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その焦がれを手放す方法
箱
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外観から見た屋敷の形状から察するに、先輩が足を運ぶ方向はこの邸宅の裏側だ。
伸び放題となる以前には、ガーデニングで色彩を放っていただろう庭とは異なり、完全に隠された裏側には古い社が背面を飾っていた。ブロック塀の背高い仕切りのせいで様子は確認できない。
先輩の話によれば、この先の廊下を渡れば離れがあるそうだ。それは先程もいぅた様に一般人に目立たないように細工をしたうえで、厳重に守られている。
表の図書が建てられた理由も、この場所を維持する為の理由付けとして利用されていた。地域の図書館。資料館としての体裁を保ち、この場所に興味をそそられない様に。
何か、近づくにつれて嫌な予感が漂っていた。
「一般的には公開されない場所だよ」
先輩は扉を確認し、鍵を回す。
先程の立派な屋敷とは違い、その場所は小屋と言って差し支えない程こじんまりとした場所だ。まるで農具を入れる為の納屋の様な、あの屋敷とは似て似つかわしくない建物だった。
確かにこれなら、泥棒や肝試しの連中が来る事は無いとは思う。
その納屋自体経年劣化の痕は見られるが、先程の屋敷に比べれば面白味も思い出も無い。木を隠すなら森の中とは言うが、大木の下に枝程の木があっても興味をそそられる事は無いだろう。
「__思うんですが」
「何?」
「何故、貯蔵する程の曰く付きがあるんです?」
呪いの品が治められている倉庫。
この文体で言えば、それは単数ではないだろう。何せ、保管されている物品が動かしてはいけない物ばかりだと彼女が言ったばかりだ。それは複数形であり、うかつに手が出せない理由もその為だろう。
だが、ここで一つ疑問が残る。
何故、社が管理している土地に、それほど呪いの品が治められているのか。
矢ケ暮神社が厄払いに長けているという話は聞いたことが無い。この辺りでは確かに八月の行事のおかげで多少有名であったとしても、地方のテレビで紹介される程度の神社だ。
「いい点に目を付けたね、陽炎。それは簡単な話さ」
ガシャン。
そんな、重い音が聞こえた。
嫌な予感は益々濃くなる。周囲の雰囲気さえ様変わりしている様な気がする。
相変わらずうるさい虫の声が、張り付くように耳の中で反響している。社の近くだからだろうか?住宅地にしては、妙に聞こえる。
今年は三十五度を超える日々が続いているらしい。それでも、此処に来るまでの日照りはこんなにも酷いものだっただろうか?熱い?
何処か悪寒さえあるのに、その日差しは夏だという事実を突きつけている様だ。
「矢ケ隠神社は元々、呪いの品を作る事に長けていた神社だ」
「呪いの品を?」
「そう、要は呪術的な生産を担っていた由緒正しき工場だった」
厄除けは聞くが、呪いの品を作る神社。
そんなものが存在している事に驚きだ。
神社は厄を払う場所だろう?
「無論今は違う。工場だった頃と言うのは千年位前の話さ」
「その頃の遺物って事ですか?」
「ビンテージ並みに熟成された濃厚な呪いって事さ」
物は言いようで。
それでも、知り合いの先輩がそんな質が悪い宗教関連の人間で無かった事に安堵するべきだろう。
まあ、そんな状況に手伝うとはいったモノの後輩を巻き込むのだから、陰湿では無いにしろちゃっかりとした人である事には間違いない。
「口にしたくはありませんね」
「その場所には強力な封印が施してある訳だけど、それも外部からの刺激には弱い。本当に危ない奴だけは動かして、多少危険な程度の物はそのままにしているそうだ。で、その中でも飛び切り危険なのが、例のコトリバコモドキさ」
「人の死体が閉じ込められている箱__ですか」
「コトリバコとはいっても、保管されているのは内臓だけどね」
つまり、動かせない程の強力な品という事だろう。
「陽炎。今までの話の中で、何か気付く事はある?」
気付く事。
そういえば、内臓繋がりの話を先程していた。
「それは、例ナキ症候群の話も含まれますか?」
ナギ症候群は、人体から内臓の一部を消失させる。
その行先は分からないが、その人物は内臓の機能を失った結果死ぬそうだ。コトリバコは死体を入れる箱であるが、それが単数が複数であるとは言っていない。
ただ、その箱には死体がある。
内臓を失った人間が死ぬのであれば、その内臓は死体の一部として数えられるだろう。他の人間に利用されている訳でも無い内臓は、死んでいるのだ。
「察しが良すぎて助かるよ」
そして、嫌な想像は大抵当たる。
それが本当なのなら、その箱は複数の死体で形成されている。
ナキ症候群は内臓を消失させる。
