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傘を捧ぐ
傘を捧ぐ2
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噂話が絶えないこの街に、一か月前からとある噂話が再燃した。
渡り傘と呼ばれるその噂話は、この街の特色ある文化と織り交ざり根を伸ばしていった。
何でも、その傘を所持している物に不幸が訪れるという。まあ、典型的な曰く付きの品物らしい。不幸な話を毛嫌いする私と同様に、その手の話に興味が尽きない人間も又いることは事実である。
こうして話している私は、とある探偵社の元で助手をしており。
こうして話している私は、その手の話が嫌いで苦手だ。
不幸な人間を巻き込んでしまった私に取って、それは他人事と笑えない。
波打つ心臓は他人の物であり、私の大切な時計は借りものだからだ。
トロイメライの心臓は今でも動いていて。
秒針は鼓動するかのように、時を刻んでいる。
裏切者と謳う残響は、今日も私を責め立てている。
最寄りのバス停に付くと、私は続々と足を運ぶ一段の中に紛れて降りた。駅前近いその通りは、古本屋や伝統工芸品を取り扱う店が連なる大通りである。
その古めかしい外観を一目見ようと他の地方都市等から観光客が訪れるような場所。故に。温泉街に程近い事もあって、週末になればこれ以上の客層で賑わう事だろう。
秋の紅葉シーズンという事もあるという事を付け加えても、その筈だ。
しかして、あいにくの雨は客足を弱らせる一端であり。連日の客足は伸び悩んでいるのは確かだった。
晴れになるのに越したことはないという事らしい。
雑多な足音に紛れ込む私。
観光客や地元の学生で溢れる通りに、珍しい”誰か”がいた。
皆傘を差し、日常へと歩みを進めているのだが、その人間の手元には私同様なにも無い。
__私と同じ、極度の頑固者か傘嫌いなのだろう。
そう思いながら、私は裏道へと入る。
秋の香りがかすかに残る程度で、その住宅と古書店が入り乱れるようにしてある通りの奥に”それ”はある。
探偵 名護猫雪
私が席を置いている、探偵事務所の所長。
様々な場所に顔が利き、猫の様に気ままに、猫の様に怠けながら。好奇心を何よりの原動力として、怪奇な事件に首を突っ込む変人。
大正、江戸から続いている蔵や木造建築物の中に、現代建築が細々とながら侵食していくような”大正通り”に面したその建物。古く趣を醸し出すそれ等とは違い比較的新しめの建築物に、私は足を運ぶ。
外壁の舗装が剥がれ落ち、その場所を隠すように蔦と枯葉が覆っていた。
何処か味を残しながらも、喫茶店の様な外看板に書かれている社名と怠惰な猫の絵。
それらは、この家主が不真面目に居を構えている事を簡易に示している。
老猫探偵事務所
またの名を、猫のたまり場。
この探偵事務所は、様々な怪異譚の調査を担う人員二名の極々小さな探偵事務所だ。
彼女が先代であり、二十半ばである名護所長はあまり人が立ち寄らない様なこの場所で依頼人を待つ。
客足はどうかというと、これが悪い訳ではない。
名護所長は様々な場所で顔が利き、様々な場所でコネクトを持っている。
政治業界や、俳優業界。地域の有力者などから、異質で怪異な事件などを取り扱い、その全てを解決に導いてきたそうだ。
確かな手腕があり、コミュニケーション能力も多岐にわたり。
それでも彼女は堕落を好む。
故にこのような日陰に居を構えたのだろう。彼女の興味のない話題に埋もれぬように、怠惰を極めた彼女は今日も動かない。
「__失礼します」
真面目な私は、何時も通りの三回ノックで扉を開けた。
視界の下に、見覚えのある男物の革靴が映った。
来客を告げる鐘の音と共に踏み入れると、彼女が愛用するソファーに見知った影が座り込んでいるのを見つけた。
体つきの良いその来客は、マグカップに砂糖を入れながら此方に目を合わせる。
