馳せる空に、死体は浮かぶ

四季の二乗

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今も続く快晴といふ空

今も続く快晴といふ空2

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 前述のとおり、私の趣味は写真である。
 ありとあらゆる”撮る”という行為を私は好んでおり、被写体探しに余念がない。何故、そこまで好んでいるのかと言われれば少し悩むが、強いて言うのならその行為に私が居るからだろう。
 人物を撮る。風景を撮るという行為には、必ず撮る者がいる。
 作品を作った作者同様に、その風景を切り取った誰かがいる。

 故に、私は居るのだ。
 偶然ではなく、その情景は必然でありその誰かの生きた証でもある。
 画像を映し、シャッターを押すその瞬間。
 その写真を撮ったという証が、私の今の全てだ。

 私にとって写真とは証明なのだろう。自分が生きている証明。作品を作った作者という証明。様々な証明が写真を撮るという行為には含まれるのだから。
 無論、理屈なしに楽しいという話が最も正解に近い。
 それが趣味として存在するのは、やはり、写真を撮るのを楽しいと思えるからだろう。

 楽しく写真を撮る事が出来る写真家なのだ。
 私は、特に。それを重視している。

 私は、自分の趣味を満喫していた。





 その日も、例に洩れずに。

 
 深い赤の夕日を背に、私はカメラを構えていた。
 場所は、厚生会館として利用されている旧ダム。あちらこちらに劣化の後が見られるそのダムは、この街の水源として大いに役立っていたそうだ。しかし、数十年前から現役を引退し、今では川の流れを変え新しいダムがその力を見せていると聞いている。

 寂しくも幻想的な一枚が取れたと思う。
 雨の残りだろうか、水路には水溜り程度の水が張られているが、それ以上でもそれ以下でもなくユラユラと茜色の空を映す。時折見せる幻想的な光に賞賛の声が零れ、私は実に感動しやすいのだと再認識する。
 私は余程、美しいモノに弱いらしい。
 感受性が高いという言い方は、物は言いようになるのだろう。

「……もう少し、角度を上げるか」

 下からの景色は、もっと鮮やかな茜色だろうか?
 そう思った私は、早速その景色を確かめる事にした。コンクリートの外側から、どうにか降りれそうな場所を見つけ、持ち前の身軽さを発揮しながら下へと降りる。
 器用な私は数分と掛からず目的の地点へと足を運び、底へと足を付けた。行かるんでいるような様子は無いが、砂の感触がどうにも調子を狂わせる。それでも、見上げるほど大きなダムの側壁に、感慨深い溜息を溢したのは間違いない。
 その夕日も相まって、美しく染まる巨壁は素晴らしい光景だった。

 私は、レフカメラを仕舞って、スマホを取り出した。
 ひび割れの勲章が色濃く残る其れで、私はその光景を映す。

 __一枚の写真を撮る。
 茜色に染まる風景を収めると、私は深い満足感を得た。

 風景写真を撮る事は楽しいが、どうしても個人競技になってしまうのは頂けない。私は人見知りではあるが、昔の様に知り合いがいない訳でもなく、昔のように一人きりを好むという訳でもない。

 私は懐から煙草を取り出し、口に加えて火を付ける。
 紫煙が茜色の空へと伝い、その匂いがこびりつき纏わりつく。

 そうして、一人。
 私は、何でもない寂しさに浸っていたのだが。

 その静寂を破る様に、”声”が聞こえた。




 夏は始まったばかりだ。
 山の方から合唱を続ける日暮をBGMとしながら、私は土手へと上がり切るとその聲の人物はあきれたような顔で此方を見る。
 渡部(わたべ)井辻(いつじ)先輩。
 私が所属する写真部の部長を務めているが、形だけの部活動に居座る幽霊部員。部活動らしい活動をする事は無く、仕事と称し他の部に様々な作品を収めている。その創作活動は多岐にわたると聞いているが、不真面目である彼は仕事を放り出す事も時折ある。

