17 / 18
神様として、貴方がその手を汚すまでの話
Episode1 フナムシ
しおりを挟む
ふなむし。
その生物には、動物が現れると一目散に岩石の陰に逃げ込むという性質がある。
臆病なその性格は、幼少期の私によく似ていた。昔からインドア派だったし、背も小さかったし、力も無かった。七井八重にあったのは、この辺りでも奇妙な役割を持つ特別な家としての自負。それは私の努力の賜物じゃなかったし、私の誇れるようなモノでも無かった。
だから、私は絵を描き始めてんだと思う。
いや、昔から絵を描くのは好きだったよ。本格的にその活動を始めたのが中学生になってからってだけで。私は昔から絵をかいていて、それが好きだった。だから、それを続けて家を離れる理由にしたいと思ったのは自然な事だと思う。絵師になれば、理由が付ければ。
私は、私自身が変われると思ったんだ。
空は相変わらず青空が広がっていて。
地平線には、水溜りがあって。
木々は相変わらず青々としている。
其処には、私の好きな青色が溢れている。翁島と呼ばれる無人駅は、人通りが少ない事も相まって静かな場所だった。近くにある整えられた森林から吹き抜ける風が、トタン屋根の下には簡素な椅子が並べられていて、私は何時も通りそこに座った。
何時も通り、タブレットを取り出す。
少し悩みながら線を入れる。
ふと、隣から声が聞こえた。誰かが座った気配がした。
私は気にせず作業を続け、会話も続け。言葉は徐々に明白になっていった。
無人駅に、人はいない。
少しばかり独り言をしても、気にならないだろう。
「先輩、今も中学生じゃないですか」
「中学生じゃない。とっても、すごい中学生」
私は、タブレットで絵を描き続ける。
スケッチブックでの作業は楽しいけど、自分の絵を見てもらうにはこの方法が一番だ。いろんなサイトで名義を作り、作品を売り出し、人気のキャラクターを描き。たまに自分自身の好きな物を投稿する。そうする事でいろんな瞳見られ、それに伴い感想は多くなる。
良くも悪くも、書き続ける事は私にとって唯一の肯定できる尊厳だ。
見てもらえない作品に意味はない。
だから、私は何を言われても需要に答える。正し、私のこだわりだけは否定せず小さくてもそこに爪痕を残す事はあるけどね。
それは私の存在理由に等しい訳で、それを否定したら書く事が出来ないから。
「知っている?この駅には、神様がいるんだ」
「神様。ですか?」
「そう神様。その神様は、死のうとした人を救ってくれるんだよ」
私は、手首に刻まれた痣を見せる。
それは一年ほど前、私が死のうとした時付けられた火傷の跡だ。白線を超え、飛び出そうとした私を引き留めたのはこの駅にする神様だった。少なくとも、私はそう思う。
どうやら、その神様はこの一帯の守り神だそうだ。
この駅で死のうとする人々を助ける代わりに、痣を残す。だからこの辺りでは、神様に対しての信仰が厚い。
助ける誰かが存在するというのは、それを持たない人が想像できないくらいありがたい事だ。
少なくとも、私は救われたんだ。
「妙な神様も居るもんですね」
「確かに。神様にとって人助けは奇妙な物だろうね」
神様が人を救う理由があるとすれば、それはきっと機能的な理由だ。
きっと私を救ったのも、”人を救う神様”だからだろう。
少なくとも、前まではそう思っていた。
「そういえば、私は君の名前を知らないけど。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「教えてもいいですけど、教えられませんね」
その曖昧な返答に、私は聞き直す。
「何それ」
「名前が無いんですよ。いや、あるにはあるんですけど名称ですから。あだ名になってしまいます」
偏屈な態度になってしまったかもしれない。
名前が無い。というのは、彼がそんな状態である事に関係があるのだろう。言葉を付け加えるなら、私は彼が何かを知っていた。それは私が特別からじゃなくて、少し他の人よりもこの街の事を知っていたから。
事情を知っている一人の人間だったからだ。
この駅には神様がいる。だけど、それは断片に過ぎない。
その断片は今でもひとを救っている。神様の理性として、人を救ってくれている。
「じゃあ、私が新しい名前を付けてやろうか?」
「__先輩。絶対、インドアじゃないでしょ」
例えば、曖昧な現象に名前を付ける行為はそれに具体性を持たせるという意味合いになる。
具体性は強力な枷であり、器だ。
私には、フナムシという名前がある。
それは私を構成するもう一つの名前で、私が絵を描くための名前だ。海の掃除屋であるフナムシは、魚の死骸でも、藻なんかも。人が捨てた食べ残しだって食べる。それは全て海の青さを守る事に繋がる。
私が何を描いても、私は青にこだわりを持つ。
その為に付けた名前であり、それはもう一人の私だ。
