ナキ症候群

四季の二乗

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怪談話としては非情な方法 そのB

side”N”の始発

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 八重桜町周辺での連続変死事件について、国の専門的な機関が派遣されたのは4月の事だ。
 元々その一帯における変死は、業界の中でも特に目立つ現象として知られていた。しかし、事象の不明機な減少傾向により、積極的な介入の前に事態が鎮静化した。
 一年前、七井八重なないやえさん(当時)16歳の死をきっかけとし、連続変死事件が再燃。同地域には、謎の奇病であるナキ症候群との関連性も疑われたが、ナキ症候群の患者の水位は一定を維持しており、直接的な関連性はないとの推察もある。

 佐藤職員が廊下を歩いていると、人学年上の先輩から声を掛けられる。
 その場所は一棟の最上階であり、この学校で最も人通りの少ない場所の一つだ。三月も終わりを迎え、四月も中頃に入った。周りの同学生が新しい知人関係を構築する中、直哉職員もその類まれなる人付き合いの良さと引き出しの多さで知人友人の輪を広げていた。
 そのかいもあってか、この辺りの都市伝説からあらゆる噂話に至るまで。最上とは言えぬもののそれなりの情報を集め出していた。

 昔からこの一帯は、図書館や呪いの品等国の産業に関わる出自が多い。
 その厄祭や図書館の管理を担っているのが、矢ヶ暮神社である。
 声を掛けたのは、その矢ヶ暮神社における一人娘である矢ヶ暮先輩。その人だった。

「やあ、直治君。学校はどう?」

 彼女とは、今年の一月からの仲だ。
 四月の本格的な介入以前の実地調査の際に顔を合わせた際に、声を掛けられた。其処からは内情を知る手掛かりとしても、一介の先輩としても仲を深め今に至る。
 この人通りのない廊下を進んでいた目的もそれに類する事だが、彼女の印象的な人物であろう直治という人間は軽口を忘れない。

「奇遇だな、先輩。今から図書館に入り浸る所だ」

 それは、明確過ぎる冗談だ。
 三棟にある図書館は連絡棟を通らねばならず、先日の雨で屋上は使えない。何より、一年教室から図書館へと通うのにこの場所へ立ち寄るような事は無い。
 それにどのような理由を付けくわえたとしても、この場所へ辿る理由はないだろう。

 一つだけ、例外を除いて。

「直治君、図書館は反対側ですよ?」
「知ってるよ。方便って奴だぜ、先輩」
「君はその性格どうにかしないと、嫌われてしまいますよ?」
「これでも先輩より友達はいるからな」

 社の一人娘であり、将来的にはその荷を背負う立場にいる彼女は手招きをする。
 学習室の一角を借りたその部屋は、角部屋の学習室という事もありこじんまりとした場所だ。他の学習室とは違い授業などで利用する事は無く、とある部活動の専用の部室として使用されている。
 その名は、矢ヶ暮研究会。
 オカルト研究部などに分類される部活で、主にこの辺りの都市伝説の実地調査などを行う部活だ。確かにこの辺りでは印様をはじめとする禁足地などが多い。上級生は彼女を除いて卒業済みだそうで、新入生にも期待は出来ないと聞いている。
 
「まあ、立ち話も何ですから。どうぞ入ってください」
「お言葉に甘えて」

 同じ親戚同士の付き合いてある矢陰の家の一人娘も、同じく奇抜な部活に所属していると聞く。

「どうです?学校には、流石に慣れましたか?」
「今は下らない世間話が板に付いた感じだよ。この辺りの人間じゃないってのもあるから、苦労するだろうなって思ったけど、如何やら杞憂に終わりそうだ」
「へえ、君にも友達が出来たんですか?」
「だから、先輩よりは人気者って言っただろ?」
 
 指定された椅子に座りながら、横目で部屋を見渡す。
 部屋は簡素な作りであり、部室というには寂しい程物がない。強いて言えば、一つの電気蝋燭がぽつんと置かれているだけ。それ以外には机と教師の教鞭台。それに、ロッカーがある程度だ。

「君が思う程、私は人気者ではありませんよ」
「そうか?矢ヶ暮先輩と矢陰先輩の姉妹は有名なんだろ?」

 矢ヶ暮神社の行事は毎年テレビで放映される程それなりの知名度を保持している。
 その主役たる”矢渡の儀”には、多くの見物客の衆人環視で熱気に燃えている。華やかな衣装に身を包み、神道を歩く姿はとても絵になる。
 だからこそ、その主役たる矢陰先輩とそれを支える矢陰先輩の姉妹は評判が高い。

 だが、それでも主役は矢陰先輩とされる声が大きいらしい。
 その話題を振った時、彼女は少しだけその笑顔にほころびを見せた。

「それはそうですが、主に姉の方が主役ですからね。その名前も、主体は姉の方です。私は供え付けにしか過ぎない」

 __彼女は話題を切り上げるように、その落とした暗い顔を変える。

「それよりも、例の物は?」
「此処に」

 一つの書類を手渡す。
 其処には、入部届の文字が。

「君っていう知り合いがいて、助かりました」
「いや、俺の方こそ。実は運動が苦手でな」
「実地調査で少し歩きますが、走る事は無いので安心してください。それと、ホラーは苦手ですか?」
「前も言ったけど、都市伝説は大好きな類だし。まあ、幽霊も特番を好んでみる程度には好きだ」
「上々です。仲良くなれそうですね」

 その神様は、人間のように笑っていた。
 
「#__字霜直治__あざしもなおじ#君。では、よろしくお願いしますね」
「よろしく、矢ヶ暮先輩」

 書類を受け取った矢ヶ暮先輩は、人懐っこい笑みを浮かべる。
 西日が沈み、真冬頃の肌寒さを思い出させる。
 その奥底で何を思っているか意図知れない。

 人の形をした神様はその手を指し伸ばす。
 

「では、改めまして。矢ヶ暮研究会へようこそ」
「……地方都市伝説研究会の間違いじゃないのか?」
「物語の趣旨がそのまま名称になるとは限りませんよ。言葉というのには、実に多くの意味が込められていますから」

 この付近で語られている神様は二つだ。
 その内、印様という伝承は今回の事件に関連する要素を含んでいる。
 印様は被害者の両腕を掴み、痣を作り頭を壊す。猟奇的な殺人として知られている手口と一致し、その習性は呪いのような物の一種だろう。
 
 その習性は、まるで呪いそのものである。
 彼女が神様だとするなら。彼女の正体は”どの”神様か。

 印様だと仮定したとして。
 何故、人に化け人のように暮らしているのか。


「だからここは、矢ヶ暮研究会なのです」



 俺はそれを、知らなくてはならない。
   


 
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