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木村江梨子
①
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我が家の周辺は、この辺りでは高級住宅街であると思う。どの家にもソーラーパネルやセコムのステッカーが見受けられ、車は二台は確実にある。隣家は弁護士夫婦だと言うし、向かいは上場企業の会長宅だ。ちなみにうちは公務員なので、まあまあだろう。
しかし、道路を挟んで向こうの区画はボロアパートが建ち並び、その奥には市営住宅が構えている。あまり質のいい人間が住んでいるとは思えない。あそこを通らないと中学に通えないというのは如何なものかと思う。品のない金髪や、不潔な格好をした人種がうようよいて、更に遊具の少ない公園などもあり、犯罪の準備が完全に整っているとしか思えない。夫と娘の家を出る時間が同じくらいなので、夫に娘を中学まで送るようにと頼んだことがある。しかし娘の方から反対された。市営住宅に友達がいるから、途中で合流して一緒に行くんだという話だ。複数で行動するなら大丈夫だろうか、でも、娘が中学から一番遠い。
最近特に落ち着かないのは、娘が年頃ということもあるが、妙な噂を聞いたからである。あのボロアパートのどこかに住んでいるであろう青年が、薄暗くなると公園で待ち伏せして、中学生の女の子をつけ回すという噂。その青年はいかにもロリコンという風貌で、更に無職なのかいつも同じ服でボサボサ頭に度の強い眼鏡だという。江梨子自身は見たことがないのだが、よく公園にいるという。それを娘の一那から聞いたものだからまた気が気じゃない。
「でも別にベンチに座ってスマホ見てるだけの人だよ。そんな怪しい感じじゃないけど」
「わからないでしょそんなの。とにかく一人で帰るときは公園の方を通らないで明るい道路の方にして」
「それすごい遠回りなんだけど」
一那は不満そうに口を尖らせた。遠回りしたって犯罪に巻き込まれるよりはずっとましだと言い聞かせる。言うことを聞くかはわからない。
実は江梨子自身が、中学の頃に変な男に車に連れ込まれそうになったことがあるのだった。大声で叫んだら人が来てくれて助かったが、あれは怖い。大人の男があんなに怖いとは思わなかった。あれ以来、髪の毛がボサボサで厚い眼鏡の青年は苦手なのだ。
スーパーの帰りに、牛乳を買い忘れたことに気付いた。一那は牛乳が好きだから、きらしたことはない。江梨子は仕方なく、道中のコンビニに立ち寄った。コンビニは滅多に来ない。牛乳を探してうろうろしていると、店内にボサボサ頭の眼鏡の青年がいることに気付いた。過敏になっていることはわかっている。でも、ひょっとして例の男だったら……。江梨子は気が気じゃなくなって、青年を少し遠目に観察した。青年はしばらくドリンクコーナーをうろつき、ジュースを選ぶと今度はお菓子をいくつか手に取り、おにぎりをかごに入れるとレジに向かった。江梨子は牛乳をかごに入れ、彼の後ろに並んだ。青年はレジで煙草を追加すると会計し、店を出た。歩くのがやけに遅い。
しかし、道路を挟んで向こうの区画はボロアパートが建ち並び、その奥には市営住宅が構えている。あまり質のいい人間が住んでいるとは思えない。あそこを通らないと中学に通えないというのは如何なものかと思う。品のない金髪や、不潔な格好をした人種がうようよいて、更に遊具の少ない公園などもあり、犯罪の準備が完全に整っているとしか思えない。夫と娘の家を出る時間が同じくらいなので、夫に娘を中学まで送るようにと頼んだことがある。しかし娘の方から反対された。市営住宅に友達がいるから、途中で合流して一緒に行くんだという話だ。複数で行動するなら大丈夫だろうか、でも、娘が中学から一番遠い。
最近特に落ち着かないのは、娘が年頃ということもあるが、妙な噂を聞いたからである。あのボロアパートのどこかに住んでいるであろう青年が、薄暗くなると公園で待ち伏せして、中学生の女の子をつけ回すという噂。その青年はいかにもロリコンという風貌で、更に無職なのかいつも同じ服でボサボサ頭に度の強い眼鏡だという。江梨子自身は見たことがないのだが、よく公園にいるという。それを娘の一那から聞いたものだからまた気が気じゃない。
「でも別にベンチに座ってスマホ見てるだけの人だよ。そんな怪しい感じじゃないけど」
「わからないでしょそんなの。とにかく一人で帰るときは公園の方を通らないで明るい道路の方にして」
「それすごい遠回りなんだけど」
一那は不満そうに口を尖らせた。遠回りしたって犯罪に巻き込まれるよりはずっとましだと言い聞かせる。言うことを聞くかはわからない。
実は江梨子自身が、中学の頃に変な男に車に連れ込まれそうになったことがあるのだった。大声で叫んだら人が来てくれて助かったが、あれは怖い。大人の男があんなに怖いとは思わなかった。あれ以来、髪の毛がボサボサで厚い眼鏡の青年は苦手なのだ。
スーパーの帰りに、牛乳を買い忘れたことに気付いた。一那は牛乳が好きだから、きらしたことはない。江梨子は仕方なく、道中のコンビニに立ち寄った。コンビニは滅多に来ない。牛乳を探してうろうろしていると、店内にボサボサ頭の眼鏡の青年がいることに気付いた。過敏になっていることはわかっている。でも、ひょっとして例の男だったら……。江梨子は気が気じゃなくなって、青年を少し遠目に観察した。青年はしばらくドリンクコーナーをうろつき、ジュースを選ぶと今度はお菓子をいくつか手に取り、おにぎりをかごに入れるとレジに向かった。江梨子は牛乳をかごに入れ、彼の後ろに並んだ。青年はレジで煙草を追加すると会計し、店を出た。歩くのがやけに遅い。
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