だから、彼にももう一人の名前を付けることにした。
「絵を描くだけ繋がりを持ったからね。無くさない様に努力しなきゃいけない。それは繋げるよりも、根気がいるって最近気が付いたんだ」
「まあ、根気は大切ですからね」
「で、君の名前の話なんだけど」
「避けているの分かりません?」
「何時までも後輩呼びも駄目でしょ?ってか、本当に後輩か分からないし」
人生の上では先輩はそちらだというのに、私はそう言葉を返す。
「後輩でいいですよ。この駅を出た事ないんで、世の中知らないですし。だから、貴方は先輩なんです。井の中の蛙というのでしょう?」
「__」
「……何ですか?」
「いや、ちょっと嬉しいなって」
「褒めているんだから当然じゃないですか」
「慣れてない陰キャに言うのは止めて、__やっぱ辞めないで」
「どっちなんですか」
その表情は、困惑の色を見せているだろう。
私は、新しい名前を呼んだ。
「直哉」
「__何ですか?それ」
「君の新しい名前」
印様は、少し驚いたような声を上げる。
捧げものはあっても、きっと贈り物は無かったのだろう。それはそうだ。印様というのは、本来呪う神様であり人の命を救う神様ではない。だがこの辺りの住人はそれを歪曲し、”自殺者を救う手”の神様として彼を祀った。
一年前救ってくれた恩人は、そんな曖昧な何かだった。
それが感謝を憚る理由にはならないし、私はその話を聞いて同情した。
私は、ソレが彼の好意である事を知っているから。
人を呪い、人の腕にあざを付け。頭を割るのは彼が望んだ事ではない事を知っているから。
神様の気持ちは知らないけど、その気持ちはきっとナーバスだ。
「哉というのは、感嘆を意味する言葉でさ。主に悲しい気持ちを表す事に用いられる」
「なら、もっと明るい名前がいいですよ」
「でもね、この名前はそんな気持ちを直してくれるんだ」
その悲しい感嘆を直したのは、他ならぬ彼なのだ。
「私には、それがすごく高尚なものに思えるよ」
その日、私の恩人は人になった。
それが、たとえ私から送った貴方への呪いだったとしても。
きっとその贈り物がきっとあなたを救う事を信じて。
その曖昧さの中で、確かに人の様に感じる事が出来た。
曖昧な影であったとしても、君にはきっと熱がある。
人を焼く程の熱が。
人を助けようとする熱が。
それは、例え君が否定しようとも否定できない”君の優しさ”だ。
その生物には、動物が現れると一目散に岩石の陰に逃げ込むという性質がある。
臆病なその性格は、幼少期の私によく似ていた。昔からインドア派だったし、背も小さかったし、力も無かった。七井八重にあったのは、この辺りでも奇妙な役割を持つ特別な家としての自負。それは私の努力の賜物じゃなかったし、私の誇れるようなモノでも無かった。
だから、私は絵を描き始めてんだと思う。
いや、昔から絵を描くのは好きだったよ。本格的にその活動を始めたのが中学生になってからってだけで。私は昔から絵をかいていて、それが好きだった。だから、それを続けて家を離れる理由にしたいと思ったのは自然な事だと思う。絵師になれば、理由が付ければ。
私は、私自身が変われると思ったんだ。
空は相変わらず青空が広がっていて。
地平線には、水溜りがあって。
木々は相変わらず青々としている。
其処には、私の好きな青色が溢れている。翁島と呼ばれる無人駅は、人通りが少ない事も相まって静かな場所だった。近くにある整えられた森林から吹き抜ける風が、トタン屋根の下には簡素な椅子が並べられていて、私は何時も通りそこに座った。
何時も通り、タブレットを取り出す。
少し悩みながら線を入れる。
ふと、隣から声が聞こえた。誰かが座った気配がした。
私は気にせず作業を続け、会話も続け。言葉は徐々に明白になっていった。
無人駅に、人はいない。
少しばかり独り言をしても、気にならないだろう。
「先輩、今も中学生じゃないですか」
「中学生じゃない。とっても、すごい中学生」
私は、タブレットで絵を描き続ける。
スケッチブックでの作業は楽しいけど、自分の絵を見てもらうにはこの方法が一番だ。いろんなサイトで名義を作り、作品を売り出し、人気のキャラクターを描き。たまに自分自身の好きな物を投稿する。そうする事でいろんな瞳見られ、それに伴い感想は多くなる。
良くも悪くも、書き続ける事は私にとって唯一の肯定できる尊厳だ。
見てもらえない作品に意味はない。
だから、私は何を言われても需要に答える。正し、私のこだわりだけは否定せず小さくてもそこに爪痕を残す事はあるけどね。
それは私の存在理由に等しい訳で、それを否定したら書く事が出来ないから。
「知っている?この駅には、神様がいるんだ」
「神様。ですか?」
「そう神様。その神様は、死のうとした人を救ってくれるんだよ」
私は、手首に刻まれた痣を見せる。