来客用にストックされたコーヒーの香りが応接室を彩る。名護(なご)所長は緑茶派であり、その人物が、どうやら不躾なお客様である事を物語っていた。
「ああ、巣立君か。すまないが、勝手に居させてもらっているよ」
随分と馴染み深そうに紅茶を啜るその男は、この街の警察官に当たる巡査部長だった。
彼の名前は七霧四三。程よく仕事に手を出し、不必要な労働をしない効率的なお巡りさんとして著名だ。
__そして、この事務所に厄介ごとを持ってくる大本の主犯である。
探偵とは犬猿の中で在りながら、その嫌味を顔や動作に一切表さず、含む言葉で返す私以上に陰湿な人間だ。その清々しい見た目と、その性格が見事にあっていないのだから、初対面の人間であるなら見事に騙されるだろう。
「お仕事は?__此処は喫茶店ではないのですが?」
嫌味を含めて言葉を濁すと、彼は人の好い顔つきを崩すことなく答えた。
嫌味である事を知ってか、知らずか。
それがどうであれ、その腹の内に何か黒い沈殿物があるのは確定だろう。
いわゆる、腹黒という奴だ。
「絶賛サボらせてもらっている所さ。ところで、君の所の署長殿はまだ帰ってきていないのかい?昨日連絡したはずだが」
そう言って、腕時計を見る四三巡査部長。
時刻は八時を過ぎている。この事務所を自宅としている探偵は、ソファーでくつろいでいる時間だ。
何の連絡ももらっていない為、私もその言葉に驚き聞き返す。
「所長、部屋に居ないんですか?いつもなら、此処で昼寝の時間だと思いますが。訪ねましたか?」
____そういえば、玄関には彼女の靴は無かった。
私の所持品である、コンビニ傘は吊るされたままだ。
傘立てには、ビニール傘が二つある。私が忘れたビニール傘と、ロクデナシ警官の分を含めると一つ足りない。
彼女の愛用する傘は、何処か大正モダンな雰囲気を感じる値の張る逸品だ。品がある傘は、一般的な蝙蝠傘やビニールのそれとは違い、一目でわかりやすい。
それが無いという事は、やはり何処かへ出かけて行ったのだろう。
「それがいらっしゃらなくてね。物気の空さ」
「乙女の部屋に踏み入れるのは犯罪ですよ?死刑です」
「__まあ、これも警察としての範疇を弁えての行動でね。誓って他意は無いさ」
__怪しい所だけれど。
「出かけるという話は?」
「君も受けていないのだろ?僕の他にお客さんが居るのだけど、これじゃあね」
「お客さん?」
「何でも猫探偵の知り合いだそうだけれどね。今、台所にいるはずだよ」
壁に備え付けてあるタオル掛けから一枚のタオルを受けとり、小雨に濡れた頭に被せながら奥へと進んだ。
四三巡査部長の語る通り、応接室の隣に設置された台所では物音が続いている。
其れこそが探偵。__というには、怠け癖が抜ける事が無い彼女が、わざわざそんな事をする訳も無く、その客に対して心当たりも無い。
現行。受注している仕事は無く、数日前に解決した事件に続報も無い。
新規のお客様だとするのなら、またどんな厄介ごとを持ち込んだのか。__もしくは、我が所長の知り合いとでもいうその誰かに多少の興味も含めながら。
足を踏み入れる。
彼女の知人は、鼻歌交じりにお湯を沸かしていた。
見覚えのある制服が椅子に掛けられていた。私が所属していた母校の其れで、この一帯の人間であるならお世話になる県立高校の制服だという事が分かる。
短髪の彼女は、左側の肩を濡らしていた。
袖の先にあるはずの腕が、揺らいでいる。
一枚の布切れの様に。まるで、そこに中身が無いように。
調理に励む右腕とは違い、動かざる左腕が欠損していた。
「ああ、こんにちは。__貴方は確か、猫雪の助手さんですね」
沸騰した夜間を手に、彼女は器用にフィルターへお湯を注ぐ。
どうやら先ほどのコーヒーは、インスタントの物ではなく彼女が炒れていたようだ。寸分違わず動作を終えると、探偵の知り合いはこう述べる。
