 余計な事を言わなければと思った。

 だけどもそれが押し切られ今に至る、”誰か”とその情景が重なった。
 憧れが信仰に近い感情というのなら、焦がれて手を伸ばそうとした時点で俺の負けなのだろう。そうして隣にいる事を求める手を。自分が求め崩れ去った渇望が近くにあるのなら。

 自分の心情に確かに存在する神様を、否定する事は出来ない。
 俺はその言葉に、否定が出来なかった。

 例え、神様と肩を並べる事が出来ないとしても。
 それに似た誰かの隣にいる事は、果たして罪なのだろうか?

「一応、家の高校じゃあ掛け持ちは駄目なんだが」
「安心するといい。それを考えた人もきっと湖の底を想定しないだろう?」
「まあ、正直自分ではどうにも出来なさそうだからな」
「助かるよ。そうと決まれば、早速仕事をしてもらいたいんだが」
「__準備が良すぎるな」
「そう警戒しないでくれ。私と君の中だろ?」

 わずか一時間にも満たない間柄の関係は、こうして生まれる事となる。
 下らない言葉だ。
 取るに足らない言葉が、何かのパズルのピースにハマる事もある。

 そのパズルが、何者なのかを知る由が無かったとしても。

「君は、ドッペルゲンガーを信じるか?」

 俺には、”その言葉が他人事のように思えなかった。”





 曰く。
 現実は空想を愛さない。

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