ナキ症候群

四季の二乗

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神様として、貴方がその手を汚すまでの話

episode2 死体の末

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 人の死体は身近にある。
 それは、遠い国のどこかにある出来事じゃない。戦争とか、流行り病とか。人や災害を含めると、その危険はいたるところにある。
 日本における自殺者の累計はおおよそ二万を超える。そして、年間の行方不明者は約八万人だ。十万という積みあがった数字は、思う以上に私達の近くにある。
 だから、そういった噂の絶えない山中でそれを見つける事は珍しくはあっても、あり得ない事じゃない。それを意識的に探せば時折見つかる様に。
 少なくとも、私の家系はそういう事をする仕事だった。

 山に入る。

 それは何よりもなれた手順だ。
 祠の先に行かないように、慎重に私が呪われない様に。
 人が通った気配を辿りながら、そういったモノを探す。
 草木が生い茂るちょっとした坂道で私はソレを見つけた。

 死体袋にそれを入れ、私はその場を後にする。
 文体にすれば簡潔な事でも、自分がそうならない様に行う作業は命がけだった。何せ、それが子供であるとしても女性であるとしても四十キロは優に超える。それを平地ではなく殆ど舗装もされていない山道で移動をするにはとても根気がいるだろう。

 私は、荷物を運ぶ。

 運ぶたびに、重さで押しつぶされそうになる度。
 私は、自分が潰れてしまえばいいと思うんだ。



 この活動は慈善事業なんかじゃない。
 唯の、”死体処理”に他ならないのだから。







 七井八重なないやえが遺体で発見された場所は、八重桜町北部の雑木林。これは、例の神格の範囲と思われる山岳の影響範囲に入っていると思われます。異常性を恐らく知っているであろう彼女が何故その場所に赴いたのか不明です。

 対象の証言は、のちの捜査で信憑性が照明されている事に留意してください。 

「霊山と呼ばれるそれらは、古くから人に対して利益をもたらしました。その中の一つが、宗教としての存在です」

 宗教の指針として重要な事は、”何を”神様とするかだろう。
 八百万の神という様に、昔から人々は実に多くの存在を神様としてきた。

「例えば、富士の山が有名ですね。頂上には神社があり、古くから神様が宿る山として知られている。人は彼に対して神様という役割を与え、心の支柱にしてきました。人が巨大な岩や木々を信仰するように、山もその対象に含まれるのです」

 山岳信仰というやつか。
 日本七霊山がとくに有名で、その他にも山を主体とした神社は数多く残っている。山は元々人間のものではなく神様の土地であり、山そのものが神様であるという考え方だ。


「手長足長伝説も、確かに山に関する伝説が多いな。例えば、悪さをした彼らは反省しその山の守り神になるという伝説がある。具体的な住処が山とされているのも興味深い」
「ええ。ですから、そういう意味では手長足長という神様は山の神様。もしくは、そこに住まう神様という側面もあります。まあ、これは地域によって違う所もありますが」
「山岳に近づくにつれて死体になる可能性が上がるのに、その話は関係があると?」
「神社の鳥居とは少し違います、彼らの領域というのは境目が存在しないんですよ」

 神社の鳥居というのは、人間と神様の生活区分を分けるためにある。それは門の役割に等しい。こちらがわとあちら側の区分だ。
 対して、山には明確な区分がない。しかして、山の影響力というのは山頂に近づくほど高くなるという。

「つまり、山の神様の影響する境界線は曖昧で在るからこそ、頂上に近づくという行為自体が影響の強さになる、と?」
「そういうわけです」

 古くから、高い場所というのはそれだけで申請を与えられてきた。先程も言った富士の山というのがその最たる例だ。
人が届かないからこそ、かなわないからこそ、その影響力というのは人以上が握る主権となる。

「神社の鳥居は現世と神様の領域を分ける印だ。だが、山の中では境界が曖昧で仕切りが難しい」
「ですから、その影響に対しての対抗策が旧字視村なのです。あの村はね、明確な印だったんですよ」

 影響力が強いということは、その悪影響を最も受けゆあすいのは山頂に近い人間たちだった。
 つまりこれは、飢餓対策も兼ねた体の良い。

「村での飢餓の対抗策としても、この山の法を守る上でも。頭上にある村は人々を守っていたと」
「体のいい生贄ですが、私はその解釈は好きですよ?」
「おほめに預かり光栄だな」
「ここでいう歩荷が必要になったのも、それが理由です」
「その荷というのは?」
「死体ですよ。印様に殺害された死体です。山頂に行くほど村として使える面積は限られます。ですから彼らは死体を麓の村まで下ろし、其処に墓を建てました。
 元々親戚や祖先の墓は北原村にありましたから、都合が良かったという事もありますね」
「歩荷か」
「彼らは死体をそのまま下ろしたんです。そして、葬式を北原村で行いそれは何時しか儀式となりました」
「__確かに、ヘリが無い時代は人の手で人間を運んではいたらしいが」
「それを担当していたのが、七井家という訳ですね」


 七井家は、その村から死体を運ぶ家系だったという。つまりそれは、昔から死体運搬を担っていた家系であり、なき症候群ではなく印様による殺人の遺体も彼らが処理をしていたということだろう。


「北側で発見された七井先輩は、その家業を継いでいた?」
「ええ、最も今の七井家が行っているのは昔とは少し違いますが」

 いや。
 現代に当てはまるなら、それは

「いいですか?直哉君。ナキ症候群とは違い、印様の手による死因は現代で言う殺人です。さて、何が起きたと思います?」
「__死体の破棄」
「ええ。正確には、情報操作といった方が正しいですかね」
「この悪質な現象を隠すためにか?」


 俺の言い方は、自分で思える程に嫌味を含んでいた。
 それはいわゆる、七井八重の罪だったのだから。







 君が潰したその人は、名も知らない誰かに恨まれた恩人だった。
 その黒髪を赤く染め上げたのも。
 救われた言葉を無駄にしたのも。
 それが印様としての義務であっても、直哉としての大罪だった。
 
 君は、罪を償う為に絵を描くことにしたんです。
 それがもう一人の彼女を生かす方法だと思ったのだから。

 こうして神様は人を続けました。
 七井八重なないやえを殺した君は、もう一つの名前であるフナムシを継いだのです。

 彼らがどう死んだのかを隠した彼女は、きっと悪役であり、主人公の君もきっと同じだ。

 きっとね。
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