「初めまして、僕の名前は七井欠如。御覧の通り、ぼくっ子です。__コーヒーはいかがですか?」
__自己紹介に、ジョークを含める輩は信用ならないと教わった。
君の知人である探偵に、とは言うまでもない。
唯知り合いという事以外分からない私は、彼女がぼくっ子である事と、自ら珈琲を作る程度には珈琲を愛用している事だけが分かった。
__もう一つ、さらに上げるなら。
この人物が、この家の裏口の存在を理解している事。
正面玄関のお客ではなく、裏口の客だという事。
それを意味するのは、彼女が抱える異質な事件に関係した人間。もしくは、異物収集家の面を理解している人間に他ならない。玄関に置かれなかった彼女の靴や傘は、そちら側にあるのだろう。
「初めまして、巣立と申します。__ぜひ、おねがいします」
「ええ、無論ですよ。少し、お待ちを」
「ありがとうございます。__ああ、タオルは突き当りに在りますから、髪を乾かす用にどうでしょうか?小雨ではあったけど、髪が濡れていますよ?」
「お気遣い有難うございます」
裏口は、生い茂る木々と隣の住宅で傘が差しにくい。
「あそこは傘を差しにくいですからね。それで__」
傘を持ち合わせても、トタン屋根に伝う雨水を防ぐのは難しい程だ。
彼女の右肩だけがかすかに濡れている理由は、多分それだろう。
彼女が何者であれ。裏口の存在を知り、尚且つ”猫のたまり場”で自身の趣味を行える程度には仲がある事だけは分かる。
故に、探偵と浅い付き合いではない様だが。__詮索を続ける程、私の心臓は強くない。
差し出されたコーヒーを受け取り、私は警官の正面へと座る。彼女も自分の分を注ぎ終え、マグカップ片手に探偵の指定席へと腰を下ろした。
苦みが香り、日の香りと混じる室内で私は質問を続ける。
「彼女の行先に心当たりは?」
「それを君が知っていると思ってね」
文明の利器にも、古典的な紙切れにもそんな事は明記されていない。
懐から取り出したスマホで電話を掛けると、彼が座る隣のソファーから音が鳴る。__成程、何時も通り置いていった、と。
「__彼女に話がある風ですが」
「うん」
「それは、この頃の火事の事で?」
この頃の火事というのは、昨日の火事と合わせて頻繁に起きている不審火の事だ。
「ああ、少しは関係がある。__君、渡り傘っていう噂話を知っているかい?」
少しは。と、付け加えるのを忘れた。
「不幸を呼ぶ傘と聞いていますが」
「ここ一か月の範疇か。最近、この辺りで不審火が相次いでね。矢名倉町方面で数回、このあたりでも四回起きている。__だが、肝心の出火原因が分からない」
「放火ではない?」
「ああ。被害にあった場所には、火元と呼べるものが無かった」
火元が無い火事。か。
「__火元は、調理場などでもなかったと」
「何処だと思う?」
火事についての詳細は、あまり出回っていない。
地方新聞は、隣町で起きた連続殺人事件の報道で一面を飾っている。謎の火災に対しての記述はたしか。
火元に対しては、確か明記がされていなかった。
放火された場所は、その全てが飲食を伴う店であり。火災の勢いは強く、出火当時店にいた客や従業員の大半が死傷したと聞いている。
その理由まで覚えている訳ではないが、厨房での火災であるのなら、少なくとも乗客は生き残る可能性が高い。
それを踏まえ、私なりに推理を織り交ぜる。
「__玄関」
「__ああ、今日のニュースをきちんと見ていたか」
「貴方が、渡り傘の噂を語るから。そう思っただけです」
これがあり得ざる現象だとして、この男が探偵を頼らざる事情というのは何か。
あり得無い以上であり、それに起因する場所が火元であった。
それが理由な筈だ。
そして何より、放火ではないのなら消防の管轄であるだろう。それが何故警察たる彼も駆り出される事態となっているか。
__それは、奇怪な火元である以上に、場所が関係しているのではないか。
傘立ては、無論玄関近くにあるモノだ。
四三巡査部長は何を話題にした?
