快気夕町の廃墟ガール

四季の二乗

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朱色を視しては一人待つ

朱色を死屍ては一人待つ3

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 今もこうして読書に励んでいる七井後輩を見ていると、私は思ってしまう。
 明るく振舞っている人間が、幸福であるとは限らない。

 たとえその表情に意味を持たせても、それは内情とは限らない。



 四宮高校の図書館は、蔵書量20万以上を誇る。
 その全てが表側にさらされているとは言えないが、それでも膨大な蔵書は有識者の援助による物だとか、学長の趣味だとか。その経緯からして憶測が憶測を呼んでいるような話でどこから来ているのか分からない。少なくともそれが校庭の敷地面積と同様に学園の看板になっているのは間違いなく、眼前の七井後輩もそれに当てられて入学したと聞いた。
 私が七井後輩と出会ったのは、そんな著名な図書館での出来事だ。
 本館と独立して設置されたこの場所は、先程の様に学校内でも有名な場所で、1階には一般の人にも解放されたカフェテリアも備えてあった。比較的新しく建築された学校という事もあり、見学者を含めた人の往来は程々にあった。元来人との付き合いが好みで無い私も、こうしてこの場所を利用する際はどうしても喧騒に入らなければならない。
 日当たりの悪い不人気のスペースで勉学に励んだり本を読んだり。我ながら陰湿な生活をしていたと思う。

「隣、いいですか?先輩」

 その季節も陰湿な季節だった。
 積雪は程々に。陽の光が粉雪を消すのだと思っていた矢先に訪れた寒波は、繰り返すように雪を積もらせていた。そんな季節だ。先程も言ったようにこの場所を利用する一般客は珍しくない。だが、図書館の貸し出しをするにはこの学園の人間出なければならず、一般人は利用できない。故に、この場所はこの学園の見学に訪れた人間の休憩所か暇つぶしの場所としてよく利用されている。
 外には未だ雪が降っていたし、放課後という事もあって電車通学の身としては待ち場所として重宝出来た。
 そんな中、相席を口にした彼女は此方の返事を待っている。見た目的には私よりも幼いか同じくらいで、先程の発言から私の後輩にあたる人間だとは分かった。だけども接点はない。
 自分から言うのも何だが、私は人付き合いが悪い方だ。しかも、影が薄いと来ている。そんな人間をいちいち覚えていて、わざわざ同席を頼む人間に記憶はない。

「__ごめん。私、君の事知らない」

 我ながら言い方があっただろうに、形式的な言葉としても赤点な言動で私は拒絶した。__いや、彼女はそんな事は気にも思っていなかったかもしれない。実際、そんな事を言われても彼女は明るく笑顔で振舞っていた。その内情を私は知らなかったけれど、これしか言葉が無かったのも事実だ。
 私は語彙力が足らないというよりも、語彙を組むのが苦手だと改めて知った。

「ああ、急にすみません。__色瀬先輩ですよね?8月の校内案内でお世話になった七井です。……憶えていますか?」
 
 その張り付いたような表情を変える事無く彼女は続けた。
 張り付けたと思っていたのは私の主観に過ぎない。人を見るのに慣れていないせいだろう。人の目を見て話が出来なかったし、そのおかげか人を覚えるのも苦手だ。名前は分かる。だけども顔が思い出せない。何せロクに見ていない。分かる訳がない。
 確かに8月の校内案内で、押し付けられるように校内案内をした。我が校のシステムは独特で、様々な大会明け暮れる部活動以外の、主に文学的活動をしている生徒が代表となり見学を希望した生徒に案内をするという仕組みだった。生憎、決められた文面を語るだけは得意だったようで、つつがなく終える事は出来た筈だ。
 その上で。人見知りの私が、”もしかしたら”七井後輩の心情に迷惑をかけたのかもしれないという心境はあった。私はソレを改善する程言葉を交わせてないだろう。何せそうして、人との関わりを台無しにしてきたのだから。
 質問に答える事は出来ても、自分の意見を語る事は無い。
 経験則から見れば、私は駄目な先輩だったはずだ。そんな人間を覚えているとは物好きな人間もいたものだ。
 