恐らくはその内臓はコトリバコに移転される。
「消えた内臓が、其処に行くと?」
「そう。アレは、ナキ症候群という呪いの元凶だ」
扉の先には、様々な品が置かれていた。
それは物置と言うには異質で、その全ての品には札や何かしらの崩れた文字が刻まれていた。
そして、その奥。
巨大な木箱が異様な雰囲気を放っていた。
”中が 開いている。”
本来、呪いとは二つの関係で成り立っている。
例えば、呪う側は呪う事に利益を生じる。憎い相手を呪った時。もしくは、もっと簡潔な利益の為に人を呪った場合。呪う側には精神的な意味合いや直接的な利益得るだろう。対して呪われた側は、不利益を生じる。それが軽度で在れ、重度で在れ。その関係が崩れる事は無い。
だが、それは呪いを返された場合には当てはまらない。それは、呪われた人間に関してもそうだ。
呪いという危険を回避したという利益がある。ともとらえられるが、それは現状を維持する事はあってもプラスにはならない。呪い返しは、現状を守る手段ではあっても利益を得る為の手段ではない。
例外はあるにせよ、殆どの場合。
大なり小なり。人は実益として呪いを使う。
ナキ症候群は、正確には病ではなく呪いの類だ。
だがしかし、其処に人の手が加えられているとするなら。それは、水知らぬ他人の臓器を抜き取るという呪いだろうか?その行為に果たして実益はあるのだろうか?
何処からの神から授けられた”何か”の方法であったとして、それは目的ではない。
それはただの手段に過ぎない。
ナギ症候群は、恐らく”何かしら”の手段だ。”コトリバコモドキ”という装置に組み込まれた。
「先輩」
先輩は、少し険しい顔をしていた。
俺の口元を押さえて、音を立てないように人差し指を立てられる。
その場の空気の重さは理解している。
先輩にとって、どれ程ヤバい事態だっていう事も。
貴方は見た事が無い呪いという物を信じる事が出来るだろうか?と、誰かに聞かれるかもしれない。
だが、それを信じる事は無くとも先輩の様子から只物ではないことぐらいは分かる。百閒は一見にしかずとしても、素直の尊敬できる先輩を信じない後輩はいないだろう。
それに、ソイツに対して言えるのは。
貴方は、呪いとしか言えない方法で憧れの人を殺されたことはあるだろうか?
先輩の手に引かれるように奥へと足を運び、扉が閉められる。
その扉には内扉にも鍵が付いており、先輩はドアノブに鍵を掛けると、口を開く。
「建物内に、小さい木箱はなかったよね?」
「見た限りだとなかったですね」
一介のほぼすべてを散策し、その手の木箱が無い事は確認済みだ。
「__外に持ち出された?それとも館内?」
「ここのカギは先輩が持っている奴だけですか?管理は?」
「僕の神社だから、管理は大丈夫だと思う。鍵の場所、一部の人間しか知らないし」
「盗人が居るんなら、持ち帰った可能性が高いですね。__方法までは分からないですけど」
盗人な訳はないだろう。
扉は木製であり、壊した様子も鍵が開いている様子もない。それはわざわざ先輩が扉を確認した筈だ。
そして、館の裏側から続く石段以外は荒廃した草花が充ちてを阻んでおり、周りを見ても苦労して迂回した様子は見当たらない。
正規のカギで館へと入り、正規のカギで此処の扉を開けた事になる。
それは所謂、身内が関係していると言っているようなものだ。
「現状を整理しよう。コトリバコモドキは、十五センチ程度の小箱だ。中には今までの被害者の内臓の一部が入っていて、あの箱に封印されていたはずだ」
「小箱の外的特徴は?」
「文字が刻まれた布切れが巻かれている。状態は私も見た事が無い」
それよりも、だ。
「ここは安全なんですね?」
「外的な刺激には確かに弱いけど、こういうのを補完する場所だからね。多少は標的にされにくい」
「具体的に、あの箱がここを出たらまずい理由って言うのは……」
危険物がある倉庫の方が、安全だと彼女は行動で示した。
それともほかに目的があるのかもしれないが、今知るべきはあの箱についてだ。
理由は分からないが、彼女がここを目指していたのには理由があるはずだ。
彼女は標的だと言った。
それはどのような手段であれ、あの箱に関する事だろう。その箱はナキ症候群という手段の一部にされるのか、少なくともそれは俺達にとぅて利益にならない現象の筈だ。
「__何かしらの、標的にされますか?」
「分からない。けど、コトリバコモドキに近しい人間が狙われる可能性は高い。陽炎、コトリバコモドキの存在を知っているのは殆どいない。社の関係の人間と、私と君だけだ」
「それに対する対策は?」
__沈黙は、長かった。
あれほど五月蠅かった蝉時雨もだんまりを決める程、世界は静寂に包まれていた。木製の扉の外は相変わらず夏だろう。それでも、この場の冷たい空気は音を埋もれさせる冬を思い出させる。