無論、渡り傘の噂だ。
放火の可能性を否定し、火元が確認できない異常。玄関先で燃え広がる災害に対して、このような超常現象を認知している四三巡査部長は、とある噂を思い出した。
それが渡り傘。
渡り続ける不幸の話だろう。
無論、それが真実かは分からないが。噂を馬鹿には出来ない事を知っている。
__火種が、奇怪であるなら尚更だ。
「正解だよ。巣立(すだち)君。火元は玄関だ。客の証言によれば、突如として火が燃え広がったそうだ」
「玄関が火元。ですか。__それはまぁ、災難です」
被害者がどのくらいに上るかは知らないが。
御冥福を祈る事しか、私に出来る事は無い。
随分と、空っぽな祈りだが。
渡り傘と呼ばれるその噂話は、この街の特色ある文化と織り交ざり根を伸ばしていった。
何でも、その傘を所持している物に不幸が訪れるという。まあ、典型的な曰く付きの品物らしい。不幸な話を毛嫌いする私と同様に、その手の話に興味が尽きない人間も又いることは事実である。
こうして話している私は、とある探偵社の元で助手をしており。
こうして話している私は、その手の話が嫌いで苦手だ。
不幸な人間を巻き込んでしまった私に取って、それは他人事と笑えない。
波打つ心臓は他人の物であり、私の大切な時計は借りものだからだ。
トロイメライの心臓は今でも動いていて。
秒針は鼓動するかのように、時を刻んでいる。
裏切者と謳う残響は、今日も私を責め立てている。
最寄りのバス停に付くと、私は続々と足を運ぶ一段の中に紛れて降りた。駅前近いその通りは、古本屋や伝統工芸品を取り扱う店が連なる大通りである。
その古めかしい外観を一目見ようと他の地方都市等から観光客が訪れるような場所。故に。温泉街に程近い事もあって、週末になればこれ以上の客層で賑わう事だろう。
秋の紅葉シーズンという事もあるという事を付け加えても、その筈だ。
しかして、あいにくの雨は客足を弱らせる一端であり。連日の客足は伸び悩んでいるのは確かだった。
晴れになるのに越したことはないという事らしい。
雑多な足音に紛れ込む私。
観光客や地元の学生で溢れる通りに、珍しい”誰か”がいた。
皆傘を差し、日常へと歩みを進めているのだが、その人間の手元には私同様なにも無い。
__私と同じ、極度の頑固者か傘嫌いなのだろう。
そう思いながら、私は裏道へと入る。
秋の香りがかすかに残る程度で、その住宅と古書店が入り乱れるようにしてある通りの奥に”それ”はある。
探偵 名護猫雪
私が席を置いている、探偵事務所の所長。
様々な場所に顔が利き、猫の様に気ままに、猫の様に怠けながら。好奇心を何よりの原動力として、怪奇な事件に首を突っ込む変人。
大正、江戸から続いている蔵や木造建築物の中に、現代建築が細々とながら侵食していくような”大正通り”に面したその建物。古く趣を醸し出すそれ等とは違い比較的新しめの建築物に、私は足を運ぶ。
外壁の舗装が剥がれ落ち、その場所を隠すように蔦と枯葉が覆っていた。
何処か味を残しながらも、喫茶店の様な外看板に書かれている社名と怠惰な猫の絵。
それらは、この家主が不真面目に居を構えている事を簡易に示している。
老猫探偵事務所
またの名を、猫のたまり場。
この探偵事務所は、様々な怪異譚の調査を担う人員二名の極々小さな探偵事務所だ。
彼女が先代であり、二十半ばである名護所長はあまり人が立ち寄らない様なこの場所で依頼人を待つ。
客足はどうかというと、これが悪い訳ではない。
名護所長は様々な場所で顔が利き、様々な場所でコネクトを持っている。
政治業界や、俳優業界。地域の有力者などから、異質で怪異な事件などを取り扱い、その全てを解決に導いてきたそうだ。
確かな手腕があり、コミュニケーション能力も多岐にわたり。
それでも彼女は堕落を好む。
故にこのような日陰に居を構えたのだろう。彼女の興味のない話題に埋もれぬように、怠惰を極めた彼女は今日も動かない。
「__失礼します」
真面目な私は、何時も通りの三回ノックで扉を開けた。
視界の下に、見覚えのある男物の革靴が映った。
来客を告げる鐘の音と共に踏み入れると、彼女が愛用するソファーに見知った影が座り込んでいるのを見つけた。
体つきの良いその来客は、マグカップに砂糖を入れながら此方に目を合わせる。
来客用にストックされたコーヒーの香りが応接室を彩る。名護(なご)所長は緑茶派であり、その人物が、どうやら不躾なお客様である事を物語っていた。
「ああ、巣立君か。すまないが、勝手に居させてもらっているよ」
随分と馴染み深そうに紅茶を啜るその男は、この街の警察官に当たる巡査部長だった。
彼の名前は七霧四三。程よく仕事に手を出し、不必要な労働をしない効率的なお巡りさんとして著名だ。
__そして、この事務所に厄介ごとを持ってくる大本の主犯である。
探偵とは犬猿の中で在りながら、その嫌味を顔や動作に一切表さず、含む言葉で返す私以上に陰湿な人間だ。その清々しい見た目と、その性格が見事にあっていないのだから、初対面の人間であるなら見事に騙されるだろう。
「お仕事は?__此処は喫茶店ではないのですが?」
嫌味を含めて言葉を濁すと、彼は人の好い顔つきを崩すことなく答えた。
嫌味である事を知ってか、知らずか。
それがどうであれ、その腹の内に何か黒い沈殿物があるのは確定だろう。
いわゆる、腹黒という奴だ。
「絶賛サボらせてもらっている所さ。ところで、君の所の署長殿はまだ帰ってきていないのかい?昨日連絡したはずだが」
そう言って、腕時計を見る四三巡査部長。
時刻は八時を過ぎている。この事務所を自宅としている探偵は、ソファーでくつろいでいる時間だ。
何の連絡ももらっていない為、私もその言葉に驚き聞き返す。
「所長、部屋に居ないんですか?いつもなら、此処で昼寝の時間だと思いますが。訪ねましたか?」
____そういえば、玄関には彼女の靴は無かった。
私の所持品である、コンビニ傘は吊るされたままだ。
傘立てには、ビニール傘が二つある。私が忘れたビニール傘と、ロクデナシ警官の分を含めると一つ足りない。
彼女の愛用する傘は、何処か大正モダンな雰囲気を感じる値の張る逸品だ。品がある傘は、一般的な蝙蝠傘やビニールのそれとは違い、一目でわかりやすい。
それが無いという事は、やはり何処かへ出かけて行ったのだろう。
「それがいらっしゃらなくてね。物気の空さ」
「乙女の部屋に踏み入れるのは犯罪ですよ?死刑です」
「__まあ、これも警察としての範疇を弁えての行動でね。誓って他意は無いさ」
__怪しい所だけれど。
「出かけるという話は?」
「君も受けていないのだろ?僕の他にお客さんが居るのだけど、これじゃあね」
「お客さん?」
「何でも猫探偵の知り合いだそうだけれどね。今、台所にいるはずだよ」
壁に備え付けてあるタオル掛けから一枚のタオルを受けとり、小雨に濡れた頭に被せながら奥へと進んだ。
四三巡査部長の語る通り、応接室の隣に設置された台所では物音が続いている。
其れこそが探偵。__というには、怠け癖が抜ける事が無い彼女が、わざわざそんな事をする訳も無く、その客に対して心当たりも無い。
現行。受注している仕事は無く、数日前に解決した事件に続報も無い。
新規のお客様だとするのなら、またどんな厄介ごとを持ち込んだのか。__もしくは、我が所長の知り合いとでもいうその誰かに多少の興味も含めながら。
足を踏み入れる。
彼女の知人は、鼻歌交じりにお湯を沸かしていた。
見覚えのある制服が椅子に掛けられていた。私が所属していた母校の其れで、この一帯の人間であるならお世話になる県立高校の制服だという事が分かる。
短髪の彼女は、左側の肩を濡らしていた。
袖の先にあるはずの腕が、揺らいでいる。
一枚の布切れの様に。まるで、そこに中身が無いように。
調理に励む右腕とは違い、動かざる左腕が欠損していた。
「ああ、こんにちは。__貴方は確か、猫雪の助手さんですね」
沸騰した夜間を手に、彼女は器用にフィルターへお湯を注ぐ。
どうやら先ほどのコーヒーは、インスタントの物ではなく彼女が炒れていたようだ。寸分違わず動作を終えると、探偵の知り合いはこう述べる。
「初めまして、僕の名前は七井欠如。御覧の通り、ぼくっ子です。__コーヒーはいかがですか?」
__自己紹介に、ジョークを含める輩は信用ならないと教わった。
君の知人である探偵に、とは言うまでもない。
唯知り合いという事以外分からない私は、彼女がぼくっ子である事と、自ら珈琲を作る程度には珈琲を愛用している事だけが分かった。
