馳せる空に、死体は浮かぶ

四季の二乗

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探偵は骸に

探偵は骸に

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 多少古めの借家二階に、その事務所は居を構えている。
 この辺り一帯は、青島周辺の港町まで続いている水源の管理。周辺の田園地帯の管理を主な産業として栄えた。
 其処に宿場町としての意味合いが持たれたのはつい最近の事だ。多少湧き出る源泉と、広大な農地に囲まれている事もあり、都市圏への足掛かりの意味合いを持つ事となった。
 この街の歴史は浅く、百年以降の記録は無い。

 その日も、連日の猛暑が続いていた。

 住宅街の複雑な小道に、空き家の様なオンボロの喫茶店の隣にあるその借家は、一階を定食屋として、二階をとある探偵の事務所として運営されていた。
 太宰探偵事務所と緑色のツタが色を飾る看板が目印の事務所は、五十年近くの由緒ある歴史が刻まれた探偵事務所。ペットの捜索や、人物関係などありとあらゆる依頼を受ける平凡な事務所だった。
 書店に寄った帰り道。
 お気に入りの作家の単行本を片手に、虫の嬌声が続く下道を歩き続ける。同じように炎天下の中を歩く人々は日差しを避けるように目線を下げる。
 そんな人々に興味もわかず、踏みしめる熱を帯びたコンクリートに滴りを見せながら目的の場所へと急いだ。

 古く痛んだ階段を上ると、事務所に立て掛けられた其処には今日の朝刊が放置されている。
 何度提言しようにもその束に興味はないようで、新聞の束を回収するのが俺の日課になった。

 扉を開け、無造作にその束を机の上に置く。

「__治君。いつもご苦労様」


 その探偵は、穏やかにそういった。






 探偵の名前は、太宰(だざい)奈々(なな)。
 写真家の祖父を持ち、母親はこの太宰探偵事務所を継いで本人もその仕事に手を付けている自称”趣味人”。
 太宰家は、この辺り一帯に権力を持ち漣方面でも顔が利く、彼女の祖父の代彼女の祖父の代でその権力を失い、今は昔の手広い情報網を駆使して探偵業を営んでいる。
 我が森家とも深い関係にあり、いわゆる腐れ縁という奴だった。

 無操作に置かれた新聞紙の束の上に、俺は自身の書籍を置くと探偵は片腕に頬を預けて出迎える。

「新刊はあったか?私に、お土産は?冷蔵庫のアイスが切れたのですが、補充はまだでしょうかね?」

 自分勝手に、探偵は要望を並べる。
 客をもてなすはずの大きなソファーを占領した彼女は、だらしなく寝転がりながら新聞を受け取り情勢を把握する。世間では不審火が相次いでいるというニュースに、連日の暑さが関係している等と結論を付けるのが流行っているようだが、そんな事もこの探偵は知らないだろう。
 自身の興味の範疇外に目を向ける事は無い。
 堕落した人間に変わりなく、彼女は今日も怠惰である。

「グウタラ探偵。俺は、牛の世話などしないと言ったはずだ?」
「酷いバイト君だよね、君は。私のどこが牛なのかな?ホレホレ、言ってみてくれ」
「失礼しました、探偵殿。食事の後に惰眠を貪るのは家畜の所業だと教えられてきたもので」

 ごみ袋にあるカップ麺と、彼女が愛用するアイマスクを見て俺はそう答えた。
 如何やらそれは当たっていたようで、先輩はバツの悪そうに目を泳がした後にこちらを一瞥する。
 優雅でクールな先輩を自称している彼女は、このような状況を言い当てられるのをあまり好ましく思っていない。
 それを理解して言うと、彼女はきまり悪そうに答える。