呼吸さえも涼しい。
「ある。だけども、それには君の協力が必要だった」
「……先輩は、この結果を知っていたんですか?」
彼女は静かに肯定した。
何を言った訳でも顔を動かした訳でも無い。その静かで重たい沈黙が、此方の視線に目を伏せる様子がそれを物語っていた。
先輩の意思表示にかかわらず。
「僕はコトリバコモドキに異常があるのを知っていた。そして、その対策がこれだ」
彼女は、俺の心臓を指す。
「君を使う」
「君は。陽炎は、印様だ」
御縁、御利益という言葉がありますが、呪いや祟りには敬語が付きません。
ご利益は、呪いと本質的に似ています。それは神様から与えていただくモノであり、其処に対価は必要ありません。豊作を願い供物をささげても、豊作が約束される事は無い。それは神様の気分次第です。
ですが人は豊作を願います。祝います。
その結果だそうだとして、人は神様に感謝を次の年にも願う事になる。
神様がどう思っても、それは人にとって感謝する出来事ですからね。
そうです。この敬称と言うのは、神様に向けての敬称なんです。
利益を喜ぶ人間はいても、不利益を喜ぶ人間はいません。
私としては、どちらも敬称を付けるべきだとは思いますがね?そんな訳にはいかないのでしょう。
兎も角として、理不尽な不易を被るとき人はその事象ではなく神様に敬称を付けるのです。
印様が何故そう呼ばれているか。それは、その為です。
印様は、人を呪い殺す神様です。被害者は頭を潰され、両手首を焼かれる。そんな残虐な殺し方をされない為に、人は呪いの神様に敬語を払います。
神様だから敬意を払っているのではなく、災害だから祈っているのです。呪われない為に。
たとえどのような方法を用いても、地震を止める事は出来ません。津波をどうにかする事も出来ません。だからこそ、人はこのような方法を選んだのです。
印様の何がいけないのか。
それは、現代で言う殺人だからです。疫病と殺人であれば、人は前者の方が納得できる。その為に作られたのがコトリバコモドキです。
殺人も疫病も確執を生みますが、彼らは疫病を選んだという訳です。
コトリバコモドキは、印様による殺人を疫病に置き換える装置です。
被害者の内臓の消失という現象で人を殺す。そして、被害者は泣きながら死に至る。具体的な症例が傘となって、その殺人という行為を隠しているんです。
それにね。彼らには七日間の猶予があるのですから。
きっと、泣くほど幸せ者でしょう。
伸び放題となる以前には、ガーデニングで色彩を放っていただろう庭とは異なり、完全に隠された裏側には古い社が背面を飾っていた。ブロック塀の背高い仕切りのせいで様子は確認できない。
先輩の話によれば、この先の廊下を渡れば離れがあるそうだ。それは先程もいぅた様に一般人に目立たないように細工をしたうえで、厳重に守られている。
表の図書が建てられた理由も、この場所を維持する為の理由付けとして利用されていた。地域の図書館。資料館としての体裁を保ち、この場所に興味をそそられない様に。
何か、近づくにつれて嫌な予感が漂っていた。
「一般的には公開されない場所だよ」
先輩は扉を確認し、鍵を回す。
先程の立派な屋敷とは違い、その場所は小屋と言って差し支えない程こじんまりとした場所だ。まるで農具を入れる為の納屋の様な、あの屋敷とは似て似つかわしくない建物だった。
確かにこれなら、泥棒や肝試しの連中が来る事は無いとは思う。
その納屋自体経年劣化の痕は見られるが、先程の屋敷に比べれば面白味も思い出も無い。木を隠すなら森の中とは言うが、大木の下に枝程の木があっても興味をそそられる事は無いだろう。
「__思うんですが」
「何?」
「何故、貯蔵する程の曰く付きがあるんです?」
呪いの品が治められている倉庫。
この文体で言えば、それは単数ではないだろう。何せ、保管されている物品が動かしてはいけない物ばかりだと彼女が言ったばかりだ。それは複数形であり、うかつに手が出せない理由もその為だろう。
だが、ここで一つ疑問が残る。
何故、社が管理している土地に、それほど呪いの品が治められているのか。
矢ケ暮神社が厄払いに長けているという話は聞いたことが無い。この辺りでは確かに八月の行事のおかげで多少有名であったとしても、地方のテレビで紹介される程度の神社だ。
「いい点に目を付けたね、陽炎。それは簡単な話さ」
ガシャン。
そんな、重い音が聞こえた。
嫌な予感は益々濃くなる。周囲の雰囲気さえ様変わりしている様な気がする。
相変わらずうるさい虫の声が、張り付くように耳の中で反響している。社の近くだからだろうか?住宅地にしては、妙に聞こえる。
今年は三十五度を超える日々が続いているらしい。それでも、此処に来るまでの日照りはこんなにも酷いものだっただろうか?熱い?