 煙草の煙を足元で消し、何時も通りの後輩に戻った。

 私の今の活動だって、先輩のツケである事に変わりない。
 文化祭用の風景写真を、この街を題材にしようと吐いたのはこの先輩だ。
 
 幽霊の正体見たり枯れ尾花とはいうが、枯れ尾花というには子供っぽい印象を持つ先輩に、私は帰り道の付き添いを依頼する。
 それをめんどくささを含めながら了承した先輩に、私は言葉を続けるのだ。
 
「どうしました?先輩、こんな所で。珍しいですね」

 出来る限り、フランクに私は話しかけた。
 私は、対人技能が欠如している事で有名なのだが、それでもこの先輩だけは例外であり。まるで劇の一部の様に接する事が出来る。
 渡部(わたべ)井辻(いつじ)という先輩は、私にとって第三者なのだろう。
 人を知る事が趣味の私にとって、予想通りにならない存在が先輩なのだ。

「先輩は室内で怠惰を謳歌しているという話なのでは?」
「生憎、俺の友人が許してくれなくてね。引っ張りだこな状況だよ」

 そう言って先輩は、劇の台本をチラつかせる。
 如何やら文化祭に向けての出し物の相談という事だろう。写真部の活動は、掲示物のみで廊下側だけを使用した私達は暇人に変わりない。
 この茜色も、ダムの景色も、私達が活動をしているという証拠に他ならない。趣味と実益を兼ねたと言えば聞こえはいいが、本当に望んでいた者であるかどうかと聞かれると……。

 それは明白な程に。
 明白である。

「__何かついてる?」
「いいえ、何でもありませんよ。ところで先輩のご友人」

 もちろんこの応えも明白だ。
 とある夏の日。あの水族館を見学したメンバーの中で先輩の手綱を握る人物は一握りだ。いや、一人しかいない。
 先輩の活動に加担し、先輩を利用し。先輩が喜んで参加しているのは、今の所演劇部の活動に相違ない。

「確か、……森先輩でしたか?演劇部の副部長でしたね」
「そ、演劇部の森治。真面目が取り柄な常識人に、捕まってしまってね」

 古びた街灯はちかちかと点滅していて、麓に降りるまでは足元さえ曖昧な程夕闇が迫っていた。
 とは言え、麓を過ぎれば見知った道が続く。家々の間に疎らに置かれた街灯と家々から零れる光。それに、往来する車のヘッドライトでそれなりに明るい。
 現代文明は光を手にしたと言われるが、足元さえおぼつかいない今ではありがたい限りの核心に違いない。
 私は、冗談交じりに呟く。

「先輩が怠惰だという証明ですね」

 私は、先輩が怠惰では無い事を知っている。

「僕が自由人だという証明だよ。後輩君」

 怠惰である人間は、趣味を持たず努力をしない。
 趣味に邁進する人間を怠惰というのではない。文字通り、何もしないのが”怠惰”である。

「後輩君は何をしていたんだ?こんな所で。まあ、確かにこのダムは由緒正しき建物だし、下からの眺めはいいのかもしれないけれど_さ」
「自由人には、趣味人の心意気は分かりませんよ、先輩。まあ、理解できるような写真は取れました。私の現像を見た後に、その言葉を修正してくださればいいのです」

 私は先輩に、其の一枚を見せた。
 確かな技術を以て移された一枚に、先輩は脱帽の声が零れる。感動の一言が零れたので、私は深い満足感を経た。その一枚で人を感動させたのは私の実力だ。
 それは、何よりもうれしい事だろう。

「先輩。茜色の夕焼けは、アクアリウム以上に美しいですよ」

 言葉を漏らしてしまう。
 ああ、本当はそんな言葉は予定にない。
 私は、比べる為にこの言葉を言った訳じゃない。

「__どうしたんだ?急に」
「__いえ、口が滑りました。やっぱり駄目ですね」

 __多分、じぶんでも自覚はしていたのだろう。

「写真を撮っていたんです。ほら、あのダムの写真ですよ」
「__何でスマホ?首から下げているそれは?」
「いえ、ある程度撮れたので。最後はスマホの壁紙にとでも__と」