「__君はSというより鬼畜だよね」
「良く分かりましたね。友達にもよく言われますよ」

 そんな事は、言われたことが無いが。

「そう言う人間は友達を無くすよ、まったく。”君はそういう奴なんだな”」

 何処かで聞いたことがあるようなセリフが、わざとらしく小説から引用された事に気付いた。著名で有名な収集家の話に、俺は思わすツッコミまずにいられない。

「先輩は、エーミールが好きなんですか?カフカなのに?」

 この先輩は、芋虫がお似合いだ。

「私が芋虫だとでもいうのかね?」
「先輩は芋虫でしょ?どう考えても」
「失礼な。__ってか、先輩って言った?」

 その言葉に自分も気づいた。
 先輩。というのは、彼女が所属する学校を希望したからだ。わざとらしく付けるのならともかく、こうして不自然と出てしまうのは悪い兆候だろう。彼女は俺にとって探偵であり、先輩ではあるがそんな言い方はしたくない。
 こんな問題児が先輩であってたまるか。__と言いたいが、せっかく言ってしまった言葉だ。

「来年から、お世話になりますからね」
「そうか、そうか。君ももう一年生か」

 わざとらしい先輩風に、怒る気も失せる。

「がんばれ、後輩君。私は応援しているぞ?」
「何を応援しているんですか?」
「君が無事に高校生になる事にだよ」

 交通事故でも気にしているのか。

「成績については、誰かさんの様に問題はありませんよ」

 太宰奈々の学力については、彼女本人曰くとても見せられないモノらしい。
 補習に休みを使う事は無いが、平均から数えると下の方だと自慢げに話す程度には。

「仕方がないだろ?私は、趣味人なんだ。興味ある分野しか興味が無いだけで、頭はいいのだよ」

 どこが?
 ああ、いや。確かに探偵としての地頭は在るのか。
 時折驚くような推理で、他人を笑わせるのは得意だろう。

「いいかい、後輩君。知らなくていい事を全力で解明するのが、我々は探偵だ。君はソレを理解したまえ」

 知らなくていい事をわざわざ解明するのは、はた迷惑という話だ。
 それに、語弊があるが。
 俺はこの腐れ縁の手伝いであり、探偵ではない。

「__俺の将来の夢は、探偵ではない」
「だけど、君の将来の夢は公務員ではないのだろう?」
「収入が安定するのなら、俺はそれでもかまいませんけどね。でも、それは違うって思っているだけです」
「確かに、それはそうだ。探偵家業は潤う事は無いね。__そうだな。でも、君もいい加減諦めた方がいいと思うが。
 君は多分、こちら側の人間だろう?」

 両親が公務員である俺の家族は、彼女の言う通り公務員の道を進めた。
 しかし俺には性に合わず、勉学に励みながらそれ以外の道を模索している。
 昔から続けていた演劇も、その一つだった。
 劇場で演じる他人は、俺以外の別人でありもう一つの人生だ。
 他人を語る事が、他の誰でもない誰かを知るのにちょうどよかった。唯その為だけに、俺は趣味を続けていた。

 だが、それも。所属していた市民劇団の解散と共に終わる事になる。
 これを続ける意思はなく、なにか新しい事を探そうとこの探偵社に入り浸っている。

 それが今の現状で、探偵との出会いだった。

「……趣味人のどこがいいのか、俺には分かりませんけどね」
「人生は面白く在るべきだ。何せ、人生は一度きりだ」

 ”面白く在るべきだ”。
 その言葉に多少引かれて、俺はこんな所にいる。

「さて、後輩君には掃除当番を手伝ってもらいたいのだが。生憎掃除場所はかなり汚れている。三年以上放置してあるからね。埃がものすごくて一人では終わらせることが難しい」

 そう言って彼女はソファーから起き上がると、事務所の奥へと脚を進めた。
 今日ここへ訪れたのは、何もこんな茶番と雑談の為ではない。彼女の祖父が所有するアルバムの整理と倉庫の清掃のために呼ばれたのだ。
 何でも彼女の妹が写真を趣味としているらしく、部屋から溢れたアルバムの保管場所に事務所を使いたいと進言があり、姉として、一人の探偵として快く了承したそうだ。

「__昔の様に、演劇を続ければいいのにね」

 余計な一言を携えながら、彼女は前を歩む。

「部活としてやるのなら構いません。それ以上でもそれ以下でもない」
「野球部にでもなるのか?」
「運動は苦手ですから」
「君に足りない柔軟性は、缶詰作業では手に入れられないよ……全く」

