隣の彼女

沢麻

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発表会

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 万夢たちのダンスは、異世界にトリップする場面で行われる。ダンスをしている前を、優吾たちが通って異世界に行くのである。万夢は端なので、いつも優吾がはけた舞台袖の手前にいる。優吾は万夢の前を通るとき、いつも万夢を見て何かメッセージを口パクするのである。練習の時は、それは「バカ」とか「起きてるか」とかいうものであったり、「大丈夫か」などというときもあったり、なんだか判別できないときもあった。万夢はそれだけが最近の楽しみになっていたほどだった。児童公開日では恐らく「こけんなよ」だったと思う。今日は何かとドキドキしていたのだが、今日に限って優吾の口が読み取れなかった。こちらを見た、とは思う。万夢は気になって、躍りながら舞台袖を見た。何やら騒がしい。
 躍りが終わって退場すると、優吾が倒れていて大騒ぎになっていた。
 「どうしたの?」
 万夢はギャラリーに訊くと、熱があるというのだ。
 「代役は?」
 「見当たらないんだけど」
 先生やみんなが騒いでいる。今回は役が多いのでダブルキャストを組んでいない。一応劇チームの中でいざというときの代役として、二役分の台詞を覚えるように対策していたようなのだが、コウキの代役をやる予定だった一組の男子がどこにもいないのだそうだ。
 「いいよ、俺やるよ」
 「ダメだって何言ってるの」
 「保健室行きなさい」
 今は魔王と怪物のシーンでコウキは次の幕から出る。一組の男子はどこに行ったのだろう。
 「わ、私やる」
 万夢は咄嗟に言った。みんなが万夢を見た。
 「……私、コウキの台詞、全部言える」
 万夢は台本を穴が空くほど読んだ。劇チームの練習を、優吾をいつも横目で見ていた。
 「万夢かよ。他に台詞を覚えてる奴いないの?」
 「確かにもう万夢は出番ないけど……」
 「髪の毛結んでるコウキはおかしくない?」
 「先生、どうする?」
 みんなが騒いだ。時間がない。
 「先生、私がやる。自信あるよ。優吾衣装貸して」
 万夢は四年の時は劇で主役級を演じた。演技は苦手ではない。
 南川先生が言った。
 「とりあえずじゃあ次の幕は頼む」
 「!」
 万夢は急いで優吾の衣装に着替え、舞台袖の道具箱からはさみを取り出した。ちょうどよかった。万夢はごみ箱に頭を突っ込み、横で結んだ髪の毛をはさみで切った。
 茉莉沙が出番を終えこちらに来た。驚いている。説明している暇はない。
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