「推薦入学で通りました。ここの後輩になるんですけど、色瀬先輩。陸上やってます?」
「図書館の引きこもりが出来ると思う?」
「__ああ、そうですよね。先輩はそういうタイプですよね」

 私は、目を伏せ出来る限り表情を隠す。
 次の会話が思い浮かばない。というより、会話を続けていいのかさえ疑わしい。彼女のような陽気な人間ならば、会話を続けなければ関係を深めることも進める事も出来ないだろう。だけども、生憎私は会話も苦手だ。題材を提供するのも上手い言葉を続けることも。
 それが怠惰だと理解しても尚更。人と語り合うには人と語り合わなければならない。苦手な私は足踏みばかりをして進む事は無い。

「ところで、先輩は文芸部に所属していますよね?」
「私だけどね。私が卒業したら、廃部かな?」

 自虐的に答える。
 私が所属している文芸部は、今は私を残して誰も居ない弱小文芸部だ。数か月に何度か開催される小説コンクールに参加したり、文化祭などに出店物を出したり。部として存続する為の活動に精を出してはいるが、最低限で熱は無い。

「この学校って、掛け持ち出来ますよね?」

 教育の一環という訳か、複数の部活を掛け持ちし自由に活動に励む事が出来る。主に文学系部活と運動部を掛け持ち活動している人間は多少いる。しかしその殆どは、学業よりも部活動に重きを置く人間ではない。
 陸上で推薦入学されているのなら、尚更なのでは?
 文芸部の活動は、サークル活動に近しいものだ。特に無理強いをすることなく励む事は出来るが、期待されて入学した原石が他の活動に現を抜かす事を周囲が認めるだろうか?
 それが不真面目なモノだったとしても、休息の為だとしても。
 
 その”誰か”が許すとは思えない。

「先輩。一緒に本を作りませんか?」
「何故?」
「確か、文芸部って文化祭に本を作るんですよね?」
「文化祭だけだよ?」
「それでもいいんですよ」

 彼女は言い切る。
 手元には一冊の本が置かれていた。内容は知っている。作者は知っているが、いの一番に好きな作者というには著名ではない。

「私、本を作るのが夢だったんです」

 その言葉には、確かな重みがあった。
 七井後輩にある事情を私は知らない。それでも、あの時。彼女の表情を見据える事が出来たのは私の唯一の成果だろう。人見知りの私が、初めて他人を見る事が出来た。
 
 私も、小説を作りたかった。
 たとえ人の目を見れなかったとしても、鏡の中の自分だけしか見えなくても。
 ”人”を書こうと思ったのは私だけの心情だ。
 
 七井後輩の人となりを知っている訳ではない。
 だけども、少なくとも。
 七井後輩の夢は、私に似たものだった。

 だから私は、七井後輩の入部を認めた。
 好きな小説家を。好きな書籍を。会話らしい会話は一時間もしていなかったというのに、生産性の無い他愛ない話で溢れた会話は、彼女が読書家である事を十分に示してくれた。
 人と話が合う事がこんなにも楽しい事を、私は久しぶりに思い出す。
 今は未だその表情をまじまじと見る事は出来ないけど、くだらない趣味の話が続く事を願う程に。



 笑顔な人間が幸福だとは限らない。 
 日々、下らない雑談で潰されるこの日常が、彼女にとって有意義であるかは彼女自身だけが知っている。
 それでも私がその笑顔を見られたように、七井後輩が抱えた重荷も何時か晴れてくれればいいと思った。

 それが表情通りの感情であるなら、私は報われている。

 人を書くには、人を知るべきだ。
 あの時の表情は、確かに晴れていたのだから。

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