 歩みを止めたその先に、資料室と書かれたその部屋はあった。

「君は、素直に生きるべきだね。__君だって、面白いモノが好きだろ?カチカチに生きるな。少しは背伸びをしろ。君は、君が楽しければそれでいいって時間が必要だ」
「余計なお世話です」

 





 薄暗い部屋に備えられた電球が、光を帯びる。

 扉の先には、山のように積まれた書籍とアルバムが放置されていた。
 本棚やその他諸々に埃が溜まっており、気管に侵入し呼吸さえも満足に出来そうにない。奥にあるカーテンを開け、誇りと共に空気を入れ替えると多少は良くなる。
 足元に積まれた書籍を、踏まないように中に入るのは苦労するだろう。

「……相変わらず本を纏める事も出来ないんですか?」
「仕方ないだろ?私の私物ではないのだから」

 床に散らばっているのは年代物のアルバムや書籍で、如何やら郷土資料もいくつか含まれているようだった。この街の歴史から、様々な情報が数字としてあらわされている一冊を取りを払う。

「たく、どれだけあるんですか。これ」

 先ほど言った通り、彼女の祖父は有名な写真家だ。
 多方面にも知れ渡る程の写真家であり、この街の設立にも深く関わったそうだ。

「祖父だけが撮った写真だけじゃない。この街の歴史そのものと言っていい程、この街の歴史を刻んでいる。”この街の全てがここにはあるのさ”」

 其処にあるのはただの資料だけではなく、ダムの建設の日誌や様々な書類もまとめられている。彼女の言う通り、この街の全てが此処に有るという狂言も現実日を帯びる程に、様々な資料や書籍で埋もれていた。

「で、こっちの箱は収まり切らなかった分の写真だ。経年劣化が激しすぎて使い物にならないから捨てる予定さ。そのままにしてくれればいい」
 
 手を向けた先にあった段ボールには、確かに言う通り写真が納まっている。
 その中に、気になる一枚の写真が載せられていた。

 其処には、放流されたダムの写真がある。

 何処かで見た事のあるデザイン……。

「__ダム?」
「厚生会館の写真だね。これは新しい頃の写真だ」

 日付を見ると、ちょうど六十年ほど前。
 その横には、何処か見知いった写真が置いてあった。

「それは私の妹のだよ、後輩君。私の妹も写真家なのだ」
「それにしては無造作に置き過ぎでは?」
「仕方がないだろう?置く場所に困っているって言ったじゃないか」

 せっかく妹が撮った姉の写真を、こんな箱に入れる程……か。

「__先輩も後片付けが苦手なんですね。知っていましたけど」
「先ずはこの写真集を片付けよう。生憎本棚には困らないからね。後、溢れるのなら段ボールがたくさんある。先日の依頼で、清涼飲料水を大量に貰ってね。その他諸々、各所いろいろな段ボールをご用意しているよ」
「報酬は現金が定石では?」
「我が校ではこれが伝統なのさ、探偵に対しての報酬はね」

 早く準備を始めろと彼女が急かすので、俺は手元にある書籍の埃を落とし廊下絵と出す。
 本棚自体は木製であり、埃はかぶってはいるが立派なモノだった。こんな物置にしておくには惜しい。

「先ずは、清掃からですね。」

 本棚は四列あり、部屋自体の大きさはさほど広くはないので書籍を纏めるのに苦労は無かった。だがやはり埃の問題は想像以上だ。ハタキで落としても溢れんばかりで終わる気がしない。昼から始まり気が付けば五時を回っていた。
 だが、しつこい埃も時間と労力にはかなわない。
 そうしていく間に奇麗に落ち着いた本棚を拭き終わり、一つ一つ書籍を入れていく。年末の大掃除を思い出す程に大掛かりの清掃に、足腰が悲鳴を上げそうだ。