何処か悪寒さえあるのに、その日差しは夏だという事実を突きつけている様だ。
「矢ケ隠神社は元々、呪いの品を作る事に長けていた神社だ」
「呪いの品を?」
「そう、要は呪術的な生産を担っていた由緒正しき工場だった」
厄除けは聞くが、呪いの品を作る神社。
そんなものが存在している事に驚きだ。
神社は厄を払う場所だろう?
「無論今は違う。工場だった頃と言うのは千年位前の話さ」
「その頃の遺物って事ですか?」
「ビンテージ並みに熟成された濃厚な呪いって事さ」
物は言いようで。
それでも、知り合いの先輩がそんな質が悪い宗教関連の人間で無かった事に安堵するべきだろう。
まあ、そんな状況に手伝うとはいったモノの後輩を巻き込むのだから、陰湿では無いにしろちゃっかりとした人である事には間違いない。
「口にしたくはありませんね」
「その場所には強力な封印が施してある訳だけど、それも外部からの刺激には弱い。本当に危ない奴だけは動かして、多少危険な程度の物はそのままにしているそうだ。で、その中でも飛び切り危険なのが、例のコトリバコモドキさ」
「人の死体が閉じ込められている箱__ですか」
「コトリバコとはいっても、保管されているのは内臓だけどね」
つまり、動かせない程の強力な品という事だろう。
「陽炎。今までの話の中で、何か気付く事はある?」
気付く事。
そういえば、内臓繋がりの話を先程していた。
「それは、例ナキ症候群の話も含まれますか?」
ナギ症候群は、人体から内臓の一部を消失させる。
その行先は分からないが、その人物は内臓の機能を失った結果死ぬそうだ。コトリバコは死体を入れる箱であるが、それが単数が複数であるとは言っていない。
ただ、その箱には死体がある。
内臓を失った人間が死ぬのであれば、その内臓は死体の一部として数えられるだろう。他の人間に利用されている訳でも無い内臓は、死んでいるのだ。
「察しが良すぎて助かるよ」
そして、嫌な想像は大抵当たる。
それが本当なのなら、その箱は複数の死体で形成されている。
ナキ症候群は内臓を消失させる。
恐らくはその内臓はコトリバコに移転される。
「消えた内臓が、其処に行くと?」
「そう。アレは、ナキ症候群という呪いの元凶だ」
扉の先には、様々な品が置かれていた。
それは物置と言うには異質で、その全ての品には札や何かしらの崩れた文字が刻まれていた。
そして、その奥。
巨大な木箱が異様な雰囲気を放っていた。
”中が 開いている。”
本来、呪いとは二つの関係で成り立っている。
例えば、呪う側は呪う事に利益を生じる。憎い相手を呪った時。もしくは、もっと簡潔な利益の為に人を呪った場合。呪う側には精神的な意味合いや直接的な利益得るだろう。対して呪われた側は、不利益を生じる。それが軽度で在れ、重度で在れ。その関係が崩れる事は無い。
だが、それは呪いを返された場合には当てはまらない。それは、呪われた人間に関してもそうだ。
呪いという危険を回避したという利益がある。ともとらえられるが、それは現状を維持する事はあってもプラスにはならない。呪い返しは、現状を守る手段ではあっても利益を得る為の手段ではない。
例外はあるにせよ、殆どの場合。
大なり小なり。人は実益として呪いを使う。
ナキ症候群は、正確には病ではなく呪いの類だ。
だがしかし、其処に人の手が加えられているとするなら。それは、水知らぬ他人の臓器を抜き取るという呪いだろうか?その行為に果たして実益はあるのだろうか?
