快気夕町の廃墟ガール

四季の二乗

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傘を捧ぐ

傘を捧ぐ

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 快気夕町
 温泉街と、多少の文化的建築物が印象的な街。
 江戸、大正から続く蔵や木造建築物の中に、現代建築が細々とながら侵食していくような通りに、其処はある。
 蔓延る異常と同じように、”彼女ら”も又その世における普通を演じていた。

 裏でありながら、表である。彼等は、世の常識における異端である。
 古き良き享楽は今日も街に根を張り日常に同化する。


 さて、そんな折。
 君は、いかがお過ごしでしょうか?

 







 人口十数万を超えるこの町の外れには、一つの名所が存在する。
 彩色多彩な秋晴れ、広葉樹の見頃近づく。
 そんな折であれば文句はないのだが、天候は生憎の小雨であり、陰鬱な暗がりが木漏れ日にさえならない日だった。
 そのような中でも、十月の後半という事もあって、バス停の近くに根を下ろす神木は秋の色味に満ちていた。
 小笠神社という名称と、古びた小屋のようなバス停の傍に、その大木は根を下ろしていた。
 鮮やかな紅が、色褪せたトタン屋根を彩る。
 
 山間に囲まれたこの街から少し離れた場所に存在する小さな神社。
 山道の入り口。樹齢が五百年を超える大木に並ぶように、さまざまな傘が掛けられている。
 大木はこの社の神木であり、大量の傘は風習だ。
 参拝客が奉納した傘は、日々神主が整理しているとはいえ絶える事が無い。

 小笠神社は、傘を奉納する神社である。

 詳しい話を知る訳では無いが、どうやら大昔の水害に対してこの街を守った一つの傘を祀っているらしい。傘は降りかかる災害を守り、この町を見渡している。
 百年の時を得れば、物は心を持つという。
 こうして点在してる大量の傘も、何時かきっと話を覚えるのだろう。
 笠の寂しさを紛らわせる為か。はたまた、神様へのお願いなのだろうか。この大量に供えられた傘の意味を考えるに__解釈は尽きる事が無い。

 そんな折に、私は思う。

「どちらにしろ。神様を労っているのでしょう」
 
 其れには変わらないと、差し出された蝙蝠傘に遠慮をしながら、私は雨に茹だれていた。
 長々しい話を中断し、同じく雨に嫌気がさしている教授殿を横目に見る。
 教授殿というのは所謂綽名である。分かりやすい様に、私個人が付けたあだ名だ。
 何せ、このご仁とは名をいう程の関係ではない。
 彼との関係を明白に言うのなら、バスを待つのによく出会う程度の他人だった。多くを知らず、少しばかりを知っている私は、彼が良く残バス停を利用する事と、身だしな身と話の内容から、教員や教授といった雰囲気があると考えた。
 それ故に、赤の他人という訳でもない。よく出会う他人というのは、言い当て奇妙な関係だな。

「神様への労いを掠めとるのは、あまり好かないと?」
「祟りは勘弁願いたいものですから」
「そんな事で祟りはせんよ。それに、神様は廃れるよりも、使われるのを望むさ」

 神様の私物であろうが、ご友人であろうが。私にとっては他人の私物には変わりないのだと。
 そんな私の屁理屈を含む遠慮に対して、教授は苦笑をしながら傘を下げた。

「こんなにあったのでは、何時か錆び付いて消えてしまいますね」

 教授が差し出した傘は、神社に備えられている傘の一つである。
 余りにも長い年月にわたって神社へと奉納された傘は、その一部がこのバス停に利用されている。前述の通りバス停自体の雨漏りが酷く、雨除けにならない状況で傘は良心的と言えるだろう。
 ああ、しかしてこの程度の小雨なら、大木で間に合う程度に相違ない。
 これ以上の雨脚がある可能性は大であるが。気にする程度でもない。
 愛用の傘を、職場に忘れてしまった私が悪い。

 __傘。
 傘について奇妙な噂がこの街にはある。

 それを知っている私は、祟りを嫌悪し。
 それを知りつつも、事情を知らぬ教授はソレを勧める。

 バスの時間まで、もう少しばかりかかりそうではある。
 __それもこれも、楽観的でありながら何処か臆病な私が悪いのだ。

「君は、見た目に反して当たりがきついね」

 好意を素直に受け取らない私への当てつけと考える程、このご仁が思っている以上に私は自分が嫌いな様だ。
 __渡り傘は、不幸を押し付けるという意味で禁句とされている。
 他人に傘を貸し出す行為自体が、渡り傘の噂と同じように不幸の象徴だ。だから、傘の貸し出しは御法度となった。
 それを受け取る物に不幸があり、それを与えるものが不幸を運ぶ。其処には幸運など存在しない連鎖が続く。だから、傘を受け取る事はない。傘を捧げるのは、神様のみだ。

「冗談ですよ。教授」
「もちろんしっているさ」

 教授との会話は、そういった話が多い。
 歴史の話というか、文化の話というか。彼は自身の仕事に似たような話を好む様で、私は日々積み上げてきた会話の中から、彼が民俗学に対しての研究者なのではないかという推測を経た。それに、彼が活用しているこのバスも、地域住民がごくたまに使うようなものであり、軽自動車が復旧している今頃、このような交通手段を使うのは珍しい。
 近所であるのなら顔を知るべきだが、あいにく、この田舎道でも顔見知りで無いという事は、中心街から来たもの好き。_とも考えられるのかもしれない。
 それにしては郷土史に根強く、宗教にも学がある。
 故に、この街の歴史に対して一般以上の認知がある事は語るに及ばない。
 私がそのような呪いを好まないと知った彼は、少し残念そうに話題を変える。

「そう言えば、天気予報は晴れだった気がするんだが__どうだい?君。これじゃあ土砂降りになりそうだ」
「確か、今週はずっと雨だと思うのですが?」
「いや、私は晴れだと聞いたのだがな」

 晴れ模様とは程遠い。
 天気予報士という可能性は、今まさに潰れたようだ。

「近頃は物騒だからね。君も気負付けた方がいい。ほら、この前も。大通りの酒場が一軒焼かれたそうじゃないか」
「確か、朝霜通りの方でしたね。私は現場を見たわけでもないのですが、近隣住宅三棟を焼いたとか」
「そうそう。可哀そうに。お悔やみ申し上げるよ。君は如何やら学生ではないが、社会人になりたてって感じだろうし、女身一つ夜道を歩くのは遠慮した方がいいよ」

 余計な言葉を付け加えるご仁である。
 朝霜通りの、居酒屋での火事。その話は、__昨日の出来事の話だろう。
 この街の中心街に当たる夜の飲食街で、火の手が上がったらしい。生憎と、私は中心街から外れたこの田舎道の出身の為、火の手が見えたわけではないが、坂の上では煙がもくもくと登っていたのを思い出す。

「__まあ、この季節火の用心と言いますからね」
「渡り傘が君に届かない事を、心から祈っているよ」




 山崩れだけは勘弁だと笑う教授に、笑い事ではないと苦言を呈す。
 私は、私の心臓を握りしめながら路線バスを待った。

 しとしとと雨脚が怪しくなっていく中、お目当てのバスが音を立てて止まる。
 相変わらず降りる様子の無い乗客を待たず、私達はその中に紛れた。


「幸福とは、断続的であるべきだがね」
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