それは一年ほど前、私が死のうとした時付けられた火傷の跡だ。白線を超え、飛び出そうとした私を引き留めたのはこの駅にする神様だった。少なくとも、私はそう思う。
どうやら、その神様はこの一帯の守り神だそうだ。
この駅で死のうとする人々を助ける代わりに、痣を残す。だからこの辺りでは、神様に対しての信仰が厚い。
助ける誰かが存在するというのは、それを持たない人が想像できないくらいありがたい事だ。
少なくとも、私は救われたんだ。
「妙な神様も居るもんですね」
「確かに。神様にとって人助けは奇妙な物だろうね」
神様が人を救う理由があるとすれば、それはきっと機能的な理由だ。
きっと私を救ったのも、”人を救う神様”だからだろう。
少なくとも、前まではそう思っていた。
「そういえば、私は君の名前を知らないけど。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「教えてもいいですけど、教えられませんね」
その曖昧な返答に、私は聞き直す。
「何それ」
「名前が無いんですよ。いや、あるにはあるんですけど名称ですから。あだ名になってしまいます」
偏屈な態度になってしまったかもしれない。
名前が無い。というのは、彼がそんな状態である事に関係があるのだろう。言葉を付け加えるなら、私は彼が何かを知っていた。それは私が特別からじゃなくて、少し他の人よりもこの街の事を知っていたから。
事情を知っている一人の人間だったからだ。
この駅には神様がいる。だけど、それは断片に過ぎない。
その断片は今でもひとを救っている。神様の理性として、人を救ってくれている。
「じゃあ、私が新しい名前を付けてやろうか?」
「__先輩。絶対、インドアじゃないでしょ」
例えば、曖昧な現象に名前を付ける行為はそれに具体性を持たせるという意味合いになる。
具体性は強力な枷であり、器だ。
私には、フナムシという名前がある。
それは私を構成するもう一つの名前で、私が絵を描くための名前だ。海の掃除屋であるフナムシは、魚の死骸でも、藻なんかも。人が捨てた食べ残しだって食べる。それは全て海の青さを守る事に繋がる。
私が何を描いても、私は青にこだわりを持つ。
その為に付けた名前であり、それはもう一人の私だ。
だから、彼にももう一人の名前を付けることにした。
「絵を描くだけ繋がりを持ったからね。無くさない様に努力しなきゃいけない。それは繋げるよりも、根気がいるって最近気が付いたんだ」
「まあ、根気は大切ですからね」
「で、君の名前の話なんだけど」
「避けているの分かりません?」
「何時までも後輩呼びも駄目でしょ?ってか、本当に後輩か分からないし」
人生の上では先輩はそちらだというのに、私はそう言葉を返す。
「後輩でいいですよ。この駅を出た事ないんで、世の中知らないですし。だから、貴方は先輩なんです。井の中の蛙というのでしょう?」
「__」
「……何ですか?」
「いや、ちょっと嬉しいなって」
「褒めているんだから当然じゃないですか」
「慣れてない陰キャに言うのは止めて、__やっぱ辞めないで」
「どっちなんですか」
その表情は、困惑の色を見せているだろう。
私は、新しい名前を呼んだ。
「直哉」
「__何ですか?それ」
「君の新しい名前」
印様は、少し驚いたような声を上げる。
捧げものはあっても、きっと贈り物は無かったのだろう。それはそうだ。印様というのは、本来呪う神様であり人の命を救う神様ではない。だがこの辺りの住人はそれを歪曲し、”自殺者を救う手”の神様として彼を祀った。
一年前救ってくれた恩人は、そんな曖昧な何かだった。
それが感謝を憚る理由にはならないし、私はその話を聞いて同情した。
私は、ソレが彼の好意である事を知っているから。
人を呪い、人の腕にあざを付け。頭を割るのは彼が望んだ事ではない事を知っているから。
神様の気持ちは知らないけど、その気持ちはきっとナーバスだ。
「哉というのは、感嘆を意味する言葉でさ。主に悲しい気持ちを表す事に用いられる」
「なら、もっと明るい名前がいいですよ」
「でもね、この名前はそんな気持ちを直してくれるんだ」
その悲しい感嘆を直したのは、他ならぬ彼なのだ。
「私には、それがすごく高尚なものに思えるよ」
その日、私の恩人は人になった。
それが、たとえ私から送った貴方への呪いだったとしても。
きっとその贈り物がきっとあなたを救う事を信じて。
その曖昧さの中で、確かに人の様に感じる事が出来た。
曖昧な影であったとしても、君にはきっと熱がある。
人を焼く程の熱が。
人を助けようとする熱が。
それは、例え君が否定しようとも否定できない”君の優しさ”だ。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる