快気夕町の廃墟ガール

四季の二乗

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傘を捧ぐ

傘を捧ぐ3

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 燃え広がったその炎は、古き良き木造建築の居酒屋を容易に燃やした。
 閉じ込められた客と店員を、雨水滴る中一切合切を灰と化した事だろう。

 事件当時、小雨が続いていたらしい。
 それでも止まらぬ火は、他の歴史的建造物さえも巻き込んだ。

 入り口を塞ぐ形となった其に、意思を持っていると思われても仕方がない。
 だからこそ、放火の可能性を考慮し警察が動いている。

 そういった所か。

「火元は玄関に置かれた傘立付近なのだが、最近のご時世で入り口付近の喫煙所は取り払われている。景観整備の意味合いもあってね。
 他に火種となる原因も見当たらない。そもそも、検視官の報告によれば、火種となる類の物は発見できなかったそうだ。
 唯一分かっているのは、最初に燃えたのが立て掛けられた傘たちという事だけだ」

 __傘が、燃えた。
 雨をしのぐ彼らに、火を灯す力はないのに。

「目撃者の証言も出ている。その目撃者は、近くの窓から脱出できたようだが連れの女性が無くなったようだ。__随分と、悲惨な現場だよ。全く」
「でも、噂は不幸を呼ぶ傘であって。……キャンプファイヤーの傘じゃないと思います」

 渡り傘の噂は、不幸を呼ぶ傘である。
 確かに、火事は不幸なうちに入るだろうが、__なんと言うか、極端すぎではないだろうか?

「それもそうだがな。だが、不幸という意味合いが間違いでもない」

 日傘ならぬ、火傘と命名すべきだと私は思う。


「君は、どう思う?」


 珈琲を啜り、語る口を閉ざす事は無く。
 四三巡査部長は隣の僕っ子へと返答を待った。彼女は自身が居れたコーヒーの匂いを堪能するばかりで、口に含まず。
 問いに対しても答えが無いのか、その口は堅いと思われていた。
 そういう話は苦手なのか。彼女の知り合いで、その類の話が出来ない人間は居ないと思うが。

「__そうですね。強いて言えば、疑問があります」

 と、思われた彼女は口を開く。

「どんな?」
「それが、渡り傘の仕業とするのなら。その肝心の傘は何処にあるのでしょう?」

 やはり、噂の傘が絡んでいるかもしれない。__という妄言に近い様な推測を否定することは無く。
 彼女の知り合いである七井欠如は、その噂がかみ合っているとして、彼女の推理を織り交ぜた。

「渡り傘の噂通りなら、その傘は見知らぬ何処かへと渡り続けているのでは?」
「__つまり」
   
 渡り傘は、他人から他人へと渡る傘である。
 他人から他人へ、不幸を届ける傘である。

 つまり。

「つまり、それが災厄の元だとするのなら。渡り傘は、不特定多数の誰かの手によって、運ばれているのではないのでしょうか?
 持ち主ではない。小雨を凌ごうとした”持ち主ではない誰か”の手によって___今も」

 不特定多数の他人の不幸によって、巻き込まれたのではないか。
 被害を被った店の大半は、観光客の為の飲食店と言うよりも、仕事帰りのサラリーマンなどを対象にした店が多い。温泉街とは違い、此処は住宅地と文化遺産が織りなす場所だ。
 ふと、誰かが自らの傘を忘れ。又は間違え。その傘を手に取ってしまい。

 不幸が、回っているのなら。

「__不幸を、撒いている」
「その通りです。”先輩”」

 推測の域に他ならないが。
 だが、そうであるのなら一つ疑問だ。
 そうして傘が回り続けているのなら、何故飲食街での火事という限定的な構図になる?不幸を受け取った側が、そのほかに不幸を受けているかは知らないが、唯一の共通点は火事による焼死だけだ。
 渡り傘は、受け取った人を不幸にする。
 なら、渡り傘を受け取った”誰か”の巻き添えと考えるべきだ。
 
 __それにしても。

「何で、先輩なんだ」

 私は、彼女の発言を聞き返す。

「だって、先輩は私よりも年上ですよね」
「__私は君を知らない」
「あ、そうですね。自己紹介の続きをしましょうか、先輩」

 彼女は、改めて制服を正し。先程の発言を撤回することも無くこちらを見る。
 欠如した腕を靡かせ、慣れた様に笑顔を見せる彼女。
 
 後に、私の後輩となる彼女は。唖然と頭を抱えたくなった私の前で言葉を紡いだ。

「私の名前は、七井欠如。僕っ子の現役高校生で、猫雪先生にお世話になっております。
 今日から、バイトとして先生の元で働く事となりました。どうぞ、よろしくお願いします」
「バイト?」
「聞いていませんでしたか?」
「__あの暇人が、私以外の人を」

 自分ながらアレな発言だ。

「先輩はヤンデレですね。__先生の言った通りです」

 何処にデレが含まれている?
 私の感情は、闇ばかりだ。

「先生とは倶楽部での知り合いで、よく先輩の事も話しておりました。__話の通りですね。先輩。先輩は、僕と気が合うようです」

 先程の会話でそれを図れたのなら、私としてはお門違いと申しておこう。
 私が抱いているこの気持ちは、まさに猫の探偵に抱いているものと同じ面倒くささだ。
 常識人の一端を担う私と、初対面の相手に僕っ子を公言する変人を比べては月と鼈。数回程度、鏡の前で自分を観察するのをお勧めする。

「お近づきの印は、お口に合いましたでしょうか?」


 彼女が炒れた深く色濃い風味のその珈琲は。
 目の前の彼女を表す上で、とても似通った存在と言える程に。
 深く色濃いその感性と性格同様に、脱帽の一言に収まり切れない。

「とても苦くて、呑めたもんじゃない」

 甘党の私は、探偵のようにそう吐いた。












「では、先輩。ご贔屓に、よろしくお願いいたします」

 何処か文脈が間違っているかのような言葉に、私は諦めの溜息を溢す。
 小雨は今も続くようで、探偵のいないのだから仕事など出来ないだろう。



 猫の探偵は、今日を休み。
 私は、一人の後輩を得た。
 
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