__もう一つ、さらに上げるなら。
この人物が、この家の裏口の存在を理解している事。
正面玄関のお客ではなく、裏口の客だという事。
それを意味するのは、彼女が抱える異質な事件に関係した人間。もしくは、異物収集家の面を理解している人間に他ならない。玄関に置かれなかった彼女の靴や傘は、そちら側にあるのだろう。
「初めまして、巣立と申します。__ぜひ、おねがいします」
「ええ、無論ですよ。少し、お待ちを」
「ありがとうございます。__ああ、タオルは突き当りに在りますから、髪を乾かす用にどうでしょうか?小雨ではあったけど、髪が濡れていますよ?」
「お気遣い有難うございます」
裏口は、生い茂る木々と隣の住宅で傘が差しにくい。
「あそこは傘を差しにくいですからね。それで__」
傘を持ち合わせても、トタン屋根に伝う雨水を防ぐのは難しい程だ。
彼女の右肩だけがかすかに濡れている理由は、多分それだろう。
彼女が何者であれ。裏口の存在を知り、尚且つ”猫のたまり場”で自身の趣味を行える程度には仲がある事だけは分かる。
故に、探偵と浅い付き合いではない様だが。__詮索を続ける程、私の心臓は強くない。
差し出されたコーヒーを受け取り、私は警官の正面へと座る。彼女も自分の分を注ぎ終え、マグカップ片手に探偵の指定席へと腰を下ろした。
苦みが香り、日の香りと混じる室内で私は質問を続ける。
「彼女の行先に心当たりは?」
「それを君が知っていると思ってね」
文明の利器にも、古典的な紙切れにもそんな事は明記されていない。
懐から取り出したスマホで電話を掛けると、彼が座る隣のソファーから音が鳴る。__成程、何時も通り置いていった、と。
「__彼女に話がある風ですが」
「うん」
「それは、この頃の火事の事で?」
この頃の火事というのは、昨日の火事と合わせて頻繁に起きている不審火の事だ。
「ああ、少しは関係がある。__君、渡り傘っていう噂話を知っているかい?」
少しは。と、付け加えるのを忘れた。
「不幸を呼ぶ傘と聞いていますが」
「ここ一か月の範疇か。最近、この辺りで不審火が相次いでね。矢名倉町方面で数回、このあたりでも四回起きている。__だが、肝心の出火原因が分からない」
「放火ではない?」
「ああ。被害にあった場所には、火元と呼べるものが無かった」
火元が無い火事。か。
「__火元は、調理場などでもなかったと」
「何処だと思う?」
火事についての詳細は、あまり出回っていない。
地方新聞は、隣町で起きた連続殺人事件の報道で一面を飾っている。謎の火災に対しての記述はたしか。
火元に対しては、確か明記がされていなかった。
放火された場所は、その全てが飲食を伴う店であり。火災の勢いは強く、出火当時店にいた客や従業員の大半が死傷したと聞いている。
その理由まで覚えている訳ではないが、厨房での火災であるのなら、少なくとも乗客は生き残る可能性が高い。
それを踏まえ、私なりに推理を織り交ぜる。
「__玄関」
「__ああ、今日のニュースをきちんと見ていたか」
「貴方が、渡り傘の噂を語るから。そう思っただけです」
これがあり得ざる現象だとして、この男が探偵を頼らざる事情というのは何か。
あり得無い以上であり、それに起因する場所が火元であった。
それが理由な筈だ。
そして何より、放火ではないのなら消防の管轄であるだろう。それが何故警察たる彼も駆り出される事態となっているか。
__それは、奇怪な火元である以上に、場所が関係しているのではないか。
傘立ては、無論玄関近くにあるモノだ。
四三巡査部長は何を話題にした?
無論、渡り傘の噂だ。
放火の可能性を否定し、火元が確認できない異常。玄関先で燃え広がる災害に対して、このような超常現象を認知している四三巡査部長は、とある噂を思い出した。
それが渡り傘。
渡り続ける不幸の話だろう。
無論、それが真実かは分からないが。噂を馬鹿には出来ない事を知っている。
__火種が、奇怪であるなら尚更だ。
「正解だよ。巣立(すだち)君。火元は玄関だ。客の証言によれば、突如として火が燃え広がったそうだ」
「玄関が火元。ですか。__それはまぁ、災難です」
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