何処からの神から授けられた”何か”の方法であったとして、それは目的ではない。
それはただの手段に過ぎない。
ナギ症候群は、恐らく”何かしら”の手段だ。”コトリバコモドキ”という装置に組み込まれた。
「先輩」
先輩は、少し険しい顔をしていた。
俺の口元を押さえて、音を立てないように人差し指を立てられる。
その場の空気の重さは理解している。
先輩にとって、どれ程ヤバい事態だっていう事も。
貴方は見た事が無い呪いという物を信じる事が出来るだろうか?と、誰かに聞かれるかもしれない。
だが、それを信じる事は無くとも先輩の様子から只物ではないことぐらいは分かる。百閒は一見にしかずとしても、素直の尊敬できる先輩を信じない後輩はいないだろう。
それに、ソイツに対して言えるのは。
貴方は、呪いとしか言えない方法で憧れの人を殺されたことはあるだろうか?
先輩の手に引かれるように奥へと足を運び、扉が閉められる。
その扉には内扉にも鍵が付いており、先輩はドアノブに鍵を掛けると、口を開く。
「建物内に、小さい木箱はなかったよね?」
「見た限りだとなかったですね」
一介のほぼすべてを散策し、その手の木箱が無い事は確認済みだ。
「__外に持ち出された?それとも館内?」
「ここのカギは先輩が持っている奴だけですか?管理は?」
「僕の神社だから、管理は大丈夫だと思う。鍵の場所、一部の人間しか知らないし」
「盗人が居るんなら、持ち帰った可能性が高いですね。__方法までは分からないですけど」
盗人な訳はないだろう。
扉は木製であり、壊した様子も鍵が開いている様子もない。それはわざわざ先輩が扉を確認した筈だ。
そして、館の裏側から続く石段以外は荒廃した草花が充ちてを阻んでおり、周りを見ても苦労して迂回した様子は見当たらない。
正規のカギで館へと入り、正規のカギで此処の扉を開けた事になる。
それは所謂、身内が関係していると言っているようなものだ。
「現状を整理しよう。コトリバコモドキは、十五センチ程度の小箱だ。中には今までの被害者の内臓の一部が入っていて、あの箱に封印されていたはずだ」
「小箱の外的特徴は?」
「文字が刻まれた布切れが巻かれている。状態は私も見た事が無い」
それよりも、だ。
「ここは安全なんですね?」
「外的な刺激には確かに弱いけど、こういうのを補完する場所だからね。多少は標的にされにくい」
「具体的に、あの箱がここを出たらまずい理由って言うのは……」
危険物がある倉庫の方が、安全だと彼女は行動で示した。
それともほかに目的があるのかもしれないが、今知るべきはあの箱についてだ。
理由は分からないが、彼女がここを目指していたのには理由があるはずだ。
彼女は標的だと言った。
それはどのような手段であれ、あの箱に関する事だろう。その箱はナキ症候群という手段の一部にされるのか、少なくともそれは俺達にとぅて利益にならない現象の筈だ。
「__何かしらの、標的にされますか?」
「分からない。けど、コトリバコモドキに近しい人間が狙われる可能性は高い。陽炎、コトリバコモドキの存在を知っているのは殆どいない。社の関係の人間と、私と君だけだ」
「それに対する対策は?」
__沈黙は、長かった。
あれほど五月蠅かった蝉時雨もだんまりを決める程、世界は静寂に包まれていた。木製の扉の外は相変わらず夏だろう。それでも、この場の冷たい空気は音を埋もれさせる冬を思い出させる。
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何を言った訳でも顔を動かした訳でも無い。その静かで重たい沈黙が、此方の視線に目を伏せる様子がそれを物語っていた。
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「僕はコトリバコモドキに異常があるのを知っていた。そして、その対策がこれだ」
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「君を使う」
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利益を喜ぶ人間はいても、不利益を喜ぶ人間はいません。
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兎も角として、理不尽な不易を被るとき人はその事象ではなく神様に敬称を付けるのです。
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印様は、人を呪い殺す神様です。被害者は頭を潰され、両手首を焼かれる。そんな残虐な殺し方をされない為に、人は呪いの神様に敬語を払います。
神様だから敬意を払っているのではなく、災害だから祈っているのです。呪われない為に。
たとえどのような方法を用いても、地震を止める事は出来ません。津波をどうにかする事も出来ません。だからこそ、人はこのような方法を選んだのです。
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それは、現代で言う殺人だからです。疫病と殺人であれば、人は前者の方が納得できる。その為に作られたのがコトリバコモドキです。
殺人も疫病も確執を生みますが、彼らは疫病を選んだという訳です。
コトリバコモドキは、印様による殺人を疫病に置き換える装置です。
被害者の内臓の消失という現象で人を殺す。そして、被害者は泣きながら死に至る。具体的な症例が傘となって、その殺人という行為を隠しているんです。
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