「……これは?」

 清掃を終え、写真集を戻していると一つの写真が零れ落ちた。
 それは見た事が無い神社の写真で、山の奥にある神社へ訪れた際に、撮影したようだ。周辺が草木で覆われているが、人の気配がない。寂れて放置されているような不気味な場所である。

「それは風景写真だね。ほら、北側にある山中の神社だ。古き良きスポットとしてよく連れていかれたのさ」
「疫病神でも祀っているようだ」
「疫病神か。ふむ、見た事は無いがそれもいいな」

 何か嫌な予感がしたので、俺は一応尋ねる事にする。

「__何を考えているので?」
「つまらない事だよ、ここら一帯に、心霊スポットは無いか……とか」
「俺は行きませんよ?」
「後輩君は怖がりだからな」

 そういう趣味が無いという話だ。

「先輩を迎えに行くのが、億劫な話って事ですよ」

 そう言いながらアルバムを戻すと、清掃用具一式を洗い終えた先輩は改めて資料室を眺める。先程よりもキレイにまとめられたその部屋は、探偵社の資料室としての貫禄はあるだろう。
 彼女の要望通りに応えられたはずだ。

「さて、あらかた終わったかな?」
「こっちは終わりましたよ。どうです?満足しましたか?」
「うんうん。憧憬だね、これは」

 確かに、苦労を重ねただけはある重みを感じる。
 重厚な書跡一つ一つがその異彩を放っており、アルバムだけでもその場所を知寮室と語るだけの質量がある。それこそ、図書館を名乗れる程の量と質だ。
 歴史的な建築物ではないが、その異彩はどのような空間もそんな色に染め上げる。
 それを見上げながら、彼女は呟く。

「__これで調べ物が捗るはずだ」
「卑猥な本はありませんよ?」
「君は私を何だと思っているんだよ、まったく」

 総合評価を纏めると。

「世間知らずの変人です」
「人並み以上に、世間を知っている筈なんだがなぁ」

 その言葉に、疑い以外の余地はない。
 なのに、如何やら理解していないようである。

 片づけは終わったので、身支度を整えようと部屋の外へでた。
 用は済んだと、足早に去ろうとした。

「じゃ、俺は帰りますよ?」

 そう言いながら書籍を取ろうとするのだが、歩みは止まる。
 二つ上の小さい腕に掴まれた俺は、訝し気に其方を向いた。
 探偵は笑っていた。

「ご苦労様。と言いたいけど後輩君、唯で帰させるわけにはいかないな」
「その言い方だと、まるで俺が何かをした感じですね」

 そんな俺に、探偵はとあるものを向けてきた。
 木箱に丁重に保管されたそれは、質のいいモノらしい。

「……これは?」
「私からのプレゼント。大切にしてくれよ?」

 箱を開けてみると、そこには真新しい包丁が収まっていた。

「銃刀法違反?」
「修羅場が訪れたときはこれを使うといい」
「修羅場が血生臭い現場になるだけでは?」

 人を淫らに扱うのは止めてほしい。

「きみ、最近料理に凝っているじゃないか。そんな君に、マイ包丁をプレゼントしようと思ってね」

 そう言いながら、彼女はスマホを俺に見せる。
 それは気分転換にと乗せた今日の昼ごはんであり、まさしく俺の呟きだった。
 無論、この探偵は知らない筈だ。
 人の個人情報を易々と掲げる探偵に、訝し気な目を向けながら俺は言う。

「……なんで、俺のアカウント知っているんですか?」
「探偵は情報戦が得意なのだ。SNSは常にチェックしているさ」
「__まあ、いいですけど。それよりも先輩の方が必要では?」

 まあ、この探偵にそんな事は無意味か。
 諦めて、俺は毒を吐いた。
 スキル的な意味でと付け加えると、彼女は自信たっぷりにこう返す。

「私は、君に嫁ぐから問題ない」
「俺は、貴方が苦手だよ」


 紛れも無い本心を、俺は吐く。
 この関係はギブ&テイクで、それ以上でもなくそれ以下でもない。
 家柄同士の付き合いで、唯の腐れ縁だ。

 そんな感情がある訳がない。






 俺は、そんな探偵が嫌いだった。


 
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