 __実際の所。
 私が何故そうしたのかは、私の知る限りでもない。
 確かに壁紙としても有用な一枚だけれど、出来れば写真で見たいものだ。
 こだわり派ではない私は、そのどちらでも構わない。

「そう言えば先輩、駅前に新しい喫茶店が出来たらしいのですが。生憎僕は金銭面が不安で心細くて、先輩の様に満喫できそうになくて」
「君の友人に奢ってもらえばいいだろう?」

 生憎友人はそう言うのが好きではないと答える。
 正直に答えるような事は、私はしないのだ。

「いえいえ、そういう話は人関わりを壊す要因になりかねません。先輩も知っているかと思いますが、僕は今でも人見知りなんです。僕は、友人を減らしたくはありません」
「__生贄に、自分の先輩を使うのもどうかと思うがね」
「先輩は僕を嫌いになれませんよ。そうでしょう?」

 だって、私は。先代の妹なのですから。
 先輩の楔となっている、憧れの人の妹だから。

 言いかけた言葉を飲み込むが、どうやら表情に出ていたようで先輩はため息を吐いた。
 その上で、仕方がないと明け空の先を進む。
 現実感のを欠片も感じる事が出来ない私は、やはりこの光景も第三者の様にしか見る事が出来ないようだ。

 私は先輩を理解し。
 先輩は、程よく私を理解する。

 その関係性が、今はまだ美しいくて仕方がない。

「__今の関係性を加味しても、を付けろよ。後輩君」

 たとえ楔を打たれても、先輩は前を見据えている。
 それでも歩こうと歩を進め、その足は前を向く。

 私は、先輩が私の為に写真部に居座っている事を知っている。
 この街の劇団に所属していた先輩は、昔から脚本を手掛けていた。姉さんの付き合いで私は知り合う事となったのだが、この先輩は何かと私に気を利かせてくれた。
 私は写真を好み、人物画を特に愛している。
 私の最初の被写体となったのは先輩だった。

 私が薄味の人間に留まらなかったのは。
 私の趣味を認識させてくれたのが、井辻(いつじ)先輩だからだ。

 井辻先輩は、私が続いている理由なのだ。




 茜色は彼方へと消える。
 辺りは賑やかだった日暮らしの残証と、街灯の明かりだけが残っていた。

 私は先輩の横で歩き、慣れた歩幅は距離を保つ。

「人の扱いが酷すぎるよ、僕の友人は。これじゃあ寝る暇も無い」
「先輩の扱いを理解しているんですよ。先輩は、厳しいくらいじゃなきゃ働かない。怠惰で陰湿で困った先輩なのですから」

 晴天である先輩は、私の姉から晴天を受け継いだ。
 限りなく続く青空の様に、先輩は私の目標で憧れであり続けた。その姿は全てが完璧だったわけじゃない。曇り無き世界の人間だった訳じゃない。”完璧”である存在ではない。
 だけど、その努力も、感情も。たった一人に向けられたその重みも。
 それ等が全て、青空のように美しくて。茜色に濁っている私とは違ったのだ。

「怠惰は認めるけど陰湿は無いね。全く無い」

 全くその通りだ。
 陰湿な青空なんて、存在しない。

「そうでしょうか?だって先輩は、僕のストーカーでしょう?公式設定の」
「何処の何の設定だよ。何処の団体の公式かを今すぐ教えてくれ」

 言葉の一つ一つに人はいない。
 唯、下らない話に、私は日常を感じている。

 今、此処が。
 この場所が。

 私が続いている、私の心臓なのだ。

「全くもって心外って顔ですね。そういう所ですよ、先輩」
「言葉でも表したつもりなんだけど?」
「そうですか?失礼しました。反省しときます」
「反省の色も、影も、形も無いな」


 私は、笑うのである。
 おかしな話をしているこの日常を。
 下らなく続いているこの日常を。

 居なくなった人の分まで、噛み締めるように、忘れないように。
 私という存在が、続いている幸せを感じながら。
 
 私の思いが、本物なのだという自覚で前を向きながら。





 私は__故に。
 太宰梓は、渡部(わたべ)井辻(いつじ)に恋をしているのだろう。
 
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